43.新しい胎動
ここから第3章、おまけの解答編です。
「第2章の終わり方じゃすっきりできない!」という方のみお読みください。
新キャラクターを交えつつ、彼女たちの幸福の在り方を綴っていきます。
別にこれが正解という訳でもないですが、彼女たちが選んだ「破滅の中の幸福」がどんな姿になったのか、それが描かれて行きます。
第3章も正しく「ハッピーエンド?」ですので、そこはご安心ください。
ただしシリアスでショッキングなシーンを含みます。
物語の流れで必然として描写されます。苦手な方はご注意ください。
ヴォーテクス製薬研究所の研究室で、デュカリオンは楽しそうに微笑みながら検査報告書に目を通していた。
彼の背後に立つオレンジ髪の青年が、同じように楽しそうに微笑みながら語りかける。
「何か面白い発見でもあったのかい? デュカリオン」
デュカリオンは報告書に目を通しながら応える。
「ああ、プロメテウスか。
いやね、彼女たちから副作用の報告があって調べていたんだけどさ。
やはりその原因を特定できないんだよ」
彼女たちは『媚薬作用』を訴えていた。
だが持ち帰った血液サンプルから採取した星因子をどう検査しても、そのような作用が確認できなかったのだ。
デュカリオンから検査報告書を受け取ったプロメテウスが、興味深そうにそれに目を通していく。
「……ふーん、つまり薬の作用ではなく、別の要因で副作用が発生した、ということかな?」
デュカリオンが肩をすくめて応える。
「そういうことになるね。
仮説を立てるとするなら、彼が変化した影響なのか、彼女たちが変化した影響なのか、あるいは両者なのか。
いずれにせよ、彼ら自身に原因があることになる。
今回の新薬はどちらも煌血石から精製した星因子じゃないから、そのせいかもしれないし。
追検査をしないと、これ以上はなんとも言えないね」
「……媚薬作用はガラティアにも発生していたのか。
だが彼女だけは他の子と違う精神状態にあった。
なるほどね。これをどう思うんだい? デュカリオン」
「他の四人は彼に対する依存症を発症しているから、それが悪化しているんだと思うけど。
別の理由があるとでも言うのかい?」
プロメテウスは検査報告書の束を机の上に放り投げて応える。
「ガラティアは人間と等価だが、厳密に人間と同じわけじゃない。
そこに差異があるのは確かだろう?
だから、被験体を増やしてみないか?」
デュカリオンが眉をひそめて応える。
「どういう意味だい?」
「七人目、新しいガラティアを用意しよう。
『原罪を持たないガラティア』ではなく、『原罪を持ったガラティア』をね。
そしてそれをもって、新しい妙見計画を進めてくれないか」
デュカリオンが困惑して眉をひそめた。
「それじゃあ、今の妙見計画はどうするのさ」
プロメテウスは口角を上げて応える。
「それは引き続き進めていくさ。
既に何本も走っているプロジェクトに、新しいものが加わるだけだ。
たいした問題でもないだろう?
僕らの目的、『星に至る者』を作成できれば、手段は問わないんだから」
「簡単に言ってくれるけど……まさかその新妙見計画の責任者、僕になるの?」
「当たり前じゃないか、何を言ってるんだい。
ガラティアシリーズの管理は、君の管轄だろう?
星因子も君の管轄だ。
早急に竜端悠人の体質を解明して、そのフィードバックが欲しい所だしね。
――あるいは、彼こそが『星に至る者』かもだ」
デュカリオンが小さく息をついた。
「そんな都合良くいくのかなぁ。
確かに彼には謎が多いけどさ。
僕らでも分からないとか、ここの人間はどうなってるんだろうね」
プロメテウスが肩をすくめておどけた。
「仕方ないだろう? 地上に降りてきた時点で、僕らにも制約が多く付く。
本来の力を十全に発揮できないのは当り前さ。
――じゃ、被験体は用意しておくから、『彼女』にあわせて計画書を作っておいてくれ」
プロメテウスが身を翻して研究室を出ていった。
その背中を見送ったデュカリオンが、再び小さく息をつく。
「あーあ、また書類作成か。嫌いなんだよなー」
デュカリオンはモニターに向かい、キーボードを叩き始めた。
プロメテウスが用意するであろう『彼女』、それにあわせた計画を練りながら、草案を作っていった。
****
「あっちぃ……」
俺は窓辺の席になったことを後悔していた。
いくらクーラーを利かせていても、南国の日差しが容赦なく襲ってくる。
新薬のおかげで夏バテをすることはないけど、暑さでうんざりするのは避けられない。
烏頭目先生は今日もエネルギッシュに授業を進めていくけど、相変わらず魔導学科はよくわからない。
魂の定義だとか言われても、科学で測定できないものをどう定義するってんだか。
こんな仮説だらけの教科書、誰が書いたんだ?
俺は教科書の表紙に目を走らせる……著者は紅厳一郎。どっかで聞いた名前だな。
あ。校長先生か! まさかの校長先生直々の教科書?!
まるで大学みたいだな。あの校長、そんなに偉い人だったのか?
放課後になり、俺は大石から肩を叩かれた。
「よし悠人! 部活の時間だ!」
「言っとくが、俺は別に空手部じゃねーぞ?」
大石は楽しそうに笑って告げる。
「わかっているさ! だが同じ場所を使って活動するんだ、お前も部員と大差ないだろう!」
ま、そりゃそうなんだけどね。
六月から、俺と瑠那たちの取り決めに変化があった。
曜日当番制のルールを見直し、毎日五人の相手をするようになっていた。
夜の相手だけで彼女たちは満足するようになり、俺は朝や放課後を自由に使えるようになっていた。
彼女たちも、『俺が居ないと生きていけない』なんて状態は、早く脱した方が良い。
話し合った結果、きちんと自分の趣味を持って打ち込もうと結論を出した。
優衣や美雪、由香里はまだ、打ち込めるものが見つからないらしい。
新しい趣味なんて、簡単に見つかるものでもないしな。
現在、彼女たちは瑠那の空手訓練に付き合うように行動している。
そして瑠那は水曜日以外、うちの高校に来て俺と組手をするようになっていた。
俺は席を立って隣の銀髪サングラス、もとい霧上に告げる。
「じゃ、また明日な!」
「ああ、そうだな」
大石と共に、俺は空手部の部室へと向かっていった。
****
闘技場では、既に瑠那が道着を着て、他の空手部員と組手をしていた。
俺が鍛えている成果なのか、四月に見た時よりずっと空手の腕は上達している。
もうこの空手部で、彼女の相手ができる人間は居ないだろう。
俺の姿を見つけると、瑠那が顔をほころばせて声を上げる。
「遅いわよ! いつまで待たせる気?!」
「わりぃ、すぐ用意する」
俺は武道場の隅に居るガラティアや優衣、美雪、由香里にも挨拶をしながら、更衣室へ移動した。
着替え終わった俺は試合場を一区画借りて、瑠那と向き合った。
「それじゃ、いつもの空手ルールな。
お前はそろそろ夏の大会が近いんだから、しっかり仕上げるぞ」
今は七月、夏の大会は八月だ。あと一か月ぐらいしかない。
瑠那も気合の入った表情で俺に対して構えを取り、頷いた。
女子たちや空手部員に見守られながら、いつもの組手が開始される。
今は俺から攻めていって、瑠那の防御技術を磨いているところだ。
俺の前蹴りを瑠那が手で受け流す。その流れで懐に入ってきた瑠那の正拳を、俺も丁寧に手で受け流した。
体勢を崩した瑠那のボディに寸止めの拳を入れ、そこで俺たちは動きを止めた。
「だいぶ慣れてきたな。でもまだ体幹が弱いか。そんな簡単に体勢を崩してたらだめだぞ」
瑠那が不満げな表情で俺に告げる。
「悠人の受け流しが巧すぎるのよ! なんであそこから体勢を崩せるの?!」
なんでって言われても、うちの流派の動きだからなぁ。
親父にでも聞かないと、俺にも術理はわかんねーんだよな。
俺は仕込まれた通りの動きをしてるだけだし。
その後も一時間ほど、俺の攻めを瑠那がしのぐ練習を続けていった。
五時が近くなり、俺は瑠那に告げる。
「そろそろ門限だろ。帰り支度するぞ」
「はーい」
瑠那は美雪からタオルを受け取って汗を拭いていた。
俺は由香里からタオルを受け取り、汗を拭きとる。
着替え終わった俺は、まだ部活を続けていた大石に手を振ってから、武道場を後にした。
女子たちを連れ、だいぶ明るくなった女子寮への道を歩いて行った。
****
女子寮の廊下を歩いて行く悠人たちを見つけた海燕の寮生が、遠くで眉をひそめて告げる。
「やだ、また今日も『花鳥風月殺し』が来てる。
なんであの人、見逃されてるのかな」
隣に居た寮生が、興味のない目で悠人を眺めて告げる。
「寮母さんに聞いたけど、理由は話せないんだって。
でも『学校から指示があったから』って言ってたよ」
「ずるくない? なんであの子らだけ男子とあんなに仲良くするのが許されてるの?」
「私に言われてもなー。でもあの子らに文句を言うのも怖いし、放っておくしかないんじゃない?」
瑠那たちは寮生から、ある種の羨望と嫉妬の標的にされていた。
男子と縁がない女子校通いで、彼女たちだけが男子と親密になっている。
他にも男友達を連れてくる寮生は居たが、ああも毎日通わせようとすると寮母から注意が飛んでくるのだ。
彼女たちだけが特別扱いされている――瑠那たち五人は寮生たちからそんなやっかみの視線で見られ、距離を取られていた。
新しい友人が出来る訳もないが、彼女たちはそれを苦にすることもないようだ。
寮生二人はため息をついて、自分の部屋へと向かっていった。
****
瑠那が目を覚ますと、すでに悠人は部屋を去っていた。
真っ暗な部屋で一人、『本当の愛』の余韻にしばらくひたる。
たった一時間だが、心が充分な満足を覚える濃密な時間だ。
強い疲労感と多幸感、充実感で満たされ切った瑠那は、切ない吐息をついてゆっくりと起き上がった。
新薬の治験として投与している避妊薬は今のところ、充分に機能しているように思えた。あの日以来訪れない『女子の日』がその証だ。
媚薬効果以外に目立った副作用もなく、妊娠の恐怖も薄れていた。
疲れ切った身体で時計を見る――日付が変わってからだいぶ過ぎている。
もう悠人は女子寮から帰っている頃だろう。
自分の心と体に刻み込まれた愛を抱きしめながら、瑠那はシャワーの準備をし、浴室へ消えて行った。
****
俺が女子寮からランニングをしながら自宅に向かっていると、俺の前方に見覚えのある人影が立ち塞がった。
白いTシャツと青いジーンズ、黒いレザージャケット――デイビッドだ。
デイビッドは俺に手を挙げて告げる。
「よぉ坊主! 今夜もお盛んだな」
俺は足を止めて息を整える。
「……今夜は何の用だよ?」
デイビッドがニカッと笑って応える。
「ちっとばかし新しい情報が入ったんでな。その確認だ。
ガラティアについて、何か新しいことはわかったか?」
……教えては貰ったけど、こいつに伝えてもいいものだろうか。
デュカリオンは企業秘密って言ってたしなぁ。
「特に何も。ティアは人間だよ。少なくとも、俺にとってはな」
デイビッドが俺を見定めるような目つきで見つめてきた。
「ふーん……ピグマリオン伝説そのままってことか。
お前が信じる限り、ガラティアは人間であり続けるわけだ。
――じゃあ、『妙見計画』って言葉に聞き覚えはないか?」
俺はきょとんとしてデイビッドを見つめ返した。
「なんだよ、それ」
「うちの諜報部が仕入れてきた情報だ。
プロメテウスが進めている大規模な計画らしい、というとこまでは突き止めた。
だがその意味するところが分からん。
それで調べに来たんだが――その様子だと、何も知らんのか」
「なんで知ってると思ったんだよ」
「嬢ちゃんと一番親しいのがお前で、デュカリオンとも何度も接触してるだろ。
治験で研究所に居る間、何か見聞きしてないかと思ってな」
こいつ、いつの間にそんなことを調べてたんだ?
俺は肩をすくめた。
「あそこでは薬の治験を受けてただけで、研究区画には立ち入らせてもらえなかった。
あんたに教えられるようなものはなんもないよ」
「そうか……もし何か気付いたことやわかったことがあったら、きちんと教えてくれ。
俺たちも、こそこそと嗅ぎまわる真似はなるだけしたくない」
俺は小さく息をついて応える。
「わかった、教えられることは教えるよ。
だけど教えられないこともあると思う。そこは勘弁してくれよな」
デュカリオンの信頼を損ねる真似はできないだろうし。
デイビッドは頷いて「じゃあ、またな!」と言って去っていった。
妙見計画ねぇ……どういう意味だ?
女子たちにも、聞くだけ聞いておくか。
俺は再び走り出し、自宅への道を急いだ。




