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道標の方程式(6)

是非、縦書きで読んでください。

毎週水曜日午前0時(火曜深夜)に次話投稿します。

                        6

 

 

 気がつくと――

 目の前に、女性のものと思われる白い太ももがあって、その太ももを追って視線を動かしていくと、さらに真っ白く輝く女性用下着が見えた。

 その太ももとパンツはとても柔らかそうで、僕はそれを見ているだけで癒され、浄化されていくようだった。

 ああ、そうか。

 天国っていうのは、本当はこんな風に男子にとっての天国だったんだなあ……。

 ………………

 ……って、うぉいっ!

 んなわけねえだろっ!

 てっきり死んでしまってこのお話も早くも最終回だと思ったのだけれど、僕はどうやら生きているらしい。

「いてて…こりゃコブになってるかも」

 殴られたところがまだずきずきと痛んだ。

 でも、そりゃあ、いくらなんでも頭を殴られたぐらいでは人は死なないよねえ。

 ……多分。

 ちょっと混乱しているけれど、僕は自分自身と周りの状況を確認する。

 どうやら、僕は手足ともに縛られているらしい。

 そして、どこかの木造の小屋のようなところに閉じ込められている。

 さらに一緒にいた愛子さんはというと、僕の目の前でこれまた僕と同じように手足を縛られている。(つまり冒頭の太ももとパンツは愛子さんのものだ。きゃほーっ!)

 簡単に言うと、最悪な状況。

 四字熟語で言うと、絶体絶命。

 と、いう事だ。

 オーケー、オーケー。

 一旦、落ち着こうか。

 この場合、僕がまずすることは――

「助けてくださーいっ!誰かーーーっ!助けてーーーーっ!」

 そう!助けを呼ぶことだ!

「誰かーーーっ!誰かいませんかーーーーっ!助けてくださーーーーいっ!」

 声の限り叫ぶ事が、僕の取るべき、僕が取らざるをえない、それしか出来ない行動だ。

 恥も外聞も無く僕は叫んだ。

 それはもう必死だった。

 必死に叫んだ。

「はあ、はあ……だ、誰かーーー……た、助けて……」

 それからおそらく数十分の間、声の限り僕は叫んだのだけれど、一向に誰も来なかった。誰かが来るよりも先に僕の喉が限界を迎えそうだ。

「どうやら気がついたようね、太郎」

 僕の渾身の魂の叫びが、誰も呼ばなかった代わりに、愛子さんを目ざめさせたらしい。

「あたしは最初から起きていたわよ」

「えっ?じゃあ何で僕があんなに必死に叫んでいたのに無視するんですか?」

 芋虫のように這いずって愛子さんは僕のほうを向きなおす。

「それは、少し罰を与えただけよ」

「何ですか?罰って?」

「あなたにとっての天国って、あたしの太ももとパンツの事だったのね」

 愛子さんは容赦なく軽蔑の視線を向けてくる。

「いや……そ、それは……」

「まったく、あなたの変態性にはほとほと呆れるわ。心配して損しちゃったじゃない。ほら、何かあたしに言う事があるんじゃない?」

「心配かけてごめんなさい……?」

「違う!」

「じゃあ……パ、パンツを見て、ごめんなさい」

 何だろう?この屈辱的な気分は……?

「まあ、そこまで言うなら許してあげる」

 愛子さんは何だか嬉しそうだった。

 後になって気がついたのだが、いつも勝手に下着姿を見せ付けている愛子さんに、何故この時の僕は謝らなければいけなかったのだろうか?何だか理不尽な気がする。その事を愛子さんに尋ねてみると、見せると見られるじゃ全然違うのだそうで、僕は一つ女性の不思議を知った。様な気がした。

「それはそうと、ここはどこなんでしょうか?」

「あなたは気を失っていたから分からないでしょうけれど、実はここ、あの中央集会所の裏にある木造の倉庫みたいなところよ。そんなに移動はしていないの。残念な事にね」

「残念な事とは?」

「場所が離れているならきっと逃げ出すことも出来るでしょうけれど、こんなに近いところだと監視もいるだろうし、逃げ出したとたんに捕まるのがオチだわ」

 万事休すね、と天井を仰ぐ愛子さん。

「そうですね……」

 僕も真似をして天井を仰ぐ。高い位置に空気を入れ替える為のものか、格子が付いた小さな窓がある。そこから差してくる月明かりで外がすでにすっかり夜だという事が分かった。

「僕たちこれからどうなっちゃうんでしょうね?ていうか、あいつら僕たちをどうするつもりなんだろう?」

 僕は思ったことを良く考えもせずに、思わずこぼしていた。

「それは、やっぱり何か隠蔽工作されて、殺されちゃうんじゃない?きっと今まで自殺って言われてた人たちもこうやって監禁されて殺されてたんだと思う。というかあたしは心を視たから確かなんだけどね。だから、やっぱり……」

「やっぱり……そうなっちゃいますかねえ……」

 僕は場違いなほど暢気な声を出した。

「そうなっちゃいますねえ……」

 愛子さんも僕に合わせて暢気に答える。

「ははっ…ははははっ」

「くすっ…うふふふっ」

 僕と愛子さんは二人して笑った。

 それはさっきの物言いがおかしかったのか、自分の置かれた状況のせいか、はたまたただの現実逃避か、それは僕には定かではなかったけれど、僕たちはお互いに笑いあった。不思議とあまり怖くは無かった。いまいち現実感が乏しかったのかもしれない。ただ、それはそれで仕方が無いのかな、なんて考えていた。そこに――

「何が面白いのかな?」

 突然声をかけられて僕たちは固まってしまう。

 僕たちからは死角になっていたせいか、まったく気が付かなかったが小屋の入り口に男が一人立っていた。この声は――

「滋原……」

「自分達の状況が分かっていないのかな?私だったらとても笑っていられる状況じゃないけどな」

「僕たちをどうするつもりだ!こんな事してどうするんだよ!」

 言っても無駄な事を分かった上で、僕は滋原にそう言い放った。

「お前たちには今夜、死んでもらわないといけない。それも焼け死んでもらわないとな。そうじゃないと私の予言が外れてしまうだろ?」

 暗くて顔の表情までは見えないのだけれど、声の感じから滋原が笑っているのが分かる。それもおそらく、いやらしくほくそ笑んでいるのだろう。

「くっそぉー!覚えとけよ!」

 悔し紛れにそう毒づいてみても、何だか空しいだけ。それを聞いた滋原に笑い声を立てさせただけだった。

「いひひひひっ、情けないな、坊主。そっちのお譲ちゃんは昼間の勢いが嘘みたいに静かなもんだが、何だ?もしかして後悔しているのか?だとしたら、残念だったな。もう私の予言は告げられたのだから、泣き叫ぼうが、どれだけ後悔しようが、何をしても実現してしまうのだよ。なんせ予言だからな」

 そう言って滋原は一際大きく笑い声をあげた。

「……………………」

 そう言われても愛子さんはもぞもぞと身体を動かすだけで、特に何も話さなかった。普段からは考えられないほど、愛子さんは黙ってしまっている。まさか本当に負けを認めて、落ち込んでいるのだろうか?愛子さんに限ってそれは無いだろうけれど、その沈黙は不気味だった。

 それは滋原も同じだったようで、

「ふ、ふん!まあ、最後の一時、そうやって悔やんでいれば良いわ」

 何て言って、あからさまに気圧されていた。

「それじゃあな。せいぜい成仏してくれよ」

 そう言って小屋から出て行こうとした滋原を、

「――ちょっと待って」

 と、今まで頑ななまでに口をつぐんでいた愛子さんが呼び止めた。

「何だ?命乞いなら聞かぬぞ」

「そんなことは、死んでもしないわ」

 これから死ぬんですけどね……。

「死ぬ前に教えて欲しい事があるのよ。」

「ほう。良いだろう所謂、冥土の土産に教えてやろう。一体なんだ?」

「あれだけの人数を一体どうやって操っていたのか、その方法を教えてもらえないかしら?」

「簡単なことだ。それは、あの臭いに秘密がある。私は元々、人を操る力、まあ有体に言えば催眠術だな、を使えたのだが、それだけだとそんなに強力にかけることも出来なかったし、一度に大勢にかける事も出来なかった。そこで一箇所に集めてそこに催眠成分を含んだ臭いを充満させておく。そうした上で催眠術をかけると、面白いようにみんな言う事を聞くようになる。皆、喜んで私に財産を献上して、用がなくなれば皆、喜んで死んでいく。この全能感はたまらんぞ」

 思い出したのか、滋原はいひひ、と声をあげて短く笑った。

 僕はそれに嫌悪感を抱くとともに、何だか哀れにも思った。

「それを定期的に繰り返しておけば、大丈夫ということだ。あんな馬鹿な愚民たちには私のように優れた導き手が必要なのだよ。彼らも幸せなのではないか?何せ自分で何も考えなくてもいいのだからな。自分から考える事を放棄すると言うのは、言わば騙してくれといっているようなもの。簡単だったぞ、奴らを殺すのは。何せ死ねと言えば喜んで死んでくれるんだからな」

「なんて、卑劣な……」

 人の信じる心を弄んで――

「そうやって、今まで何人も殺してきたんだな!お前なんか地獄に落ちちまえ!この詐欺師!」

「何とでも言え。どうせ、お前たちのほうが、今から地獄に落ちるのだからな。今まで私のために死んでいった者たちと同じようにな」

 そう言って滋原は高笑いをあげながら、小屋を出て行った。

「お前が後から来ても入れてやんねーよっ!」

 僕は腹立ち紛れに、そんなことを叫ぶ。

 滋原の高笑いが一際大きくなった気がした。

 

「くそっ!あいつに何とかして仕返しがしてやりたい!」

 僕がまだ腹を立てていると、愛子さんが静かな口調で話しだした。

「熱くなってる所わるいんだけど、後から来ても入れてやらないってのはどうなの?」

「ん?」

「あいつを入れてやらないってことは、あいつ地獄じゃなくて天国に行っちゃうじゃない」

「あ…」

「あなたは本当にお馬鹿さんね」

 これは恥ずかしすぎる。

 真剣に言っていただけにダメージがでかい。

 この場から逃げ出したいけれど、そもそも逃げられないし……。

「ただ、あいつに仕返してやりたいっていうのには、あたしも同意するわ。そのためにもここからなんとかして出ないと……」

「……そうですね。一刻も早くここから出てあいつの本性をみんなに教えましょう」

「そうは、言ってもねえ……あら?」

 愛子さんは鼻をくんくんとさせて臭いを嗅ぎだした。

「何か、変な臭いしない?」

「そういえば……」

 確かに何かが焼ける臭いがするし、パチパチと何かがはぜる音もする。

 この時点で普通なら気がついている。しかし人間というのは、それが分かりきっている事でも、自分にとって都合が悪いものだと、気付かないふりをして現実から目を背けてしまうものなのだ。それでも抗いようも無く、僕の目に飛び込んできたのは、小さな窓から見えた真っ赤な炎だった。

「愛子さん!あいつらこの小屋に火を放ちやがった!」

「どうやらそのようね。ごほっ」

 壁の隙間から煙も入ってきて、僕はむせる。

「ごほっごほっ、あ、愛子さん大丈夫ですか?」

「大丈夫なわけないでしょ!ごほっ!」

「ああーっ!くっそーーーっ!」

 悔しさのあまり僕は床をゴロゴロと転げまわった。

「ちょっと!何やってんのよ!そんなことしてないで何か逃げる事考えなさいよ!」

「くっそーーーっ!ちっきしょーーーーっ!くそったれぇーーーっ!」

 僕は一段と激しく転げまわった。

 こんなことしても何の意味もないことは分かっていたのだが、何もしないのはもっと嫌だった。この時の僕は多分――

 死ぬのが、死ぬほど怖かったのだろう。

 その結果が床を転がりまわりながら、悪態をつくという、まるで自分の思い通りにならなっかた子供のような行為になったのだと思う。

 火のまわりは予想以上に早くて、すでに小屋の中にまで火がついていた。もう、崩れるのも時間の問題だろう。僕はむせて息苦しい思考でこれまでの人生を考えていた。考えてみるのだけれど、いまいち何も思い出さない。

 そうか、僕には思い出すほどの大切な思い出っているのは無いのか……。

 そう思うと、何だか泣けてきた。

「ごほっごほっ、太郎、あなた何泣いてんのよ。ごほっ、ばっかじゃないの」

 愛子さんは、はははっと力なく笑った。

「そりゃあ泣きますよ!ごほっ!死ぬ時には走馬灯が見えるっていうのに、ごほっ、僕には何も見えないんですから」

「あら、そう。あたしにも何も見えないわ。ということはあたし達はきっとまだ死なないんじゃない?」

「こんな状況でなんでそんなことが言えるんですか!」

 僕の言葉がもう聞こえていないのか、愛子さんは朦朧としたような声でこう言った。

「あたしの考えが正しいなら、もうすぐ来るわ」

「来るって何が……?」

 煙で辺りがあまり見えなくなってきた……。

 熱と煙で息もあまり出来ない……。

 目もかすんできて、いやでも死を意識してしまう……。

 ――その時だった。

 いつの間にか、煙の中に人影が立っていた。

 最初は見間違いだと思った。

 しかしその人影は僕と愛子さんを肩に軽々と担ぐと、すばやく小屋を脱出した。

 脱出したと同時に小屋は焼け落ちる。

 間一髪、僕たちは助かった。

「ごほっごほっ!まったく遅いわよ!何してたのよ――」

 目が慣れてきて、僕たちを担いでいる人の顔が見えてくる。

「――流鏑馬!」

 僕たちを炎の中から助け出してくれたのは、ここ最近姿が見えなかった流鏑馬さんだった。愛子さんに叱られた流鏑馬さんは少し、しゅんとしている。

「申し訳ありません、愛子様。少し道に迷ってしまいまして……」

「あなたは忍者なのになんで方向音痴なのよ!大体、この施設に少し前から潜入してたはずでしょ!それなのになんで道に迷うのよ!馬鹿っ!」

「誠に申し訳ありません。まったく言い訳のしようもありません。かくなるうえは、腹を切ってお詫びを――」

「ああー!もう!そんなのは後でいいから、さっさとあたしたちの手足の縄をほどきなさいよ!いつまで担いでいるつもりなのよ!」

「御意!」

 愛子さんに命令されて、流鏑馬さんがすばやい手つきで僕たちの手足を縛っていたロープを切ってくれた。

 ああ~助かった~。

 僕は心の底からホッとした。

 ホッとしたと同時にさっきから気になっている、とてもスルーできない疑問を愛子さんにぶつけてみる。

「あの……こんな事、今、聞くべきかどうかちょっと分からないんですけれど、どうしても気になるので訊いてもいいですか?あの……忍者ってなんですか?」

「ああ、忍者って言うのは戦国時代とか江戸時代とかに活躍した、隠密行動を得意とする者たちの総称よ。有名なのは伊賀とか、甲賀とか――」

 わざと、とぼけているな。

「いや、そうじゃなくって、流鏑馬さんって忍者だったんですか?」

「あら?言ってなかったっけ?そうよ。流鏑馬は流鏑馬流忍術、第十六代頭首なの。だから流鏑馬を名乗っているのよ」

 ねえ?と愛子さんは流鏑馬さんに話を振る。

「そうでござるよ、太郎殿。拙者は忍びの者でござる」

「そんな話し方してなかったじゃねえか!」

「どんな時も愛子様をお守りする事、それが俺の忍道だってばよ!」

「キャラが違うだろ!」

「にんともかんとも」

「古っ!」

 流鏑馬さんってこんな人だったんだ……。

 ただ、忍者だと考えれば色んな事に説明がつく。最初に会った時のあの身体捌きとか、煙の中でも平然と活動できるところとか。でも、それにしてもこの現代でもいるんだな、忍者って。

 

「さて、ちょっと順番が狂ってしまったけれど、おおむね予定通りね」

 愛子さんはパンパンと身体の埃と煤を落としながら話す。

 さっき、殺されかけていたのに何が予定通りなのか分からないが……。

「予定通りなの!うるさいわよ!太郎!」

「うるさいって僕は何も言ってないですよ。愛子さんが勝手に僕の心を視てるだけじゃないですか!」

 そうなのだ、愛子さんは眼帯を外したままなので、気をつけていないと心の中も筒抜けなのだ。

「それで、今から一体どうするんですか?」

「そんなの決まっているじゃない」

 愛子さんはとても凄惨に笑う。

「あいつらに仕返ししてやるのよ」

 うふふふ、と愛子さん。

「でも、どうやって?」

「うふふふ、安心しなさい。あたしにいい作戦があるわ」

「いい作戦?」

 こういう時の愛子さんほど、あてにならない物も無いけれど……。

「うるさいわね!まあ、そう言わずに聞きなさいよ」

 その後、愛子さんに教えられた作戦というのは、とてもいい、とは言いがたいものだったけれど、それでも今、考えうる物の中ではましだと思った。

 というよりそれしか無い気がする。

 成功するかどうかは分からないけれど……

 僕はその作戦にのる事にした。

 その作戦とは……。

 


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