道標の方程式(5)
是非、縦書きで読んでください。
毎週水曜日午前0時(火曜深夜)に次話投稿します。
5
中央集会場の中にはすでに沢山の人が入っていて、僕は糸くんと一緒に後ろのほうに並んで座る事になった。みんなそれぞれが思い思いの場所に地べたに座っている事からも、ここは表向きには自由というか放任が主義のようだ。
「太郎」
呼びかけられて振り返ると愛子さんが立っていた。
「どう?糸くんは見つかった?」
「はい……まあ……」
「やったじゃない。それでどこにいるのよ?」
愛子さんはきょろきょろと辺りを見回す。
「それらしい子はいないみたいだけど……」
「あの……目の前にいます……けど……」
「目の前ったって…あなた……」
まだ周りを探している愛子さんに、僕は無言で隣に座る変わり果てた糸くんを目線指して教える。
「えっ?こ、これ……?」
僕は頷く。
「これが……?写真と全然ちがうじゃない!」
「うるさいよ!これ、じゃなくてぽっくんには佐々咲糸という名前があるんだよ!」
僕たちの騒ぎを聞いていた糸くんが愛子さんに注意した。
「ぽ…ぽっくんって……終わってるわ……。わ、悪いんだけれど、あたし、なんだか急激にやる気がなくなってしまった気がするわ……」
愛子さんはがっくりと肩を落とす。
「非常に良く分かりますよ。彼は何と言うか、著しくモチベーションを下げさせる存在ですからね……」
僕も同じように肩を落とす。
「これでせめて御礼が無ければ、ここで放り出してもいいのだけれど……もう貰っちゃたのよねえ……しかも、使っちゃったし……」
「使ったって、あんた、何やってんだよ!」
「だってえ、欲しい服がバーゲンでえ、安かったんだもん……」
てへっ、と自分にゲンコツをする真似をする愛子さん。
「だもん、じゃねえ!今時JKでもそんな言い訳、言わんわ!しかも欲しい服って、あんたいつもその上にマント、羽織ってんじゃねーか!」
この場合のJKってのは、何ていうか、『ああ』いった感じの女子高生って事ね。念のため。
「分かってないわね、太郎。おしゃれっていうのは、見えないところだからこそ粋ってものなのよ」
と決め顔で言う愛子さん。何故そんなに、してやったり顔なんだよ……?
「マントで隠したら、それは無駄と言うのでは……」
「もう!何でもいいからさっさとサクッとマルっと解決して帰るわよ!大体あなたはあたしの助手なんだから、文句は言わせないわ!」
「はいはい…仰せのままに……」
「はい、は三回!」
「増やしてどうすんだ!」
「はい、は三、四回!」
「曖昧!」
そんな風に僕たちがいつも通りじゃれ合っているうちに、
「――皆様、静粛に」
前方の壇上にいつの間にか天苑が現れていた。
「それでは皆様もお集まりのようなので、滋原晃法様のお話をお聞きしたいと思います。何卒ご静粛にお願いいたします。それでは――」
天苑は右手を広げ、壇上の中央を指す。
「滋原晃法様、お願いいたします」
天苑の合図で舞台中央が割れてせりあがって来る。モクモクとスモークを焚いた演出が効いていて、予想以上のチープさだったが、そこから写真で見た以上の胡散臭さを湛えた滋原晃法が現れたのだった。
「馬鹿みたいな演出ね」
愛子さんが歯に衣着せぬ感想を述べる。まあその通りだよな。
馬鹿みたいな演出で馬鹿みたいなおっさんが出てきたのに、会員(信者?)の皆さんは割れんばかりの拍手と喝采でそいつを歓迎するのだった。
「馬鹿みたいだけれど、何があるか分からないから、気を抜くんじゃないわよ」
「はい……」
愛子さんに窘められて、僕は改めて気を引き締めなおした。横を見ると愛子さんはすでに眼帯を外して、すでに臨戦態勢といった風だ。
正直、そこまでする必要があるとは思えなかったけれど、言われるがままに漠然と気合を入れてみる。
しかしこの後、僕は自分の考えの甘さを痛いほど知るのだった。
文字通り痛感した。
前を見て、滋原の話というのを聞いてみる。何だかよく分かるような、分からない話をしている。そうしているうちに、知らぬ間に集会場全体に、
――甘くて妙に気持ちのいい、
――それでいてどこか興奮して、
――だけど何となく落ち着くような香りが充満していた。
きっと演出の一環で、お香か何かを焚いているのだろう。それにしても滋原の言葉があまり頭に入らないような、そんな気がする。注意力が散漫になって……いや、それよりもすごく頭が冴えて一つの事にとてつもなく集中しているような感覚だ。
気持ち悪いのだけれど気持ちいい。
不快な快感。
何だか…意識が朦朧と……。
「太郎!」『バチンッ』
「ぐはっ!」
愛子さんに思いっきり頬をビンタされた。
「しっかりするのよっ!」
「はい……わかってますよ……」
そうだ。
僕がしっかりしなくては。
僕は頭を振って気をしっかり保とうとする。
「太郎、あなた大丈夫?」
愛子さんが珍しく僕を心配してくれている。
「何か、変なんです。何だか頭がぼーっとして、眠いような、興奮しているような」
「きっとそれはこの臭いのせいよ。この臭いで冷静な判断を出来なくして、みんなを言いなりにしているんだわ。所謂、洗脳ってやつね。なるべく臭わないようにしなさい。その証拠にほら、見てみなさい」
愛子さんに促されて周りを見てみると、隣の糸くんをはじめ、周りのみんなが同じように、薄笑いを浮かべたような表情で、壇上の滋原を眺めていた。
「これが奴らの手口って訳ね……。さて、どうしたものか……」
愛子さんは顎に手を当てて思案顔。
「それはそうと、愛子さんは平気なんですか?僕なんか、今でもまだ、朦朧としているんですけど……?」
「全然平気って訳じゃないけど、あたしにはこの左目があるからね。こっちの目に意識を集中させておけば、こんな子供だましぐらいなんて事ないわ」
「それはそれは……」
頼もしい事で……。
「それで、どうやってこの洗脳を解くんですか?とりあえず糸くんだけでも洗脳を解いてここから連れ出さなきゃ依頼が遂行できませんよ。何か考えがあるんですよね?」
「そんなの決まっているじゃない」
愛子さんはその慎ましやかな胸を大いに張って、
「何も考えてないわよ」
と大威張りで答えた。
「……やっぱりね」
まあ、予測はしていた。
というか予定どおりのノープラン。
「何よ、その顔は!何か文句でもある訳?」
「いや、文句はありますが、それよりもこの状況を何とかしましょうよ」
「この状況って何よ?」
愛子さんの問いに僕は無言で周りを見渡すようにして答える。
周りを見ると、さっきからの僕たちの騒ぎのせいでみんなこっちを向いてじーっと僕たちを見つめている。
「あ……あれ?」
愛子さんはその事に今、気が付いたようで明らかに動揺している。
「これは、いけませんねえ。晃法様のお話の途中で騒ぐなんて。ちゃんと最初に言ったはずですよ、静粛にって。あなたたちにはお仕置きが必要かもしれませんねえ」
壇上では天苑がニコニコ笑いながらそんな風に僕たちに言ってきた。
「まあまあ、天苑。彼らは見学者なんでしょう?それなら大目に見てあげてもいいんじゃないか?」
そんな天苑を滋原がなだめる。
「それに彼らは、我々に何か言いたい事があるようですし」
そう言うと滋原は満面の笑みを作った。しかしその目はまったく笑っていないように見えて、とても不気味だった。その不気味さは僕を怖気づかせるのに十分だった。しかし、
「――その通りよ!」
滋原に気圧された僕とは対照的に愛子さんは悠然と壇上へ近づいて行きながら続ける。
「他の人たちにはどうか分からないけれど、あたしにはこんな子供だましは通用しないわよ!」
僕も少し遅れながら愛子さんについて壇上へ近づいていく。
「あたしが来たからには観念する事ね」
ズンズン進む愛子さんと、こそこそそれについて行く僕。
周りの人たちの視線が怖い。
「さあ!今すぐこの人たちを解放しなさい!」
愛子さんは舞台のすぐ前までやってきて、滋原を見上げるようにしながら、それでも精一杯、尊大に滋原を指差し、そう宣告した。
「はははっ面白いことを言う。一体、何を言っているのかな?」
そう言って滋原が天苑を見やると、天苑は苦笑して肩をすくめた。
「まるで人を極悪人のように言うということは、よっぽど大した根拠があるんだろうね?お嬢さん?」
そうだ、根拠。
愛子さん、根拠ぐらいありますよね……?
「そんなものは――」
愛子さんはその慎ましやかな胸を大いに張って
「無いわ!」
と高らかに宣言した。
まあ、パターンからするとそうなりますよね……。
「でも、この人たちを見ていれば分かるってものだし、あたしのこの左目にかかれば、どんな悪事だって見抜けるんだから!」
確かにそうなんだけど……。
「それじゃあ、何も証明はしていないな。馬鹿なことを言うもんじゃない、お嬢さん」
結局、滋原にそう言われてしまうよね……。
実際、馬鹿なこと言っているのも事実だし。
「証明なんてしなくても、分かるんだって。大方、この臭いで朦朧としたところで、催眠術でもかけているんでしょ?あたしの左目はそんなものに引っかかったりはしないんだから!白状なさい!」
なるほど。
愛子さんの強気の根拠はともかく、確かにそれなら全てに説明はつく。強力な催眠、それはもう洗脳のレベルかもしれないけれど、それを施せば対象を自在に操り、その行動を支配する事が出来るだろう。そうすればお布施をどんどん巻き上げる事も、自分に生命保険をかけて死なせる事も簡単だろう。
ただ、それはその洗脳を施したという事実を証明出来なければ、全て愛子さんのただの想像、悪く言えば決め付けという事になってしまう。それを証明するというのはとても難しい事、いや、そもそも不可能なのではないのだろうか?もっと大きな機関、それこそ警察機構なんかに頼まないと分からないのではないのだろうか?
愛子さんの左目にはその事実が見えているのだろうけれど、それこそ証明するのはもっと困難だ。
このままでは、僕たちはどうやったって滋原達には勝てない。
その事実だけが厳然と目の前に立ちはだかっただけではないのだろうか。
「そういう言いがかりは止めて欲しいものだな。そっちこそ何か悪いものが憑いているんじゃないか?」
余裕さえ感じる笑顔で滋原はそう言うと、身体を前に乗り出し、
「どれ、私がお嬢さんの運命を見てあげよう。私は人の運命が見えるから、みちしるべ、なんてよばれているんだよ」
と、目を見開き愛子さんを上から下までじろじろとねめつける。
滋原はふむふむとか、なるほどとか言いながら愛子さんを見て、ひとしきりそうした後、目を閉じ黙り込む。
「な、何よ。どうせ何もわかってないじゃない。あたしにはそれが分かるんだって」
愛子さんが少し不安そうに、それでも精一杯強がって訊ねる。
その時――
「出ぇーーたあぁーーーーーっ!」
滋原が閉じていた目を大きく見開き、唾を飛ばすほどの勢いで叫んだ。
「ひいっ!きもっ!」
愛子さんは思いっきりその顔を見てしまったので、思いっきり嫌悪感を露にした。
「髑髏塚愛子、お前は――」
さっきとは打って変わって恐ろしく低い声で、まるで脅すように滋原は続けた。
「お前は、今晩その身を罪の炎に焼かれ命を落とすであろう。悔い改めよ」
そう言うと滋原はまた目を閉じる。
「何?あたしが今晩、焼け死ぬって言うの?ばかばかしい。そんなのあるわけ無いじゃない。何を言うかと思えば、そんなただの脅しにあたしが屈するとでも思ったの?」
ばっかじゃない、と愛子さんは言い捨てる。
「馬鹿なのはお嬢さんの方だよ」
滋原は余裕綽々といった表情で言う。
「今までもお嬢さんのように私の忠告、いや、予言を聞かなかった者は何人かいたが、その者たち全員が、もうすでにこの世にはいない。これは私が何を言わんとしているか分かるな?分かったなら、私の言う事を――」
「だから、ばっかじゃないって言ってるのよ。他の奴らとあたしを一緒にするんじゃないわよ。あたしはそんなちんけな脅しなんて死んでも聞きません」
愛子さんは滋原を遮って、そう言うと改めて滋原を睨みつける。
「そうか……」
滋原は頷くとその場に集まっている全員に向けて、
「この者は悪霊が取り憑いておる。今から、この者から悪霊を追い出す。皆でこの者を取り押さえよ」
と言った。
すると、そこにいた全員がジリジリと僕たちに迫ってきだした。
「ちょっと、目を覚ましなさいよ!自分達が何をやっているかわからないの?」
愛子さんは怯えながらも気丈に皆に訴えた。しかし――
「愛子さん、無駄みたい……。操られているから僕たちの言葉は届かないみたいです。ど、どうしましょうか……?」
「あなた、どうしましょうかって言われても、どうしようもないわよ」
「そんな、無責任な……愛子さんがあんなに挑発するからでしょ」
「何よ、その言い方!あなたなんて何もしてないじゃない!あたしの後ろに隠れてばっかりで、まったく何の役に立ちもしない」
「ぼ、僕はタイミングを計っていたんですよ!それなのにあんなに勝手に独走するから!」
「だって、ものすごく腹が立ったんだもん!あたしは心が見えるからあいつの悪事が全部見えているのに、あいつ全然、認めようとしないんだもん!」
「そんな、子供じゃないんだから……」
などと言い争っている間にも人の輪は小さくなり、僕たちを囲んですぐそこまで迫っていた。全員が気持ち悪く薄笑いを浮かべている。
「愛子さん……さすがにこれはまずいんじゃ……」
「そうね……とりあえず今は言い争うのはやめましょうか……」
その場にいた人たちがまるでホラー映画のゾンビのように手を前に突き出して僕たちに迫ってくる様はトラウマになりそうなほど恐ろしかった。
「とにかく、逃げないと……」
「逃げるって言ったって……」
愛子さんは泣きそうな顔で僕を見る。その時――
「太郎!危ないっ!」
ゴンッと鈍い音がして僕の後頭部に衝撃が走った。
と同時にグニャリと視界が歪む。
足が言う事をきかなくなった様に踏ん張る事が出来ない。
そのまま地面に倒れこむ。
「太郎!太郎!」
愛子さんが僕を呼ぶ声がひどく遠くに聞こえて――
僕はそのまま目を閉じてしまった。
愛子さん、ごめんなさい。
どうやらあなたを守れなかったようだ。
ごめんなさい。
さようなら。
ごめんなさい。
さようなら。