61.新学期
新学期の朝、正確には始業式を過ぎてるけど、俺たちはダイニングルームで朝食を口にしていた。
「久しぶりの学校だな。
なんだか少し緊張する気分だ。
――女子たちは大丈夫か?」
こいつらは女子寮を追い出された形だ。
海燕で、肩身の狭い思いをしないだろうか。
由香里が俺に微笑んで応える。
「元々私たち、ちょっと前から距離を取られてましたし。
『花鳥風月殺し』の悠人さんと一緒に居るだけで、私たちは白い目で見られてましたから。
今さら女子寮を追い出されても、なにも変わりませんよ」
美雪が続いて告げる。
「私たち五人が悠人さんとのペアショットの待ち受けを使ってるしね。
クラスの中でも、腫れ物みたいに扱われてるし。
それに私たちは、ここに居る友達がいるだけで充分幸せだし」
瑠那が憂鬱そうに息をついた。
「別に悠人だけが原因って訳じゃないのよ?
私の異能は物騒だし、優衣の異能は人を寄せ付けない。
前から人が寄ってきづらい集団だったのよ」
優衣が微笑んで告げる。
「だから、ティアが仲良くしてくれたのは嬉しかったのよね。
この子も嘘をつかない子で、付き合いやすいし」
ティアは無邪気にトーストを頬張っていた。
俺はセレネを見て告げる。
「お前は一人で留守番になるけど、待っていられるか?」
「はい、彼シャツとやらを堪能していれば、勝手に時間は過ぎると思います」
それもどうなんだろう……。
「ともかく! 俺たちはなるだけ早く帰ってくる。
ここは格技場もあるし、午後の瑠那との組手もここで対戦できる。
瑠那は俺が返ってくるまで、トレーニングルームを使って鍛えておいてくれ」
瑠那が俺に笑顔で頷いた。
朝飯を食い終わった俺たち六人は、セレネに見送られながらエレベーターに乗り、ホテルを出た。
そこでそれぞれの学校に向けて、歩きだしていった。
****
教室に行くと、やっぱり霧上はもう席に座っていた。
「おっす霧上。相変わらず早いな」
霧上が微笑みながら俺に告げる。
「おはよう、悠人。
治験はどうだった? 何か新しいことは分かったのか?」
俺は肩をすくめて応える。
「わかったと言うか、理解できないと言うか。
なんで科学者って奴は、一般人にわかるように説明できないのかねぇ」
「専門家などそういうものさ。
それより、花鳥風月との新しい愛の巣の住み心地はどうだ?」
俺は驚いて目を見開いていた。
「……なんでそんなこと知ってるんだよ」
「花鳥風月は有名人だと言っただろう?
彼女たちが女子寮を追い出されたのも、週末にお前と仲良く買い物をしていたのも噂になってる。
必然的に、お前たちが一緒に住んでるんじゃないか、そんな噂も流れている」
俺は頭を抱えて机に肘をついた。
俺ですらこれじゃあ、彼女たちの周囲はもっとひどい噂でまみれてるだろう。
「――はぁ。あいつら大丈夫かなぁ」
「なに、恋する女子というのはたくましいものだ。
彼女たちなら悪評程度、大して気にも留めないだろう。
――それより悠人、お前はずいぶん珍しい人物と縁を持ったのだな」
俺は顔を上げて霧上を見た。
「珍しい人物って誰だよ」
「派手な外見と強い力を持つ人物に見える。
――だが、そいつに近づくのは止めておけ。お前によくない縁を持ち込むだろう」
プロメテウスのことか。
「……いつも思うんだけど、お前の人相占いってどうなってんの?
的中率が高くて怖いんだけど」
「ははは! それは秘密だ。機会があれば教えることもあるかもしれないがな」
こいつも謎の多い人間だよなぁ。
その日も俺は、新鮮で退屈な授業を消化していった。
治験中もみっちり勉強してたおかげで、ついていくのは簡単だったけど。
そして放課後になり、大石が俺の肩を痛いくらいに叩く。
「悠人! 今日も空手部に来るんだろ?」
「いや、寮に格技場があるんだよ。
もう空手部に通う必要がないんだ。
寮で帰りを待ってるやつが居るし、すぐに帰らないと」
大石は残念そうな表情を浮かべて応える。
「そうか、お前たちの組手はいい刺激だったんだがな。
彼女たちが待ってるなら、仕方ないか」
「わりぃ。じゃあな、大石! 霧上!」
俺は急いで教室から飛び出し、寮に向かって駆け出していった。
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寮に戻ると、瑠那はトレーニングルームで走り込みをしてる所だった。
「わりぃ、待たせたか?」
「大丈夫、ここで身体を鍛えてれば、時間なんてすぐに過ぎるし」
寮にこういう設備があるの、やっぱりありがたいよなぁ。
俺は急いで部屋に戻って道着に着替え、格技場に向かった。
治験薬のせいで異能が発動しやすくなってるけど、それでもなんとか異能を抑えながら、瑠那の防御訓練を続けていく。
他の女子たちは格技場の隅で俺たちを、というか俺を見つめているようだ。
……自分の趣味を持てって言ったんだけど、モチベーションがないと見つけるのは難しいか。
こいつらはこのまま、ずるずると俺に依存して生きて行くんだろうか。
デュカリオンは『彼女たちは耐えるしかない』と言っていた。
その通りだとしたら、俺が彼女たちの支えになっている今は、最善を尽くしてると言えるんだろうか。
「ん? 瑠那、お前今日は凡ミスが多いな。
どうした、なにかまだ心配事があるのか?」
気が散っているのか、簡単な受け流す動きすらできていない時がある。
瑠那が恥ずかしそうにうつむいた。
「ごめん、ちょっと集中できてないね。
――今日はもう、上がろうか」
「……そうするか。身の入らない練習は悪い癖が付くからな。
また晩飯で集まろう」
俺たちは格技場を出てそれぞれの部屋に戻っていった。
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瑠那はシャワーで汗を流してから部屋着に着替え、ベッドに腰を下ろした。
――ようやく避妊薬を投与できた。
それ自体は安心できることだった。
だがそれまでの避妊薬が切れてる間、いったいどれほどの回数、悠人の愛を受け止めたのだろうか。
夢中で貪るように愛をねだり続けた瑠那は、その回数など覚えていない。
毎日、不安を忘れるために貪り続けた。そのツケを払うことになるのかは、そのうちわかる。
――大丈夫、きっと大丈夫。
自分に言い聞かせながら、必死に不安を押し殺す。
毎週の治験薬モニタリングがある。
異常があれば、デュカリオンが教えてくれるはずだ。
新しい避妊薬が与えてくれる悠人の『本当の愛』は、以前と比べると刺激が弱いように感じた。
避妊薬が切れている間と変わらない刺激が続いているので、デュカリオンが言うように、悠人が持つ媚薬体質を増強する効果がないのかもしれない。
だが悠人の愛は、夢中で貪れば一時間で満足できる程度の『本当の愛』だった。
悠人の体質がまた変わっている――そんな予感を覚えていた。
――あいつがこれ以上、私たちを引き付ける存在になっていたらどうしよう。
日々少しずつだが増している悠人というブラックホールの重力、そんなものを感じてしまい、自分の未来に不安を覚える。
これ以上、彼に依存したらどうなるのか。
一日すら我慢できず一日中、悠人を求め続けることになるのだろうか。
正気を失わないと言われても、それでは日常生活すら満足に送れない。
そんなもの、正気を失っているのと何が違うと言うのだろう。
自分たちの未来が見えない――そんな不安を押し殺しながら、瑠那は夕食を食べにダイニングルームへ向かった。




