57.プロメテウス
その日の午後になり、先週のように格技場に湖八音三姉妹が姿を現した。
俺は申し訳なくなって手を挙げて告げる。
「湖八音先生、悪いんだけど今週はたぶん、勝負にならないんじゃないかと思う」
赤い髪留めの湖八音一葉先生が俺に尋ねる。
「どういう意味ですか?」
「午前中の異能測定で、あっさり異能が出ちまった。
ちょっとワクワクする程度で異能が発動したから、湖八音先生たちでも変わらないと思う」
湖八音一葉先生が俺に応える。
「では、その異能を発動させないことを目標にしてください。
自在に制御できないのでは、あなたも困るでしょう」
「はぁ……」
簡単に出来たら、苦労はしないんだけどな。
格技場中央で構えた俺と湖八音三姉妹が、隙をうかがいながら距離を測る――胸が躍り始めると、すぐに世界がスローモーションになっていた。
俺はスローモーションの世界で一人、デカいため息をつく。
そのまま囲まれた状態から抜け出て、世界が元に戻るまで待っていた。
体感で五分くらい、退屈してきた頃に、ようやく世界が元に戻る。
驚く湖八音三姉妹に、俺は告げる。
「だから言ったろ。今週の治験薬は異能が発動しやすいみたいだ。
異能発動を止めたくても、何をどうしていいかわかんねーよ」
「……もう一度です。一時間くらいは試してみましょう。
何事も回数をこなせば、なにかはつかめるものです」
そうかなぁ? そうは思えないけど。
俺は大人しく、元の位置に戻って構え直した。
****
何度同じことを繰り返したのかな。
どうしても構えてるだけで異能が発動してしまっていた。
時計を見ると、まだ十五分も経ってない。一時間なんて、気が遠くなる。
世界が元に戻ってから、俺はまた格技場の中央に戻って構える。
「面白い! 君は実にスパイシーだね!」
なんだ? スパイシーって。
声に振り向くと、格技場の入り口に、髪をオレンジに染めた派手な青年が立っていた。
年齢は多分、デュカリオンと同じで二十歳手前ぐらいかな。
俺はそいつに声をかける。
「誰だ! あんた!」
オレンジ髪の青年は、ゆっくりと俺たちに近づいて格技場中央まで来た。
「僕はプロメテウス。ガラティアとセレネの製造者、と言えばわかるかな?」
こいつが?! ティアたちを作ったって言うのか?!
「あんた、そんな若いのにヴォーテクス・グループの会長なのかよ……」
プロメテウスが腕を広げ、楽しそうに俺に応える。
「ああそうだ! 僕こそがヴォーテクス・グループの最高権力者だ!
まぁ気楽に、プロメテウスと呼んで構わないさ」
……変な野郎だな。
「それで? その会長様がここになんの用だよ?」
「君を直接、この目で確認したくてね。
実に興味深い。エクストラランクは伊達じゃないね。
そしてその異能もスパイシーだ」
だから、スパイシーってどういう意味だよ……。
プロメテウスが俺に告げる。
「どうだろう、僕と手合わせしてくれないか。
君の異能を直接味わってみたい。
遠慮はいらないよ? さぁ、殴りかかってきたまえ」
俺はプロメテウスの体つきを確認した。
どう見ても、格闘技や武術の類をやってる身体じゃない。
ここまで歩いてきた動きも、素人の歩き方だ。
「やめとくよ。会長様に大怪我させて、何を言われるかわかったもんじゃねーし」
「んー? 僕の腕前が信用できないっていうのかい?
――じゃあそこの三つ子、僕に全力で攻撃してきなよ。
それで竜端悠人がその気になる」
困惑する湖八音三姉妹に、プロメテウスが続ける。
「いいかい? 容赦なく、確実に仕留める攻撃を僕に加えるんだ。
それでこそ、竜端悠人をその気にさせられる。
もちろん、罰則はないよ。怪我をしても、ガラティアが治癒できるしね」
デュカリオンはこいつのこと、『嘘つき』って言ってたんだよな。
どこまで話しを信じればいいんだか。
湖八音三姉妹が俺の周りから移動して、プロメテウスを取り囲んだ。
湖八音一葉先生が告げる。
「会長命令ですから従いますが、本当に罰則はないのですね?」
「くどいよ? 僕はしつこい奴は嫌いなんだ。早くかかってきてくれ」
湖八音三姉妹の目付きが一斉に鋭くなり、一瞬で間合いが詰まる。
三人の連携した崩し技からの急所攻撃が決まり、プロメテウスが――びくともしてない?! なんでだよ、足払いも、急所攻撃も、顔面肘打ちも効いてないのか?!
頑丈になる異能でも持ってるのか? こいつ。
プロメテウスが余裕の笑みを浮かべながら告げる。
「んー、君たちの攻撃は美味しくないね。
美味しくなかったから、来月は減給だ。
悔しかったら、もっとスパイシーな攻撃ができるようになっておいてくれ」
罰則、あるんじゃねぇか。これで給料減らすとか、職権乱用じゃねーの?
驚きと悔しさで顔を歪ませた湖八音三姉妹が後ろに下がり、プロメテウスが俺に向き直った。
「さぁ、竜端悠人。君はちゃんとスパイシーなものを見せてくれ。
それが楽しみでここまで来たんだから」
こいつ、満足させなかったら何を言い出すかわからねーな。
だけど大怪我させても文句を言いそうだ。
「……あんた、大怪我しても俺たちに何もしないって約束できるか?」
「できるとも! むしろ、僕に傷一つでも付けられたらご褒美をあげよう!」
そうか、そういうことなら遠慮なく攻撃をぶち込んでやる。
俺はプロメテウスに構えを取り、得意の必殺連携を心の中で思い描く。
一気に間合いを詰め、拳と肘、足払いを絡めた連携を叩きこみ――やっぱりびくともしねぇ?!
プロメテウスが退屈そうにため息をついた。
「そうじゃない。君の異能を見せて欲しいんだけど」
プロメテウスが俺の胸を指で小突いた――たったそれだけで、俺の身体は格技場の端まで吹き飛ばされていた。
――なんだよこいつ、俺と同じような異能でも持ってるのか?! なんで指で小突いて俺が吹き飛ぶんだよ?!
プロメテウスが腕を横に広げながら笑顔で俺に告げる。
「さあ! 僕にスパイシーな一撃を見せてみろ! できなければ――そうだな、用なしになったガラティアでも処分しようか。もう必要ないだろう」
こいつ今、ティアを物扱いしたな?
頭に血が上った俺はあっさりとスローモーションの世界に入り込み、動きを止めているプロメテウスに駆け寄っていった。
そのままその胸に全力の拳を突き入れる――やっぱりかてぇ?! なんでこんな頑丈なんだよ!
ロボットでももっと柔らかかったぞ!
意地になった俺は、そのままプロメテウスをめった打ちにしていく。
全ての打撃に手応えがない。そんな時間を一分ほど続けていった。
やがてスローモーションだった世界が元に戻っていき、俺の拳がプロメテウスの顔面で受け止められた。奴はびくともせず、俺の体重が乗った拳を受け止めていた。
「……てめぇ、なにもんだよ」
プロメテウスはニコリと微笑んで告げる。
「プロメテウス、ヴォーテクス・グループの会長さ。
君の攻撃は、まぁまぁスパイシーだったね。
だからガラティアの処分はしないであげよう。
次はもっとスパイシーなものを期待しているよ」
プロメテウスはダメージを感じさせない足取りで、そのまま身を翻して格技場を去っていった。
****
湖八音一葉先生が告げる。
「今日はこれまでにしましょう。明日も異能を抑える訓練をします」
湖八音三姉妹が格技場を去り、俺は女子たちの元へ戻っていく。
俺はティアに尋ねる。
「なぁ、プロメテウスってのは、あんな異能を持ってるのか?」
「私は詳しいことを知らないんだよ。だから聞かれても困っちゃう」
二十代手前なら、異能保持者でもおかしくない。
だけどそんな若い奴が馬鹿でかい企業の最高権力者とか、どうなってんだよ……。
その後の瑠那の防御練習も、異能が発動してしまって練習にならなかった。
「……すまん瑠那。今週は相手ができない」
「いいよ、治験薬のせいみたいだし。
それより、まだ二時前だし、夕食の前に愛してもらってもいいかな?」
驚いて瑠那の顔を見つめる。
不安な気持ちは、まだ消えてないのか。
それと同時に、顔が少し赤い。なんでだ?
「どうした? 顔が赤いけど、熱でもあるのか?」
瑠那が恥ずかしそうに俯いた。
「……今日の悠人、先週よりかっこよく見えるのよ」
「おいおい、今日は良いところなしだっただろうが」
ティアが無邪気に告げる。
「だからー! 悠人の存在感が物凄くかっこよくなってるんだって!」
またそれか。なんなんだよ、『存在感がかっこいい』って。
女子たちを見回して告げる。
「今からだと四人が限界だ。希望者は他に誰が居るんだ?」
優衣、美雪、由香里の、先週と同じメンバーがおずおずと手を挙げた。
俺は小さく息をついて告げる。
「じゃあその四人で、曜日当番順に部屋を回る――戻ろうぜ」
俺たちは全員で格技場を後にした。




