48.セレネ(3)
カウンターで料理を注文しテーブルに着く。
俺の隣は曜日当番の瑠那――と、反対側にセレネが座っていた。
……なんで俺、挟まれてるんだろう?
俺は飯を食いながらみんなに告げる。
「ここは外に出ても良いらしいし、飯を食ったらぶらついてみようぜ。
地下に居たら気分だってふさぎ込むだろ。
空を見ながら、ゆっくりセレネを話し合わないか?」
瑠那を含む女子たちが頷き、セレネも頷いてくれた。
飯を食ってる間、やたらセレネから視線を感じていた。
横目で見ると、頬を染めながら俺の顔を見つめてるみたいだ。
こういうところは、ティアより他の女子に近い反応だな。
他の女子も、セレネの事を観察しながら食事をしてるようだった。
俺が食事を食い終わる頃、優衣が俺に告げる。
「ようやく私にも、セレネの区別が付けられるかもって気になったわね。
食事の仕方も瑠那と違うし、雰囲気も瑠那とは結構違う。
悠人さんはいつから区別がつくようになったのかしら。
やっぱり話をしながら違いを理解したの?」
俺はお茶を飲みながら応える。
「最初から瑠那とは違うってわかったぞ?
見りゃわかるだろ、そんぐらい」
会議室に入ってきた瞬間ぐらいだ。区別がつかなかったのは。
ふとセレネを見ると、俺を見ながらぽろぽろと涙を流していた。
「――ちょっと待てセレネ?! なんで泣いてるんだ?! 俺、お前を傷つけるようなこと言ったか?!」
セレネは涙を流しながら首を横に振った。
「私を私として心から認めてくれる人は、やっぱり悠人さんだけです。
それが心の底からわかって、胸が苦しいだけです」
俺は慌ててセレネに告げる。
「デュカリオンだって同じことを言ってたって、さっき女子が言ってたぞ?!
俺だけってことはないはずだろ?!」
「デュカリオンは『私は一人の女子だ』とは言ってくれるんです。
ですが『私は一人の個別の人間だ』とは言ってくれませんでした。
あの人は客観的事実しか口にしない方ですから」
あいつ、そういうところは堅物なのか?! そんくらい言ってやれよ!
「でも、デュカリオンもお前と瑠那の区別はつくだろ?!」
「あの人は私の管理者でもあります。区別がつくのは当然なんです。
ですが悠人さんはそうではありません。
まったくの初対面で私を一人の人間として認めてくれた。
それがこんなにうれしいことだとは思いませんでした」
……ああそうか、デュカリオンは身内だから、どうしてもフィルターがかかっちまうのか。
そんな奴の言葉じゃ、セレネの心に届かなかったのかな。
しかし、セレネはかなり不安定だな。感情をコントロールできてないみたいだ。
「なぁセレネ、お前はいつ生まれたんだ?」
「本当は言ってはいけないのですが、悠人さんにだけは教えます」
セレネがそっと俺に耳打ちをしてくる――本当に生まれたばかりかよ?!
「そんな短期間で、こんな年齢に成長するのか?!」
「気が付いた時にはこの身体でしたから。ガラティアも同じはずですよ」
ティアを見ると、黙ってお茶を飲んでいた。
「なぁティア、お前も気付いた時にはその体だったのか?」
「だからー、私は自分のことを言っちゃダメなんだってば。
セレネも同じ制約がインストールされてるはずなのに、なんで漏らしちゃったんだろ?」
優衣が興味深そうにセレネを見ていた。
「ふーん、製造者の指示を無視してでも、悠人さんが知りたいことを教えちゃったのね。
ティアと同じ存在って言っても、ティアともだいぶ違うのね。
クローンだからなのかしら。興味深いわね。
名前も意図的に瑠那に似せてるし、そういう意味でセレネという名前にも意味があるのかしら」
俺はきょとんと優衣を見つめた。
「名前なんて、全然違うじゃねーか。どこが似てるんだ?」
「『ルナ』は、ローマ神話の月の女神の名前なの。
そして『ルナ』と同一視されるギリシャ神話の月の女神が『セレネ』よ。
つまり名前が瑠那のクローンであるということを示しているの」
……デュカリオンの奴、そんな無神経な名前を付けたのか。
いや、あいつはそんなことをする奴じゃないな。
ということは命名したのはプロメテウスって奴か。
しかもギリシャ神話の神の名前……デイビッドが知ったら怒りそうだなぁ。
俺はため息をついて告げる。
「なんでデュカリオンたちはギリシャ神話がらみの名前をつけたがるのかねぇ」
美雪明るい笑顔で告げる。
「自分たちがギリシャ神話由来の名前だからじゃない?
仲間内で名前のルールを統一するのなんて、よくあることでしょ?」
言われてみれば、珍しくはないか。
瑠那がため息をついて告げる。
「デュカリオンは『アフロディーテ』の名前も出してたわ。
ギリシャ神話における、愛と美の女神の名前よ。
そしてピグマリオン伝説で、『ガラティア』を人間にした神でもある。
――いったい、どんだけお仲間が居るのかしらね」
俺は唖然としながら瑠那たちを見ていた。
「お前ら、なんでそんなに詳しいんだよ……」
「この街の中学じゃ、ギリシャ神話なんて必修科目だもの。
詳しい事まで覚える訳じゃないけど、神様の名前とちょっとした逸話くらいは覚えさせられるの。
魔導学の初歩としてね」
神話を覚えるのが、魔導学の初歩?
本当に変な街だな。
その後、セレネも気持ちが落ち着いたのか、昼食を再開していた。
全員の食事が終わったのを見計らって、俺たちはエレベーターで地上に向かった。
****
外に出て、夏の青空の下で太陽を浴びる――うん、やっぱり人間はお日様を浴びないとな!
後ろを見ると、女子たちは一階にある売店で買ったらしい日焼け止めスプレーを吹き付けているところだった――ホントに女子って大変だなぁ。
全員で庭に出て、辺りを見渡す。
フェンスに囲まれた中庭は、遊歩道で囲まれて芝生が敷き詰められていた。
研究所の職員らしき人たちは、芝生の上で寝転んでたりもするみたいだ。
遊歩道にはベンチがいくつか置いてあり、そこに腰を下ろして缶コーヒーを飲んでる人の姿もある。
「案外広い中庭だな。これなら気分転換もできそうだ。
――そうだ瑠那、芝生の上で組手でもやらないか?」
瑠那は眉をひそめて俺を見て告げる。
「いいけど……急にどうしたの?」
「ちょっとした食後の運動だ」
まだもやもやしてるみたいだし、目一杯身体を動かせば、少しは瑠那の気分もすっきりするだろう。
俺たちは人のいない場所を見繕って、芝生の上で対峙した。
サンダルを脱いで裸足になり、瑠那と向かい合って構える。
「じゃあいつも通り、こっちから攻めるぞ。覚悟は良いな?」
瑠那が頷いたのを見てから、俺は『いつもと違って』トップギアで踏み込んでいく。
驚いている瑠那との間合いを一瞬で詰めた俺は、そのボディに寸止めで有効打を五発入れていく。
俺を振り払うように振り回されたフックに合わせ、みぞおちに寸止めのカウンターを入れ、さらにラッシュで寸止め有効打の嵐を見舞っていく。
瑠那は必死に俺を振り払うような攻撃を繰り出してくるけど、その全てにきっちり寸止めのカウンターを入れていった。。
たまらずバックステップで逃げる瑠那に追従し、寸止め有効打の嵐を浴びせ続ける。
足を止め、亀のようにガードを固めた瑠那に対し、ガードの隙間への寸止め有効打を差し込んでいく。
攻めても守っても逃げても駄目――そんな状況に、ついに瑠那叫ぶ。
「――ちょっと待って! 無理! ストップ!」
その声で俺は動きを止め、瑠那に告げる。
「どうだ? 自分より速い人間の相手は。やりにくいだろ」
息を切らせた瑠那が再び声を上げる。
「悠人、私より速く動けたの?!」
「そうだな、ようやく全盛期を取り戻せた感じだ」
この一か月、夜は体力があり余るから、毎日三時間くらい鍛錬に費やしてたし。
瑠那が悔しそうに俺を見つめて告げる。
「今までの組手は、手を抜いてたってこと?!」
「あれはお前が攻撃を受け流す練習だ。
反応できない速度で攻撃してたら、練習にならねーだろ。
――俺のトップギアは理解したな? もう一度やるぞ」
硬い表情で瑠那が頷き、構えを取った。
それに対し、俺は再びトップギアで襲い掛かっていった。
結局、最初と同じ光景が三十分繰り広げられただけだった。
俺は動きを止め、瑠那に告げる。
「この練習は、まだ少し瑠那には早かったかな」
息を切らせた瑠那が俺に応える。
「あんた、なんで、息が、切れて、ないのよ!」
「なんでって……走り込んでるからだろ?
三十分程度で息が切れるわけが無い」
瑠那は疲れ切ったように芝生に腰を下ろし、そのまま大の字になった。
「あんなの、勝てるかーっ!」
「ははは! お前の対戦相手は、いつもそんな気分だったってことだ。
だけど同じウェイトなら、お前と同じスピードで動く奴だって居るはずだ。
そんな相手の対処も、そのうち覚えていけ」
そういや、瑠那の夏の大会の出場はどうするんだ?
デュカリオンに確認しておかないとな。
瑠那は息が整い、一息ついたみたいだ。
「じゃあそろそろ戻るか! シャワーを浴びたら、晩飯まで中でのんびり過ごそう!」
俺は瑠那の手を掴んで引き起こし、研究所の中へ戻っていった。
****
俺と瑠那はシャワーを浴びて着替えたあと、みんなで一緒に談話室に移動した。
由香里が笑顔で俺に告げる。
「やっぱり悠人さん、すっごく強いんですね!」
瑠那はまだふてくされてるようだ。
「だから、悠人は大会荒らしだって言ったでしょ!
こいつに勝てる奴なんて居なかったのよ!」
俺は瑠那に告げる。
「そんなことはないぞ?
『あの試合』の対戦相手は、その前の大会で初めて俺に勝った奴だ。
その借りは、きっちり返したかったんだがなぁ。
今となっては、どうでもいいことだけど」
美雪が不思議そうな顔で俺を見ていた。
「どうでもいことなの? 試合の勝ち負けとか、瑠那は凄い気にするのに」
「今の俺は、武術よりお前らの方が大事だからな。
お前らが笑顔で居てくれるなら、それで俺の心は満たされるんだ」
誰かが俺の袖を引っ張る――セレネか。
セレネが切なそうに俺に訴えてくる。
「私も、その大事な人の仲間には入れてもらえないのでしょうか」
俺は頭をかきながら応える。
「んー、瑠那が笑顔でお前を迎えられないうちは無理だな。
だからそれまでは、友達で我慢してくれ」
瑠那がふてくされた顔で俺に告げる。
「もう、別にいいわよ。そんな小さなこと。
目一杯身体を動かして、自慢だったスピードでぼろ負けしたら、どうでもよくなったわ。
セレネがクローンだとか、そういうことも全部吹っ切れちゃった。
……ありがと。悠人、最初からこれが目的だったんでしょ」
俺はニヤリと微笑んで告げる。
「ま、そうなったら儲けもの、程度の遊びだったけどな。
お前が吹っ切れる助けになったなら、俺はそれで満足だ」
セレネが笑顔を綻ばせて声を上げる。
「では! 私も悠人さんの恋人にして頂けるのですか?!」
「んー、女子たちが笑って迎える仲間ならしょうがねぇな。
五人も六人も、確かに変わらん。
セレネが俺を望むなら、俺がお前を笑顔にしてやる」
涙で潤んだ目でセレネは見つめてきて、感極まったように俺の首に抱き着き――俺は唇を奪われていた。




