道標の方程式(7)
是非、縦書きで読んでください。
毎週水曜日午前0時(火曜深夜)に次話投稿します。
7
僕は今、再度『みちしるべのさと』に潜入している。
もちろん、そのまますぐにというわけではない。
小屋から助け出された後、僕たち三人は一度、流鏑馬さんがこの数日潜んでいたという近くの洞窟に身を隠し、そしてそのまま時勢を待った。
そしてその時勢に合わせて僕が先行する形で再度、潜入する。
もちろん、そのままというわけにはいかない。
僕は一度、顔を晒しているので、変装をすることになった。
アフロのかつらとサングラスという変装を。
……逆に目立たないか?
……まあ、いいか。
とにかく、このデビューしたて、アンドレカンドレ時代の井上陽水(わかる人いる?)のような格好の僕が目指したのは、中央集会所。そう、つまりはまた滋原が、全員に対して洗脳を施すタイミングを狙ったのだ。
中央集会場にはすでに沢山の人が集まっていた。その中から僕は糸くんをすばやく見つけ、その隣にさりげなく座る。
壇上には例のごとく天苑がいて、皆に注意事項を述べている。
「それでは滋原晃法様、お願いいたします」
これ以上ないほどに仰々しく、不自然なほどに荘厳に滋原は現れた。それをみんなは拍手と歓声で迎える。僕も潜入中なので非常に不本意ながら、それに倣う。
「やあやあ、ありがとう、ありがとう」
滋原は片手でそれに答えながら、喝采を鎮める。
「さて、皆も知っての通り、昨日、この集会所の裏の倉庫が火事で焼けてしまった。そこには除霊しようと待たせてあった二人がいたのだが、残念ながら助ける事は出来なかった。その事は悔やんでも悔やみきれない。どうして救えなかったのか!」
滋原は自身の目の前の机を拳で叩く。
「私は自分の無力が憎い!彼女らをもっと早く導いてやっていれば、命を落とすような事もなかっただろうに。なぜもっと早く導けなかったのか。それは私の力不足によるものだろう。私はもっと精進しなくてはならない、より多くの人々の道標として。彼女らの犠牲はその事できっと報われるだろう」
みんなその言葉に感嘆の声をあげ、その後、集会場内は拍手と喝采に包まれた。
滋原は両手を挙げて、目を閉じる。
「さあ、彼女達の冥福を皆で祈ろうではありませんか!」
その声に全員が一斉に両手を挙げる。
「彼女らの魂を救いたまえ!」
「救いたまえー」
滋原に呼応するように全員が続く。
「彼女らの魂を導きたまえ!」
「導きたまえー」
その光景の異様さは僕を戦慄させた。
まるでどこかの国の独裁政権みたいに見える。
いや、実際にこの場所は一つの国なのだろう。
一人の狂った男が作り上げた恐怖の国。
こんな事が許されていいのだろうか?
いいわけないだろ。
その時――
入り口のドアが勢い良く開いた。
「人のこと、勝手に殺さないでくれる?」
そこには腕を組み、不適に笑う髑髏塚愛子さんが立っていた。
「お……お前、なぜ……?」
「あら、意外って顔ね。あなたが救いたまえー、導きたまえーって言うからこうして来てあげたってのに、それはちょっと酷いんじゃない?」
愛子さんはつかつかと壇上の滋原に近づいていく。みんなはそんな愛子さんの気迫に押されたのか、海が割れるように左右に分かれて愛子さんを通す。
その姿はまるで民を導く聖人のようだった。
しかし、そんな聖人のような姿にはとても似つかわしくない凄惨な笑顔で、愛子さんは話を続ける。
「せっかくこうやって導いてくれたのだから、あたしからもお礼に面白い見世物があるのよ。ぜひ、あなたに見ていって欲しいわ」
「お前、な、何をする気なんだ?」
話しながらも愛子さんは、滋原のいる壇上のすぐ手前まで来ていた。
「それは、お・た・の・し・み・よ」
愛子さんはそう言うとウインクして見せた。
「な…何を……」
滋原は動揺を隠せないでいるようだ。
「それでは!はじまりはじまりぃ~……流鏑馬、お願い」
愛子さんが流鏑馬さんの名前を呼ぶと館内放送が入り、音声が流れ出した。
『「――ちょっと待って」
「何だ?命乞いなら聞かぬぞ」
「そんなことは、死んでもしないわ。死ぬ前に教えて欲しい事があるのよ。」
「ほう…良いだろう。所謂、冥土の土産に教えてやる。一体なんだ?」』
少しノイズが入っているが、この会話は――
「お前……これは……」
みるみる顔色が悪くなっていく滋原。
「そう、これはあなたがあたしたちを監禁していたときに交わした会話よ。ICレコーダーにしっかり記録させてもらったわ」
すでに勝ち誇ったような愛子さん。相手を見下すように頤をあげて薄く笑って挑発するように訊ねる。
「さて、この後はどんな話をしたか覚えている?」
『「あれだけの人数を一体どうやって操っていたのか、その方法を教えてもらえないかしら?」
「簡単なことだ。それは、あの臭いに秘密がある。私は元々、人を操る力、まあ有体に言えば催眠術だな、を使えたのだが、それだけだとそんなに強力にかけることも出来なかったし、一度に大勢にかける事も出来なかった。そこで一箇所に集めてそこに催眠成分を含んだ臭いを充満させておく。そうした上で催眠術をかけると、面白いようにみんな言う事を聞くようになる。皆、喜んで私に財産を献上して、用がなくなれば皆、喜んで死んでいく。この全能感はたまらんぞ。いひひひひひ」』
「や、やめろ!今すぐこれを止めろ!天苑!早くこれを止めて来い!」
明らかにうろたえながら滋原は天苑に命令する。天苑はそれを受けてどういうつもりか一つ、大きく手を叩いて何か合図をする。パンッと大きな音が集会場に響いた。それでも音声は止まることなく流れ続けた。
『「それを定期的に繰り返しておけば、大丈夫ということだ。あんな馬鹿な愚民たちには私のように優れた導き手が必要なのだよ。彼らも幸せなのではないか?何せ自分で何も考えなくてもいいのだからな。自分から考える事を放棄すると言うのは、言わば騙してくれといっているようなもの。簡単だったぞ、奴らを殺すのは。何せ死ねと言えば喜んで死んでくれるんだからな」』
「やめろー!聞くな!こんなもの嘘だ!こいつは悪霊なんだ!ほら、早く捕まえろ!何してるんだ!こいつを早く捕まえろ!」
ざわざわと会場内は動揺に包まれていた。誰一人として滋原の命令に従うものはいなかった。
「なぜだ?何で誰も私の言う事を聞かない?まだ催眠は効いているはず……」
愕然とする滋原に愛子さんが教える。
「ばっかじゃない!あたしがそんなへまするわけないじゃない。ちゃんとこの部屋に充満している臭いを嗅いでみたら、どう?」
滋原は辺りをくんくんと嗅ぎまわる。
「こ、これは……いつもと違う臭い……!」
「おひさまのにおいっていうらしいわよ。ファブリーズと共同開発なんですって。いいにおいよね。あんな人を騙す為の嫌な臭いとは比べ物にならないでしょ?」
愛子さんは抜かりなく、あの催眠効果がある臭いを柔軟剤の香りに変えていた。
「そ、そんな……」
滋原が崩れるように膝をつく。
そこで、愛子さんが僕のほうに視線を向ける。ここで僕の出番だ。滋原にとどめを刺すべく僕は作戦にうつる。
「あ、あれ~僕はどうしてたのかな~」
……自分でも驚くほどの白々しさだ。
「そうか、今までずっとだまされていたんだな~くそ~金返せ~」
……何だかいたたまれない気持ちになる。
そう、今回の作戦は愛子さんが隠して録音していた滋原の本当の企みを、信者の皆の前に明らかにして、その時に僕が先導する形で、滋原を糾弾するという内容だったのだ。
僕の演技力にはいささか荷が重かったようにも思えるのだけれど……。
文字通り役不足…いや、力不足が正しいんだっけ?
しかし――
「そ、そうだ!金返せ!」
そんな僕の心配とは裏腹に、作戦は上手くいった様で、あちこちから滋原の非難の声があがりだした。
「この詐欺師!」
「人殺し!」
「俺たちの金を返せ!」
「よくも今まで騙してやがったな!」
集まっていた人々は、まるで餌に群がる虫たちのように、わらわらと滋原へと詰め寄っていく。
「待て!待て!話を、話を聞いてくれ!」
壇上に上がってこようとしている人たちを必死に止めようとする滋原だったが、
「話を聞いたら、また洗脳されちまうだろうが!」
と言った誰かの一言が決定的になり、もう何を言っても誰一人として聞くものはいなかった。確かにその通りだ。
「私の話を聞いてくれ……」
壇上で崩れ落ちる滋原を、まるで捕らえた罪人のように人々は乱暴に輪の中心に突き出した。
「おら!金返せよ!」
「この、人殺し!」
「詐欺師が!話すんじゃねえよ!」
いつまでたっても止まない怒号を、僕と愛子さんは遠巻きに眺めていた。
「何というか……自業自得と言っても、あまり見ていて気持ちのいいものじゃないですね……」
愛子さんのほうを見ると早々と眼帯を着けなおしている。
「あれ?もういいんですか?左目……?」
「ああ、もう、必要ないと思うわ。だってこんなの、もし左目で視てたらきっとあたしが狂ってしまうもの」
愛子さんは心の底からいやなものを見るような表情で見つめる。
「現金なものね。騙されて催眠術をかけられていたのだとしても、こんなにあっさり手のひらを返したように、皆がみんな滋原を責めると、何だかね……」
滋原はみんなに引っ張りまわされ、揉みくちゃにされて服もボロボロ、さっきまでの威厳も風格も何もかも失っていた。その姿は本当にどこにでもいる少し偉そうにしているおじちゃんといった感じで、僕もまったく恐怖を感じる事は無かった。
心なしか小さく見えるぐらい。
滋原を見ながら、愛子さんが不意に話し出した。
「一番恐ろしいのは、やっぱり群集なんだろうね。誰かが言った一言がきっかけで、普段温厚そうな人でも――」
糸くんに目を向けると、鬼のような形相で滋原に掴みかかっている。
「何かに取り憑かれたように、その人の人格を失ってしまう。大きな集団としての意識に飲み込まれてしまって、個というものが消えてしまう」
「確かに……」
確かに今の彼らには個としての意識が一体どれほどあるか定かではない。
「何だかそう考えると、集団とか群集に働く心理っていうか、力みたいなものって催眠とか、洗脳と同じようなものなのかもしれない。もしかしたらあたし達は常に洗脳、催眠されているようなもの、なのかもね」
愛子さんはそう言って僕に向かって、気のせいか少し寂しそうに笑った。
「さて、依頼も遂行できたようだし、帰りましょうか?」
「そうですね。後は糸くん自身の問題でしょうしね」
僕たちは、一向にとどまる事を知らない責任追及の声に背を向けて、集会場を後にすることにした。
さあ――
これにて一件落着。
――だと思うと何となく引っ掛かりを感じて愛子さんについ訊いてしまう。
「それにしても意外にあっけなかったですね」
「そうね……まるで手応えがなかったわ。そう、それは――」
愛子さんは振り返り、壇上で皆と一緒に滋原を糾弾している人物を見ながら、
「まるで誰かに仕組まれていたみたいにね」
と言った。