64.提示される未来
十一月最初の週、デュカリオンによる週末モニタリングが実施された。
問診を受けたあと採血されるのは一緒だが、由香里だけは別にエコー検査も行われた。
しばらくして、待合室に座る女子たちにデュカリオンが向き合った。その表情は珍しく硬いものだ。
「由香里、君は妊娠四週間だ」
花鳥風月の表情が凍り付く中、由香里一人が喜びで笑顔をほころばせた。
「悠人さんの子供が、お腹に居るんですか!」
デュカリオンは真剣な顔で頷いた。
「これからこの子供をどうするか、考えていかなければならない。
産むのか、処置するのか」
「産みます」
由香里は即答していた。
デュカリオンは苦笑を浮かべて告げる。
「じゃあ、悠人に知らせる? 知らせない?
君が出産に辿り着く可能性は、僕は低いと思ってる。
知らせるとしても、もっと後になってからがいいんじゃないかな」
由香里が小首を傾げて尋ねる。
「どうして知らせない方が良いんですか? 自分の子供ができたんですよ?」
「子供が流産すれば、ぬか喜びになるからね。
こんな不安定な時期の妊娠を知っても、がっかりさせるのが落ちだろう。
もっとも、彼もこの事実を知れば、君たちと愛を交わすことを考えるようになるかもしれない。
それは今の君たちにとって、良い方向に作用すると思う」
由香里が不機嫌になりながら告げる。
「じゃあ、いつなら教えてもいいんですか」
「十二週目を迎えてからがいいんじゃないかな。
今からだと、丁度年末だね」
優衣が堅い表情でデュカリオンに告げる。
「学校はどうするの? 海燕で妊娠なんて、退学確定なんだけど」
デュカリオンが困ったように微笑んだ。
「どこか受け入れてくれる学校を、なるだけ近くで探してみよう。
――君たちはどうする? 由香里と同じ生活をしていれば、君たちを見る周囲の目も厳しくなる。
それならいっそ、全員で転校した方が良いんじゃないか?」
瑠那がうつむいて考えながら告げる。
「そうね、妊娠してる由香里一人を、別の学校に通わせるなんてできない。
私たち全員で学校を移って、サポートしあいましょう」
優衣が眉をひそめて告げる。
「妊婦が学校なんて通えるの?」
デュカリオンが顎に手を当てて考えこんだ。
「……君たちの事情もあるし、いっそのこと寮の中で中学の教育課程を終了させてしまう方法もある。
教師と環境、事務手続きは全部僕とプロメテウスで手配できると思う。
あとは在籍させてくれる学校を見つければいいんだけど、これは心当たりがある。
これなら妊婦になっても体の負担は最小限に抑えられるし、個別に融通も利かせられる。
義務教育が終わって高校課程を履修したいなら、そのままサポートを続けてもいい」
美雪が手を挙げて告げる。
「授業を受けてる間、子供はどうするつもり?」
「ベビーシッターを手配することができるよ。
シッターに授業中は預ければいいし、休み時間の間に子供の顔も見ることだってできる。
育児環境としては、充分なサポートだと思う」
瑠那が堅い表情で告げる。
「赤ん坊が寮に居るなんて、ホテルから追い出されたりしないの?
あの寮も、いつかは出ていかなければいけないんでしょう? その後はどうするの?」
デュカリオンが困った笑みで額をかいた。
「ん~~~、これはまだ言い出すのは早いと思ったんだけど、君たちを異能者として僕の研究所が雇うというプランがある。
異能者専用薬の治験を受けてもらいつつ、君たちの能力を活かした仕事があればそれを割り振る。
おそらく、そんな将来になるんじゃないかな。
悠人にも同じ将来を提示するつもりで、プランを練っている最中だ。
あの寮は僕が個人的にお願いして提供してもらっている場所だから、学校が終わろうとあそこに住んでいて構わない。
住宅費と光熱費や食費の負担がなくなるし、子供のデータも取らせてもらえるなら育児の費用も全部、僕の研究所が出そう。
これなら、最悪でも悠人一人の稼ぎで君たち六人を養っていける」
瑠那が唖然としてデュカリオンを見つめた。
「至れり尽くせりじゃない……なんでそこまでするのよ」
デュカリオンが穏やかに微笑んだ。
「僕らの目的は教えたね?
妙見計画――オーバーランク異能者を育成するために、大規模なプロジェクトをいくつも走らせてる。
君たちはその中でも、最有力候補なんだ。
データを取りつつ、君たちの生活を保護し、プロジェクトを進めることが出来るなら、プロメテウスがいくらでも予算を付けてくれる。
悠人と君たちの子供なんて、僕からお願いしてデータを取らせてほしいくらいだ。
そんな生活でもいいと言うなら、僕らは万全のサポートを心がけるよ」
優衣が冷静にデュカリオンを見つめて告げる。
「その『オーバーランク』が期待外れだったら、私たちはどうなるの?」
「なぜオーバーランクに至らなかったか、その検証のためのデータを取るだけだよ。
それは他のプロジェクトに活かせるからね。
君たちが生活に困ることにはならない。
――でもこれは、普通の人とは大きく違う人生になる。
よく考えてから決めて欲しい」
「ふふ、異能者である私たちが、世間一般の人たちと大きく違う人生を歩むのは当然よ。
そんなの今さらだわ。
安定した将来が約束されるなら、断る理由なんてあるかしら?」
デュカリオンが女子たちを見回して告げる。
「他の子も同意見かい? 他の意見があれば、今この場で遠慮なく言って欲しい」
優衣が告げる。
「賛成の子、手を挙げて。一生涯、悠人さんと幸せに暮らせる未来よ」
美雪がやや迷ったが、その場の全員が手を挙げた。
デュカリオンが微笑んで頷いた。
「――わかった。ではこのプランを本格的に進めていこう。
由香里の妊娠はまだ隠しておきつつ、悠人も交えて改めて話し合おう。
来週の月曜日、学校を休んでおいてくれ。
それまでにプランを確かなものにしてくる。
約束できないプランなんて、提示できないからね。
そのあと、そのプランを受け入れるか、拒否するかを君たち七人で決めて欲しい」
瑠那が眉をひそめて告げる。
「避妊薬のことも話しちゃうの?」
「ハハハ! たとえ彼が鈍い男だとしても、君たちに月経が来ていないことぐらい理解してるさ!
ならば考えられるのは一つだけ、君たちが避妊しているという事実に行きつく。
彼がまだそれを口にしないのは、君たちが言い出すのを待っているだけだろう。
君たちからは言い出しにくいだろうから、事情は全て僕からその場で伝えるよ」
拍子抜けした瑠那が、安堵のため息をついた。
「なんだ、破滅の未来かと思っていたら、安泰が約束されてるじゃない。
その道のどこに不幸になる道があるのか、わからなくなったわ」
デュカリオンが厳しい顔に戻って瑠那に告げる。
「僕が用意する環境の中では守られるけど、世間的に君たちは『異端中の異端』として扱われる。
表を歩けば、かならず後ろ指を指されるだろう。
子供を連れて公園に遊びに行く、なんて当たり前の行動だって難しくなる。
息苦しくない生活を約束した覚えはない。そこは勘違いしないで欲しい」
真顔に戻った瑠那が、デュカリオンに告げる。
「私たちの依存が極限まで悪化したら、私たちはどうなるの?」
「彼なしでは君たちが成立しなくなるだけだ、という話はしたね。従属神のような在り方だ。
それが人間の体でどうなるかというと、おそらく一日彼と会わなくなるだけで、心が極度に不安定になるだろう。
君たちはそんな人生を送ることになる。
選択の余地はないと思ってくれて構わない」
「でも、悠人が常に一緒に居られる環境を整えてくれるんでしょ?」
「努力はするけど、必ずそうなるとは思わないで欲しい。
オンラインで済ませられることはそうするけど、君たちが別行動を取らなければいけないことも、今後出てくるはずだ。
そんな時、誰かは悠人が居ない生活を送ることになる。
子供ができれば、なおさらそうなっていくだろう」
自分と子供の将来――そんな重たいものを考えるには、中学生の彼女たちは余りに幼過ぎた。
由香里がふぅ、とため息をつく。
「そんなの、今考えてもわかるわけないじゃないですか。
なったらなったで、その時にどうするか考えましょう。
それでよくないですか?」
女子たちがためらいがちに頷いた。
デュカリオンが苦笑を浮かべて告げる。
「そう言うと思っていたよ。
ともかく、ここから先は悠人を交えてからだ。
今日はこのまま、部屋に戻っていいよ」
女子たちが降りると、検査車両はホテルの前から去っていった。
それを見送った女子たちはエレベーターに乗り、寮のあるフロアへと昇っていた。




