54.情報提供
俺は昼飯を食いながら、女子たちの様子を伺っていた。
ティアとセレネ以外、瑠那たち四人が、暗い顔で不安気にうつむいている。
女子たちは勉強にも来なかったし、何かあったのか?
だけど、こいつらが自分で相談して来ないなら、きっとそれは俺に言いづらい問題だろう。
俺は努めて明るく女子に声をかける。
「今日こそ湖八音三姉妹に勝ってみせるからな!」
ティアが無邪気な笑顔で応えてくれる。
「応援してるから、頑張ってね!」
「おう!」
……俺たちだけが明るくてもなぁ。
瑠那たちはやっぱり、不安気にうつむいている。
「なぁ瑠那、心配事があるなら、遠慮せずに相談してくれないか」
瑠那が慌てて顔を上げ、俺に笑顔で首を横に振った。
「ううん! 大丈夫、気にしないで!」
優衣は――嘘を指摘して来ない。
けど一緒に落ち込んでいるこいつらが秘密を隠してるとしたら、嘘の指摘を我慢してるのかもしれない。
俺はため息をついてから告げる。
「俺はお前たちの笑顔で心が満たされる。
だから気兼ねなく、いつでも相談して欲しい。
俺を信じてくれ。必ずお前たちを救って見せる」
由香里が顔を上げ、おずおずと口を開く。
「悠人さん、あの――」
由香里の手を、瑠那が握っていた。
そのまま瑠那が由香里を見つめていると、由香里がまた口を閉ざしてうつむいた。
……そうか、そんなに知られたくないのか。
「わかった、今は何も聞かない。
でもお前たちだけで抱え込まないで欲しいんだ。頼む」
四人は黙り込んだまま、昼飯を見つめていた。
****
午後になり、悠人が湖八音三姉妹と試合をしていた。
観戦している由香里が、瑠那に尋ねる。
「どうして言っちゃいけなかったんですか?
あそこまで言ってくれたんですから、相談しても良かったんじゃないですか?」
瑠那は悠人を視線で追いかけながら応える。
「相談しても結果は変わらないし。
真実を知れば、ただ悠人を苦しめるだけになる。
そして下手をしたら、あいつは私たちから距離を取るわ。
自分にこれ以上依存しないように、私たちに適切な距離を求めると思う。
そんなの、耐えられると思う?」
『新しく打ち込める趣味を持て』と以前言われていた。
彼は女子たちが自分に依存していることに気が付いている。
愛を交わすことで依存が悪化すると言うのなら、その頻度を落とすことを求められるだろう。
また一週間を苦しみ耐え抜く日々が来るのだろうか――そう思うと、由香里は黙ってうつむくしかなかった。
もう、自分たちは後戻りが出来ないところに来ているのだ。
セレネが静かな声で告げる。
「悠人さんを苦しめる結果になると言うなら、私は全力で妨害しますよ。
心配する必要などないと伝えたでしょう?
何を不安になっているのですか」
優衣はセレネを横目で睨み付けて告げる。
「その根拠を教えてもらえないんじゃ、安心なんてできないわ。
この依存症が行き着く先なんて、誰にも分からないんだから」
美雪がふぅ、とため息をついた。
「でも私たち、それでも悠人さんの愛があれば幸福になれるって信じて、自分たちで破滅のトリガーを引いたんだよね。
だからもう、悠人さんさえ居てくれるなら、それでいいんじゃない?
毎日の愛を交わす時間があれば、きっと幸せになれるよ」
瑠那もため息をついて頷いた。
「……そうだったわね。
私たち、もう破滅してるってわかってたんだもんね。
今さら、何を慌ててたのかしら」
逃れられない破滅を改めてデュカリオンから突き付けられて、気が動転していた。
でも自分たちは、それを覚悟してここまできているのだから。
悠人自身の体質が変化したと言うのなら、なおさら逃げる道なんてなかった。
――ああでも、デイビッドと交わした約束は守らないと。
憂鬱な問題を新たに抱えた瑠那は、もう一度深いため息をついた。
****
俺は一時間に及ぶ激闘の末、ついに赤い髪留め――湖八音一葉先生の顔面に寸止めの足刀を入れていた。
だが次の瞬間に他の湖八音先生から足払いで軸足を払われ転倒し、隙間なく顔面に拳を突き入れられていた。
「……まいった。やっぱ三対一はきついって」
湖八音二葉先生に起こしてもらいつつ、俺はぼやいた。
湖八音一葉先生が告げる。
「一時間よく耐えました。私を仕留めたのも見事です。
ですが異能は出せず、あなたは負けました。今日の成果はいまいちです」
そうは言うけど、俺は異能なしで勝ちたいんだよ。
湖八音先生たちと別れ、女子たちのところに戻る――ん、すこし表情が明るいな。
「すまん、負けちまった」
ティアが無邪気に告げる。
「大丈夫! 今日もすごいかっこよかったよ!」
俺は微笑んでティアの頭を撫でていた。
他の女子は……声をかけてくるほど、元気じゃないか。
俺は瑠那に振り向いて告げる。
「さぁ、組手やろうぜ!」
「……うん、そうだね」
俺たちは格技場の中央で向かい合い、今日も瑠那の防御練習を始めた。
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食堂で晩飯を食っている俺に、瑠那が告げる。
「ねぇ悠人、今日の順番、ちょっと変更してもらえるかな」
「変更? いいけど、どうするんだ?」
「私とセレネを入れ替えてもらいたいんだけど」
「おう、わかった。今日は最後にお前んとこだな」
それ以上は聞かないようにして、俺は晩飯を食い続けた。
女子たちも少しは箸が進んでるようだから、明日には元に戻ってるかな。
その後はティアと俺だけが会話をする時間が続き、俺たちは部屋に戻っていった。
****
夜十時、研究所敷地の端にあるフェンスに二人の人影があった。
内と外――瑠那とパラスだ。
瑠那が懐から銀色のアンプルを取り出して告げる。
「これが今、私たち女子が治験してる薬よ」
アンプルを手渡されたパラスが、それを眺めながら応える。
「ふーん……どういう薬?」
瑠那は言いづらいのを我慢して告げる。
「絶対にデイビッドには教えないで。あなただけの秘密にしてくれる?」
パラスはきょとんとした後、楽しそうに微笑んだ。
「あらなーに? 女子だけの薬だし、デリケートな話?」
「いいから、それを約束してくれなきゃ、教えられない」
パラスはニヤニヤと微笑みながら応える。
「別に構わないわよ? きちんと私だけの秘密にしてあげる。それで、何の薬なの?」
「……避妊薬よ」
一瞬目を見開いたパラスが、声を押し殺して笑っていた。
「ふふ、中学生のあなたたちが、避妊薬の治験をしてるの?
いいわ、そういうの大好きよ。
女だってもっと自由に好きなことを楽しんだっていいはずだものね」
「でもそれは異能者専用なの。それに副作用で媚薬効果もあるかも。
今はその副作用の調査をしているところなの」
「アハハ! 避妊薬に媚薬効果?! サイコーじゃない! まさに快楽主義者って感じ!」
瑠那は眉を逆立てて声を荒げる。
「そんなんじゃないわよ! 仕方なく投与してる薬だし、副作用は想定外だもの!」
「でも、都合がいいんじゃない?
いいじゃない。楽しむだけ楽しんでリスクがないなんてサイコーよ。
でもその年齢でそんな薬を使っていたら、もう後戻りなんて出来ないわよ?」
「……そんなの、とっくにわかってるわよ」
パラスはニヤニヤと瑠那を見つめつつ、大事に懐にアンプルをしまい込んだ。
「情報提供、ありがとう。お礼に何かわかったら教えてあげる」
「必ずよ?! もうデュカリオンは信頼できないんだから!」
パラスは手のひらをひらひらとさせながら、背中を見せて立ち去っていった。




