第四話 エピローグ(おまけ)
チャン島沖海戦の後から戦後、そして 現代にかけての話です。
ちょっとおふざけが入ってますが、「おまけ」なので笑ってご容赦ください。
■チャン島沖海戦後
「タイ・フランス領インドシナ紛争」は、この海戦後まもなく日本の調停により終結した。
戦闘で大きく損傷したトンブリとラモット・ピケであったが、近場に修理可能な施設が無いことから2隻とも日本に送られて修理を受けることになる。
そして何の因果か、大阪の同じ造船所で仲良く並んで修理を受ける羽目になった。
「あんたら、もう戦争は止めたんやろ。今ドックはここしか空いてへんから我慢して仲良うしたってな」
「なんでこいつらの隣なんだ!」
「それはこっちのセリフだ!」
いくら紛争は終結したとはいえ、つい先日まで戦っていた相手である。おかげで夜の道頓堀では夜な夜なタイ海軍兵士とフランス海軍兵士が喧嘩し、結局そろって堀に投げ込まれる様子が見られたという。
こういった経緯から、この2隻は軍艦を擬人化した某ゲームにおいても腐れ縁で犬猿の仲として描かれている。
金髪ドリル色白長身弱装甲娘
「相変わらずチビで芋っぽい子ですわねー」
黒髪短髪褐色短躯中装甲娘
「あ゛?その下品な口にパクチー詰め込んでやろうか?」
こんな風に常日頃から顔を合わせる度に喧嘩をしているが、米英艦娘を相手にする時は不思議と一致団結する二人であった。
■第二次世界大戦後
結局、日本は昭和二十年(1945年)8月、連合国に対する無条件降伏を受け入れた。
大量に建造された松型駆逐艦とその妹分とも言える海防艦達はよく通商路を護った。しかしいくら数が多くても電測兵器・対潜兵器の性能不足、そして彼女らを上回る圧倒的な物量差はどうにもならなかった。
それでも終戦の日まで、か細いながらも海上輸送路が維持され、日本への資源輸入が完全に途絶えることがなかったのは彼女たちの大きな功績と言えよう。
この働きが無ければ、最後の大海戦と言われる坊ノ岬沖海戦は燃料不足により生起しなかっただろうと言われている。
タイ海軍においては、メクロンの同型艦ターチンが失われたものの、海防戦艦トンブリとスリ・アユタヤは残存していた。イタリアで建造されていた巡洋艦タクシンとナレスアンは、イタリアに接収されたあげく結局完成もしなかった。
そしてメクロンも生き残っていた。
彼女は終戦間際に米艦載機の攻撃に遭い500ポンド爆弾を機関室に被弾したものの、機関のシフト配置により完全に動力を喪失することは無かった。
昭和二十二年(1947年)、メクロンは修理のために日本に里帰りした。
そこで彼女は、賠償艦や廃艦の運命を待つ姉妹たちに出会った。メクロンの修理を請け負った造船所では、戦後のどさくさに紛れて修理と称してメクロンに姉妹らの最新装備をどんどん移植していった。
(もう私たちには必要ないものだから、メクロンちゃん受け取って……)
(椿ちゃん……楢ちゃん……菫ちゃん……みんな……ありがとう……)
(メクロンちゃん……あなただけは長生きしてね……)
(うん……みんなの分まで、わたし頑張るから……)
修理を受けるメクロンの艦上には、泣きながら抱き合う少女たちの姿が幻視されたという。
■そして現代
海防戦艦トンブリが老朽化で退役しスリ・アユタヤも革命の中で失われても、メクロンは改装を重ねながら現役に留まり続けた。
戦闘艦としては70年代に一線を退いたメクロンであったが、その後も練習艦として使用され王室御召艦の任を何度も務めた。歴代国王もこのメクロンを大層お気に入りだった。
老朽化が進み、いよいよメクロンを退役させようという話が出た際にも、時のプミポン国王はこの古くとも愛らしい艦が失われることをとても悲しんだ。国王はメクロンを解体せずに保存し、国民に公開して知識を広める様にして欲しいと軍に要請した。
この国王の言葉を受け、軍はプミポン国王の在位50周年記念となる平成八年(1996年)に、退役するメクロンの永久保存を決定した。メクロンはバンコクを流れるチャオプラヤ川の河口に位置するプラ・ジュンジョムクラオ要塞に移され、そこで永久保存されることになった。
保存にあたっては、メクロンがタイ海軍に就役した当時の姿が復元されることになった。戦後の改装で5インチ砲や40ミリ機銃などアメリカ式になっていた武装はすべて取り外され、倉庫で保管されていた建造当時のものに戻された。塗装も当時の色に塗りなおされた。
こうして博物館艦に生まれ変わったメクロンは、太平洋戦争を生き抜いた艦が次々と姿を消していく中で、戦争当時の日本艦の姿を留める唯一貴重な存在として、今もタイの地で多くの見学者を受け入れている。
(みんな……私は元気だよ……)
そのメクロンの近くでは、少し寂しそうな少女の姿を見かけることがあるという。
【あとがき】
以上で完結となります。最後までお付き合い頂きありがとうございました。
松型とは違う形ではありますが、メクロンは実在し今でもタイに行けば見学することが出来ます。ちょっと行きにくい場所なのが難点ですね。私もタイに何度か行ったことが有りますが見に行けませんでした。
https://trafficnews.jp/post/125012
ちなみに海防戦艦トンブリの艦橋と20センチ連装砲塔もタイ海軍兵学校に展示されています。
https://ki43.on.coocan.jp/oversea/dhonburi/dhonburi.html
チャン島沖海戦に参加したのとは別の艦ですが、ラヨーンと同じトラッド級水雷艇の1隻「チュンポン」も博物館艦として保存されています。ここもバンコクから遠くて行きにくいですね。
https://it.wikipedia.org/wiki/Classe_Trad
それで日本はと言うと……志賀も解体されちゃったし戦前戦中の艦で残っているのは三笠だけ。軍艦以外でも日本の保存船舶がどんどん無くなってます……ちょっと寂しいですね。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%9A%E7%89%A9%E9%A4%A8%E8%88%B9




