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ひとくい(1)

是非、縦書きで読んでください。

毎週水曜日午前0時(火曜深夜)次話投稿します。

 

                        1

 

 あなたは呪われた事があるだろうか?

 呪われているもの、もしくは呪われている人を見たことはあるだろうか?

 

 こう言えば、おそらくほとんどの人が、無いと答えるだろう。

 それはそうだ。

 そんな物騒な経験は普通の生活をしていれば起こる事はない。

 テレビやいかがわしい雑誌に、よく呪われた館や呪われた人形とかが載っているけれども、それを実際に見た、経験したという話を僕は一度も聞いたことが無い。

 あくまでもそれはフィクション。

 平たく言うと嘘。

 世の中に星の数ほどあるそういった話を、僕は信じていなかった。

 ある訳ないと高をくくっていたのだ。

 しかし、僕は知ることになる。

 そういったことが本当に実在すると。

 今までは僕が遭わなかっただけ。

 呪いというものは実在する。

 それは紛れもない事実だ。

 嘘でもフィクションでもない。

 もう一度言う。

 呪いは実在する。

 

 これは一振りの呪われた日本刀が起こした、とても悲しい話だ。

 

 

 蝉の声がうるさくなってきて、季節は本格的に夏の様相を帯びてきている。

 《こころのみちしるべ》の事件の後、ドクロ事務所にはさほど変わりが無く、僕は相変わらず近所の迷い猫の捜索や、配偶者の浮気調査といった探偵みたいな仕事から、お年寄りの買い物の荷物持ちや、通学路の見回りといった地域ボランティアのような仕事までこなしていた。

 学校がある頃はそれでも放課後しか時間が無かったので、こういった仕事でもこなしているとそれなりに時間がかかり、持て余すほどの時間はなかったのだが、僕たち学生には夏休みという、一年でもっとも自由で退屈な一ヶ月がある訳で、そうなると話は別だ。

「暇ですね……」

 僕はいつもの応接セットのソファに腰掛けて、天井を見上げて呟く。

「そうね…それにとても暑いわ……」

 僕の呟きに愛子さんが答えた。愛子さんもいつもと同じ自分の椅子に座っているのだけれど、だらしなく手足をたらして、まるで溶けたアイスクリームのようになっていた。

「なんで、こんなに暑いんですかね……?」

「それはこの国には四季というものがあって、今がその夏にあたるからじゃない……。思い出しただけで暑くなるわ……」

「いや、そうじゃなくて、なんでここはこんなに暑いんですかと僕は訊いているんです。」

「それは、あれよ…クーラーというものが壊れているからじゃない…多分……」

「なるほど……クーラーが壊れているんですね……。それ、多分じゃないです」

「…暑いとツッコミも弱いわね。やる気ないんじゃない……?」

「ええ、そうですね……それはそうと、何でクーラーが壊れているんでしょうね……?」

「きっと…寿命だったんじゃない……?」

「ああ、寿命かあ……って違いますよっ!」

 僕はたまらず勢いよく立ち上がる。

「あんたが、常にフルパワーで動かすから壊れたんでしょうがっ!寿命って、あんた、これ買ってまだ二週間ぐらいですよね!このクーラーは蝉か!」

 罪を糾弾するように、指を突きつけて愛子さんに詰め寄る。

「ちょっと!そんなに言う事無いじゃない!ただでさえ暑いのにそんなに怒ると部屋の温度が上がるでしょ!もっとクールダウンしなさいよ!」

「これが、クールダウン出来ますか!」

 七月に入ってからずっと回し続けていた新品のエアコンが、煙を上げて壊れてしまったのがつい昨日の事だ。僕は生まれて初めて家電製品の限界を見る事になった。それはそうだ、ずっと二十四時間フルパワーで稼動させていれば、いかに世界最強の壊れにくさと謳われるメイド・イン・ジャパンだとしても、さすがに無理があるだろう。

「大体、なんであんな無茶な使い方をしたんですか!」

「だってえ…暑い時にわざと寒い部屋の中であったかいものを食べると、なんだか得した気分になるじゃない?ほら、なんか自然の力に人類の英知が勝ったみたいで、いい気分になるでしょ?それを味わいたかったのよ」

「だからって、二週間ずっとフルパワーはおかしいとは思わなかったんですか!?」

「あたし、暑いの苦手だし……ていうか、あなたも自分の家より涼しいとか言って入り浸ってたじゃない!あたしの事ばかり責められないわよ!」

「ぐっ…それは……」

「太郎だって同罪よね~ねえ、ちび愛子ちゃん?」

 そう言って愛子さんは、自分の机の上に飾られている八分の一髑髏塚愛子フィギュアに話しかける。糸くんがくれたこのフィギュアを愛子さんは予想に反して気に入り、机の上に飾り、自分の分身かのように事あるごとに話しかけるのだった。確かに良くできていて、マントはもちろん取り外し可能、顔は別パーツと差し替えることで、眼帯ありバージョンと無しバージョンに変更できる。かなり本格的なものなのだ。

 まあ、だからどうしたって話なのだが……。

「今、南ちゃんが冷たいもの買いに行ってくれているんだから、文句言わずに待っていなさいよ。話すと暑いからあたしはこれをもって黙ります。あなたもそうしなさい」

 愛子さんはそう言うと、また溶けたアイスクリームの真似を始めた。

「何、言ってんですか。まあ、話すと暑くなるというところは同感ですが……」

 しょうがない。僕もとりあえず愛子さんの罪の追及を中断して、手足を投げ出し、浜に打ち上げられたクラゲの真似をすることにした。

 二人して夏の終わりを表しているわけではない。

 つまりは二人してただダラダラしていただけなのだった。

 ちなみに木星は、床が冷たいと言って、死んだようにうつ伏せに床に寝ている。

 そのまま死んでいても、僕は構わないけどね。

 そうやって耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んでいればきっと救いはやってくるはず。

 

「あら?みんなもう死んでしまったの?」

 数分後、ドアを開けてすくいが入ってきた。南は両手にこれでもかとスーパーの袋を提げている。中はきっとアイスクリームやアイスキャンディたちが詰まっている事だろう。

「勝手に殺すなよ。それよりも早く僕たちに冷たいものをくれ。でないと干からびて本当に死んでしまう……」

 僕の要求に南は、はいはいと軽く応えて、戦場の衛生兵のように、僕たちに駆け寄ってはその口にアイスを放り込んでいった。

「こ、これは・・・・・・!」

 僕の口の中で冷たく甘い、それでいてさわやかな風味が溶けて広がっていく。

 この味は……ガリ○リ君ソーダ味だ!

 この夏の申し子のようなアイスは、こんなにも美味しかったのか!

 これがたった六十円だなんて、これはもう慈善事業ではないか!

 ありがとう赤○乳業!

 そしてナイスチョイスだ南!

 グッジョブだ南!

 僕を襲った感動は、その場にいた愛子さんと木星にも同様にやってきたようで、三人とも南をまるで戦場に現れた天使様のように、一様に拝んだ。そんな僕たちに南は少し困惑しているようだった。

「み、みんなどうしたの?そんなに美味しかった?」

「美味しいなんてものじゃない。この至福の味を与えてくれたお前への感謝のあまり、僕はこれからずっとお前の足拭きマットとして一生を終えてもいいとさえ考えている」

「いやだなあ~な、何を言っているのかな?太郎くん……?」

 南が僕のあまりの忠誠心に引いていると、愛子さんが口を挟んできた。

「そうよ、太郎。あなたなんて南さまの御御おみ足をお拭きする事でさえおこがましい。あなたには南さまの使われた消しゴムのカスを集める仕事ぐらいがちょうどいいわ。そう思うわよね?木星?」

 愛子さんに訊かれた木星は、いつも通りの凍てつく視線でこちらを見ながら、

「腐って溶けて死ね、消しゴムのカス」

 と言ってきた。

「僕自身はカスじゃねえ!」

 もちろん僕のツッコミなんかは、木星にとっては破れたうちわで扇いだのと同じぐらいしか影響を与えないので、その凍てつく視線でチラッと見られただけだった。

 別の意味で冷えるわ……。

「ちょっと、み、みんなどうしちゃったのかな~?」

 南は相変わらず困惑の表情だった。

 

 それはそうと、南は普段なら僕たちのこういった悪ふざけに、面白そうだと結構乗ってくるはずなのだけれど……?

「ほら、みんな立って。お客さんが変に思うでしょ?」

 南は言う事を聞かない園児を諌める保育士のように、僕たちを説得して立たせた。

 僕としてはこのまま一生、南の足元に這い蹲る決意だったのだが、南がそう言うなら仕方ない、立つとするか……ん?お客さん……?

 立ち上がった僕は、南の視線を追うように事務所の入り口を見る。そこには一人の制服を着た女の子が立っていた。きれいに切りそろえられたおかっぱ頭で、これまたまっすぐに切りそろえた前髪の下からは、大きなつり目が明らかに軽蔑の眼差しを僕に向けていた。

「あ……ども……」

 気まずくて何だか変な風に挨拶をしてしまった。その制服少女は僕から目を離さずにますます汚いものでも視るかのように眉間に皺を寄せた。

「都会の殿方が軽薄だとは聞いていましたが、こんなに破廉恥だとは思いませんでした。私は下品なものは嫌いです。ですのでどうか私には二度と話しかけないでください」

 はっきりと拒絶の意思を込めて、その少女に宣言されてしまった。

「いや、これには、その、深いわけがある…というか――」

「話しかけるなっ!」

「……はい」

 僕の言い訳なんて聞きたくないとばかりに、怒られた。

 この子、多分同い年か、その前後だよね……何か泣きそうなんだけど……。

「随分と嫌われたものね~太郎~?」

 ニヤニヤと僕を覗き見て、愛子さんが嫌味ったらしく訊いてくる。

「まあ、あなたの変態度を鑑みるに、通報されないだけマシなのかもね?」

 うふふ、と愛子さん。本当に嬉しそうだ……。ていうか、僕ってそんなに変態だと思われているのだろうか?だとしたらこれは由々しき問題だ。

「さてと――」

 愛子さんは振り返り、その制服少女に向き合い訊いた。

「ここに来たってことは、何かあたしに用があるんでしょ?」

「あなたが髑髏塚愛子さんでしたか。申し遅れました。私はかんざしなだれ、と申します。おっしゃるとおり、仕事の依頼に来ました」

 制服少女もとい、なだれちゃんは非常に折り目正しい性格らしく、ハキハキと明瞭簡潔に訪問の理由を述べた。確かに髪形もそうだけれど、この子は制服も今時珍しいくらいキッチリカッチリ着ている。見たところ真面目そうなお嬢さんなのだが、ただ一点僕はさっきから気になっている点がある。

「あの……気になっている事があるんだけど、少し訊いてもいいかな……?」

 僕はおずおずと訊く。

「あなたとは、もう口を利かないと決めたのですが」

 取り付く島も無いといった感じのなだれちゃん、僕を憎悪を込めた目で睨みつける。

「まあ、そう言わずに……これは多分、愛子さんも気になっていることだと思うし……」

「そうなのですか?」

 となだれちゃんに訊かれた愛子さんは、えっ?まあ…なんて曖昧に答えた。

「そういうことなら仕方が無いですね。どうぞ。私に何を訊きたいのですか?」

「じゃあ、単刀直入に訊くよ。その左手に持った木刀は一体なんだい?」

 そう。気になっていたのは、さっきから彼女が左手に持った木刀を、今か今かと右手で抜こうとしていることだった。格好としてはあの居合い抜きの構えみたいな感じ。

「ああ。これはあなたを叩っ切ろうとしているのですよ」

「なるほど。僕をそれで切ろうとしてたんだ。へえ~……ってなるか!何でいきなりそんなバイオレンスな事しちゃおうと思うわけ!?」

「私は侍ですから。世の中のためにならないものは、切り捨ててもいいのです」

「いいのです…じゃねえよ!」

 何だよ、侍って!

 あと、木刀じゃどう頑張っても切れないからな!

 いや…まさか銀さん的なアレか……?

 それなら素直に謝りますけど……。

「あたしも一つ、訊きたい事があるんだけど」

 僕たちの殺気を含んだ(主になだれちゃん)雰囲気を打ち破るように、愛子さんが訊ねる。

「ここの事、どうやって知ったの?あたしは別に広告とかは出してないんだけれど……?」

「それは……」

 なだれちゃんは胸ポケットを探り、一枚の紙片を取り出した。

「これを貰ったんです」

 なだれちゃんの手元を覗き込んでみると、それは――

「これ、愛子さんの名刺……?」

 こくん、となだれちゃんは頷いた。そういった仕草は妙に子供っぽくて、さっきまでの精悍さとのギャップで卒倒しそうなほどの可愛さだった。と思ったのも一瞬ですぐに鋭い目付きで僕を睨んで、

「何ですか?そんな気持ちの悪い視線を、こちらに向けないで貰えますか。迷惑ですから、あなたの目を潰させていただきます」

 と静かに、しかし冷酷に通達される。

「すいませんでした!勘弁してください!」

 僕がその可愛さに少しだけ、ほんの少~しだけ目を奪われただけでこの仕打ちだ。

 これが噂に聞くヤンデレってやつか……。

 いや、違うか。

「へえ~なかなか珍しいもの持ってるのね?どこで手に入れたのかしら?」

 愛子さんは名刺をなだれちゃんの手から取って、まるで初めてそれを見るかのように、眺め眇めつしながら言った。確かに最初、僕が貰った時にも何だかありがたがれ、見たいなこと言ってたし。

「私が通っている高校がカトリック系の女子高なのですが、そこのシスターに貰いました」

「ふうん。何ていう高校?」

星生せいせい授受じゅじゅ学院女子高等部です」

「ああ、じゃあシスター・スティグマか。それなら納得したわ」

「そんな、もってこいな名前の人が居るんですか?てか本名?何人?」

「れっきとした日本人よ。本名じゃないけどね。本当は捨球磨すてぐまさん」

「それもすごい名前ですね……」

 下の名前が気になるけれど、それはまた今度。

「さて、紹介ということだったら、お安くしとくわよ。一体どんなご依頼かしら?」

 愛子さんが微笑んでなだれちゃんに訊ねた。

「はい。実は私の家には一本の日本刀があるんですが……その日本刀の事でお願いしたい事があるんです」

 なだれちゃんは少し話しにくそうにしながら、それでも続けた。

「その日本刀……実は……呪われているのです」

「なっ……呪い……?」

「そうです。抜いたら最後、その刀を抜いた者は必ず誰かを殺すか、それが出来なければその者自身が命を失うっていう呪いがかけられているのです」

「でも、こんな現代にそんな呪いなんて――」

「あなたは黙っていてください!」

 ものすごい剣幕で怒鳴られた。

「それで?呪われた刀をあたしにどうしろと?」

 愛子さんが先を促すと、なだれちゃんはやっぱり言いにくそうに話し出す。

「先日その刀が、何者かによって抜かれてしまったんです。このままだと、誰かが殺されてしまう。だから――」

 なだれちゃんは深々と頭を下げた。

「誰が抜いたかあなたに視て欲しいのです。よろしくお願いいたします」

「ふうん……なるほどね……」

 愛子さんはゆっくりとなだれちゃんに近づいていき、右手を差し出した。

「わかったわ。この問題あたしが預かります」

「あ、ありがとうございます!」

 なだれちゃんはその右手を握り返して強くそう言った。

「それじゃ――」

 愛子さんはごく自然に眼帯を外し

「詳しく聞かせてもらおうかしら…?」

 自分の椅子に腰掛ける。

「そうですね。それじゃ私も知っている限りの事をお伝えします」

 なだれちゃんも応接セットのソファに愛子さんと向き合い座る。

 

「あの呪われた刀、《人喰丸ひとくいまる》について……」

 


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