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道標の方程式(8)

是非、縦書きで読んでください。

毎週水曜日午前0時(火曜深夜)に次話投稿します。

                        8

 

 

 その後、今回の事は結構大きな事件として世の中を騒がせた。《こころのみちしるべ》は詐欺でまず調べられて、それから『みちしるべのさと』の敷地内から数体の身元不明の遺体が出てきたので、今では殺人事件としても調べられているそうだ。滋原はやっぱりというか当然、容疑を否認している。いつまでそれが出来るかはわからないけれど。

 《こころのみちしるべ》は解体されて、何だか悪い夢でも見ていたかのように跡形もなく消えてしまった。あれだけの人の人生を狂わせてきたのに、それはあまりにもあっけなかった。事件もいつかは風化して、人々の記憶から消えてしまうだろう。

 初めから何も無かったかのように……。

 

 ただし、この事件には後日談がある。

 しかも二つも。

 一つは良い事、もう一つは悪い事。

 それは、見方を変えれば逆にもなりえるのだが。

 これだけは、最後に伝えておきたいと思う。

 今回の僕たちの行動が一体どんな結果をもたらしたのか、と言う事を。

 

 後日談その一。

 どちらかと言えば悪い事の方。

 事件から数日後。マスコミがまだセンセーショナルなこの事件で騒いでいた頃。

 その日、僕はいつも通り放課後にドクロ事務所にやってきていた。

「……暇ですね」

 僕はテレビを眺めながら愛子さんに言う。テレビではニュースが流れていて、今回の事件の特集が組まれていた。

「……そうね……南ちゃん、お茶」

 愛子さんは自分の机に行儀悪く足を上げて、だらだらとしている。

 テレビではキャスターが今回の事件が何故、発覚したのか、被害者の証言を元に伝えている。もちろん僕たちが原因なのだけれど、それがバレるのも面倒なので、あのまま誰にも名乗らずに去ったのだった。僕たちが残してきた資料や書類の類は流鏑馬さんが潜入時に処分してくれていたので、どれだけ調べ上げても、事が僕たちのところにまで及ぶ事はありえない。

 

『それでは被害者の方に今回の事件についてお話をお聞きしたと思います。』

 テレビに被害者Nさんが現れて司会の男性キャスターがインタビューを始めた。

『まず始めに今回の事件であなたはどれくらいの被害を受けましたか?』

『俺はそうだな……一千万ぐらいかな……他の奴らはもっと取られてるみたいだから俺はこれぐらいですんで良かった位だよ。』

 プライバシー保護のため顔は映っておらず、音声も変えてある。でも……Nさん?

『それは……大変でしたね。滋原は催眠術によって皆さんを操って、お布施ということでお金を巻き上げていたということなのですが、それは少しもおかしいと思わないものなのですか?』

『ああ。その時はよろこんで出しちゃうね。今、考えるとなんであんなことしたんだろうと思うけれど、その時はほら、もう、かんっぺきにキまっちゃてるから無理だね。全然、そんなこと思わないよ。』

『そうなんですね。では逆に何故、そんなに強力な洗脳が、皆さん一斉に解けたのでしょうか?』

『それが、いまいち良く分からないんだよな……』

 テレビの中でNさんは腕を組み考えているようだ。

 

「あっ、この前の事件の事やってる!」

 その時、南が紅茶セットを持って現れた。

「太郎くんたちのこと言うかなー?」

 紅茶を愛子さんに差し出しながら無邪気にもそんなことを訊いてくる南。

「僕たちのことは、誰にも分からないと思うから言わないと思うよ」

「ええ~っ!そんなのつまんないよ。せっかく愛子さんと太郎くんが解決したのに……」

 不満を言うように唇を突き出し南はそんなことを言う。

「いいんだよ。バレたら厄介だろ。無事に依頼を遂行できて帰って来れただけでも十分だよ」

 実際に死にかけているしね。

「そうかなあ……」

「そうなの」

「ふうん……」

 南はまだ何か言いたそうではあったのだけれど、僕は強引に話を終わらせてテレビに視線と意識を戻す。

 

 テレビではまだインタビューが続いていた。

『何でも良いので何か覚えていませんか?その、何か変わったことがあったとか、変わった人物がいたとか』

 男性キャスターの問いにNさんは何かを思い出したように手を打った。

『そういえば、やたら綺麗な姉ちゃんと何だか頼りなさそうな兄ちゃんがいたな。その兄ちゃんときたら、俺たちの宿舎に来るなり、目立ちたかったんだろうね~勢い良く扉を開いて何か言いたかったみたいなんだけど、緊張で何も言えなかったみたいでさ、僕はどうしたら、何て言っておろおろしてるからさ、俺が相手してやったんだよ。いや~それにしてもそん時のその兄ちゃんの顔ときたら無かったぜ。今でも思い出したら笑えるよ』

 あっちゃ~この人中里さんだ。

 僕のことバッチリ覚えちゃってるよ。

『他の方もおっしゃってたのですが、その謎の美女と少年が今回の事件を解決したと?』

『いや~俺はそこまではわかんねえよ。ただ、変わった事と言えばそれぐらいだな』

 名乗らないで良かった……。

『そうですか……ただ、そのような人物の記録がどこにも無いのですが……。もしかしたらそれも滋原が見せていた幻覚なんてことはないのでしょうか?』

『それはどうだろうな~。実際にいたとは思うけれど、なんせ俺たちは洗脳されて何も分からないような状態だったからな……。ただ――』

 顔は映っていないのだが、中里さんはカメラの方を向いて

『俺はそいつらに本当に感謝している。ありがとう』

 としっかりした口調で言った。

 

「太郎、あなた何ニヤニヤしているの?自分が思うよりも大分気持ち悪いわよ、それ」

 愛子さんは紅茶に口をつけながら極めて冷淡にそう言った。

「いや、何だか嬉しくって。自分達がしたことが誰かを助ける事になったのが良かったというか……ていうか気持ち悪いって酷くないですか!」

「少しひくぐらいだわよ。自分で鏡を見ながらニヤニヤしてみなさいよ。分かるから」

「そんなことしてたら、それこそ頭のおかしい人じゃないですか!」

「大丈夫よ。あなたはもうすでに頭がおかしいんだから。今さらそれぐらいじゃ、誰もおかしいなんて思わないわ」

「えっ?僕ってそんな評価なの?」

「そうよ。知らなかったの?ねえ、木星?」

 愛子さんの呼びかけに木星がいつもの機械の裏から顔を出し、

「そうだ。基地外ゾウリムシ」

 と平坦な口調で言い、また引っ込んだ。

「おいっ!僕のどこが微生物なんだ?ああ、そうか。微生物並みの頭だと言いたいんだな。よし、分かった。お前の事は絶対、訴えてやる!法廷で会うことが楽しみだよ!」

 もちろんそんな僕のツッコミと言うか宣戦布告には、木星は無視を決め込み無反応だった。

「くそっ!覚えてろよ……」

「まあまあ、お茶でも飲んで落ち着いて」

 南が僕にも紅茶を差し出してくれる。

「あ、ああ。ありがとう」

「いえいえ」

 南が淹れてくれた紅茶はとても美味しく、巨乳の眼鏡っ子メイドが淹れたことを差し引いても、僕の気持ちを落ち着かせるのには十分だった。

 

 その時だった。

 コンコン

 珍しくドクロ事務所のドアがノックされた。

「は~い。ただいま」

 南が返事をしてドアを開けにいった。

 ドアが開かれて、そこに立っていた人物を見た僕は、驚きのあまり口に含んでいた紅茶を全て噴出してしまった。

 そこにいたのは、真っ白いスーツを着こなし、銀髪をオールバックにした――

「お前……なんでここに……?何しに来た!天苑!」

 天苑はニコニコ微笑みながら話し出す。

「少しあなたたちにお礼が言いたくて来ただけですよ。そんなに驚く事もないでしょう。まったくおかしな人ですね、あなたは」

 くっくっく、と笑う天苑。

 南が愛子さんに指示を求める。

「入ってもらって、南ちゃん」

 愛子さんはそう言うと、左目の眼帯を外した。

「ど、どうぞ……」

「どうも、かわいいメイドさん」

 悠然と天苑は入って来て、来客用のソファのちょうど僕とは正反対の位置に勝手に腰掛ける。

「なかなか立派な事務所ですね。髑髏塚愛子さん」

「お褒めに預かり光栄だわ。でも、そんなことを言いに来たわけではないのでしょう?」

「ええ、そうですね。最初に言ったように、私はあなた方にとても感謝しているのですよ」

 天苑は相変わらずニコニコとしているが、その笑顔は何だか得体の知らない怖さをかもし出していた。

「あなたに感謝される心当たりが、全く無いのだけれど」

「それは滋原のことですよ。あの男は少しやりすぎていましたからね。私もそろそろ何とかしなくてはと思っているところに、あなた方が現れてくださいまして、見事、事件を解決して我々を解放してくださった。本当に感謝しているのです」

 天苑は南が出した紅茶を一口飲み、

「しかし、私は解放されて非常に助かりましたが、他の方々はどうでしょうね?」

 と、気になることを言った。

「それは、どういうことだ?」

 僕の問いに天苑は丁寧に答え始める。

「私はいいのですが、他の皆さんは突然信じていたものが無くなってしまうのですよ。それはきっとショックだったと思います。きっとショックのあまり自殺してしまったり、その事実を受け入れられずに、また滋原やそれに似た何かを信じ、また騙されるんでしょうね」

 くっくっくと笑う天苑。

「お前、何が言いたいんだよ!」

「いいですか、あなたたちは滋原をやっつけてあげたつもりでしょうが、そのせいでみんなが幸せになったと思っているなら、それは勘違いだと言いたいのですよ。思い上がりもはなはだしい。人は人を救う事はできませんよ。人を救えるのは神のみです。滋原は彼らからすれば神だったのですよ。それをあなたたちは否定した。神を失った人々に救いはありませんよ」

「そんなの詭弁だ」

「真理ですよ。まあ、それでも滋原はやりすぎでしたから、あなたたちの行動は私にとっては助かったのですがね。他の人たちにとってはどうだったのでしょうね?」

 口元を歪めていやらしく笑う天苑に、今まで黙り続けていた愛子さんが話しかけた。

「あたしは神様も人を救えるとは思っていないわ。神様がそんな人の考える幸せごときを守ってくれたり、叶えてくれたりするわけ無いじゃない。それはあくまでも人が自分でするべきことなのよ。神様ってのはその時のただのきっかけに過ぎないわ。神様の本当の考えが私たち人間に分かるはずないんだから。人間が口にする神様っていうのは、ほとんどが口実よ」

「くっくっく、大胆な事をおっしゃる。あなたは神を信じていないのですね?」

「ええ、あなたが作り出したようなまがい物ならね」

 この言葉に天苑は少し驚いたような表情になるけれど、すぐもとの笑顔になって愛子さんに尋ねる。

「おや?気付かれていましたか。いつから分かっていたのですか?」

「集会場で初めてあなたを見た時からよ。あたしの左目には不思議な力があって、見た人の心が視えるのよ」

「ああ、それで……。それで、あなたの目には何が見えたのですか?」

「何も見えなかったわ。あの場にいた人の中ではあなただけね。あたしのこの力でも見えない人間がいるのよ。それは自分さえも騙しているような狂った人間とかね。怪しいと思ったから、あれからあなたのことは調べさせてもらったわ」

「ほほう、それで一体何が分かったんですか?」

「それはあなたの――」

「ちょっ、タンマ、タンマ!待ってください!僕には何のことか全然分からないんですけど!ちゃんと説明してもらえますか!」

 僕は続けようとしていた愛子さんを遮って訊いた。

「何なんですか?さっきのやり取りを聞く感じだと天苑がその仕組んだというか……?」

 僕の問いに心底めんどくさそうに愛子さんが答える。

「そうよ。全てこの天苑白が仕組んだのよ。こいつはね最強の催眠術師で最悪な詐欺師なの。きっと滋原自身もこいつに操られていたのよ。それとあの時、あたしたちがみんなの洗脳を解いたと思ってたでしょ?」

「はい……まあ……」

「あれ、多分、天苑が解いたのよ。いくらなんでもあんなに勘単に解けるわけないもの。あの時手を叩いたのが、多分そうなんだと思う」

「そ、そうだったのか……」

 僕が天苑を見やるとニコニコしたまま軽く頷かれた。

「実はそうだったのです。私が全部、仕組んだ事。まあ真犯人登場と言ったところでしょうか。」

「お前そんな簡単に認めていいのかよ……?」

「いいですよ。あなたはどうか分かりませんが、髑髏塚さんはきっと、もう私をどうにかしようなんて考えていないでしょうから」

 ね?と愛子さんに天苑は同意を求める。

「……そうなんですか?愛子さん…?」

「確かにあたしはどうするつもりも無いわ」

「そんな…なんで?」

「あたしにはこいつが真犯人だなんて証明のしようがないのよ。それに依頼はもう達成できているから、これ以上は係わらない方がいいと思うわ。悔しいけれどね」

 愛子さんの言葉を聞いて、天苑は満足気に頷き、

「そうなのですよ。田中太郎くん」

 と僕をまるで挑発するように嗤った。

「くっ…」

 悔しいけれど確かにその通りだ。

「さて、私はそろそろおいとまさせていただきます」

 天苑は立ち上がり出て行こうとする。

「まだ話は終わっていないわよ!」

「いえ、私はお礼を言いに来ただけなのですから、もうこの辺で」

「ちょっと待てよ!まだお前には聞きたいことが――」

 僕は立ち上がろうとしたのだけれど、

「――?」

 身体が動かない!

「そういえば言い忘れていましたが、私が話している間にあなたたちにも催眠術をかけさせていただきました。弱いものなので、私がこの部屋から出て行って少しすれば解けますのでご心配なく。もちろん屋根裏に隠れている忍者さんにもかけてますから、助けを呼んでも無駄ですよ」

「くっ……」

「それでは皆さんごきげんよう。今度会うときは、ぜひとも仲良くしていただきたいですね。その時までお元気で。さようなら」

 天苑は舞台から去るように深々とお辞儀をして、悠々と出て行った。

 

 後日談そのニ

 どちらかといえば良い方。

 いや、こっちも悪い方か……。

 天苑が我らのドクロ事務所に現れてから数週間後。事件もすっかり風化して、人々の記憶の中から消えてしまっていた。

 日常に戻った僕は、いつも通り朝の街を学校に向かって登校している。

 笑えてくるほど平和な日常だ。

 僕たちがしたことは、少しの間世の中を騒がせただけなのかもしれない。まるで水面に広がった波紋のように、少しの間表面を乱したけれど、あくまでも表面だけ、すぐに治まってしまうのだろう。

 

 愛子さん曰く

「結局、方程式みたいなものなのよ。神様が与えてくださるのは、あくまでもきっかけや口実だけ、それを実現するのはやっぱり人間ってこと。方程式みたいに式を与えられるけれど、解を求めるのは人間の仕事なのよ」

 だ、そうだ。

 そう考えると、僕たちがしたことも結局はきっかけであり、口実でしかないのだろう。僕たちが《こころのみちしるべ》を解体して、そこにいた人たちを解放したけれど、それが本人たちの幸せになるかどうかは、本人たちのこれからにかかっているのだろう。願わくば本人たちが今度は神頼みではなく、自分の力で道を進んで、自分なりの答えを求めて欲しいものだと思う。

 学校に着き、クラスメイトに挨拶とかしながら教室に向かう。いつもと同じ学校だ。と思っていたら一つ変わったことがあった。

 教室の前に一人の男子生徒が立っていたのだ。

 その生徒はすらっとした細身で、眼鏡の奥の瞳は理知に満ちていた。ただ二枚目の部類に入るその容姿には似つかわしくないバンダナを頭に鉢巻みたいに巻いている。こんな生徒見たことがないので、おそらく季節はずれの転校生か何かだろう。

 僕がそうやって観察していると、不意にその男子生徒と目が合った。すると彼はまるで旧知の友人に再会したように微笑んだ。僕は何となく気まずくて目を逸らしそそくさと教室へと逃げ込む。

 ……ん?バンダナ……?

 まさか…ね……?

「今日からお世話になるんだよ。ぽっくんは佐々咲糸というのだ。以後よろしくなのだ」

 転校生のあまりにもギャップがありすぎる自己紹介に、クラス中がざわめく。

 いや、正直言うと最初に見たときに、もしかしたらって思ったよ。でもまさかここまで変わるなんて誰が想像できる?僕たちがしたことでこんなに影響があったのは、おそらく彼だけだろう。見た目ははっきり言って別人だ。別人といわれたほうが納得できる。

 彼はその日、何かと僕にコンタクトを取ろうとしていたが、こんなエキセントリックな友人の存在をクラスメイトに知られると、何を言われるか分かったものじゃないので、僕は彼を避けるように一日を過ごしたのだった。その放課後――

「待つんだよー太郎氏ーなんでぽっくんから逃げるんだよー」

 もう少しで逃げとおせる下駄箱で、ついに僕は彼に捕捉されてしまった。

 遠くの方から手を振りながら駆けてくる糸くん。

「ねえー待って欲しいんだよー太郎氏―」

「その名前で呼ぶなよ!何だよ太郎氏って!」

 僕がたまらずに反応すると、糸くんは嬉しそうに笑った。

「おっ?やっと口を利いてくれたのだ。ぽっくんもしかして避けられているのかと思っていたのだけれど、どうやらそれはぽっくんの勘違いだったようだね」

 勘違いじゃないよ!

「ぽっくんどうしても太郎氏に言いたい事があるのだ」

「何だよ言いたいことって?あと僕をそんな変な名前で呼ぶな」

「この呼び方は御気に召さなかったか……ならば、百太郎!」

「百はどこから来た!つのだ先生もびっくりだよ!」

「百式!」

「百を残すな!僕はあんなキンピカじゃねえ!」

「あのモビルスーツはシャアの目立ちたい願望の一つの究極だよね。赤より目立つなら金だ!って短絡過ぎ。ぷぷぷぷっ」

「何の話してんだよ!」

 確かにあのモビルスーツは突っ込みどころ満載だよ。変形しそうで出来ないところとか、意味もなく付いてる羽っぽいやつとか。でもかっこいいから良いんだよ。好きだし。

 じゃなくて、

「僕の呼び方はともかく、言いたいことって何だよ?」

「ああ、それはお礼が言いたかったのだ」

 そう言うと糸くんは深々と頭を下げた。

「ぽっくんを助けてくれてありがとう」

「お、おう……」

 面と向かって言われると照れてしまう。

「ママに聞いたんだ。君たちはぽっくんを助ける為に危険も顧みずあそこに潜り込んでくれたんでしょ?ぽっくんは助けられた時の事はあまり覚えてないけれど、それでも君と女の人が、ぽっくんに会いにきたのは覚えているよ。あそこから助け出されて、ぽっくんは元の学校に戻るはずだったんだけれど、自分の事は自分で決めたいってママに言って、君と同じこの学校に編入する事にしたんだよ」

 糸くんは少し照れたように頬をかきながら続ける。

「それと……これは少し恥ずかしいんだけど、折り入って君にお願いがあるんだよ」

「ん?何だ?言ってみ?」

「その……ぽっくんと友達になって欲しいんだよ」

 糸くんはまるで愛の告白をした女学生のように真っ赤になってしまった。

「いや、その、嫌ならいいんだよ!」

「女学生か!」

「……ぽっくん、前の学校には一人も友達がいなかったんだよ……でも、君とならきっといい友達になれる気がして……だめかな?」

 なるほどね。それでこの学校に来たのか。

「僕のことを変な名前で呼ばないなら、喜んでなってやるぜ」

「そうか。ありがとうだよ、クワトロ大尉」

「百式から離れろ!」

 なにはともあれ、僕たちがしたことが彼にはいい方向に働いたようで僕は柄にもなく嬉しくなってしまった。

「どうしたんだい?そんなニヤニヤして。その顔、君が思うよりもかなり気持ち悪いんだよ。やめたほうがいいよ」

「……僕はもう笑わないようにするよ……」

「あっそうだ」

 二人で帰ろうと下駄箱を出たところで、糸くんが立ち止まる。

「何だよ?まだ何かあるのか?」

「そういえば、あの女の人に渡して欲しいものがあるんだよ」

 糸くんはごそごそと鞄の中を探って長方形の箱を取り出した。

「はい。これはその人にお礼なんだよ。何か対価を支払わなくてはだめなんでしょ?」

「確かにそうだけど…。で、中身は何なんだ?」

「開けてみていいよ。きっと喜んでくれるはずだよ」

「じゃあ、遠慮なく」

 箱を開けると何かが丁寧に梱包されている。糸くんの家は開業医でお金持ちだからもしかしたら何か金目のものかも。などと卑しい妄想を膨らませながら包みを解いていった僕の目に飛び込んできたのは、

「こ、……これは……!」

「ふふ~ん。それはぽっくんが作った八分の一髑髏塚愛子フィギュアなのだ。すごいだろう?作るの大変だったんだよ」

 糸くんは自慢げにふんぞり返る。

「は、ははは……」

 僕は思わずガクッと力が抜けた。

 でも、

 それでも、

 彼をこうやって救えた事に、僕も彼と一緒になって胸を張りたい気持ちだった。

 どうだ、神様!ってね。


はじめに言っておきますが、私は人間には少なからず何らかの信仰心というものをみんな持っているものだと信じておりますし、それはとても尊いことだとも思っております。したがって宗教というものも人間社会には必ず必要なものだと思っております。しかし、宗教というものは扱うのが非常に難しく、ともすれば否定していると捉えられてしまったり、逆に押し付けているように思われたりしてしまいます。それでもあえて今回こんなテーマでお話を書いたのには深い意味があったり、なかったり……。特に何かを訴えたくて書いたわけではないのですが、書き終えてみると何だか何かを訴えているような話になってしまったのは、きっと私が普段から考えている事が滲み出てしまったのだと思われます。自分の書いた文章を、自分で読み解いてみると、おそらく次のようなことが言いたかったのではないかと思います。それは宗教にしろ、占いにしろ、神頼みにしろ、結局、究極的には全て自分にかかっているのだという事。ただ、人間は非常に弱く、また怠惰なので一人だけでは力を発揮しきれない。簡単に言っちゃうとサボっちゃう。だから自分よりも上位の存在、神様や宗教観が必要なのかもしれないと、言いたいんじゃないかな?もちろん世の中には自分本位に神という存在を歪めてしまっている人たちも沢山居るのでご注意を。最近はそっちの方が多いかな、と危惧しております。愛子さんの言うとおり良くも悪くも『ただのきっかけ』なのかもですね。そんなわけで第二話「道標の方程式」でした。

最後になりましたが今回もここまで読んでくださった方々に心から感謝を述べたいと思います。徐々に読者数が増えていくのが、アクセス数等でわかり非常に励みになりました。もっともっと皆さんに楽しんでいただけるような話を何とか捻り出していきたいと思います。これからも皆様に読んでいっていただければ死ぬほど嬉しく思いますので、どうぞよろしくお願いします。それでは第3話「ひとくい」もお楽しみに。


                 平成二十二年 二月二日  壱原イチ

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