第3章 師と弟子
⸻
翌朝。
「……ふぁぁぁぁ」
双雷はソファに突っ伏したまま、大きな欠伸をした。
昨夜は限界まで緊張していたせいで、意識が切れた瞬間に眠り込んでいた。
顔を洗いに水場へ行くと、山から引かれた冷たい水が手に落ちてくる。
真夏のはずなのに、骨の芯まで冷える感覚に思わず声を漏らした。
「ぷはぁっ! 冷てぇ! けど気持ちいいな!」
「お、起きたか」
背後から聞こえたのは雷兆の声だった。
彼も隣に並び、豪快に顔を洗う。
「よし。今日からお前にはみっちり修行をしてもらう」
「……え、修行? いきなり?」
「当たり前だろ。昨日の様子を見たら分かるだろうが、生身のお前じゃ夜は一歩も出歩けない」
「……それは、まぁ」
二人はタオルで顔を拭きながら、神社裏にある道場へと向かった。
すべてヒノキ造りの道場は木の香りが漂い、どこか神聖な雰囲気すらあった。
「へぇ、立派な道場じゃん」
「俺の師匠――初代宮司が建てたものだ。武闘家でもあったからな」
中央に座らされ、双雷は思わず顔をしかめた。
「ちなみに双雷」
「ん?」
「これから俺のことは“師匠”と呼べ」
「はあっ⁉ なんでだよ!」
「お前に生き抜く術を教えるんだから当然だろう」
「いや、なんか嫌なんだけど……」
「なら“先生”でもいいぞ?」
「どっちもダサい!」
子どものような言い合いに、どちらが年長なのか分からない。
結局、双雷が根負けした。
「……分かったよ。師匠、な」
「うむ、それでいい」
雷兆は満足げに頷き、真顔に戻った。
「さて。まずは基本だ。――雷神の力を纏え」
「は? そんな簡単に言うなよ」
「見せてやる」
雷兆の全身を黄色い稲妻が駆け巡り、まるで鎧のように身体を覆った。
「これが《電磁バリア》。夜の瘴気を弾く力だ」
「名前……ダサッ」
「おい! どこがだ!」
「戦隊モノかよ。もっとカッコいいのにしろよ」
「バカ者! 俺オリジナルだ!」
鼻を膨らませる雷兆に、双雷は思いっきり引いていた。
「……はぁ。まぁいいよ。で、これを習得すれば夜でも外に出られるってわけか」
「その通り。異形者と戦う前に、まずは自分を守れなければ話にならん」
――修行開始。
汗だくになりながら、双雷は何度も力を練り上げようと試みる。
失敗すればバチンと感電。
道場の床には黒い焦げ跡が増えていった。
「ぐぅっ……! くそ、もうちょいで……!」
「集中しろ! 神力を自分の中に巡らせるんだ!」
「言うのは簡単だろ師匠!」
そうして一週間。
「よっしゃぁ! できた‼」
双雷の体を雷光が包み込む。
その光はやがて静かに収束し、彼の体に吸い込まれていった。
雷兆は目を見開く。
「……見事だ。一週間で会得するとは」
「ははっ、どうだ師匠! 俺って天才だろ!」
「調子に乗るな。これを四六時中維持できなきゃ意味がない」
「え、四六時中……!? 三時間が限界なんだけど!?」
「なら次の課題は決まりだな」
「うわー、絶対そう言うと思った……!」
こうして少年は雷神の力を手にし、少しずつこの世界に馴染んでいった。