暗殺少女のしあわせごはん ~お披露目前の最強暗殺者、組織が壊滅したので冒険者ギルドで働きます!~
私はレベッカ。
最近、教育係を任されるようになったギルド受付嬢である。
先日、うちのギルドにちょっと変わった新人の女の子が入ってきた。
黒髪のおかっぱ頭で、必要以上のことは喋らない。
年はたぶん、私と同じ十六くらいかな?
妙に落ちついているっていうか……強面の冒険者の人が来ても動じないし、むしろ強そうな人ほど、彼女にやさしい気がする。
それに、常識的なことは全然知らないのに、魔獣の弱点とか、魔導具の使い方とか、そういうのにめっちゃくわしい。
ギルドの指導員さんよりくわしいって、いったいどんな勉強をしてきたのかしら……。
気になって仕方がないけど、あんまりプライベートに踏み込むのもなぁ……。
そんなことを考えていると、件のミレイアちゃんが出勤してきた。
ちょっと緊張しながらも、カウンターを拭いたりして、私は気づいていない振りをした。
「おはようございます」
「あ、うん、おはよー。ミレイアちゃん、お仕事はどう? 慣れてきた?」
軽い気持ちでたずねると、ミレイアちゃんはじっと虚空を見つめ始めた。
え、ちょ……どうしよう……。
もしかして、嫌味に聞こえちゃったとかっ⁉
もっと仕事に関係ない話から振るべきだったのかしら……。
内心ドキドキしていると、ミレイアちゃんがボソッと答えてくれた。
「……評価基準によりますね」
(そりゃそうだけどもっ!)
脳内で突っ込みつつ、コミュニケーションを試みる。
「そ、そう。えっと……自分なりっていうか、そうだ! 依頼の受付はもう大丈夫だもんね?」
「……」
無言でコクンと頷くミレイアちゃん。
いちいち心臓に悪い……。
そこにタイミングよく冒険者の方が依頼書を持ってきた。
「ねぇ、これ、請けたいんだけど」
これは仕事ぶりを見るチャンスだわ!
私はミレイアちゃんに目配せをした。
(がんばってね!)
「拝見します……」
ミレイアちゃんは依頼書に目を通しながら、冒険者の男性を見た。
「ジャックさん、ランクはC……魔法は使えない、と……」
チェック項目に印を入れながら、さらさらと書類を書き上げていく。
(うんうん、良い感じ!)
が、そこでミレイアちゃんのペンが止まった――。
「おそらく、あと数回はゴブリン討伐を経験された方がいいですよ。ランクが上がったばかりですし、いまの力量でダークジャッカルの単独討伐はおすすめできません」
「は、はぁ⁉ そんなもん俺の勝手だろ!」
ジャックさんは顔を真っ赤にしている。
(こ、これはマズいかも……)
「しょ、少々お待ちを――」
私は咄嗟に間に入り、ミレイアちゃんに耳打ちをした。
『み、ミレイアちゃん⁉ 何か根拠はあるの? ていうか、私たちは冒険者さんの力量を測ったりしないっていうか……測れないっていうか……』
『……そうですか。たしかに、あえて高難易度の依頼をこなすことで、レベルが上がるかもしれませんね。失礼しました』
『え? あ……(そんなにすんなり??)』
「お待たせして申し訳ございませんでした。ご依頼のお手続きを進めます」
ミレイアちゃんはサクっと謝罪を済ませると手続きを再開した。
「わ、わかりゃいいんだよ、わかりゃ……」
ジャックさんは落ち着いたみたいで良かったけど……。
なんとなく、もやもやしたものを感じる……。
よくよくジャックさんを見てみると、たしかに装備も手入れがなっていないし、ランクが上がったばかりの冒険者にありがちな自信過剰な雰囲気も見て取れる。
きっちり仕事をこなす冒険者に、装備をおろそかにする人はいないし……やっぱり、ミレイアちゃんが正しいのでは……⁉
もしそうなら、私は頭ごなしにミレイアちゃんの意見を押さえつけてしまったことになるんじゃ……⁉ サァッと血の気が引く。
「あ、あの! ジャックさん、ダークジャッカル討伐は常時発注される依頼です。もう少し、考えてみてはいかがでしょうか?」
「さっきからなんなんだよ! このギルドは冒険者にケチつけんのか?」
「ひぃっ⁉」
その時、ジャックさんが影に包まれる。
「ん? 何か暗ぇな?」
背後に立ったのは、常連冒険者のヘンリーさんだった。
「おい、お前。ランクは?」
「あ?」
振り向いたジャックさんは青ざめた。
それもそのはず、ヘンリーさんはここらじゃ「黒鬼」という二つ名で通っている凄腕のAランク冒険者だ。
「げっ、く、黒鬼……さん⁉ いや、じ、自分はC……です」
「ふむ……。ダークジャッカルと一対一ならお前が勝つだろう。だが、相手は群れでくるぞ? 大きな群れに当たれば、その数は二桁を超える。ひとりで捌く自信はあるのか?」
「い、いえ……ないっス……」
「なら、やめておけ。依頼はいくらでもあるが、命はひとつだけだからな」
「……はい」
ジャックさんがすごすごと帰ろうとする。
「――おまちください」
「え? な、なんだよ……。俺はあやまらねぇぞ?」
ヘンリーさんの目をちらちら気にしながらジャックさんが言った。
「いえ、違います。こちらの依頼なら良い腕試しになるかと――」
そこには、いつの間にか用意された依頼書があった。
『ホーンラビット討伐』
「ほぅ、ホーンラビットか……。比較的狩りやすいが、数が多い。だが、肉も角も売れるから金になる」と、ヘンリーさんが横から依頼書を覗き込む。
「へぇ、そうなんすか……」
ジャックさんも少し興味が出てきたようだった。
「急所の位置と動き方のパターンなどを書いておきました。ご査収ください」
「えっと……なになに、左右に二回ジャンプしたら突っ込んでくる合図。顎と背中が急所か……。ふぅん、なんかやれそうだな……。よし、これ請けてみるわ!」
「ありがとうございます、ではこちらにサインを」
ジャックさんがサインを済ませる。
「じゃあな、へへっ。楽しみにしとけよ!」
依頼書を懐にしまうと、ジャックさんは颯爽とギルドを飛び出していった。
「新人か、名前は?」
ヘンリーさんが面白いものを見つけたみたいに尋ねる。
「ミレイアです」
「ミレイアか……覚えておく」
「よろしくお願いします」
無表情でぺこりと頭を下げるミレイアちゃん。
大物っていうか、ほんとに動じないわね……。
ヘンリーさんが居なくなった後、私はミレイアちゃんに謝罪をした。
「さっきはごめんなさい! 勝手に決めつけちゃって……私、先輩失格だった!」
祈るような気持ちで頭を下げていると、思ったよりも軽いトーンでミレイアちゃんの声が返ってきた。
「……それより、先輩にちょっとおたずねしたいことがあるのですが」
「な、何かしら?」
「先輩、夕飯は何を食べていますか?」
「え? ゆ、夕飯? えっと……適当なことが多いけど……シチューとか?」
「シチュー? わかりません。もっと、簡単なものはないですか?」
「そうねぇ……うーん」
……困ったわね。
そもそも、シチューがわからないって何??
ほとんど自炊をしたことがないってことかしら?
シチューがわからない子に簡単なものっていってもねぇ……。
うーん……まったく伝わる気がしない。
ん? そうだわ――!
「もしよかったら、レシピを書いてあげようか?」
「レシ……ピ?」
「そう、お料理の手順書のこと。使う材料とか手順を書いたものよ」
その瞬間、ぱぁっとミレイアちゃんの目が輝いたのがわかった。
この子がこんな目をするなんて……。
「……欲しいです、レシピ。すごく」
「わかったわ、じゃあ、仕事終わりに今日のレシピをあげるわね」
「今日の?」と、ミレイアちゃんが小首を傾げる。
「ええ、今日から毎日、違うレシピをあげる。すぐに色々作れるようになるわよ?」
「いろいろ……」
ほっぺたがほんのりピンク色になる。
良かった。よろこんでくれているみたい。
「ありがとうございます……先輩」
そう言って、ミレイアちゃんは仕事に戻った。
いつもの無表情だが、心なしか横顔が嬉しそうに見える。
何とか先輩としての面目を保てたようだ。
◇◆◇◆◇
私はミレイア。ただのミレイア。
それ以上のことは、何も知らない。
物心ついたときには、組織の中で生活をしていた。
朝起きれば、暗殺術の訓練。
食事が済めば、座学。
眠るまでまた訓練――。
おはようからおやすみまで、暗殺術のイロハを叩きこまれていた。
十五才になるときには、もう誰も私に勝てなくなった。
先生が言っていた。
『お前は我々の最高傑作だ!』
褒められていることはわかった。
だから、私は必死に頑張った。ますます強くなった。
ほどなくして、暗殺者としての初任務――つまり、私のお披露目の日が決まった。
先生や組織の人たちは、とても喜んでいた。
手塩にかけて育てた暗殺者が、ようやく日の目を見るのだから当然だろう。
明日は、万が一にも失敗は許されない。
私は万全を期すため、いつもより早く仮眠を取ることにした。
そして、草木も眠る丑三つ時――。
突如、踏み込んで来た騎士団によって、組織はあっけなく壊滅した。
◇◆◇◆◇
仮眠を取っていた私の前に現れたのは、王国騎士団の団長さんだった。
「おい、大丈夫か? もう心配はいらないからな」
半分寝ぼけたままゴシゴシと頭を撫でられ、気付けば手厚く保護されていた。
どうやら、組織にさらわれていたのだと思われたらしい……。
「そうか、身寄りがないのか……」
「……」
「読み書きはできるのか?」
「はい、一通りできます」
「なら、ギルドで働いてみるか?」
「え……」
団長さんは顎を触りながら続ける。
「家は俺が使っていないセーフハウスがある。生活が落ち着くまで、そこを貸してやるからさ」
断る理由はなかった。
組織が壊滅した今、私に帰る場所はない。
「ぜひ、お願いします」
「よし、わかった。じゃあ、話は通しておく。これは家の鍵と地図、悪いがちょっと立て込んでてな……。ひとりでも平気か?」
「問題ありません」
「なら任せる。困ったことがあれば、騎士団のレオンが身元保証人だと言うんだぞ」
「わかりました、ご配慮いただきありがとうございます」
丁寧に礼を言ったつもりだったが、レオンさんはムスっとして私の髪をぐちゃぐちゃにした。
「この、かわいげのないやつめ!」
「……わわわ⁉」
「そういうときはな、『ありがとう』だけでいいんだよ」
「??」
ニッコリと微笑むレオンさんは、なんだか変な人だった。
◇◆◇◆◇
ギルドでの仕事が終わり、終礼のためフロアに集められた。
職員達が担当ごとに並び、チーフが来るのを待つ。
「ミレイアちゃん、ちゃんとレシピ書いたからね」
先輩がコソッと耳元で囁く。
「ありがとうございます」
嬉しい。
どんな料理が書いてあるんだろう……。
組織を離れてから、私は初めて料理というものを知った。
いつも味のしない団子みたいなものばかり食べていたから、外で初めて料理を食べたときの衝撃が忘れられない……。
団長さんに食べさせてもらった『フライドポテト』というやつ。
芋を切って油で揚げて、塩をまぶしているらしい。
たったそれだけ。なのに神がかっていた。
自分でも、何か作って食べてみたい。
でも、人体の壊し方はわかっても、料理のことは何もわからない。
そんなとき、先輩がレシピをくれると言ってくれた。
冗談抜きに、一生、先輩についていこうと思う。
そんな決意を固めていると、チーフがやって来た。
「あー、みんなお疲れさま」
「「おつかれさまです!」」
チーフは全体を見渡し、「本日もトラブル等なく、業務を終えることができた。みんなの協力に感謝する」と前置く。
「さて、明日から暦の上では春だ。浮かれた奴らも増える。特に受付担当は
十分注意して接客にあたるように」
「はい!」「はい」
先輩に半拍遅れて返事をする。
「あとは、解体班の手が回らん。今週は新規受付を中止するので、そのつもりで。ランク申請については通常通りで問題ない。また、いつも言っているが、イレギュラー案件が発生した場合は、すぐに各上長へ報告するように。誰もいなければ、私で構わん。以上だ、質問は?」
皆がキョロキョロと視線を泳がす。
誰も手を上げなかった。
「よろしい、では本日も一日、お疲れさまでした」
「「お疲れさまでした!」」
緊張が解け、一斉に場がざわめいた。
「ふぅー、終わったねぇ、変な人来ないといいけど……あ、これレシピね」
先輩がレシピを渡してくれた。
「おぉ……これがレシピ……!」
私はレシピを天に掲げた。
綺麗な文字で『野菜スープ』と書かれている。
かわいい手書きのイラストも描かれているからわかりやすそうだ。
これなら私にも……!
「にんじん、たまねぎ、じゃがいも……」
「大丈夫そう?」
「……はい。さっそく今日、挑戦してみます」
「うん、じゃあまた明日、感想きかせてね~」
先輩は手を振りながら帰って行った。
「お疲れ様でした」
頭を下げ、私もギルドを出る。
よし、まずは材料を集めなければ!
私は、陽が落ち始めた街の市場に向かって歩き始めた。
◇◆◇◆◇
「にんじん、玉ねぎ、じゃがいも……にんじん、玉ねぎ、じゃがいも……」
材料の名前を反芻しながら私は市場へ向かっていた。
市場のある通りに入ると、急に騒がしくなる。
もうそろそろ陽が落ちようというのに、たくさんの人でごった返していた。
「うわぁ、すごい人……」
シュシュッと人混みの隙間を縫って進む。
こういう時、訓練をしていて良かったなと思う。
普通に歩いてたんじゃ、いつまで経っても進めないもんね。
素早く身をかわしながら、露店に並ぶ商品にも目を配る。
(にんじん……玉ねぎ……じゃがいも……)
「あった!」
足を止めると、周りの人が一瞬驚いたように私を見た。
『えっ⁉ い、いつの間に……』
『ちょ、急に出てきたぞ⁉』
私は組織で習ったことを思い出す。
『いいかお前達、目立っていいことなど一つもないぞ! 万が一、注目を浴びた場合は、大袈裟に猫を探す振りをしろ! それで大体片が付く!』
「「「はい!」」」
そうだった、猫だ――。
「ミィちゃーん? どこー? ミィちゃ~ん?」
『なんだ猫探しか……』
『この人混みではぐれたのかしら……』
『ミィちゃん大丈夫かな?』
よし、うまく気を逸らせたようだ。
私はそのままさりげなく目当ての露店に向かった。
「いらっしゃい、らっしゃいー!」
威勢の良い店主が机をバンバン叩いている。
ちょっとうるさいなと思ったが、こういうものかとスルーした。
「にんじん……にんじん……あった!」
丸い籠にオレンジ色のにんじんが盛られている。
「はわあぁぁ……!」
そっとにんじんを手に取る。
うーん、他のにんじんとの違いがわからない。
でも、選べるってことは何かが違うのかな……?
じっと見つめていると、店主が声をかけてきた。
「らっしゃい! にんじんが欲しいのかいっ?」
「……はい」
「まいどっ! 三本で銅貨一枚だよ! 持ぉってけドロボーってんだ!」
「……」
無言で見つめていると、店主が不安げな表情になる。
「あ、えっと……お嬢ちゃん? 大丈夫?」
「問題ありません。が、質問があります」
「お、おぅ、どうぞ?」
「このにんじんと、このにんじん、どう違うのでしょう?」
私は両手に持ったにんじんを見せた。
「え……あ~、まあ、完全に同じじゃねぇが……大体同じよ、同じ! 持ぉってけドロ……」
「……」
「えっと……まだ何かあるのかな?」
「この料理を作ろうとしています。ここで全部揃えることはできるでしょうか?」
私は店主にレシピを見せた。
「えーっと……なになに? ふぅん、野菜スープねぇ……絵、上手いなぁ」
「おわかりになるんですか⁉」
「ま、まあな、こちとら食材売って二十年よ! よぉし待ってな、ちゃちゃっと見繕ってやっからよぉ! へへ、持ぉってけドロボーっ!」
にんじんを見比べながら待っていると、店主が籠を持ってきた。
「お待ちどうっ! ほら、レシピの食材を入れておいたぜ!」
「わぁ、ありがとうございます!」
何と言うことだ。
にんじん、玉ねぎ、じゃがいも……。
思い切って声をかけてみて良かった。
「ん? あの、こちらの緑色の物体は……」
「好き嫌いは駄目だぜ? ちゃんとピーマンも食べときな。へへっ、そいつはオマケでつけとくからよ! 持ぉってけドロボーってんだ!」
「ありがとうございます……」
うーん、これも一緒に入れればいいのかな?
「店主さん、これはどのように使えば良いのでしょうか?」
「へ? んん~??」
店主さんは私をじろじろと見回した後、何か納得したように「あ~!」と声を出した。
「小さいのに感心感心。そうか、嬢ちゃん、まだ料理に慣れてないんだな? いいかい? こいつはこういう風に薄く切ってな……」
店主さんが目の前で包丁を取り出し、ササッと切って見せてくれた。
「おぉ……」
「あんまり入れすぎると駄目だぜ? 少しだけ入れると味が締まるんだ」
「味が……締まる??」
「なんていやぁいいんだ……? ん~、そうだ! 《《大人の味》》になるのさ」
「大人の味……」
まったく以て理解できなかったが、なぜか私は、ぐっと心を鷲づかみにされたような気持ちになった。
「ありがとうございます、試してみます」
「おぅ! 何事もチャレンジだぜ? さぁさぁ、今日はお料理記念日だ! 全部まとめて銀貨一枚で……あ、持ぉってけドロボーっ!」
店主さんがバンバン机を叩く。
あんなにうるさいと思っていたはずなのに、何だかワクワクしてきた。
私はお財布から銀貨を一枚取り出して、店主さんに手渡した。
「まいどっ! ありがとよー! またよろしくぅー!」
「ありがとうございました」
しっかりめにお辞儀をして、私は露店を後にした。
ずっしりとした野菜の重みに頬が緩む。
私は人混みをすり抜け、裏通りから塀に飛び乗ると、屋根伝いに駆け出した。
「こっちの方が早いもんね」
空に浮かぶ気の早い一番星に向かって呟き、私は家路を急いだ。
◇◆◇◆◇
「ただいま……」
家に戻り、暗い部屋に入る。
誰もいないが、ここに住み始めてからは、なんとなく言うようにしている。
私は魔導ランプを灯して明かりを点けた。
「ふぅ……。よしっ!」
野菜を台所に置き、逸る気持ちを抑えながらエプロンを巻いた。
まな板の上に買った野菜を並べる。
先輩のレシピを戸棚に貼り、作業しながら読めるようにした。
「さてと……」
野菜と目が合う。
何だか、洗ってくれと言っているような気がした。
先輩のレシピのイラストには、水浴びをする野菜達が描かれている。
きっとそうだ、まずは洗うのだ。
私は丁寧に野菜を洗った。
「ん? 結構、泥とかついてる……」
よし、洗って正解だ。
組織で嫌というほど、手がかりを元に答えを導き出す訓練は積んである。
多少、難解でも何とかしてみせる自負があった。
「次は……」
お鍋でお湯を沸かす……か。
水を入れた鍋を魔導コンロに置いて火を掛けた。
その間に野菜を切るのね。
包丁を取り出し、何度か手に馴染ませるように振った後、私は呼吸を整えた。
イメージはレシピに描かれている。
カッと目を見開き、全神経を集中させて包丁で切り捌く!
暗殺術で極めた無音斬りの術――。
ぶわっと風圧で野菜が少しだけ浮きあがった。
「ふぅ……できた」
包丁を洗っていると、野菜が遅れてバラバラになった。
我ながら腕は鈍っていないようだ。
レシピには玉ねぎが泣いているイラストが描かれていたが、どういう意味だったんだろう……?
だが、野菜を切り終わった完成図と切った野菜は同じに見える。
問題はないはずだ。
そうこうしているうちにお湯が沸いた。
沸騰したお鍋にそっと野菜を入れる。
塩こしょう。
塩こしょう……?
何だろう? 暗号? 呪文ではなさそう……。
イラストをじっくり眺める。
何か白い砂のような……?
「――⁉」
目の前の容れ物の中に、白い砂のようなものが入っている……!
もしかして、これのこと⁉
その時、家の扉が開いた。
「おーい、ミレイア、いるかー?」
騎士団長のレオンさんだった。
「お疲れ様です、レオンさん」
私はリビングに出てレオンさんに挨拶をした。
「お? エプロンなんかして、料理か?」
「はい、ギルドの先輩にレシピをいただきましたので」
「へぇ! レシピか、ちょっと見せてみろよ」
レオンさんは剣を置き、台所に入ってきた。
レシピを見て、「ははぁ~なるほど」と顎をさすりながら声を出す。
「野菜スープか、いいじゃないか。もう出来るのか?」
「いえ、まだ『塩こしょう』という部分ができてません」
「ん? あぁ、塩はここだ。こしょうも確か……お! あったあった」
レオンさんが引き出しから小さな瓶を取り出した。
「それが『こしょう』ですか?」
「当たりま……あ、そうか、すまん。これが『こしょう』だ」
レオンさんは、なぜか少し哀しそうな目をしていた。
何か悪いことをしてしまったのだろうか?
「どうかしましたか?」
「……悪い。別に哀れんでるわけじゃないんだ。ミレイアは……これから色んなことを覚えていかないとな!」
またレオンさんが、ゴシゴシと私の頭を撫でる。
髪が乱れるのであまり撫でて欲しくないのだが、家主に逆うわけにはいかない。
居候の辛いところである。
「よぅし、塩こしょうを入れてっと……」
レオンさんが、パラパラと塩こしょうを投入する。
私はレシピを確認した。
「しばらく煮込むようです。蓋をします」
「じゃあ、向こうで茶でも飲みながら仕事の話でも聞かせてもらうかな」
「業務報告ですね」
「ははは、そうだ、業務報告だ」
「??」
レオンさんが嬉しそうに笑うが、なぜそんなに笑うのかよくわからなかった。
まあでも、機嫌が良さそうだからいいか……。
リビングのテーブルに座り、私はギルドであったことを報告した。
レオンさんは、うんうんと頷きながら報告を受けてくれる。
「そうか、もう受付もやってるんだなぁ」
「はい、依頼の手続きは覚えました」
「すごいぞ! ミレイアは賢いなぁ!」
なぜそんなに喜んでくれるのかわからないが、レオンさんは私が仕事を覚えると、まるで自分のことのように喜んでくれる。不思議な家主さんである。
組織で聞いた話では、乱暴な主が多いそうなので、私は当たりを引いたのだと思う。我ながら幸運だったとしか言いようがない。
その時、台所から鍋が吹きこぼれる音がした。
「ん? 鍋、大丈夫か?」
「見てきます」
たたたと台所に行き、鍋の火加減を弱める。
そっと蓋を外すと、金色の美しいスープが出来ていた。
「これが……野菜スープ……!」
なんて良い匂いなんだろう……。
匂いを嗅いだだけでお腹が鳴りそう。
ゴクリと喉を鳴らし、私は急ぎ器と匙を二つ用意した。
そっと、金色のスープを器に注ぐ。
綺麗だなぁ……。
満を持して器をトレイに乗せ、リビングに運ぶ。
もくもくと湯気が立ち上る器をテーブルに並べた。
「おぉ! 旨そうだな!」
「どうぞ……」
「じゃあ、ミレイア、ほら両手を組んで」
「え?」
「え、じゃないぞ? ごはんを食べるときは、こうやって手を組む。そして食神スケヨネに祈りを捧げるんだ」
なるほど……。
レオンさんに習い、私も両手を組んだ。
「あの、何を祈ればいいのでしょうか?」
「ん? 何でもいいんだよ。そうだな……『美味しくなれ』とか?」
「わかりました」
私は食神スケヨネに祈りをささげた。
「美味しくなりますように……」
「美味しくなれ!」
レオンさんが被せるように私の後に続けた。
驚いて目を開けると、まるで悪戯に成功した子供のように笑っていた。
「さ、食べようぜ……ふぅ、ふぅ……」
「はい」
私は湯気の立ち上るスープをゆっくりと匙ですくい、ふぅーふぅーと冷ましてから口に運んだ。
「……!」
「おぉ、これ美味いなぁ!」
玉ねぎの甘みを感じた。
ホロホロに柔らかくなったにんじんとじゃがいもは、あっさりだけどしっかり旨味のあるスープとの相性が抜群だった。
「ぷはぁ~……」
身体の芯からぽかぽかと温まっていく。
さらにスープを味わっていると、ほんのりピーマンの苦みを感じた。
これが店主さんの言っていた、大人の味……なのかな?
うん、悪くない。
こしょうも良いアクセントになっている。
口当たりが良くて、いくらでも飲めてしまいそう。
言葉が出なかった。
こんなにも美味しいものがあったなんて……。
私が組織で食べていた、あの味気の無い食事はなんだったのか……。
このスープと比べると、もはやあれが食べ物だったとは思えなかった。
「大丈夫か?」
「はい……」
「口に合わないのか?」
ふるふると顔を振る。
「いえ、とっても……美味しいです」
金色のスープを見つめながら、私は自然と笑みを浮かべていた。
そうか、ごはんってこんなに美味しいものだったんだ。
次はどんなレシピをくれるんだろう。
明日が待ち遠しいなんて、生まれて初めてだな……。
こうして、私の新しい生活が始まったのだった。




