第三話 チャン島沖海戦 2
第一話の海戦の続きに戻ります。
■昭和十六年(1941年)1月17日
タイランド湾 チャン島沖
フランス海軍 軽巡ラモット・ピケ
メクロンとラヨーンは、海防戦艦トンブリを嬲るように攻撃するフランス艦隊の背後から接近していった。
その接近にフランス艦隊が気づいた時には、既に距離が8千メートルを切っていた。
「通報艦タユールより入電!真方位280に新たな敵艦を確認!距離8000!」
「なぜもっと早く気付かなかった!」
最も北よりを進んでいたアラ級通報艦からの突然の報告に、フランス極東艦隊を指揮するレジス・ベレンジェ大佐が怒鳴った。
この日の勝利のために、彼は航空偵察で敵艦隊の所在を把握し、艦隊を3つに分けて島影に隠れながら接近し、日の出の直前に同時に奇襲をかけるという入念な準備を行っていた。
その努力が実を結び、あと一歩でパーフェクトゲームという所で水を差された形となったベレンジェ大佐は、その怒りを報告に来た士官にぶつけた。
「も、申し訳ありません……敵が島影から突然現れたためと思われます」
メクロンとラヨーンがチャン島の西岸沿いに南下してきたためフランス艦隊はこの2隻の接近にギリギリまで気付かなかった。
「……まあいい。それで新たな敵の勢力は?」
一旦気持ちを落ち着けたペレンジェ大佐が敵勢を確認した。
現状ではこちらが勝っているが、もし新手の敵がもう一隻の海防戦艦が率いる艦隊だとしたら即座に撤退する必要があった。
「敵はスループ艦と水雷艇の2隻のみのようです。高速でこちらに接近しています」
その報告にペレンジェ大佐は安堵した。タイ海軍のスループ艦といえば、たしか日本から購入した小型駆逐艦だったはず。2隻とも脚こそ速いが武装はこちらの通報艦より弱い。ならば……
「本艦は敵海防戦艦への攻撃を継続する。通報艦4隻は敵の新手の迎撃に向かえ!」
ペレンジェ大佐の命令で4隻の通報艦はゆっくりと進路を西に変えた。
この4隻のうち2隻は小型で旧式のアラ級であったが、残り2隻のブーゲンビル級は13.8センチ砲3門を装備し基準排出量も2000トンに達する。
対するメクロンの主砲は12.7センチ砲3門で基準排水量は1300トン、ラヨーンに至っては7.6センチ砲3門で300トンに過ぎない。隻数でも砲戦力でも艦のサイズにおいても倍の戦力差があった。
つまりペレンジェ大佐が下した判断はきわめて妥当なものであった。
■タイ海軍 スループ艦 メクロン
敵艦隊の方が明らかに強力であったが、それでもメクロンとラヨーンは優勢な敵に対して果敢に突撃を継続した。
「敵の4隻が反転しました!こちらに向かってきます!」
「怯むな!デカい奴から狙え!」
彼らは見るからに旧式なアラ級通報艦を無視し、大型のブーゲンビル級通報艦に狙いを定めた。
実はタイ海軍の練度はお世辞にも高いとは言えない。指揮も操船も砲撃もいい加減ではあった。しかしこの日のメクロンとラヨーンはなぜか非常にツイていた。
「命中!敵の艦橋に命中しました!」
完全にまぐれながら、メクロンの放った砲弾の一発がブーゲンビル級通報艦デュモン・デュルヴィルの艦橋を捉えたのである。
この被弾によりデュモン・デュルヴィルは艦長以下の主要士官が一度に死傷してまった。4隻の通報艦の指揮を執っていたこの艦が指揮能力を失った事で、フランス艦隊の動きは一気に鈍くなる。
「いいぞ!次は魚雷だ!魚雷を放て!」
敵の混乱に乗じてさらに接近したメクロンとラヨーンはフランス艦隊に対して魚雷を放った。この雷撃もまた出鱈目な照準であったが、2隻合計で10射線もの魚雷は敵を怯ませるのに十分だった。
4隻の通報艦はバラバラに魚雷を回避した。この回避運動のためメクロンとラヨーンへの砲火が途絶える。
「よーし!この隙に敵とトンブリの間に割り込むぞ!砲撃を絶やすな!」
2隻はさらに砲弾を叩きこみ、今度もまぐれながら2発をデュモン・デュルヴィルに命中させた。彼女は炎上しフラフラと隊列から離れていく。
更にまだまだ、この2隻のツキは続く。
海防戦艦トンブリへの攻撃に専念していた軽巡ラモット・ピケはこの雷撃に全く気付いていなかったのである。そして通報艦を狙ったはずの射線上にちょうどラモット・ピケが存在していた。
メクロンの放った魚雷の一本が、回避運動もしないラモット・ピケを狙いすましたかのように、まっすぐ向かっていった。
■フランス海軍 軽巡ラモット・ピケ
突然の衝撃にペレンジェ大佐はよろめいた。
「どうした!何があった!」
「右舷艦首の水線下で爆発が発生!おそらく浮遊機雷に触雷したものと思われます!」
前方をみると確かに左舷に水柱があがっていた。そして立っている床が徐々に傾斜しはじめる。
「損害報告!隔壁を閉鎖しろ!すぐに応急処置にあたれ!」
矢継ぎ早に指示を出すペレンジェ大佐であったが、状況はどんどん悪化していく。
7千トンもの排水量をもつ大柄なラモット・ピケであったが、植民地警備用であるため装甲はほどんど無い。
命中したのは小型のイタリア製45センチ魚雷であったが、老朽化でガタがきていたこともあり浸水範囲は広範囲に及んでいた。
流入する海水で艦首が沈み込み速度も低下していく。艦が傾斜したため発砲もできなくなってしまった。こうなってはもうトンブリへの攻撃など続けることは出来ない。
「敵の海防戦艦を仕留めきれなかったのは残念だが潮時のようだ。これより撤退する」
こちらは2隻が損傷したが十分な戦果は挙げている。日が完全に昇れば航空攻撃も予想されるためペレンジェ大佐は撤退を決断した。
■タイ海軍 スループ艦 メクロン
一方のメクロンとラヨーンは予想外の戦果に沸き立っていた。
「命中!なぜか分かりませんが魚雷が敵の旗艦に命中しました!」
「敵艦隊、撤退していきます」
「追撃しますか?」
「いや、止めておこう。それより溺者の救助とトンブリの消火にあたる。準備しろ」
このチャンスに追撃をかけたいメクロンとラヨーンであったが、トンブリは満身創痍であり助けを必要としていた。水雷艇2隻も沈んでいる。一方のフランス海軍は撤退したとはいえまだまだ戦闘力を保っている。とてもでないが追撃など出来る状況でなかった。
こうして激しい海戦はようやく終了した。
この戦いで、タイ海軍は海防戦艦トンブリが大破し、トラッド級水雷艇も2隻を喪失した。司令のプロム・ウィーラファン中佐も戦死している。対するフランス海軍は軽巡ラモット・ピケが中破、ブーゲンビル級通報艦デュモン・デュルヴィルが中破となっている。
戦果からみれば明らかにタイ海軍の敗北であった。
だがメクロンとラヨーンは奇跡的に無傷だっただけでなく、トンブリの危機を救い、ワンサイドゲームだった勝負を惜敗と言えるまでにもっていった殊勲艦として賞賛された。
2隻とその乗員らは国王から勲章を授けられ、メクロンは以後も永きに渡ってタイ国王の御召艦を務める名誉に浴することになったのだった。
【あとがき】
史実ではトンブリは撃沈され、逆にフランス極東艦隊は無傷というパーフェクト勝利で終わっています。
本作ではメクロンとラヨーンの加勢とラッキー○ン並みの幸運によりトンブリは助かり、逆にフランス極東艦隊も相応の損害を受ける結果となりました。




