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道標の方程式(3)

是非、縦書きで読んでください。

毎週水曜日午前0時(火曜深夜)に次話投稿します。

                         3

 

 

「佐々さささき縒子よりこ……と申します」

 おばさんはぽつりぽつり、事情を説明しだした。話してみるとおばさんというかご婦人といった印象。実は眼科開業医をなさっているそうで、結構なセレブだったりする。

 佐々咲さんは道に倒れているのを僕たちに拾われて、ドクロ事務所にやってきていた。あそこから背負ってくるのははっきり言って重労働だったのだけれど、これも助手の仕事らしく、僕は文句の一つもいえなかった。まあ、あのままあそこに捨てておくわけにもいかないもんね。実際。

「それで――何であんなところで倒れていたんですか?」

 僕はいつもの応接セットの自分の場所に座り、正面に座る佐々咲さんに訊いた。愛子さんはその様子を自分の机で頬杖をついて見ている。もちろん眼帯は外している。

「はい。あの……お答えしたいのですが…その前に、ちょっとお願いが……」

 佐々咲さんはセレブらしく、こんなまだまだ小僧な僕にもひどく丁寧に話してくれるのだった。その事に少し恐縮する。

「お願いって何ですか?僕たちに出来る事なら、出来る限り応じたいとは思いますが…」

「それは……その……大変、不躾ぶしつけなお願いなものですから……」

「まあ、そう言わずに、言うだけ言ってみてくださいよ」

 子供のようにモジモジする佐々咲さんに、僕は出来るだけ愛想よく言った。

「ほら、言ってみないと分からないですし、ね?」

「はあ……そうですか。それなら――」

 佐々咲さんは決心したように顔を上げて、

「何か食べさせてください」

 と言った。

「……はい?」

「やっぱり変ですよね。すみません。忘れてください」

「いや……確かにいい大人が言うにはあまりにもな台詞ですけれど……また、何で?」

「それは………」

 言いよどむ佐々咲さんに代わって、今までずっと黙っていた愛子さんが話し出した。

「それは、お腹が空きすぎてあそこで倒れていたからよ」

 愛子さんはそう説明すると、南を呼んで何か暖かいものでも出すように指示した。

 ってことはなにか?あそこで本当に行き倒れてたって言うのか?

 このご時勢に?

 ――数分後。

 南が持ってきた何かのスープらしきものをとりあえず平らげて、佐々咲さんは落ち着いたのか、また話し始めた。

「実は、私はある場所から逃げてきたのです。そこはとても遠く、夜中に逃げ出したものですから、公共交通機関も無く、仕方が無いので歩いて自分の家を目指したのですが道半ばでどうにもめまいがしだして、たまらず倒れてしまったのです。もうおしまいかと思いました。でも、そこにあなた方が運よく来て下さって、私を助けてくださったのです」

 ありがとうございます、と深々と頭を下げられた。

「あと、おかわり、お願いします」

「まだ食うんかい!」

 南が持ってきた二杯目のスープらしきもの(色が緑色なのだが…)を美味そうに平らげて佐々咲さんは続ける。

「私の息子…名前はいとというのですが、その息子がそのある場所にいまして、そこから連れて帰ろうとしましたら、連中に捕まってしまい、何日間も飲まず食わずで監禁されていたのです。それで、必死に逃げてきたのでお腹が空いてしまって……」

 佐々咲さんは恥ずかしそうに俯いて、

「おかわり、良いですか?」

 と訊いてきた。

「どんだけ腹が減ってんだよ!」

 そんなに美味いのか?その緑色のドロドロしたものが……。

 南が持ってきた三杯目のスープらしきものを美味そうに飲む佐々咲さんに僕は訊ねる。

「それで――その……えっと糸くんですか、がいて、佐々咲さんが監禁されていたのは一体どこなんですか?さっきから何か、言いにくそうですけれど……?」

 スープらしきものを飲む手を止めて、佐々咲さんは周りを伺うようにして小声で話す。

「それは……《こころのみちしるべ》です」

「こころの……みちしるべ……?」

 ふと、如来さんのことが思い出される。

「それって一体何なんですか?」

 それには佐々咲さんの代わりに、今までずっと黙って様子を見ていた愛子さんが答えた。

「最近流行っているカルト教団、もしくは自己啓発セミナーのようなものね。あまり良い噂は聞かないわ」

「何だか、すでにキナ臭いですね……。それにしても、なんで息子さんはそんなところに居るんですか?」

「それは……」

 佐々咲さんは言いにくそうにしながら、それでもスープらしきもの(もういいかげんスープと認めてもいいのだけれど、ここまできたら意地だ)を少しずつ口に運びつつ、同じようにゆっくり、少しずつ話し出した。

「糸は……優しい子なんですが…周りからの期待というか、自分に向けられている視線をその分必要以上に重く受け止めてしまう子でして……いつしかそれはあの子の中で大きなストレスになってしまっていたようでなのです。それで……去年あたりから、うちに引きこもってしまいまして…最初は私たち家族も気長にまとうと思ったのです。それが先日、突然出てきたかと思ったら、《こころのみちしるべ》が運営している山奥の施設に入ると言い出しまして……私共も、もちろん引き止めました、ですが……あの子は夜中にこっそり出て行ってしまったのです。それで連れ戻しに行ったというわけなのです」

 佐々咲さんは一呼吸置いてこう言った。

「おかわりっ!」

「まだ食えるのか!」

 何だか、何となく、台無しだ。

 もう、キャラとかめちゃくちゃだし……。

 まあ、かわいいおばさんだということは分かったけれど。

 南が持ってきた四杯目のスープらしきものに口をつけたのだけれど、佐々咲さんはすぐにスプーンを置いてしまった。

「どうかしたんですか?」

 やっぱり息子の事を思い出して心配になってしまったのだろうか?

 それで、もう喉を通らないとか?

「大丈夫ですか?お気持ちはお察しします。」

「もしかしたら……」

 佐々咲さんはスープを見つめてこう呟いた。

「お腹いっぱいかも……」

「子供か!」

 自分の腹の容量ぐらいちゃんと把握しとけ。

 こんな親だと、出て行きたくなる糸くんの気持ちも十分分かるってものだ。

「それで――」

 佐々咲さんはそんな僕の内面の突っ込みなんて気付かずに続ける。

「それで、私ではあそこから糸を連れ帰ってくることは到底無理なので、出来ればその……代わりに連れ帰ってきていただけないでしょうか?その……先ほどお聞きしたところ、愛子さんはトラブルシューターだということで……この問題を解決していただけたら、と思うのですが……」

 佐々咲さんは小首を傾けて、

「ダメ?」

 とお願いのポーズを取る。

 この人のキャラが分からない……。

 愛子さんはというとあまり乗り気ではないようで、

「う~ん……どうしよっかな~……」

 何て言っている。

「もちろん、ただで何て言いません。お礼はそれなりにはずませて頂くつもりですが……いかがでしょうか?」

「お礼ね~……あたしも別にお礼が欲しくてこの仕事してるって訳じゃないんだけど……糸くんは自分で好きにそこに行ったんだし……」

 そうさ、我らが愛子さんはそんな理由では動かないのだ。もっと人助けとかの正当な理由がないと引き受けない。そうですよね?愛子さん?

 …………あれ?気のせいか愛子さんの目が¥マークに見えるんだけれど……

「まあ、でも、そこまで言うならしょうがないわよね!いやいや、決してお礼が欲しいって訳じゃないわよ。そんな、少し欲しい物があるとかそんなの関係無しに、あたしは純粋に助けてあげたいの。えっ?お礼?もちろん頂くわ。それはそうよ。せっかくのお気持ちですからね。頂かないと失礼になっちゃうわ」

 愛子さんは立ち上がり、佐々咲さんの横まで来て手を差し出して、

「この問題、あたしが預からしてもらうわ」

 と言って佐々咲さんと握手した。

「これで契約成立ね」

 ……この人、嘘つけないんだな……。

「ありがとうございます」

 佐々咲さんは握手したまま頭を下げ、

「それじゃ、ついでに――」

 頭を上げて微笑んで

「おかわり、お願いします」

 と言って空になったお皿を差し出した。

「お腹いっぱいじゃなかったのかよ!そして、いい加減に遠慮しろ!」

 おばさんってこんなに食べるんだったっけ?

 てか、いつの間に食べたんだ?

 南はもう心得たもので、すでに用意していたみたいですぐに持ってきた。

 いや、お前も断れよ……。

 

「そうと決まれば――木星」

 愛子さんに呼ばれた木星は紙の束を抱え、いつもの機械の裏から出てきた。

「ん、ありがと」

 木星は愛子さんに紙の束を渡すと、また無言でいつもの場所に帰って行った。ペラペラと紙をめくって愛子さんは感嘆の声をあげる。

「相変わらず、この短時間によくここまで調べられたものね。えーっと…代表は、滋原しげはら晃法こうぼうってこのおっさんね。うわ~いかにもって感じだわ」

 愛子さんがこちらに向けた紙には、スキンヘッドにひげをたくわえて、でっぷりと恰幅よく太った中年が胡散臭く微笑んだ写真が印刷されていた。正直言って、こんな人、普通は信用しないように思うんだけれど……といった印象。

「でも、あたしはこっちの方が臭いんだけれど……」

 そう言って愛子さんに手渡された紙に載っていたのは、銀髪をオールバックにし、白いスーツを颯爽と着こなした一人の男だった。

「副代表……天苑あまぞのはく……」

 こちらはさっきとうって変わって、なんとも人当たりの良さそうな笑顔で写真に写っている。清潔感もあるし、僕としては好印象なのだけれど……まあ、あくまでもさっきと比べてなのだが。

「こいつ、何か臭うわ……要注意ね」

「そうですか……」

 ベテラン刑事みたいな台詞を言って愛子さんは紙の束を次のページへめくる。

「それにしてもすごい量の資料ですね。それって一体どんな内容なんですか?」

 大量の紙の束をめくりながら、愛子さんはこちらを見もせずに答える。

「死亡事件の記事よ」

「えっ?」

「だから、その《こころのみちしるべ》が係わったであろう死亡事件の記事と、詳細な警察の記録、聴取の内容、その他、木星が調べられるだけ調べてくれてるみたいよ」

 広辞苑ぐらいの紙の束を手に愛子さんはそう言った。

「そ、それ、全部ですか……?」

「そう。これ全部。しかも全部未解決、もしくは不明瞭な解決を一応、迎えているわ」

 これが全部……。

 あまりの量に僕は愕然とした。

「さらに言うと、これは表に出てきているだけで、出てきていないものもきっともっとあるはずよ。今回の佐々咲さんが監禁されてた件とかね。詳しくは潜入して調べてみないと分からないけれど……」

 この人、潜入好きだな……。

「そういえば、佐々咲さんもそのまま監禁され続けていたとしたら、どうなっていたか分かりませんしねって……それって……ちょっとやばくないですか?」

「そうね~……ちょーっとヤバ目かもね」

「ちょっとじゃないですよ!」

「まあ、刑事ドラマみたいで楽しいじゃない」

 そんな楽観的な……

「一人で行くなんて無茶ですよ」

「一人でなんて行かないわよ」

 愛子さんは意外そうにこちらを向く。

「えっ?……ああ、流鏑馬さんですね。まあ、あの人ならいざって時に頼りになりそうですけど、それでも危ないと思いますよ」

「何言ってるの」

 愛子さんは心底呆れたように

「あなたが一緒に行くんじゃない。助手でしょ?」

 といって笑った。

「えぇっ?ぼ、僕っ?」

「何よ?嫌なわけ?」

「いや……そりゃあ…嫌…ですけど……それより、僕が行ってもあまり役に立たないと言うか……これは、人選ミスって言うか……」

「つべこべ言わずに来ればいいのよ。大丈夫、いざって時はあたしが守ってあげるから」

 ねっ?と愛子さんはウインクしてきた。

「……そこまで言われたら、男、田中太郎も引けません。愛子さんにお供いたします!」

 半ば強引に僕も行く事になってしまった。

 大体、台詞が逆だ。情けない……。

「そうと決まれば――」

 愛子さんはマントを脱ぎ捨て、

「潜入捜査よっ!」

 と高らかに宣言した。

 その時――

「ごちそうさまでした」

 佐々咲さんが五杯目のスープを飲み干したのだった。


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