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幸福な蟻地獄  作者: みつまめ つぼみ
第1章:囚われる少女たち
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6.ロードワーク

 朝五時にあわせ、俺はランニングウェアで女子寮の前にたどり着いた。


 すでに女子寮の前では、夜明け前の薄明かりの中、瑠那るながウォーミングアップを行っていた。


「お前、ずいぶん早いな。まだ五時前だぞ」


「いつもより三十分早起きなだけよ。この時間ってことは、もしかして一時間走るの?」


「ああ、俺はいつもそのくらいだ。

 だけど瑠那るながきついようなら、お前のいつものコースを走って終わろう。無理は良くないからな」


 瑠那るながむっとして応える。


「なめんな! 私だって鍛えてるっつーの! いつもの倍走るくらい、たいしたことないってば!」


 俺は微笑ましくなって、フッと笑みをこぼして告げる。


「じゃあ俺のいつものコースを走るが、きつくなったらかならず正直に言え。そこで帰ることにする」


 瑠那るなが頷いたので、俺を先頭に走り始めた。


 俺はまず、普段のペースで瑠那るなの様子を観察していく。


 思ったよりはちゃんと付いて来れてるみたいだ。


「それで、急にロードワークを一緒に走りたいだなんて、どうしたんだ?」


「他の子と違って変な意味はないわよ。

 あんだけ強いあんたが、普段どんな鍛錬をしてるのか、知りたくなっただけ」


 『他の子と違って』か。俺は今日、どんな相談を受けるんだかな。


「俺は日課で体力作りをしてるだけだ。

 套路とうろもやめちまったし、走り込みと筋トレぐらいしかしてないぞ」


「……ねぇ、ちょっと、相談なんだけどさ。いいかな」


 少し瑠那るなの息が切れてきたな。ペースを落とすか。


「相談ってなんだ?」


「これからも、なるだけ毎日、ロードワークに付き合っても、いいかな」


「それは構わないが、今日一日でロードワークメニューは理解できるだろう?」


「私は、スタミナが、足りて、ないから、鍛えたいと、思ってる、だけよ」


 話しながら走ってるから、息が切れやすいな。

 確かにスタミナには問題がありそうだ。


「わかった。そういうことなら、お前を限界まで引っ張ってやる。

 走れなくなったら素直に言えよ――全力で行くぞ」


 俺はペースランナーとして、普段の自分の速度に戻した。


 無言になった瑠那るなは、必死に俺のペースに食らいついてくる。


 三十分ほど走って、瑠那るなが俺よりだいぶ遅れるようになったところで、俺は足を止めた。


 瑠那るなが俺に追いつき、息を切らしながら告げる。


「なに、よ。まだ、途中、じゃないの?!」


「もうお前が限界だろう。五分休憩したら身体をほぐして、流して戻るぞ」


 瑠那るなは悔しそうな顔をしたけど、頷いてから地面にへたり込んだ。


 俺が持参していた、冷えたスポーツ飲料を手渡すと、瑠那るなは一気にそれを飲み干していた。


「――ぷは! あんた、用意が良いわね」


「まぁ、こうなるだろうと予想は付いていたからな」


 中二女子と高一男子の持久力なんて、比べるものじゃない。


 瑠那るなが瞬発力タイプなのは、試合でもわかってたし。


 俺たちはペアでストレッチをした後、流して走りながら女子寮に向かった。


 瑠那るなが俺に告げる。


「あんた、なんでそんなに優しいのよ。女子なら誰にでもそうやって優しくするの?」


「優しいとかそういう問題じゃないだろ。一緒にロードワークするなら、相手が怪我をしないように配慮するのが当然ってだけだ」


 瑠那るなは顔を赤くしてうつむいていた。


 ……俺、なにか変なこと言ったか?


「あんたのロードワーク、邪魔しちゃったね」


「気にするな。別に限界まで攻めるだけがロードワークじゃない。

 毎日身体を一定時間動かすのが大事なんだ。

 こんなのはただの準備運動、本当ならこのあと、套路とうろで型の確認をするんだけどな。

 武術は一年以上離れてるから、それもやってない」


「……ねぇ、私と組み手の相手をしてくれないかな。

 高校生の空手部でも、ちょっと相手に不足があるのよ」


「防御一辺倒で構わないなら相手をできるけど、それで練習になるのか?」


「ガードが堅い相手を崩す練習にはなるわ。

 それにあんたはこっちの隙を的確に突いてくるし、動きを改善するのは望めると思う」


 まぁ、それぐらいなら役に立つか。


「それなら引き受けるけど、場所はどうするんだ?」


「お世話になってる空手道場の隅っこを借りるわ。

 水曜日の放課後に通ってるの。

 商店街の外れにあるビルよ」


「わかった、都合が合う限りは付き合ってやる。

 夏の大会、シードはとれたのか?」


 瑠那るなが自信に満ちた笑みを見せる。


「当たり前じゃない。今度こそ優勝を頂くわ」


「ほー、お前が負けたのか。雪辱に燃えてるんだな」


 俺も『あの試合』はそうだった。どこか懐かしい気持ちを思いだし、俺は無性に套路とうろをやりたくなっていた。


「今日は帰ったら、一年ぶりに套路とうろをやるかな」


「武術はやめたんじゃなかったの?」


「人と戦うことはしないさ。

 でもお前と話してると、あの頃の純粋な気持ちが刺激されて身体を動かしたくなってくる」


「そっか……」


 瑠那るなは嬉しそうに微笑んで走っていた。


 なにが嬉しいかはわからないけど、喜んでるならきっとこれは、良いことなんだろう。



 俺は女子寮の前で瑠那るなと別れると、自宅に向かって駆け出していった。





****


 瑠那るなはシャワーを浴びて汗を洗い流すと、制服に着替えていった。


 そして友人たちと待ち合わせの場所に集合する。


 ティアを含めた五人で共有食堂に移動し、朝食を食べ始めた。


 優衣ゆいが楽しそうに目を細めて告げる。


「トップバッター、悠人ゆうとさんとの二人きりの時間の感想はいかが?」


 瑠那るなが顔を赤くしながら応える。


「私のはそんなんじゃないったら!

 ――でも、自分がまだまだ鍛えたりないって痛感したわ。

 これから一緒にトレーニングに付き合ってもらうって約束してもらった」


 由香里ゆかりが眉をひそめて声を上げる。


「ええ?! いきなり凄い進展してませんか?!

 ずるいですよ、そんなの!」


 美雪みゆきがふぅ、と小さく息をついた。


「格闘家としてのアドバンテージをこれでもかと使ってきたわね。

 私たちにそれは真似できないわ。

 どうやって距離を詰めていこうかしら……」


 ティアは無邪気に微笑んでいた。


「みんなで一緒に仲良くなったらだめなの?

 なんで競争みたいなことをしてるのかな?」


 優衣ゆいは静かに微笑みながら告げる。


「競争をしたくてしてるわけではないのよ。

 でも『悠人ゆうとさんにとっての一番』は、誰か一人にしか与えられないわ。

 みんながそれを目指してしまえば、競争になってしまうのは仕方がないのよ」


 ティアはきょとんと優衣ゆいを見つめていた。


「一番になることって、そんなに大切なことなの?

 神様に一番愛されたいって思っても、そんなの無理じゃない?

 悠人ゆうとに大切にされたいってのも、同じことじゃないかなぁ?

 だから、みんなで悠人ゆうとを大好きになって、みんなで大切にされたら良いんだよ」


 それは女子たちにとって新鮮な視点だった。


 普通の恋愛なら、相手の一番になりたいと思うものだ。


 だが悠人ゆうととの愛を共有してもよいのではないか――ティアの発言は、そんなものだった。


 由香里ゆかりが困惑しながら告げる。


「ガラティアって、不思議な感覚を持ってるんですね。

 私は悠人ゆうとさんの一番になりたいって気持ちを、捨てることはできない気がします。

 普通はそうじゃないんですか?」


 美雪みゆきが眉をひそめて微笑み、頷いた。


「私も、普通の恋愛関係しか想像できないかな。

 ガラティアはなんていうか、世間からずれたセンスを持ってるよね」


 優衣ゆいが興味深そうにティアを見つめながら告げる。


「だけど発想の転換よね。

 私たちが一人の男性に心惹かれ始めているなら、みんなでそのまま仲を深めてしまう。

 普通はそれって、多重恋愛というタブーよね。

 ガラティアには社会規範みたいな既成概念がないのかしら」


 瑠那るなは疲れたように告げる。


「この子、前からずれてると思ったけど、恋愛観までずれてるのね。

 私はあいつを神様と同列に見るとか、考えたこともなかったわ」


 当のガラティア本人は、四人の困惑が理解できずに食事を食べ進めていた。


 優衣ゆいがクスリと笑みをこぼして告げる。


「でもとても興味深い話だったわ。

 もしもそれが実現すれば、私たちは今の関係のまま愛も手に入れられるのよ。

 現実味のない話だけど、夢物語としては楽しい話ね」


 由香里ゆかりが眉をひそめて告げる。


優衣ゆいさんは悠人ゆうとさんのお嫁さんになってみたいとか、考えないんですか?

 どんなに頑張っても、日本でお嫁さんになれるのは一人だけですよ?」


「私はまだそこまで考えてないもの。

 言ったでしょう? ゆっくり仲を深めるつもりだって。

 悠人ゆうとさんは信頼できる男性だけど、結婚相手となると話が変わってくるわ。

 ――それより、早く食べてしまいましょう。始業式が終わったら、準備をして午後から悠人ゆうとさんと合流よ」


 女子たちが返事をして、食事を食べ進めた。


 入学式を来週に控えた由香里ゆかりとティアは、今日はまだ暇な日だ。


 彼女たち二人は一足先に、外泊の準備を進めるつもりだった。


 五人は食事を済ませると、立ち上がって食堂を後にした。


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