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幸福な蟻地獄  作者: みつまめ つぼみ
第3章:幸福の象徴

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49.セレネ(4)

 悠人ゆうとは呆然としてセレネに唇を奪われていた。


 セレネは恍惚とした表情で悠人ゆうとの首に力一杯抱き着き、唇を重ねている。


 ハッとした瑠那るなが思わず声を上げる。


「セレネ! いきなりなにしてるの!」


 だがセレネは瑠那るなの言葉を無視するように、夢中で悠人ゆうとを求めていた。


 悠人ゆうとも我に返り、ゆっくりとセレネの肩に両手を置き、その体を引き剥がす。


「……セレネ、どうしたんだ急に。女子がいきなり男子の唇を奪うなんて、はしたないぞ?」


 セレネは真っ赤な顔で切なそうに眉をひそめ、必死な声で訴える。


「わかりません! でも、我慢できなかったんです!

 恥ずかしいと思うのに、それ以上に悠人ゆうとさんにもっと近づきたい!

 私はどうしたらいいんですか!」


 ガラティアが無邪気な笑顔で告げる。


「じゃあ、ちょっと悠人ゆうとに愛されてきたらいいんじゃない?

 悠人ゆうとの神様の愛を知れば、少しは落ち着くよ!」


 悠人ゆうとがあきれながらガラティアに告げる。


「お前、簡単に言うな。

 いくら恋人でも、出会って数時間でそんな関係になれるか、馬鹿」


 美雪みゆきがニヤニヤと笑みを浮かべて告げる。


「私たちだって出会って数日で『そんな関係』になったんだし、変わらないよ。

 私たちの本当の仲間になるなら、悠人ゆうとさんの『本当の愛』を知らなきゃいけないし。

 セレネがそれを知ってもティアみたいに純粋で居られるのか、私たちみたいになるのか、興味あるし」


 優衣ゆいも微笑まし気に告げる。


「そうね。こうしてみる限り、ティアよりも私たちに反応が近いわ。

 私たちの『仲間』になるなら、なおさら歓迎してあげる」


 『仲間』とは、共に悠人ゆうとの愛に溺れ、破滅していく運命共同体。


 優衣ゆいの目には、セレネにその素質があるように見えた。


 由香里ゆかりが頷いて告げる。


悠人ゆうとさん、セレネに『本当の愛』を教えてあげてくれませんか?

 今のセレネ、きっとすごく苦しいと思うんです。

 セレネも笑顔にしてくれるんですよね? それなら、道は一つだけですよ」


 瑠那るながため息をついて告げる。


「セレネの苦しさは、私たちも散々味わったものね。

 ――ねぇ悠人ゆうと、お願いできないかな」


 女子たちから反対意見が出ず、むしろ勧められてしまった悠人ゆうとは、疲れたようにため息をついた。


「……わかった。じゃあちょっと行ってくる。

 セレネが落ち着いたら戻ってくるよ」


 悠人ゆうとはセレネを横抱きに抱え上げ、ゆっくりと自分の部屋へ向かっていった。


 セレネはもう我慢できず、悠人ゆうとの唇を奪っている。



 悠人ゆうとたちが談話室から姿を消した後、美雪みゆきがぼそりつ告げる。


「晩ごはんまでに帰ってこないに百円」


 由香里ゆかりが告げる。


「明日の朝までかかるんじゃないですか?」


 優衣ゆいが告げる。


「私も朝までかかると思うわ」


 瑠那るなが疲労感で机に潰れた。


「私も朝までだと思う。賭けにならないわ」


 ガラティアが小首を傾げて告げる。


「今の悠人ゆうとに、朝まで愛してもらうの?

 なんだかそれ、すごいことにならない?」


 優衣ゆいが苦笑して告げる。


「あの子は避妊薬を投与されてないわ。

 副作用が避妊薬の影響なら、そこまで大事おおごとにはならないわよ」


 由香里ゆかりがため息とともに告げる。


「そんなのはどうでもいいですよ。

 それよりも、今夜の悠人ゆうとさんの愛はお預け確定です。

 一日や二日は我慢できますけど、残念ですね」


 瑠那るなが苦笑を浮かべた。


「なんだか、『避妊薬を投与されてなくてよかった』とか、皮肉にもほどがないかな。

 普通は逆じゃないの?」


 優衣ゆいがクスクスと笑みをこぼした。


「これで子供が出来たら、デュカリオンが喜びそうね」


「笑い事じゃないって……」



 その後、女子たちは忌憚きたんのない意見を交わし合った後、解散して談話室を後にした。





****


 俺はセレネが寝入ったのを確認し、小さく息をついた。


 寝入ったとは言っても、今夜何度も眠りと覚醒、そして愛を懇願することを繰り返された。


 このまま寝てくれるといいんだけど。


 携帯端末デバイスを確認すると、デュカリオンからメッセージが届いていた。



『あまりセレネに無理をさせないでくれよ?

 その子は経験が浅いんだから』



 俺は苦笑を浮かべて返信していく。



(セレネが止まらないんだよ。どんだけ不安にさせてたんだ? あんた)


『おや、起きたのかい?

 あの子の周囲には研究者しか居なかったからね。

 客観的事実を伝えることはできるけど、そういったことを無視して彼女を一人の人間とするのは、僕のポリシーに反する。

 事実として彼女はクローンであり、人工有機生命体だ。人間と等価な存在で、”原罪を持つガラティア”として作られた。

 それ以上の事を、僕は告げることが出来ないんだ」



 そうか、こいつはこいつで、事実に真摯であり続けるポリシーを持つのか。


 『そんなことは関係がなく、一人の人間だ』と言ってしまえば、事実を否定することになるもんな。


 ティアの事も『人間とも、そうじゃないとも言えない』と言ってたくらいだし。



(めんどくさい奴だな、お前)


『君に言われたくないよ。

 それと注意事項だ。

 新薬の治験をするから、今までの薬は打たないでくれ。

 検証が難しくなるからね』


(わかった)



 ふぅ、と小さく息をついた。


 眠くはないが腹が減った。けど俺が部屋から出ようとすると、セレネが飛び起きて愛をせがむ。


 ――今度こそ、起きませんように。


 そう願って、そっとベッドから離れ、ドアに近づく。


「――悠人ゆうとさん! どこに行くの?!」


 俺は振り返って微笑みながら、ベッドに近づいて行く。


 起き上がって不安そうに眉をひそめるセレネを抱きしめて、耳元でささやく。


「どこにも行かない。今夜はお前のそばに居る」


「お願い! もっと、もっと私を私にしてください!」


 こいつの言うこと、瑠那るなたちとそっくりだ。


「お前はセレネ、一人の人間だ。誰がなんと言おうと、俺はお前をそう認める」


 今夜何度目かのやりとりをしながら、うっとりと俺を見つめるセレネと唇を重ねた。





****


 早朝、人気ひとけのない食堂で悠人ゆうとは一人、カツ丼の大盛りを平らげていた。お代わりに手を付け、がつがつと腹に収めていく。


 そこにデュカリオンが現れ、悠人ゆうとの向かいに腰を下ろす。


「おはよう、少しは眠れたかい?」


 悠人ゆうとがジロリとデュカリオンを睨み付けて告げる。


「そんなわけあるか。ようやくシャワーを浴びて、部屋から抜け出てきたところだ。

 なんであんな不安定な精神状態になってるセレネを放置したんだよ」


 デュカリオンが肩をすくめた。


「あの子はとても安定していたよ?

 自分がクローンであり、人工有機生命体であり、ヴォーテクス・グループの所有物という事実を受け入れていた。

 ただ、心の奥で人間として認めてもらいたいという強い渇望も持っていたんだろう。

 そこは瑠那るなのクローンである影響かもしれないね。

 あの子は自分が自分であることに誇りを持つ子だし」


「あんたは『お前は一人の人間だ』っていう、簡単な一言も言えなかったのか」


「だから、それは僕のポリシーに反する。

 セレネが人間と等価な存在であることは確かだ。

 セレネというクローンが理論上、一卵性双生児と変わらないのも事実だ。

 だから彼女を『一人の女子』として扱うことはできる。

 だけど彼女を『人間』とする根拠も、『人間ではない』とする根拠もない。

 根拠がないことを認めることは、僕にはできないんだよ」


「ケッ!」


 予想通りの答えを受けて、悠人ゆうとは再びカツ丼をがっつき始めた。


 自分は一人の人間であると信じたい、だがその根拠となるものが何もない。否定する根拠もない。


 姿さえ、瑠那るなという人間から与えられた存在であるセレネに取って、『自分』が余りにも希薄な存在に思えた。


 そんな諦観が『自分は所有物だ』という、願望と相反する事実を受け入れさせてしまっていた。


 心の奥で深い絶望に囚われていたセレネに、『お前は一人の人間だ』という甘美な承認を与えた悠人ゆうとの存在は、あまりにも刺激が強すぎた。


 心の底から悠人ゆうとを求めてしまい、そんな悠人ゆうとと愛を交わし合える自分に、『自分は愛される人間で在って良いのだ』という強い安堵が心を支配した。


 それが昨晩、セレネの心に起こったことなのだろう。


 デュカリオンが微笑みながら告げる。


「君はセレネが、これからどうなると思う?」


 悠人ゆうとは少し考えたあと、言葉を口にする。


「……瑠那るなたちと同じ感じに見えた。

 たぶんセレネはもう、俺無しじゃ生きていけない人間になってるんじゃないか?

 俺が定期的にあいつに愛を与えないと、俺を求めて酷く不安定になるはずだ」


 デュカリオンが困ったような笑みでため息をついた。


「やっぱりそう思うかい?

 そんな精神的兆候は、それまでなかったはずなんだけどね。

 こうなると、治験が終わった後もセレネを君のそばに置く必要がある。

 ちょっとその対策を考えてみるから、セレネのためにも応じて欲しい」


「対策って、どうするつもりだよ」


「君と一緒に住まわせるぐらいしか方法がないだろう。

 丁度、海燕うみつばめの寮母から、苦情が何度も届いていたところだ。

 彼女たちの部屋に毎日通う君を放置すると、他の寮生に悪影響が大きいってね。

 ガラティアに接近した君のことは現状維持するよう通達させたんだけど、他の学生に影響が出るのは放置できない。

 だからどちらにせよ、近いうちに彼女たちは女子寮から移動させようと思っていたんだ」


 瑠那るなたちの引っ越し――かなり大事おおごとだ。


 それだけ、周囲の反発が強かったのだろう。


 二杯目の大盛りカツ丼を食べ終わった悠人ゆうとがどんぶりをトレイに置いた。


「――ふぅ。少しは落ち着いた。

 なぁデュカリオン、まさかここまでお前の計画通りってことはないだろうな?

 妙見計画とかいう怪しい話が関わってたりはしないだろうな?」


 デュカリオンは困った笑みを浮かべて立ち上がった。


「可能性としては考えていたよ。

 だけどセレネが君に依存するかは未知数だった。

 結果として、セレネは君に極度に依存する状態、おそらく末期症状まで進行しただろう。

 でも対策案はいくつか出してあった。

 新しい寮に、君ら全員で住んでもらうことになると思う。

 その手配をお願いしてみる。治験が終わる前に返事がもらえるはずだ」


 そう言い残して、デュカリオンは食堂から去っていった。


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