65.いつか来る姿
週末モニタリングが終了し、女子たちがフロアに戻ってきた。
普段ならこのあと、午後九時から由香里が愛を交わし合い、午前にかけてセレネまでが愛を交わしていく。
時刻はまだ午後八時。女子たちは瑠那の部屋に集まり、思い思いの場所に腰を下ろす。
由香里はお腹を愛しそうにさすりながら告げる。
「ここに悠人さんの赤ちゃんがいるんですね。
夢にまで見た、悠人さんとの子供です」
美雪が由香里に告げる。
「それで、今日もそのまま『本当の愛』を受け取るつもりなの? 妊娠がわかってるのに」
由香里はお腹をさすりながら応える。
「当然受け取ります。
我慢ができませんし、してはいけないことならデュカリオンが注意をしてきたと思うんです。
何も言われなかったのだから、問題ないんじゃないですか?」
瑠那が眉をひそめて告げる。
「ほんとかなぁ……大丈夫なの? そんなことして」
優衣が微笑んで告げる。
「不安なら直接聞いてみればいいのよ」
優衣が早速、携帯端末をタップしてメッセージを送っていく。
(ねぇ、由香里は愛を交わし合っても問題ないの?)
『きちんと避妊具を付けて居れば、まず問題がないんだけど、君らはそんな”愛”に耐えられるのかい?』
(……やってみなければわからないわ)
『耐えられなければ、リスクを覚悟することだ。僕から言えるのはそれぐらいだね』
優衣がふぅ、と短く息をついた。
「『ちゃんと避妊具をつければ大丈夫』ですって。
それを言い出せるなら、最初から相談なんてしてないわ」
美雪が眉をひそめて由香里に告げる。
「どうするの? 避妊具、買ってくるの?」
由香里がため息をついて応える。
「目立ちますし、恥ずかしいです。
それに夢中になって愛してもらってる間、ずっと避妊具を付けてもらうなんて非現実的です。
私たち、愛されてる間は理性が飛ぶじゃないですか。待てないですよ」
優衣が真剣な眼差しで由香里を見つめる。
「でも、子供の命がかかってるのよ?」
「それがわかっていても止まれないのが私たち――違いますか?
この子の命は大切ですけど、我を忘れた自分が子供の事まで思いやれるとは思えません。
あとはもう、なるようになるしかないんじゃないですか」
瑠那が不安になって告げる。
「やっぱり悠人に知らせようよ。
あいつなら、ちゃんと避妊してくれるよ」
優衣が考えながら応える。
「そうかしら? 最近特にそうだけど、悠人さんも愛してくれる時、我を忘れてる気がするわ。
治験薬の影響で、彼も自分を制御しきれてないのよ」
お互いが我を忘れて愛し合う――それが最近の彼女たちの姿だった。
そんな愛の中で避妊具を付けるなど、どうやったらいいのかわからない。
瑠那が諦観のため息をついた。
「さすが、破滅してる私たちよね。
大切な子供の命すら優先できないなんて。
これで本当に幸福な未来があるのかな」
美雪が落ち込みながら告げる。
「たぶん、これも含めて『まだ知らせない方が良い』とか『出産の可能性は低い』って言ったんだろうね。
私たちはリスクがあっても、もう自分を止められないんだ」
女子たちは、自分たちの醜い姿に絶望した。
こんな有様で、生まれてきた子を祝福なんてできるのだろうかと思い悩んだ。
セレネが静かな声で告げる。
「生まれてきた子供を慈しめばいいだけでしょう?
何を思い悩んでるんですか。
どうしようもできない問題に頭を悩ませて意味がありますか?
生まれることが出来なかった子供は、そういう運命だったと諦めるしかないでしょう」
この状況では正論だ。倫理的な問題はあるが、現実的にそれしか道がない。
女子たちの心に失望と不安が襲い掛かり、それがさらに悠人の愛を求めてしまう。
もがけばもがくほど破滅へ転がり落ちていく実感を、女子たちは覚えていた。
ガラティアが無邪気な声を上げる。
「何かあっても、私の慈愛蓮花があれば、少しは何とかなるよ!
それで持ちこたえてる間にデュカリオンに来てもらえば、助かるかもよ?」
気休めの一言――それで子供の命が救えるなら、これほど悩むこともない。
母体は救えても、胎児は絶望的だろう。
思い悩むことに疲れた由香里が立ち上がり、皆に告げる。
「そろそろ私の時間です。部屋に戻りますね」
かける言葉を見つけられない女子たちは、黙って由香里を見送った。
****
その夜、女子たちはまた激しく俺の愛を貪るように求めてきていた。
なぜそこまで不安に思うのか打ち明けて欲しい。
だけど、打ち明けられないから、その不安をこうして紛らわしているのだろう。
もどかしい夜を過ごして、俺は朝を迎えた。
朝のロードワークをトレーニングルームで行いながら、隣を走る瑠那の様子をうかがう。
やはり落ち込んでるようで、覇気がない。
「どうした瑠那、姿勢が崩れてるぞ。ちゃんと前を見て走れ」
「あ――うん、そうだね」
無言で走り込む一時間が過ぎていく。
お互い、かける言葉を見つけられなかった。
……駄目だなぁ、俺。彼女たちの笑顔を守ると誓ったのに、守れてないじゃないか。
シャワーを浴びてからダイニングルームへ移動し、朝食をオーダーする。
届いた朝食を食べながら、俺はみんなに告げる。
「なぁみんな。言いにくいってのはわかるが、そろそろ俺にもお前たちの悩みとか、不安を分けてくれないか。
どうせ思い悩むなら、一緒に悩みたいんだ」
優衣が女子を代表するように俺に応える。
「月曜日、学校を休んで欲しいってデュカリオンから言われてるの。
悠人さんを含めて、全員ね。
その時にデュカリオンが話すはずよ」
「……わかった」
俺たちはティアだけが明るく言葉を口にする朝食を済ませていった。
由香里が俺に告げる。
「悠人さん、今週末も、一日中愛してもらえませんか」
「由香里! 何馬鹿なことを言ってるの?!」
瑠那が席から立ち上がって声を上げていた。
そんな瑠那を、由香里は眉をひそめ、泣きそうな顔で微笑んで見つめた。
「昨晩、自分がどれほど醜いか、嫌というほど思い知りました。
もう私は、悠人さんの愛で癒されないと、自己嫌悪で潰れてしまいそうなんです」
「由香里……」
瑠那が悲しげな表情で由香里を見つめていた。
俺は由香里に告げる。
「お前は醜くなんてない。自分に正直なだけだ。
大丈夫、何があっても俺が支えてやる。だから、自己嫌悪になる必要なんてないんだ」
由香里が辛そうに涙を流し、俺に駆け寄ってきて胸に飛び込んできた。
俺は由香里に声をかけながら、優しく背中をさすってやる――このぐらいしか、俺にはできないのか。
由香里の肩を抱いて、俺はダイニングルームから由香里の部屋へ向かった。
****
二人を見送った瑠那は、力なく椅子に座り込んだ。
「……あれが、いつか来る私たちの姿、か」
美雪も苦し気な顔で告げる。
「わかってたのに、自分を抑えられなかったんだね。
そんな自分が嫌になって、さらに悠人さんの『本当の愛』で癒されたくなる。
悪循環だよね」
優衣が静かな表情で告げる。
「みんな、覚悟はしておきましょう。
『その日』が来ても、やけになっちゃだめよ。
みんなで支え合って乗り切るの」
セレネが冷静に告げる。
「なぜ苦しもうとするんですか?
あるがままを受け入れればいいじゃないですか。
悠人さんの『本当の愛』は、私たちのあるがままを認めてくれます。
その通りに生きるだけでしょう?」
瑠那は、自分そっくりな顔をしている存在に対して、羨望の眼差しを送った。
「本当にあなたが羨ましい。
そこまで愛に溺れられたら、きっと苦しまないんだろうね。
――でも、セレネの言う通りなのかもしれない。
私たちは今のまま生きていく事しかできない。
私たちがどんなに醜い姿をさらしても、悠人はきっと私たちを認めてくれる――いえ、認めてしまう。
だから私たちは、このまま破滅に沈んでいく事しかできないんだよ」
優衣が席を立ち、皆に告げる。
「私もそろそろ部屋に戻るわ。
悠人さんを迎える準備をしておかないと」
その言葉を契機に、ダイニングルームからぽつりぽつりと人が去っていった。




