63.怯える夜
デュカリオンが、明るい笑顔で両手を打ち鳴らした。
「そう落ち込まないで。
必ず排卵を誘発すると決まったわけでもないんだ。
おそらく排卵を抑制する作用と誘発する作用、二つがせめぎ合っている状態だと思う。
だから不安が強くならないように、落ち着いて暮らしてほしい。
自分を強く――というのは、君たちには難しいかもしれないけどね。
不安を抑えられれば、君たちが愛を交わす回数も減らせるはずなんだ。
さっきも言ったけど、薬で対処できる可能性もある。
決して絶望しないで、心を強く持つよう心がけて」
美雪がおずおずと手を挙げた。
「じゃあ、その薬をください。
少しでも不安がまぎれるなら、気休めでもいいです」
デュカリオンが笑顔で頷いた。
「もちろんだとも。
こうなることも考えて持ってきてある。
全員分出してあげるから、それを使ってみて欲しい。
ただし、絶対に過剰摂取をしてはいけないよ」
デュカリオンから薬の袋を渡された女子たちは検査車両を降り、花鳥風月の三人は暗い顔で寮のあるフロアに戻っていった。
エレベーターから降りた美雪が、ぼそりとつげる。
「由香里、大丈夫かな」
優衣がうつむいて応える。
「別に由香里に限った話じゃない。
週末のモニタリングで妊娠ホルモンが検出されたなら、私たち全員が例外じゃないのよ」
週末から今まで、いったい何度の愛を交わし合ったのか。
三人とも回数など、覚えていない。
瑠那がふぅ、とため息をついた。
「いつが次の排卵周期かなんて、避妊薬を使っていた私たちにはわからないしね。
薬で排卵が誘発されるなら、それでもずれるだろうし。
――そろそろ私の時間ね。部屋に戻るわ」
美雪が慌てて声を上げる。
「まさか、今夜も愛を受け取るつもりなの?!」
瑠那が横目で美雪を見た。
「いけない? もう手遅れの私たちが、もっと手遅れになるだけじゃない。
いつから妊娠ホルモンが出てたかもわからないし、今さらよ。
こんな不安な夜に、悠人の愛まで奪われたら、それこそ不安で心が潰れるわ」
優衣が苦笑を浮かべた。
「その時間を奪われた私は、どうしたらいいのかしら」
「セレネの後に部屋に来てもらえば?
どうせ不安で眠れないだろうし」
瑠那はさっさと歩いて行くと、自分の部屋に入ってしまった。
美雪が呆然としてつぶやく。
「肝が据わってるっていうより、もうやけっぱちよね、あれ」
優衣が眉をひそめて微笑んだ。
「気持ちはわかるわ。
私だって、今夜は眠れる気がしないもの。
あとはなるだけ回数を抑えて愛を受け取るのが限界ね」
「……できると思う?」
優衣は美雪の問いには答えず、自分の部屋へと戻っていった。
「……ああもう! 私はあがくだけあがくわよ!」
美雪が乱雑に廊下を歩いて行き、自分の部屋へ入っていった。
彼女たちの様子を無邪気に見守っていたガラティアが告げる。
「なんだか大変そうだね、みんな」
セレネが冷たい笑みを浮かべて応える。
「あがくから苦しいのですよ。
素直に愛に溺れてしまえば、苦しむこともないのに」
二人の少女は、のんびりと歩いて自分たちの部屋へと戻っていった。
****
由香里の相手をした後、俺はグループメッセージに気が付いた。
デュカリオンが女子の再検査に来ていたらしい。
その夜の女子たちは、前の夜と様子が違った。
瑠那は何か強い不安がある時のように、俺の愛を無心で貪って力尽きた。
美雪は最初はためらいながら、おそるおそる俺と愛を交わしていたけど、一度愛を受け取った後は、やはり不安を振り切るかのように愛を貪り始め、力尽きるまでそれは続いた。
ティアとセレネはいつも通りだった。
セレネの相手が終わった後、携帯端末を確認する――優衣からのメッセージ。
シャワーを浴びてから優衣の部屋をノックすると、すぐにドアが開かれた。
優衣が俺に微笑んで告げる。
「ごめんなさい、夜遅くに。でも、どうしても眠れなくて。だからきちんと悠人さんの愛を頂戴」
俺は訝しんで尋ねる。
「何があった? 今夜のお前たちはどうしたんだ?」
「何もないわ。特別なことは、何もね」
「じゃあ、なぜこの時間に俺の愛をせがむんだ。
今までそんなこと、なかったじゃないか。
瑠那も、美雪もそうだ。
まるで強い不安を忘れたがっているように感じた」
美雪は妖艶に微笑んだ。
「あら、そこまでわかっているなら、私が望むこともわかるでしょう?
ねぇお願い。私の不安を全て忘れさせて」
首にしなだれかかってくる優衣を、俺はそっと抱え上げた。
****
翌日、由香里は瑠那たちから、悠人に隠れて真実を知らされた。
『あの避妊薬は排卵を誘発する副作用がある』
由香里は平然とその言葉を受け止め、応える。
「だからなんだっていうんですか。
悠人さんの子供なら怖くないって、前に言いましたよ。
今は新しい寮住まい、海燕を退学になっても、帰って来れば会えます。
それなら妊娠を怖がる必要なんて、ないじゃないですか」
美雪が慌てて告げる。
「馬鹿! 中一でまともに出産まで持っていけると思ってるの?!
それに生んだ後はどうする気?! どうやって育てるの!」
「なるようになりますよ。
悠人さんだって、私と子供を慈しんでくれます。
赤ちゃんの生活費くらい、私の生活費から捻出できますし」
瑠那も慌てて告げる。
「赤ちゃんにどんだけお金がかかると思ってるの?!
あなたの生活費だって、そんなに余裕はないんだよ?!
ちゃんと現実を見ようよ!」
由香里がジト目で瑠那と美雪を見据えた。
「その現実を見たお二人は、そこまで言うなら昨晩は悠人さんの愛を受け取らなかったんですよね?」
二人は言葉に詰まり、黙り込んだ。
不安に押しつぶされそうな心を癒すため、いつも以上に愛をせがみ貪った二人は、それ以上由香里に何も言えなかった。
優衣が微笑んで手を打ち鳴らした。
「ほらほら、私たちが喧嘩をする意味なんてないわ。
泣いても笑っても、私たちの薬の効果が切れるわけじゃないし。
我慢なんて出来ないのは昨晩、嫌というほど身に染みたでしょう?」
美雪が深いため息をついて告げる。
「じゃあ私たち、これからどうしたらいいのよ」
「子供が出来ないことを祈りながら、不安な夜を悠人さんに慰めてもらう――それ以外の選択肢があるの?
昨晩、不安を抑える薬を飲んだ子は居た?」
美雪がそっと手を挙げた。
優衣が頷いて応える。
「そう、私も飲んだわ。でも何も変わらなかった――もう私たち、そんな薬程度じゃどうにもならないのよ」
瑠那が憂鬱なため息をついた。
「朝になると少しは冷静になれるんだけどね。
夜になるともう、悠人の愛が欲しくてたまらなくなる。
――たしかに、もう破滅してるのね、私たち」
由香里は平然と告げる。
「破滅のトリガーは私たちが自分で引きました。
そんな私たちが破滅してるのは、当たり前じゃないですか。
デュカリオンは私たちをサポートすると約束してくれたんですし、彼を最大限利用すればいいだけです。
大切なのは悠人さんと私たちの幸せ――違いましたか?」
瑠那がフッと笑った。
「それもそうね。
こうなったらデュカリオンを利用するだけ利用して、私たちは自分の幸せを追求することにしようよ。
逆効果の避妊薬を作った責任を、デュカリオンに取ってもらう。
それだけの話だものね」
美雪が不安になって困惑した。
「そんなの、中学生の私たちでなんとかなると思うの?!」
優衣が優しく微笑んだ。
「なんとかするのよ。そして必ず幸せに辿り着くの。
私たちはそう誓い合った仲間だったでしょ?
お互い、サポートし合えば何とかなるわ――きっとね」
ティアが無邪気に四人に告げる。
「ねぇ、そろそろ出ないと、学校に遅れるよ?」
花鳥風月の四人が頷き、ティアを含めた五人がエレベーターに乗りこんだ。
少女たちを乗せたエレベーターは、まっすぐ地上に向かって下っていった。




