51.名物講師(2)
午後に格技場に集合させられ、俺たちは整列して待っていた。
格技場にやって来たのは――湖八音先生たち?!
三人が道着を身に着け、俺たちの前に並んだ。
赤い髪留めの湖八音一葉先生が告げる。
「最初に私が竜端くんの相手をします。
寸止めですが封じ手なし。目つぶしでも急所狙いでも、好きにしてください。
多少の怪我はガラティアが治せますし、死ななければ問題ないでしょう」
――そういう問題か?!
青い髪留めの湖八音二葉先生が告げる。
「女子たちは観戦していてください。
暇でしたらランニングマシーンをそこに用意してありますので、走り込みを」
手で示された方向を見ると、壁際に六台のランニングマシーンが置いてあった。
でもたぶん、わざわざ走り込みたい物好きは居ないだろうな。
瑠那も観戦する方が興味あるだろうし。
俺は格技場の中央で湖八音一葉先生と向かい合い、構えを取った。
そして向こうも構えを――古流武術?! 見たことない構えだぞ?!
湖八音一葉先生が告げる。
「まずは小手調べです。本気で来ないと、すぐに勝負が終わりますよ」
言うが早いか、湖八音先生がこちらに踏み込み、一瞬で間合いを詰められた――速い?!
相手の突きはなんとか手で捌いたけど、同時に飛んできた足払いで体勢を崩された。
崩れたところに肘打ちをみぞおちにおとされ、倒れ込んだ俺の顔面に湖八音先生の突きが寸止めされた。
「……寸止めじゃなかったのか? 肘が入ってるぞ」
「崩し技が入った程度で文句を言うつもりですか?」
――ああそうかよ! そっちがその気なら、こっちも本気で行くだけだ!
俺は起き上がって元の位置に戻り、再び構えた。
「まさか、勝ち逃げなんて言わねーよな?」
湖八音先生も元の位置に戻り、構えを取る。
「私に勝てるつもりですか?」
「勝つに決まってんだろ!」
今度は俺から距離を詰める。身長百六十センチもない湖八音先生に向かって、リーチの外から拳を突き入れていく。
それを体捌きでかわしていく湖八音先生が、突如、俺の伸び切った腕を引いて姿勢を崩してきた――まぁ、それくらいはするよなぁ?!
俺は崩してくる勢いを逆に利用して身体を押し込み、肩で湖八音先生を下から突き上げる。
足が浮いてる湖八音先生に向かって、足刀を顔面に寸止めした。
着地した湖八音先生が小さく息をついて告げる。
「さすがですね。こうも簡単に負けるとは思いませんでした」
「親父に比べたら、まだあんたはぬるい方だからな」
背後から瑠那の「どういう家庭環境なのよ……」というつぶやきが聞こえてきた――気持ちはわかる。俺もガキの頃は悩んだ。
湖八音先生たちが俺を取り囲んで告げる。
「では本番です。私たち三人が同時に襲い掛かりますので、勝ってみてください。それが今日の課題です」
俺は冷や汗をかきながら、ニヤリと笑ってみせた。
「いきなり難易度が爆上がりなんだが……面白れぇ!」
俺たちの間合いは、次の瞬間に詰められていた。
****
観戦をしていた優衣が瑠那に告げる。
「ねぇ、何をしてるか見える?」
「見えるわけないでしょ、なんなのよあいつ。
昼間は『トップギアだ』とか言っておいて、昼間より速いじゃない」
純粋な速度は昼間と変わらないのだが、知らない動きばかりで先読みが働かず、まるで目が追い付いて行かないのだ。
悠人は三人がかりで襲ってくる、自分より速く動く相手に対して善戦していた。
三つ子ならではの息のあった連携技も、ぎりぎりで回避して捌いて行く。
四十分が過ぎる頃、ついに連携の崩し技が入り、悠人の足が地面から離れた。
――攻撃が入る?!
観戦していた瑠那がそう思った次の瞬間、悠人の姿がその場から消えていた。
湖八音三姉妹も瑠那も、ただ唖然としていた。
何が起こったか分からず、全員が動きを止めている。
「あー、やっぱこの異能は反則だわ」
格技場の端の方から声がして、全員がそちらに目を向けた――そこには、格技場の中央で戦っていたはずの悠人が頭をかきながら、バツの悪そうな顔をしていた。
格技場の中央に戻りながら悠人が告げる。
「せっかく面白い対戦だったんだけどな。
熱が入ると無意識に異能が出ちまうらしい。
かといって血が騒ぐ対戦で夢中になるなってのは無理だ。
やっぱり俺は、もう武術が出来ないんだな」
湖八音一葉が時計を見て告げる。
「四十分耐えきった上に異能を発動できた。目的は果たしたと言えます。
異能発動中に攻撃されていれば私たちの負けは間違いなかったのですから、今回は私たちの負けです」
不本意そうな悠人が告げる。
「そんな勝ち、認められるかよ」
「封じ手なし、と伝えたはずです。もちろん異能もありですよ」
「チッ! 次は異能が出る前に潰す!」
湖八音が真顔で告げる。
「では本日はここまでです。あとは自由時間ですので、好きに過ごしてください」
湖八音三姉妹が格技場を去り、悠人は女子たちの元へ戻っていった。
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瑠那が悔しそうな顔で俺を見ていた。
「悠人、本気で動くとあんな風になるの?」
「普段は空手のルールの範囲で動いてるからな。
本来の流派の動きはああいう感じだ。
古流の動きなんて、知らん人間にはさっぱりわからねーだろ」
そもそも、相手に動きを読まれないように動くのが原則だしな。
由香里が興奮気味に告げる。
「何をしてるかわからないって、あるんですね!
やっぱり悠人さんは強いです!」
俺は苦笑を浮かべて応える。
「いや、純粋な武術で負けたから異能が発動したんだと思うぞ?」
ふとセレネを見ると、頬を染めて俺をぼんやりと見つめていた。
「セレネ? どうした?」
「……惚れ直していただけです」
いや、負け姿に惚れ直すとか、意味が分からないんだが。
優衣がうれしそうに微笑んで告げる。
「三人がかりなのよ? 負けて当然じゃない」
美雪もなんだか喜んでいた。
「一人が相手なら、あっさり勝ってたしね!」
うーん、バツが悪い。三人相手でも、きちんと勝ちたかったな。
ティアを見ると、やはり赤い顔で俺をぼんやりと見つめていた。
「……ティア、どうした?」
「悠人、今日はすごいかっこいいね」
俺はもう、言い返す元気もなかった。
その後の時間は、『せっかく格技場だから』と瑠那の相手をしてやった。
そのまま晩飯の時間になり、俺たちは食堂へと移動した。
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飯を食いながら、俺は女子たちの話を聞いていた。
優衣が告げる。
「セレネも今夜から参加するのかしら」
セレネはきょとんとした顔で優衣に尋ねる。
「参加とは、どういうことですか」
美雪がニタリと微笑んだ。
「私たち、毎晩悠人さんに一時間ずつ愛してもらってるのよ。
私たちの仲間になるなら、曜日当番にも加えないといけないね」
瑠那が興味がなさそうに告げる。
「土日しか空いてないし、土曜日担当になるだけでしょ?
今夜もティアの後に悠人に愛してもらうだけ。
夜中まで起きてるの、大変でしょうね」
午後七時から開始したとして、六人目のセレネは日付が変わってからだ。
「別に寝ててもいいぞ? 声はかけるけど、寝てるようならそれで俺は戻るし」
セレネは真顔で俺に告げる。
「いえ、起きてます。必ず起きてますので、帰らずに居てください」
……真剣すぎるだろ。
「わかった、じゃあ今回も順番に部屋に行くから」
満足そうに頷いたセレネに微笑み、俺は飯を口に放り込んだ。
そして晩飯後、俺たちはいつもの夜を過ごしていった。




