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幸福な蟻地獄  作者: みつまめ つぼみ
第3章:幸福の象徴

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46.セレネ(1)

 悠人ゆうとが去った会議室で、デュカリオンが微笑んでセレネに告げる。


「どうだった? セレネ。初めて見る本物の悠人ゆうとの感想は」


 セレネはぼんやりと悠人ゆうとが去った会議室の入り口を見つめて応える。


「……とても素敵な人ですね。

 見てるだけで胸がドキドキします。

 映像で見るのとはまるで違いました」


 デュカリオンが顎を指で押さえて考えこんだ。


「あの映像は、悠人ゆうとが今の治験薬を飲む前の物だからね。

 それが印象に影響してるのかな。

 となると、やはり変化したのは悠人ゆうとなのか?」


 優衣ゆいが手を挙げてデュカリオンに告げる。


「ちょっとデュカリオン、なんで私たちだけ残したのか、教えてもらえない?」


 デュカリオンが顔を上げて優衣ゆいに応える。


「君たちが訴えた避妊薬(サプレッサー)の副作用なんだけどね。

 やっぱり薬自体には副作用を起こす効果が見られなかったんだよ。

 仮説として、悠人ゆうとに投与してる新薬で悠人ゆうとの体質が変化したか、避妊薬(サプレッサー)で君たちの体質が変化したのか、どちらか、あるいは両方ではないかと考えたんだ。

 そして今、避妊薬(サプレッサー)を投与されていないセレネに、印象の変化が見られた。

 これで少なくとも、悠人ゆうと自身に変化があったのは間違いないと思う」


 優衣ゆいが眉をひそめて告げる。


「それ、どういう意味なの?」


「つまり、今の悠人ゆうとは異能者の女子から好印象を持たれる存在だってことさ。

 ただ、彼の周囲を観察してみても、全員から好印象を持たれるという訳でもないみたいだ。

 特定条件に合致する女子に限っての事だろうね」


 由香里ゆかりが思わず立ち上がって声を上げる。


「そんなの、困りますよ! 周りの異能者の女子が、悠人ゆうとさんを好きになっちゃうってことですか?!」


 デュカリオンが困ったように微笑んだ。


「今見た通りだよ。

 セレネは悠人ゆうとの実物に会うまで、そこまで好印象を持っていると言う訳でもなかった。

 それが実物に胸をときめかせてるんだから、彼自身に媚薬効果が生まれてるんだろうね。

 だけど君たちやガラティアが訴えるほど強い感情という訳でもない。

 これは、セレネが生まれたばかりだからなのか、避妊薬(サプレッサー)を投与されてないからなのか、切り分けをしたいところだな」


 瑠那るなは複雑な表情でセレネを睨み付けていた。


「セレネを仲間に入れろって、もしかして私たちの『共有する愛』のグループに入れることを言ってるんですか」


 デュカリオンは大きく息をついて、会議室の机に腰を下ろした。


「そこまで君たちに要求するつもりはないよ。

 気持ちの整理が付かないだろう?

 だけどセレネは、副作用の原因を特定するのに必要な被験者だ。

 そして試していくうちに、悠人ゆうとに心奪われてしまう可能性は高いと思う。

 そんなセレネを受け入れられないと言うなら、それはそれで構わないよ」


 ガラティアが無邪気な声を上げる。


「別にいいんじゃない? 悠人の愛は奪い合うものでも、競い合うものでもないんだし。

 同じ人を好きになった仲間として、仲良くするだけじゃないの?」


 美雪みゆきがガラティアを見つめて告げる。


「本当にティアは、細かいことを考えないよねぇ。

 でも、普通の恋愛と違って恋敵こいがたきになるってことでもないなら、そういうものなのかなぁ。

 私たち、悠人ゆうとさんを愛する女子として連帯してるんだし。

 和を乱さないなら、入れてあげてもいいんじゃない?」


 優衣ゆいが女子を見回して告げる。


「じゃあ、今の時点でセレネを仲間として迎えられると思う人、手を挙げて」


 ガラティアと美雪みゆきが手を挙げ、由香里ゆかり瑠那るなはうつむいていた。


「――そう、私も判断は保留よ。

 今日一日をかけて、セレネを理解することに努めるわ」


 デュカリオンが瑠那るなに告げる。


瑠那るな、君が一番複雑な心境だと思う。

 だけどセレネは君と同じ遺伝子を持つだけの一個人、一卵性双生児と本質は変わらない。

 突然姉妹が生まれてしまって困惑するのも理解するけど、クローンだとは思わず、一人の女子として扱ってあげてくれないかな。

 これは頼みではなく、僕個人の勝手な願いだけどね」


 瑠那るなは難しい顔のままデュカリオンを見つめ、静かに頷いた。


「……そういうお願いなら、考えてみます」


 デュカリオンが両手を打ち鳴らした。


「よし! じゃあ君たちも採血を受けて欲しい。

 そのあとは、研究区画以外、この施設を好きに見て回って構わないよ」


 女子たちが立ち上がり、会議室を出ていった。



 会議室に残ったセレネに、デュカリオンが告げる。


「君は彼女たちと、仲良くできると思うかい?」


 セレネは真顔で応える。


「仲良くしろと言われれば、その通りにするだけです。

 私はあなたたちの所有物ですから」


 席を立ったセレネが告げる。


悠人ゆうとさんに会いに行っても構いませんか」


「ああ、話をしたいならしておくといい。

 彼なら君を快く受け入れてくれるはずだ」


 頷いたセレネが、静かに会議室を出ていった。





****


 俺が検査着に着替え、部屋でくつろいでいるとドアがノックされた――誰だ?


 ドアを開けると、立っていたのは瑠那るな――じゃないな、この身体付きはセレネだ。


 俺は微笑んで告げる。


「どうしたセレネ、何か用事か?」


 セレネは驚いて目を見開いていた。


「なぜ、区別がつくのですか」


「そんなもん、見りゃわかるさ」


 セレネが顔を真っ赤にして俺を見つめていた……あれ? 俺、なんか変なこと言ったか?


「あの、中で少し、お話させてもらえますか」


「構わないけど……どうぞ」


 俺はセレネを中に招いて、ソファに腰かけた。


 セレネは俺の横にぴったり張り付くように腰を下ろす――なんでだよ?!


「おいセレネ、なんでくっつくんだ?」


 セレネは顔を赤らめたまま、俺を見上げて告げる。


「……わかりません。

 でもなぜか、悠人ゆうとさんのそばに居たいと思いました。

 だめ……ですか?」


「ダメっていうか、女子はあんまりべたべたと男子にくっつくもんじゃないぞ?」


 セレネは首を横に振った。


「そのくらい理解しています。

 でも、悠人ゆうとさんには近づきたいと思ったんです。

 これは、どういうことなんでしょうか」


 そんなもん、俺に聞かれてもわかるわけが無い。


 でも、瑠那るなたちという恋人がいる俺が、恋人でもないセレネとくっつくのは不誠実だしなぁ。


 俺はセレネの両肩を押さえて、彼女から距離を取るように座り直した。


「ともかく、俺には恋人が居るんだ。

 恋人じゃないセレネとくっつくわけにはいかないよ」


 セレネは切なそうに眉をひそめ、悲し気な声で告げる。


「やっぱり、私が瑠那るなのクローンだからですか。

 だから受け入れられないって、悠人ゆうとさんも思うんですか」


 俺『も』ってことは、女子たちは受け入れるのが難しいって判断なのかな。


 だけど――


「そんなことは関係ない。

 お前はセレネであって、瑠那るなじゃない。

 クローンだとか、人工有機生命体だとか、お前がお前であることに、なんの関係もないだろ。

 俺は誰であろうと、恋人以外と必要以上に仲良くなっちゃいけないってだけだ。

 ただのけじめだよ」


 セレネは頬を染めて、俺をぼんやりと見つめていた。


「……私を、一人の人間と認めてくれるのですか」


「認めるも何も、お前は一人の人間だろ。そこを疑う必要なんかないだろ」


 セレネが急に涙を流し、俺に訴える。


「私にそんな言葉をかけてくれた人は、あなたが初めてです。

 あなたを見てると、とても胸が苦しくなります。

 これはなんなのでしょうか」


 女子を泣かせちまった?! なんかまずいこと言ったか?!


 俺は慌ててセレネの両肩に再び手を置いた。


「落ち着け、深呼吸しろ。

 お前たぶん、生まれたばかりなんだろ?

 それで感情が混乱してるんだよ。

 それにデュカリオンだって、お前はお前だって言ってくれそうだけどな」


 セレネが首を横に振った。


「デュカリオンは『私は人間と等価だ』とは言ってくれました。

 ですが『私は私』なんて優しい言葉は、かけてくれませんでした。

 私はセレネという一人の人間として、存在していいのでしょうか」


「いいも悪いもない、最初からセレネは一人の人間だ。

 そこを疑う必要なんか、ないだろ。

 だから、落ち着いて深呼吸してみろ」


 セレネが目をつぶり、ゆっくりと息を吸い、吐き出した。


「……とても素敵な香りを感じます。

 心が落ち着くのに、とても苦しくなる。不思議な香りですね」


 突然匂いを嗅ぎだしたセレネが、俺に近寄ってくる。


「……これ、悠人ゆうとさんの香りなんですね」


 俺は慌ててソファから立ち上がり、セレネから距離を取った。


「ちょっと待て、なんで俺の匂いなんか嗅いでるんだ!」


 セレネが切なそうに俺を見上げて告げる。


「とても良い香りだったので、つい……あの、もっと近くで嗅いでもいいでしょうか」


「だから、だめだってば! 恋人じゃないんだから、そこは自重してくれ!

 お前もティアみたいに、恥ずかしいってことを知らないのか?!」


 セレネはゆっくりと首を横に振った。


「恥ずかしいという感情くらい、私も持っています。

 でも今はそれ以上に、あなたに近づきたいんです。

 どうすれば私は、あなたの恋人になれるのでしょうか」


 おい?! どういう流れだ、これ?!


「セレネ?! 恋人の意味、わかってるのか?!」


「そのくらいの常識はインストールされています。

 愛を通じ合わせる関係のことですよね。

 私は悠人ゆうとさんと愛を通じ合わせては、いけませんか」


「だから! 俺にはもう五人も恋人が居るの!」


 セレネが何かを考えるようにうつむいた。


「……瑠那るなたちのことですね。

 でも五人も恋人がいるなら、私を六人目として認めることはできないのですか?

 私は、そんなに魅力のない女ですか?」


 六股男になれと?! さすがに頷けないぞ?!


 でも――


「お前が魅力的じゃないわけがないだろ?! 充分魅力的な女子だよ!」


 なんせ、瑠那るなとほとんど同じ外見、ルックスはばっちり俺の好みだ。


 そこにティアの素直さと優衣ゆいの大人っぽさが混じった空気を持ってる。


 女子の魅力がないわけが無い。


 セレネが俺を潤んだ目で見つめて告げる。


「では、どうしたら私を愛してもらえるのでしょうか」


「ええ?! 会ったばかりでそんなの、わかるわけないだろ?!

 お前だって俺のこと、よく知らないだろうし!」


「いえ、悠人ゆうとさんのデータはインストール済みです。

 データの通り、優しくて誠実な方だと感じます。

 強くて逞しい方なのは、映像記録で見ています。

 とても魅力的な男性だと感じています。

 ――ですから、あとは悠人ゆうとさんが私を受け入れてくださるだけです」


 ああもう、どうしろってんだよ?!


「いきなり恋人は無理! まずは友達から始めよう! それで手を打たないか?! な?!」


 俺が必死に言葉を伝えると、セレネは渋々と頷いた。


「……わかりました。今日は友達で我慢します」


 今日『は』って。明日も続けるの? このやりとり。


 セレネが急にソファから立ち上がり、俺に告げる。


「楽しい時間をありがとうございました。

 私は彼女たちと話をしてきます」


 セレネは俺の横を通り過ぎて部屋のドアを開け――振り返って、俺を切なそうに見つめてきた。


「……諦めませんから」


 そう言い残し、セレネは俺の部屋から立ち去った。



 俺はしばらく呆然とした後、疲れを感じてソファに腰を下ろし、深いため息をついた。


「――はぁ。六股男は勘弁して欲しい。これ以上の悪名は要らねーよ」


 俺は疲労感に任せ、ソファに横になった。


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