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幸福な蟻地獄  作者: みつまめ つぼみ
第1章:囚われる少女たち
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7.週末の始まり

 俺が朝の教室に行くと、霧上きりがみはもう席に座っていた。


「よお霧上きりがみ、早いな」


 霧上きりがみが微笑みながら俺に応える。


「別に普通さ。十五分前行動くらい、当たり前だろう?」


 そうか? 学生でそういう奴は珍しいと思うけど。


 俺が鞄を机に引っかけていると、霧上きりがみが話しかけてくる。


「それで、海燕うみつばめの子たちは無事に送り届けられたのか」


「あーそれか。ああ、無事に女子寮に送っておいたよ」


「それで、どの子が本命なんだ?」


 俺は思わず頬を引きつらせた。


「本命って……相手は中学生だぞ?」


「それがどうしたんだ? 年齢で言えば最大でも三歳しか変わりがない。

 恋愛対象とするのに、問題が出る相手ではないだろう。

 あれだけ好意を寄せられていたんだ。

 お前だって、誰か一人くらいは『これ』といった子がいたんじゃないか?」


 それはそうなんだけどなぁ。

 ティアと由香里ゆかりは、ほんの一ヶ月前まで小学生だったんだぞ?

 瑠那るなは一緒に身体を鍛える仲間みたいな印象だし。

 残る優衣ゆいは、なぜか俺を信頼してくるけど、心に距離を感じる子だ。


「んー、特にピンとくる子は居ないなぁ」


「では、どの子にも魅力を感じなかったのか?

 海燕うみつばめの花鳥風月は、可愛いと評判の四人だぞ?」


 評判って、相手は中学生だぞ? どこの評判だ、それは。


 俺は脱力しながら応える。


「そりゃあ全員魅力的な女子だとは思うけどもなぁ。

 恋愛とか言われても、俺にはさっぱりだ」


 霧上きりがみがフッと笑った。


「なるほど、悠人ゆうとの心がまだお子様なのか」


「……うるせぇ」


 どうせガキだよ、ほっといてくれ。



 その後、遅刻ギリギリで大石がやってきて、烏頭目うずめ先生がホームルームを始めた。


 そのままその日の授業が始まり、俺は新鮮で退屈な高校の授業を受けていった。





****


 昼のチャイムと共に放課後になり、俺は霧上きりがみや大石を連れてファミレスに向かった。


 店員に告げ、先に来ているはずの優衣ゆいたちの隣の席に案内してもらう。


「わりぃ、待たせたな」


 優衣ゆいが俺に微笑んで応える。


「構わないわ。私たちもさっき来たばかりだし。

 それより、早く食事を済ませてしまいましょう。

 時間がもったいないわ」


 大石が女子たちを見て驚いていた。


「今日も一緒なのか? 全員、旅行に行くみたいな鞄を持ってるけど、週末にどっかに行くのか?」


 美雪みゆきがレモネードを飲みながら告げる。


「大石さんには関係ありません」


 つっけんどんだな……。


 由香里ゆかりはメニューを見ながら告げる。


「女子のプライベートを詮索するとか、デリカシーがないですよ」


 ……由香里ゆかり? 俺の時と態度が違わないか?


 優衣ゆいが真顔で大石を見つめて告げる。


「そういうことだから、詮索は不要よ」


 お前、今の今まで笑顔だったろう……。


 瑠那るなは退屈そうにパフェを食べていた。


「あなた、そんなだからもてないんじゃない?」


 その痛烈な一言で、大石が頬を引きつらせていた。


 俺は思わず声を出す。


「お前ら、もう少し加減ってものを覚えてくれ。

 大石だって俺の友達なんだ。

 そんなにひどい言葉を浴びせないでやってくれ」


 優衣ゆいが微笑んで俺に頷いた。


「ええ、悠人ゆうとさんがそう言うなら――ごめんなさいね大石さん」


 由香里ゆかりたちも次々に「ごめんなさい」とか「ごめんね」とか「口が過ぎたわ」と告げていった。


 途端に愛想良く謝ってくる彼女たちに、大石がさらに頬を引きつらせて困惑していた。


 霧上きりがみが楽しそうに笑いながら告げる。


「ははは! どうやら彼女たちの興味は、悠人ゆうと一人に集中しているらしい。

 私たちなど路傍の石、そういうことなのだろう。

 悠人ゆうと、彼女たちに刺されるような真似はするなよ?」


「どういうことだよ……」


 俺が困惑していると、優衣ゆいが笑顔で俺に告げる。


悠人ゆうとさんに限って、そんなことになるわけがないわ」


 だから、どういう意味なんですかね?


 俺が彼女たちに刺されるって、何がどういう状況?


 俺は大石と共に困惑しながら、黙って昼飯を腹に収めていった。





****


 食事を済ませた悠人ゆうとが立ち上がって告げる。


「じゃあ俺たちは行くわ。また来週な、霧上きりがみ、大石」


 女子五人も笑顔で席を立ち、悠人ゆうとの後を追っていった。


 彼女たちの笑顔はキラキラと輝いて、これからの時間に期待しているのが見て取れた。


 その様子を見送った大石が告げる。


「あいつ、本当に刺されないだろうな……」


 霧上きりがみがコーヒーを一口飲んでから、微笑んで告げる。


「なに、悠人ゆうとなら大丈夫だろう」


「だけど旅行鞄って……まさか泊まりがけか?」


「そういう詮索は野暮というものだ、やめておけ」


 二人の青年は、コーヒーを片手に悠人ゆうとの将来を案じながら言葉を交わしていった。





****


 俺は部屋のロックを解除してドアを開け、背後の女子たちに告げる。


「狭い部屋だけど、我慢してくれよな」


 玄関から延びる廊下を歩いて、俺は先にリビングに出た。


 俺が台所でグラスを用意して麦茶を入れていると、背後から女子たちの気配がする。


 由香里ゆかりの緊張する声が聞こえる。


「私、男子の部屋なんて初めて来ちゃいました」


 美雪みゆきの楽しそうな声が聞こえる。


「そんなの私たち、全員がそうでしょ?」


 優衣ゆいの冷静な声が聞こえる。


「あら、噂に聞いていた男子の部屋とまるで違うのね。きれいに片付いてるわ」


 瑠那るなのあきれるような声が聞こえる。


「何よこの部屋、私物らしい私物が何もないじゃない」


 俺はお盆にグラスを六人分のせて振り返って告げる。


「俺も越してきたばかりだって言っただろ?

 趣味らしい趣味は武術以外なかったし、私物なんて服ぐらいだ。

 汚そうと思っても汚せないよ」


 テーブルにグラスを置いていくと、女子たちが荷物を部屋の隅に置いてテーブルの周りに集まってきた。


「じゃあ少しの間待っててくれ。俺も着替えてくる」


 俺は着替えを手に取ると、脱衣所へ向かっていった。





****


 悠人ゆうとが脱衣所に消えると、早速笑顔を輝かせてガラティアが告げる。


「わーい! 悠人ゆうとのベッドだー!」


 ベッドの上に飛び乗って、枕に顔を埋めるガラティアに対し、由香里ゆかりが大きな声を上げる。


「ガラティア! 何を抜け駆けしてるんですか!」


 振り向いてきょとんとしているガラティアが、由香里ゆかりに告げる。


「みんなもやれば? 悠人ゆうとの匂いがするよ?」


 ガラティアが身体をどかすと、由香里ゆかりがおずおずとベッドの上に横たわり、枕に顔を埋めて深呼吸した。


「――ほんとだ、悠人ゆうとさんの香りがします」


 由香里ゆかりが三回深呼吸をしてから身体をどけると、美雪みゆきもおずおずとベッドに横たわった。


「んー、二人の匂いが混じって、もうあんまり悠人ゆうとさんの香りがしないや」


 起き上がって残念そうにスカートの裾を整える美雪みゆきを、瑠那るながあきれた顔で見ていた。


「あんたら、あいつの目がなくなった途端に大胆になったわね……」


 優衣ゆいが微笑ましそうに笑みを浮かべていた。


「あら、正直で良いじゃない。

 私もこの部屋に漂う悠人ゆうとさんの気配で心が満ち足りるわ。

 いいものね、憧れの人の部屋って――瑠那るなの感想は?」


「私?! 私は別に、その……」


 赤い顔でしどろもどろの瑠那るな由香里ゆかりがジト目で告げる。


瑠那るなさんは朝、悠人ゆうとさんを独り占めにしてたんですから、この後はもうだめですよ」


「わかってるわよ!」


 悠人ゆうとが脱衣所から戻ってきて、困惑した顔で女子たちに告げる。


「お前ら、全部丸聞こえだからな?」


 ガラティア以外が顔を赤らめてうつむき、恥ずかしがっていた。


 思わずテンションが上がってしまい、騒いでいたのが筒抜けだ。

 それどころか、女子たちの会話まで聞かれてしまった。

 『憧れの人』だの『独り占め』を許すかどうかなど、本人に今聞かれていい話ではない。


 大人びて見える優衣ゆいも中学三年生、まだまだ子供なのだ。


 悠人ゆうとが苦笑を浮かべて告げる。


「今聞いたことは忘れる――それよりコンビニに行こう。

 映画を見ながらつまむものを買いに行こうぜ」


 顔を上げた女子たちが頷き、笑顔で悠人ゆうとの背中を追っていった。


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