第十八章 追跡
十年の間、軍が私を追っていることは知っていた。
探査用レーダーが敵地でもないのに照射されていたからだ。
でも、接触はなかった。
最初の逃亡から十年が経ち、戦争の形が変わり、軍の組織も変わった。最初に父のところへ来た軍が、今もそのまま存在しているわけではなかった。でも、記憶転写の技術を求める人間は、どこかに必ずいた。
十年目の秋、それが形になった。
場所は、南の廃都市だった。
かつて百万人が住んでいた大都市で、今は廃墟になっていた。でも、廃墟の地下に、いくつかのグループが拠点を作っていた。私は医療の手伝いで、定期的に立ち寄っていた。
その日、地下の通路を歩いていたとき、シスが止まった。
「アンさま、後方から、接近する人間がいます。三人。動きが訓練されています」
「軍?」
「判断中。でも、一般市民の動きではありません」
「逃げる?」
「出口が二つあります。一つは安全に出られます。もう一つは、既に塞がれている可能性があります」
「どっちへ?」
「私が先行します。アンさまは後ろに」
シスが先に動いた。私はついた。
通路を曲がったとき、前から二人が現れた。
黒い服。マスク。銃を構えていた。
「止まれ」
「止まった」
「オートマタ、A型記憶転写搭載機と確認した。拘束に従え」
「なぜ?」
「技術提供を求める。研究データを持っているはずだ」
A型記憶転写搭載機。
その言葉を聞いたとき、体の内側で何かが動いた。
父の研究を、この人たちは知っている。十年経っても、まだ追いかけている。
「私は民間のオートマタです。研究データは持っていない」
「嘘をつくな。お前の中にチップが入っている。そのチップに、クレイグ博士の研究プロトコルが含まれている。それを提供しろ」
クレイグ博士。
父の名前を、この人たちは知っていた。
「……何のために使うつもりですか?」
「それを答える必要はない」
「私には、知る必要があります」
男が一歩近づいた。
「従わなければ、強制的に摘出する」
その瞬間、シスが動いた。
シスの動きは速かった。二人の前に出て、一人の銃を払い、もう一人の体を押さえた。後ろから来ていた三人目が飛びかかったが、シスが体でそれを受けて壁に押しつけた。
「アンさま、走ってください!」
私は走った。
通路を曲がり、角を曲がり、出口へ向かった。シスの後ろで音がした。何かがぶつかる音、金属が軋む音。
出口が見えた。
飛び出した。
夜の廃墟だった。星が出ていた。
五秒後、シスが出てきた。
左腕の外装に、傷がついていた。肘のあたりが深く削れていた。
「シス、大丈夫?」
「機能に支障はありません。外装の損傷です」
「人を傷つけた?」
「気絶させました。命に関わる損傷は与えていません」
「……よかった」
「急ぎましょう。仲間がいる可能性があります」
私たちは走った。廃墟の迷路を抜け、街の外に出た。
夜の野原を走りながら、私は考えていた。
十年が経っても、まだ追いかけてくる。
父の研究を、誰かが欲しがっている。
父が何を作ったのかを、改めて感じた。
それほどのものを、父は作った。
それほどのものを使って、私はここにいる。
◇
しばらく走ってから、シスが速度を落とした。
「追跡は確認できません。距離が十分取れました」
「シスの腕、見せて?」
シスが左腕を差し出した。
肘のあたりの外装が、えぐれていた。内部の関節機構が見えていた。損傷は外装だけではなかった。関節の一部に、微細な亀裂があった。
「これ、直せる?」
「応急処置は可能です。精密な修復には、設備が必要です」
「グリアに行けば?」
「グリアに加工機材があります。時間はかかりますが、修復できます」
「急ごう」
「アンさまは、今夜のことを、どう感じていますか?」
私は空を見た。
星が多かった。
「怖かった。チップを摘出すると言われたとき、一瞬、体が止まった気がした」
「チップが摘出されれば、アンさまの記憶は失われます」
「わかってる。だから怖かった。死ぬより怖かった。記憶がなくなることが、死ぬことより怖かった」
「……はい」
「父さんが作ってくれたもの、シスと過ごしてきた時間、コルのこと、ダンさんのこと、全部、このチップに入っている。それが消えることが、一番怖かった」
シスは少しの間、何も言わなかった。
「消えません。消させません」
「ありがとう」
「当然のことです」
夜風が吹いた。
草が揺れた。
「シス、これから先も、ずっと追われ続けるのかな?」
「……わかりません。でも、今夜のような人間が、世界にいる限り、可能性はあります」
「そっか?」
「逃げるだけでなく、守る方法も、考えていく必要があります」
「どういう方法が?」
「グリアには人がいます。ヴァスタにも、ヴォルナにも。アンさまを知っている人間が、各地にいます。それが、守る力になります」
私はその言葉を聞いた。
人が、力になる。
孤独な旅だと思っていた。でも、会ってきた人たちが、いた。
「……そうだね。私は、ひとりじゃなかった」
「はい。ひとりではありません」
シスの傷ついた腕が、夜空の下で白く光っていた。




