第二話 分断下の故郷を思う者
ほどなくして、総理府安全局は、日本労働人民国、いわゆる北日本へ工作員を送り込んだ。
特に政権を握っている、社会人民党への工作員の数は、他の東側諸国へのスパイの数は、上回っている。
彼らは仙台を首都に置き、南への侵攻を狙っている。
総理府安全局の職員の大半は、旧特務機関もしくは特別高等警察の出身者であった。
彼らを採用する理由は火を見るより明らかで、その隠密性やスパイ活動におけるスキルやノウハウを持っていたからに他ならない。
しかもかつての、大日本帝国時代に非合法とされながらも存在していた日本共産党へのスパイ行為で得た知識や経験も豊富な人材もいたほどだった。
南日本の首都の隣、千葉県に住まう、杉村登という自分がいた。
中年とは思えないほど鍛え抜かれた体、全てを見通すかのような眼力、信頼に値する裏打ちされた軍での実績。
縁側に目を閉じて瞑想している。その夜は、満月が燦々と夜空を照らし、月光に彼は照らされていた。
それは遠くから見れば、鬼あるいは妖怪に見えただろう。
目を開け、月夜を見上げた彼の胸に去来するもの。
それは盛岡に住まう、叔父と叔母夫婦であった。
子供の頃によく可愛がってもらっていた彼にとって、分断され、安易にいや、会うことすら不可能になってしまった悲しさと、寂しさと、憤りと、それらが心に渦巻いていた。
おもむろに登は瞑想を終え立ち上がり、居間へ向かった。
隣の部屋では遊び疲れた子供が寝ていた。
まだ小学校低学年であった。
子供の名前は日向。
日出る国で、元気に盛んに賢く育ってほしいという両親の思いが込められていた。
登は居間に座り、酒をコップに注ぎ、酒瓶を台所に戻してから居間で酒を嗜んだ。
「あら、お酒を飲まれるなら言ってくださればよろしいのに...」
妻の温子がそう言った。
「いや、悪いからな。自分でやるさ」
ちびちびと酒を飲みながら、どこか寂しげな目をする登に温子は声をかける。
「やはり東北の件ですか?」
「ああ...おじさんとおばさんがな...」
南北分断は日本列島が物理的に分断されただけではない。
民族はもちろん、故郷を追われたものも、家族を切り裂かれたものも、友と会えなくなってしまった者さえもいた。
一杯の酒を仰ぐと、温子は、南部鉄器で沸かしたお湯をお茶碗に入れ、茶漬けを作った。
「おお、南部鉄器か...懐かしいな...おじさんが作ってたよ...」
「そうでしたね、叔父様は南部鉄器の職人でしたよね。この南部鉄器、好きなんですよ。買いに行かなくて残念です」
温子が寂しげに呟いた。
「温子、昔な、北海道で訓練してたんだがな...」
「あら、たしか陸軍でしたよね...」
「ああ、今は陸防軍だ。稚内近くでよくやってたよ」
登は、妻に見えないよう、目に涙を浮かべながら、外を見た。




