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幸福な蟻地獄  作者: みつまめ つぼみ
第3章:幸福の象徴

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55.ブラックホール

 最後の瑠那るなが眠りに落ち、俺はシャワーを浴びてから部屋を出た。


 ティアとセレネ以外、今夜は様子がおかしかった。


 まるで不安を紛らわせるかのように、いつもより激しく俺の愛を無心で貪っていた。


 心配だけど、あいつらが俺に言わないと決めているなら、俺は見守るしかない。


 それでも何かできないかと考えて、一つの可能性に思い当った。


 携帯端末デバイスを取り出し、デュカリオンにメッセージを送る。



(起きてるか?)


『起きてるけど、こんな夜中にどうしたんだい?』


(ちょっと女子のことで話がある。時間をくれ)


『ああ、そのことか。いいよ、談話室においで』



 どうやら、問題は認識してるみたいだな。


 俺は小さく息をついてから、談話室に足を向けた。





****


 談話室に入ると、もうデュカリオンが椅子に座って待っていた。


 いつものように白衣と笑顔で、俺に手を挙げてくる。


「やぁ、待っていたよ。それで、何を聞きたいんだい?」


 俺はデュカリオンの向かいに腰を下ろし、大きく息をついてから告げる。


「わかってんだろ? 女子たちの様子がおかしい。

 ティアとセレネ以外、何に不安がってるんだ?

 午前中、何を話していた?」


 デュカリオンは手元に二本ある缶ジュースの一本を俺に手渡しながら告げる。


「まぁそれでも飲みなよ。

 君と彼女たちの在り方についての考察を少し、しただけさ」


「考察ってなんだよ」


 デュカリオンは缶ジュースのふたを開け、中身を一口飲んでから応える。


「彼女たちに『君がブラックホールのような性質を持っているんじゃないか』って話をしたんだ。

 まだ、あくまでも仮説だけどね」


 意味がわかんねー。俺がブラックホールって、どういうことだ?


 デュカリオンが微笑みながら続ける。


「彼女たちが君に依存していることは理解しているよね?」


「まぁ、それはわかるけど」


「どうして依存してしまったんだと思う?」


「そんなの、わかるわけねーじゃねーか。

 俺はもっと普通の恋愛関係になるかと思ってたけど」


 まぁそれでも、ティアが言い出した『共有する愛』なんていう五股関係だ。


 『普通の』恋愛関係とは、だいぶずれてるとは思うけど。


 デュカリオンがジュースを一口飲んでから告げる。


「君にはね、特定条件の女子を、ブラックホールのように吸い込んでしまう性質があるんじゃないか。そう考えた。

 ブラックホールは光さえ飲み込む大質量の星だ。

 その大質量は周囲の空間を歪め、近づいたあらゆる物質を取り込み、脱出不能にしてしまう。

 君に囚われた彼女たちは、もう脱出不能なまでに君に近づいた。

 あとはもう、君という大質量に飲み込まれ、君の一部になる未来が待つだけだろう」


「……俺の一部って、どういう意味だよ」


「彼女たちが君の力を支え、君の存在が彼女たちを成立させる。

 従属神を従える強大な神が君で、従えられる従属神が彼女たちだ。

 お互いがお互いを補完し合う、共生するような関係になるだろう――まだ、仮説だけどね」


 ぜんっぜんわかんねー。何が言いたいんだ、こいつ。


「それで、なんで彼女たちが不安になるんだよ」


「君という大質量のブラックホールに飲み込まれることに、怯えているんだよ。

 これから自分たちがどんどん飲み込まれて行ったらどうなるか、それがわからなくて不安なのさ。

 だけどもう、シュワルツシルト半径は遥か彼方。逃れる道なんてないからね」


 俺はジュースのふたを開け、一気に飲み干してから告げる。


「言ってる意味が全然わかんねーぞ。もっとわかるように言えよ。

 どうしたらあいつらの不安を取り除いてやれるんだ?」


 デュカリオンが肩をすくめて応える。


「僕には守秘義務があるから、多くを語ってあげることはできないんだよ。

 彼女たちに未来の姿を教えてあげられれば、それが一番手っ取り早いんだけどね。

 それをしてしまうと予想される未来が『外れる』可能性が高くなる。

 だから彼女たちには、耐えてもらうしかない」


 俺はデュカリオンを睨み付けて告げる。


「妙見計画って奴か? そのためにあいつらの不安を黙って見てろっていうのか?」


「それもあるけど、それだけじゃないんだ。

 たとえ真実を告げても、絶対に君たちは僕の言葉を信じないし。

 それで目的すら達成できなくなったら、僕はプロメテウスから怒られる程度じゃすまないからね。

 こっちも事情があってこんなことをやっているんだ。

 じゃなかったら、プロメテウスなんかの下でこんなことを引き受けたりはしてないよ」


 俺は缶を握りつぶしながら告げる。


「どうせ、その事情とやらも話せないんだろ?」


 デュカリオンは困ったように微笑んだ。


「よくわかってるね。

 どちらにしろ、彼女たちの心を癒せるのは君だけだ。

 なるだけそばに居て、たくさん愛してあげるといい」


「ケッ! 言われなくてもそうするよ!」


 俺は立ち上がると、潰した缶をゴミ箱に叩き付けて談話室を後にした。





****


 金曜日の夜になり、デュカリオンは研究区画フロアの一室で解析報告書に目を通していた。


 毎日彼女たちから採取していた血液サンプル、その中に含まれているモニタリング用の星因子(ステラシード)の様子を、詳細に観察していく。


 デュカリオンが椅子の背もたれに体重を預けると、背もたれがギシリと音を立てた。


「んー、だいたい予想通りってところなのかな、これは」


「何が予想通りなんだい?」


 背後から聞こえる声にデュカリオンが振り返る――オレンジ髪の青年、プロメテウスだ。


 デュカリオンが報告書の束をテーブルに置いて告げる。


「彼女たちは彼から愛を受けて依存が深まるほど、彼に近い存在になってるみたいだ。

 つまり彼ら七人が一体となって、オーバーランクに向かっている兆候がある。

 このままでもオーバーランクになると思うけど、後押しして時間を短縮した方がいいかなぁ?」


 プロメテウスがテーブルの上の報告書を手に取り、目を通し始める。


「ふーん……その予想が外れる可能性は、どれくらいあるんだ?」


 デュカリオンが肩をすくめて応える。


「まだなんとも言えないね。

 星因子(ステラシード)でベクトルを整えてあげたいところだけど、今の彼らは僕に不信感を持ってる。

 素直に投薬に応じてくれるか、わかんないからね」


 報告書を読みながら、プロメテウスが告げる。


「そちらは君の判断に任せるよ。

 それより、こそこそ嗅ぎまわってる鼠、あれはどうしようか。

 君の邪魔になるなら、僕が処分しておくけど」


 デュカリオンが眉をひそめて応える。


「君が自ら出ていくって言うのかい?

 大事おおごとになるから、できれば控えて欲しいなぁ。

 話し合いで済むなら良いけど、きっとそうはならないだろう?」


「そこは彼ら次第だろう。僕は嘘つきだけど、平和主義者なんだ。

 ――ふーん、媚薬作用ねぇ。君はこれをどう見るんだい?」


 デュカリオンが頭の後ろで手を組みながら応える。


「二つの薬は聖血石(セイント・ブラッド)魔血石(デモン・ブラッド)から作ったからね。

 きっと引きあってるんだよ。

 あとはたぶん、アフロディーテの影響じゃない? 愛と美の女神だし」


「じゃあ今度は、煌血石(ヴォイド・ブラッド)から薬を作ってみてくれよ。

 それではっきりするだろ?

 星因子(ステラシード)のせいなのか、彼ら自身のせいなのか」


 デュカリオンが眉根を寄せて悩んでいた。


「ん~もう彼が変質した後だしなぁ。

 完全に切り分けるのは無理だと思うけど。

 同じ効能を煌血石(ヴォイド・ブラッド)から作るの、かなり大変だし。

 それでもやるの?」


 プロメテウスが報告書をテーブルに放り投げて応える。


「やるだけやってみてよ。データは多いに越したことはない。

 それと、彼にあいさつしてもいいかな?

 僕もじかに見てみたいんだ。興味が湧いてきた」


「……ちょっと、僕への不信感を煽るような真似、やめてくれる?

 君が出てきたら、ろくな目に遭う気がしないよ」


「ハハハ! もしそうなったら、君が頑張って信頼回復に努めてくれ!」


 身を翻したプロメテウスが部屋を去っていった。


 許可をもらう形はとっているが、実質はただの事前告知に過ぎない。


 プロメテウスの言動を阻止する権限を、デュカリオンは持っていないのだから。


 深いため息をついたデュカリオンは、モニターに向かって言われた通りの薬を調合するための計算を始めていた。


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