62.忍び寄る恐怖
女子たちは学校から寮に直帰して、談話室で今日の身体測定について花を咲かせていた。
それぞれが告げる測定結果に、瑠那が驚いて口を開く。
「みんな、運動をしてる訳でもないのに、なんでそんなにスタイルが良いの?!」
全員が理想体重の範囲、体型も全員が女性らしさを増していた。
特に由香里が顕著に伸びていて、もう幼いとは言えない体つきになりつつある。
由香里が大人びた微笑みを久しぶりに見せて告げる。
「何を言ってるんですか瑠那さん。
私たち、『運動』なら毎日きっちりしてるじゃないですか。
それもとびきり激しい『運動』を」
瑠那が疲れたように微笑んだ。
「ああ、そうだったわね。
毎日あんだけ動いてたら、そりゃ痩せるわね」
優衣も楽しそうに目を細めた。
「スタイルが良くなったのは、その影響でしょうね。
私たちの『女性』が刺激されて、身体が女性らしさを増してるのよ。
避妊薬の影響もあるから何とも言えないけど、私たちの年齢でこれだけ『女性』を刺激されれば、当然影響があるはずよ」
美雪が机の上に突っ伏してぼやく。
「避妊薬と言えば、新しい避妊薬はやっぱり刺激が弱い感じがするよね。
まだ前の避妊薬の効果が続いてるから、そこまで大きく感じないけど。
以前より自分から愛を求めに行かないと、前と同じ満足感を得られない感じ」
由香里が同意するように頷いた。
「そうなんですよね。八月下旬ごろに味わっていた『本当の愛』から、少しずつ遠くなってる気がします。
でもなんだか、それも波があるんですよ。
前よりも強く『本当の愛』を感じる日もあるんです。
悠人さんの体調によるんでしょうか」
瑠那が苦笑を浮かべて告げる。
「あなたたち……媚薬作用の増強効果なんて、ない方が良いに決まってるでしょ。
――でも、みんなも悠人の愛に波を感じるのね。
私もそれはちょっと思ってたところ。
それに少しずつ、悠人の愛が強くなってるようにも感じてるの。
このままだと私たち、依存が悪化する一方じゃないかな……」
セレネが澄ました顔で告げる。
「悠人さんと共に生きる人生で、彼がいなければ生きていけないと思う事の何が不安なんですか?
求めれば隣には悠人さんが居るんです。
何も不安に思うことはないですよ」
ガラティアは無邪気に告げる。
「みんな一緒で、悠人が一緒!
それだけで私たち、充分幸せだと思うよ!」
瑠那が力のない笑い声を上げる。
「あはは……私もティアくらい気楽に生きてみたいわ。
それで、みんなは新学期の手ごたえはどうだった?」
優衣が微笑みながら告げる。
「誰もわたしに近づいてこないのは変わらないし、私には違いがわからないわね」
由香里が困ったように微笑んで告げる。
「私は避けられてるのがわかります。
やっぱり『男性問題で女子寮を追い出された』なんて噂は、広まるのが早いですね」
美雪は突っ伏したまま、のんきに応える。
「別にいいんじゃない?
私たちの愛の形を理解してもらおうとか、思ってる訳じゃないし。
普通に考えたら、みんなドン引きになるよ。
――瑠那は? 空手大会優勝したんだし、少しはマシじゃないの?」
瑠那は苦笑で応える。
「みんなと一緒だよ。
私が一番有名だった分、白い目で見られやすいみたい。
でもこれじゃ、みんなが新しく部活を始めるのもむずかしそうだね」
優衣が楽しそうに微笑む。
「それが悠人さんの望みだったとしても、私は悠人さん以外に興味が湧かないもの。
『何か打ち込める趣味を』なんて言われても、探しようがないわ」
由香里が天井を見上げながら告げる。
「ずっと考えては居るんですけどね。
運動部は興味が湧きませんし、文化部も大差ないです。
ミステリー小説を読むなら家でできますし。
部活として何か、と言われても、何も思いつかないですよね」
美雪が起き上がって告げる。
「その上、周囲から白眼視されて新しい友人も絶望的。
それなら帰宅部でこうして集まって、だべりながら悠人さんの帰りを待つ方が良いよね。
――ねぇみんな、大学とか考えてる?」
優衣が目を落として考えながら応える。
「考えなくもないけど、私たちにはまだ遠い話よね。
それに大学に行って就職して、なんて現実味も湧かないし。
私たち異能者は、異能を生かした職業につくことが期待されちゃってるし。
そんなもの、どうしろっていうのかしらね」
まだまだ世界が異能者を知って間がない。
彼女たちのような異能者のキャリアプランなど、整備されているはずもなかった。
先駆者である彼女たちが、自ら切り開いて行かなければならない道だ。
それはやはり、先の見えない不安との戦いになる。
由香里が目を落としながら告げる。
「デュカリオンにお願いすれば、就職の斡旋とかしてくれるんでしょうか」
美雪が退屈そうに、頭の後ろで手を組んだ。
「えー、デュカリオンに頼むの?
モルモットにされるだけじゃない?」
優衣が考えながら応える。
「でも、自宅で治験を受けるだけなら今と大差ないわ。
それで悠人さんと、より長く居られるなら、それも悪くないのかも」
瑠那が時計を見ながら告げる。
「そろそろ悠人が返ってくるわね。
――あいつは将来、どうするんだろ」
彼女たちを養うとなったら、並の収入では無理だろう。
彼女たちもやはり稼ぎに出て、自分たちの生活費を賄わなければならない。
由香里がため息をついて告げる。
「そんな遠い未来の話、今してもしょうがなくありません?
それに悠人さんに任せておけば、一番いい未来に導いてくれますよ」
全員が頷くと同時に、エレベーターが開く音が聞こえた。
彼女たちは笑顔をほころばせながら、愛する男性の元へ駆けていった。
****
十月、季節はすっかり秋に――なってるかどうかは、この島だとよくわからない。
台風の季節が終わり、夜が寒くなり、日が短くなった。それくらいだ。
女子たちは変わらず、俺の愛を貪るように求めてくる。
新しい趣味も見つけられないまま、時間だけが過ぎているようだ。
このまま依存させていていいのだろうか。
だけどデュカリオンは『もう後戻りが出来ない状態だ』と言っていた。
あとはただ、依存を深めていく一方なのだという。
『自分らしさ』を俺に依存している彼女たちは、それでも幸せそうに笑っている。
『錯覚の幸福』だとしても、彼女たちは今、確かに幸せに見えた。
俺から離れようとしない彼女たちに、なんとか『彼女たちらしさ』を生かした将来を提示してやりたいと思う。
けどそんなの、俺一人の力じゃ無理だ。
こういうのはやっぱり、デュカリオンを頼るしかないんだろうか。
そんな悩みを密かに抱えながら、俺は今日も彼女たちの笑顔に囲まれ、心を満たしていった。
****
十月も終わりが近づくころ、夜になって瑠那の携帯端末にメッセージが届いていた――デュカリオンだ。
『悪いんだけど、再検査をしたいんだ。
これから検査車両を回すから、女子全員を集めておいてくれないかな』
(わかった。けどなんで?)
『着いたら話すよ』
――胸騒ぎがした。
まだ妊娠の兆候は見られない。
だが逆算すると、避妊薬が切れていた時期から八週目に近い。
週末のモニタリングでは毎回採血をしている。
そこでなにか、妊娠の兆候が見られたのかもしれない。
――とにかく、みんなに声をかけておかないと。
今は由香里が悠人の愛を受けている。
彼女は朝まで動けないだろう。
グループメッセージで再検査を伝え、上着を羽織って談話室に集合した。
談話室で女子たちが思い思いに言葉を交わす。
優衣が憂鬱そうに告げる。
「この時間からじゃ、私は今夜はお預けね」
美雪が不思議そうな顔で告げる。
「でも、なんで再検査なんだろう?」
セレネが真顔で告げる。
「なんにせよ、デュカリオンに従うだけです」
ティアは無邪気に告げる。
「早く終わると良いねー!」
瑠那は不安を押し隠しながら、黙って友の声を聞いていた。
検査車両が到着し、デュカリオンからメッセージが届いた。
女子たちは検査車両に移動して、デュカリオンの言葉を待つ。
白衣を着たデュカリオンが笑顔で告げる。
「悪いね急に集まってもらっちゃって。
でもちょっと気になる数値が出てたものだから、念のためね」
デュカリオンが女子を見回した。
「由香里は来てないのかい?」
瑠那が代表して応える。
「今は由香里の時間だから」
デュカリオンが一瞬、真顔になったが、すぐに微笑みを取り戻して告げる。
「それならしょうがないね。
彼女は週末のモニタリングで対応しよう。
まずはみんな、落ち着いて検査を受けて欲しい」
女性職員の指示に従い、女子たちは検査室に移動していった。
****
検査車両の待合室で、女子を前にデュカリオンが告げる。
「検査結果が出たけど、全員異常なし。
杞憂で終わってよかったよ」
その言葉を聞いても、普段のモニタリングとは違う異様な検査内容に、女子たちは不安を隠しきれない。。
優衣が眉をひそめてデュカリオンに尋ねる。
「結局、なんの検査だったの?」
デュカリオンが笑顔で「妊娠の再検査だよ」と告げた。
待合室の空気が一瞬で凍り付き、それでもなんとか美雪が声を絞り出す。
「どういうことなの?」
デュカリオンが困ったように微笑んだ。
「実はね、妊娠ホルモンが検出されたみたいなんだ。
君たちの事情もあるし、薬が薬だ。当然モニタリングしてたんだけどね。
どうも新型避妊薬は、妊娠ホルモンを分泌させてしまう副作用があるみたいだね。
念のためエコー検査をさせてもらったんだけど、君たちの年齢では、ちょっとつらかっただろう。悪かったね」
「――ちょっと! 避妊薬でその副作用はどういうことなの?!」
「ん~、僕も驚いてるんだ。
そんなことになるはずないんだけどね。
事実、今までそんな兆候はなかったわけだし。
もしかすると今回も、悠人の体質変化があったのかもしれない。
なんとか改良するから、それまで我慢して欲しいんだ」
優衣が青白い顔で告げる。
「その副作用、避妊率にはどれくらい影響があるの?」
「排卵を促しかねないから、そうなるとだいぶ下がってしまうね。
媚薬効果の増強を受け入れるなら、前の避妊薬を使ってみて欲しい。
でも今の避妊薬の効能があるうちは、たぶん意味がないと思う。
使うとしたら、今の避妊薬の効能が切れる五週間後だね」
つまり、十二月の頭まで、彼女たちは再び妊娠の恐怖と戦うことになる。
デュカリオンが穏やかな笑みで告げる。
「耐えられるなら、なるだけ愛を交わす回数を減らすように努力して欲しい。
不安で耐えられないなら、薬も処方するよ」
蒼白になった顔で瑠那が告げる。
「そんなもので対処できる段階なら、とっくに薬をだしてくれていたでしょ?
正直に言ってよ。それで私たちが耐えられると思うの?」
デュカリオンが小さく息をついた。
「たぶん、無理だろうね」
車内を、重たい沈黙が支配した。




