王太子に婚約破棄された私は、号泣しながら王都を去る
「お前との婚約を破棄する」と豪華な椅子にふんぞり返った王太子アレックスは言った。金髪でエメラルドグリーンの目をした端正な顔立ちの青年だ。しかしその眼は驚くほど冷たい。
アレックスの言葉に衝撃を受けた私はよろめく。
「このことは国王様はご存じなのですか?」
「ふん、知るわけないだろう。おやじはいま国外へ遠征中だ。だからこのチャンスにお前との婚約を破棄するのだ」
「でも、そんな勝手なことをしたら・・・」
「でももへったくれもない。おやじは俺とお前の結婚を強く望んでいやがる。俺はお前のようなちんちくりんなんかよりもナイスバディのお姉さんと結婚したいのだ」
私の実際の年齢は20歳なのだが、外見は人間の13歳前後の少女のようにしか見えない。それは私が人間ではないからだ。私の種族は長生きなので、成長が人間よりも遅い。
「わかりました」と私は答えた。
「おお、わかってくれたか。それじゃあさっさと荷物をまとめてこの王宮から、いや、王都からも出て行ってくれ。できれば今日中に」
「わかり、ました」
私は王宮内の自室に戻り、荷物をまとめた。
10年前、この国は魔王軍と激しい戦争をしていた。長い戦争で双方おびただしい量の血が流された。このままでは両方とも滅んで共倒れになるのではないかと思われた。その状況を打破したのが現在の国王であるシルバニアだ。
彼は勇敢にもたったひとりで魔王城に乗り込み、魔王と話し合いをし、休戦協定を結んだのだ。
魔王軍側も長い戦争で疲弊していたので、この休戦協定はお互いにとってメリットが大きかった。
協定のしるしとして、魔王の娘と人間の国王の息子を結婚させるという約束が交わされた。そして私は人間の王太子アレックスと婚約したのだ。私は魔王の娘なのである。
10年前に私はこの王宮に連れてこられて、それ以来ずっとここで生活している。表向きは婚約だが、実際は人質のようなものだ。来年アレックスが成人するのをまって式を挙げる予定だった。が、その婚約が今日破られたのである。
荷物をまとめた私はぺこりと頭を下げて王宮から出た。王宮の外に出るのは実に10年ぶりだ。様々な思いが私の胸に押し寄せる。
この10年間、違う種族である人間たちの中で暮らすのは、幼い私にとってはとてもつらいものだった。人間たちは表向きは丁寧に接してくれるが、私は彼らの敵である魔王の娘なのだ。誰も信用はできない。
それに、人間と魔王軍との関係性が変われば、人質の私は真っ先に殺されるだろう。いつ殺されてもおかしくない緊張の中で私は暮らしてきたのだ。
王宮から街の中を通って、王都の門のところまで私は来ていた。街には人があふれている。人々は平和を当たり前の物のように享受し、この先もこの平和がずっと続くと信じて疑わない。
様々な思いが込み上げて私の目から涙が流れた。
私は泣きながら、王都を出た。
するとその瞬間、大地がグラグラと揺れだした。人々は悲鳴を上げて逃げ惑う。建物が崩壊し、その下敷きになる人もいる。
さらには大地が裂け、その隙間から無数のモンスターたちがはい出てきた。
モンスターたちは人々を襲う。こん棒を持ったゴブリン、槍を構えたリザードマン、スケルトンは両手に持った剣をふり、ひとつ目の巨人キュクロプスは人々を踏みつぶす。
王都は瞬く間に阿鼻叫喚の巷と化した。戸惑う人間たちはただ一方的に殺されるだけである。
アレックスが婚約破棄を宣言したことで、魔王軍との平和協定が破られたのだ。
空には火を吐くドラゴンが飛び交い、オーガはわしづかみにした人間をまるでトウモロコシでも食べるみたいにむさぼり食う。女も男も子供も老人も関係ない。人間はすべてモンスターたちの標的だ。
そんな王都を背後にしたまま私は草原を歩き続けた。涙はとめどなく、あとからあとから目からこぼれ落ちる。
やがて私の前にひとりの人物が立ちふさがった。その顔を見て、私は今までよりもより一層激しく泣いた。
「すまない、お前には苦労を掛けたな」とその人物は言った。
「お父様」
私は、父に抱きついて、泣いた。
その日、王都はたった1日で廃墟と化した。




