42.幸福な蟻地獄
検査車両の待合室で、瑠那たちは真っ青な顔でうつむいていた。
「どうしよう、あと五週間耐えろなんて、無理だよ」
優衣が深刻な表情で告げる。
「検査を大人しく待ちましょう。今はデュカリオンを信じるしかないわ」
待合室に、困った笑みを浮かべたデュカリオンが現れ、明るい声で告げる。
「検査結果が出たよ。
君たちの体内にある避妊薬は、想定通りの効能を出している。
一方、君たちが心配するような副作用の兆候はまったく見られない。
――結論を言うと、君たちの症状は避妊薬のせいではないよ」
由香里が青い顔で声を上げる。
「でも! 実際に私たちは体験したんですよ?!
一人だけじゃなく、みんなです!
あの体験を求める心が強くて、今も凄く苦しいんです!」
デュカリオンが微笑みながら応える。
「となると、避妊薬単体での効能ではないね。
君たち、直前に何か薬を服用したのかな? 食事は何を取った?」
女子たちが告げる食事はバラバラで、そこに共通点は見つけられなかった。
薬も鎮痛剤すら服用していない。
デュカリオンが困った笑みで告げる。
「んー……ガラティア、君も彼女たちと同じなのかい?」
ガラティアはきょとんとした顔で応える。
「んーとね、悠人と愛を交わすのが、前よりすっごく気持ちよくなったね。
でも回数を重ねるとーとか、みんなみたいに苦しいってのは、全然わかんない」
デュカリオンは指でこめかみをトントンと叩き始めた。
「……あまりこれは言いたくなかったんだけど、君たち四人は『悠人が居ないと自分が成立しない身体』になっている。
たぶん自覚はあると思うけど、末期症状で、手の施しようがない。
その症状が悪化してる、と考えるのが妥当だね。
悠人の血液検査も今走らせてるから、もう少し待っていて欲しい。
彼の体内にある新薬が変質して、今回の副作用を引き起こしてるんだと思う。
その快感が君たちの症状を悪化させているんだろう。
君たちの体内にある避妊薬が関連してるかは、調べてみないとわからないな」
沈黙が続く待合室に、女性職員が検査結果の資料を持ってきてデュカリオンに手渡した。
デュカリオンが資料に目を通しながら告げる。
「……なるほど、星因子が想定外の変質をしてる。
帰ってからこの変質した星因子が避妊薬にどんな影響を及ぼすのか検査をしてみよう。
僕の見込みでは、おそらく媚薬に近い効果が出てるはずだ。
君たちは症状を悪化させたくなければ、彼と愛を交わすことを避けるんだ。
――もっとも、これは言うだけ無駄だろう。
『手遅れ』の君たちは、きっと我慢できないからね。
五週間の間、彼と愛を交わすたびに症状は悪化していく。
それが嫌なら、五週間耐えきるんだ」
血の気の引いた顔で優衣が告げる。
「なにか、何か救いはないんですか?!」
デュカリオンが困った笑みで応える。
「彼と生涯共に生きれば、君たちの心には平穏が訪れる。
彼と生涯断絶して生きれば、いつかはその症状から抜け出す事もできるかもしれない。
どちらを選ぶかは、自分たちで決めなさい。
どちらを選んでも、僕はなるだけ支援の手を差し伸べるよ。
――さぁ、部屋で悠人が待っている。早く行ってあげなさい」
女子たちは暗い顔で立ち上がり、ふらふらと歩きだした。
検査車両にも振り返らず、女子たちはエレベーターホールへ向かった。
――ガラティアは一人、無邪気な笑顔で女子たちを見守っていた。
****
エレベーターを待つ瑠那の携帯端末にメッセージが届き、着信音を響かせた。
瑠那が画面をタップし、メッセージを開く――デュカリオンからだ。
『言い忘れてたけど、僕の方から悠人に”新薬の治験中止”を伝えることが出来るよ。どうする?』
――なぜ、それを自分が聞かれたのだろう。
瑠那の指が画面をタップし、メッセージを返信する。
(なんで私に聞くんですか。言いたければ言えばいいじゃないですか)
『僕から伝えても良いし、君たちから伝えても良い。
少なくとも、彼の薬が切れれば、君たちは媚薬効果に悩まされることはなくなるからね。
その代わり、彼の治験が中止になれば、君たちはリスクを背負う』
(リスクってなんですか)
『彼が君たちに何が起こっているかを知るきっかけになるだろう。
自分の体質が君たちを苦しめていると知り、彼が苦悩することになる。
避妊薬のことも、話すことになるかもしれない。
そして全てを伝えても、おそらく君たちは明日、彼に新薬を再開するよう懇願するようになる』
(意味が分からない、なんで懇願なんかするの?! その薬の影響で私たち、こんなに苦しんでるのに!)
『君たちは媚薬作用のある状態で愛を交わし合う喜びを知ってしまっただろう?
もう以前の愛では満足できなくなってるんじゃないか? その自覚くらい、あるだろう?
――結局、君たちは自分の渇望を癒すため、媚薬の効果を求めることになる』
瑠那は震える手で返信をタップしていく。
(救いはないんですか)
『”手遅れ”だと言っただろう? 君たちの渇望は深刻だ。君たち自身では耐えきれないほどに。
今の不安な状況では、君たちの誰か一人が耐え切れず彼を求める。
一人が求めれば、他の子も我慢が出来なくなるだろう。結局君たちは、不安を癒すために彼を求めるしかないんだ。
破滅の引き金を自分たちで引くのか、僕が引くのか、その選択ぐらいはさせてあげるよ。
考える時間はあげるから、話し合ってみなさい』
****
瑠那はエレベーターホールに居る女子たちに、震える手で携帯端末の画面を見せて告げる。
「デュカリオンから」
優衣が眉をひそめ、瑠那の携帯端末を受け取ってメッセージ履歴を読んでいく。
青白い顔面がさらに蒼白になっていく優衣を見て、美雪や由香里も携帯端末を覗き込み、メッセージを追いかける。
瑠那が絶望のこもった声で告げる。
「……どうする? 自分たちで伝える? それとも、伝えてもらう? 結果は一緒らしいけど」
優衣が深い失意のため息をついて告げる。
「本当に私たち、どうしようもなかったのね。
――ねぇ、何も伝えなかったら、どうなると思う?」
瑠那が血の気の引いた顔で応える。
「由香里がもう限界よ。今夜慰めてもらうとして、また症状を悪化させる。
悠人は薬の服用を続けて、私たちも限界になって、彼の愛を求める。
我慢が出来ない私たちは、症状を悪化させていくわ。
――悠人に何も知られずに済む、という意味では最善かもね」
美雪が泣きそうな顔で由香里に尋ねる。
「ねぇ、今夜我慢できると思う?」
由香里は涙を流しながら首を横に振った。
「こんな心細くて不安な状況で、悠人さんを頼れないなんて、それこそ耐えられないです」
瑠那が空手の呼吸法を行い、気持ちを整えた。
強い眼差しを取り戻した瑠那が、静かな声で告げる。
「……多数決を取りましょう。まずデュカリオンから伝えてもらう方がいい子は居る?」
優衣が困惑しながら瑠那に尋ねる。
「その場合、何がメリットなの?」
「破滅のトリガーを引くのがデュカリオンなら、不幸の責任をあの人に押し付けられるわ。
『あいつが伝えなければ、こんなことにならなかったのに』ってね」
それはデュカリオンなりの誠意の現れ。『救いがないなら、恨まれ役ぐらいは引き受けてあげよう』というメッセージ。
美雪が瑠那に尋ねる。
「それで、私たちが伝えたら何が起こるの?」
「私たちが自分の意志ですべてを打ち明けて、その結果破滅すれば、不幸な道だろうと胸を張って生きていけるかもしれない。
『これが私たちの選んだ道だから』ってね」
由香里が泣きながら告げる。
「でもそれじゃあ、悠人さんは絶対に苦しみます!
あの人だって、望んであんな体質になったわけじゃないはずです!
いつだって私たちを平等に慈しんでくれる人じゃないですか!」
これは不幸なめぐりあわせ。彼女たちが避妊薬を投与されてなければ、あるいは悠人に投与されたのが別の薬だったなら起こらなかった悲劇。
真実を知った悠人が自責の念を覚えれば、彼は彼女たちから距離を取るかもしれない。
優衣が告げる。
「……ないわね。悠人さんには決して知られちゃダメ。
今あの人を失ったら、私たち本当に生きていけなくなってしまう。
彼の居ない空虚な人生を歩むくらいなら、破滅した方がマシよ」
瑠那が諦観のため息をついた。
「つまり、少なくともデュカリオンを悪者にする手は使えないわね。
あとは私たちがどれだけ真実を隠せるか。それにかかってるわ」
美雪が不安気な表情で告げる。
「隠しきれると思う?!」
優衣が吹っ切れたように告げる。
「大丈夫よ、彼は鋭いけど、私たちが言いたくないことは詮索しないでいてくれるもの。
彼の体質が原因で私たちが破滅するなんて、説明されない限り気付かないわ」
しかし、このまま黙って日々を送ることは、彼女たちにとって負い目を背負い続ける人生になるだろう。
症状を悪化させつつ、何も選択できなかった自分たちに落胆する。
決して胸を張れる人生にはならない。
そこに幸福があるようには、彼女たちには思えなかった。
由香里がハンカチで涙を拭って告げる。
「……じゃあ、別の方法で、私たち自身がトリガーを引きませんか」
瑠那が眉をひそめて尋ねる。
「どういう意味? それ」
「今夜、みんなで悠人さんに愛されましょうよ。今日も、明日も、明後日も。
毎日一時間ずつ交代で愛してもらうんです。
自分たちで選んで歩いて行くなら、私たちは幸せなまま破滅していけると思いませんか」
優衣がフッと笑った。
「いいアイデアね、それ。
もう一週間のお預けで苦しむこともなくなる。
瑠那にも朝のロードワークの時間を返してあげられるわ。
曜日担当制は形だけになっちゃうけど、彼の隣を誰が歩くか、決めるくらいの役には立つでしょ」
美雪が頷いて告げる。
「みんな一緒なら、破滅の道も怖くない気がするね。
隣には悠人さんが居てくれるんだし」
瑠那がガラティアに振り返って告げる。
「ティアはどうするの? あなたは私たちと違って、悠人の愛がなければ生きていけないってことはないんでしょ?」
ガラティアが無邪気な笑顔で応える。
「みんなが一緒なら、きっと楽しいよね!
不安になる事、ないんじゃない?
破滅がどうとか意味がわからないけど、最初に誓い合ったでしょ?
みんな一緒に、私たちだけの幸せを目指そうって!
元の姿に戻るだけじゃないの?」
瑠那が眉をひそめて微笑んだ。
「あなた、変わらないわね……でもきっと、そういうことなのね。
私たちは、誰からなんて言われようと幸せなのよ!
それが破滅してるように見えたって、私たちが幸せなのは間違いないんだから!」
全員が瑠那に頷き、何人かは涙を拭いていた。
やがて一人ずつエレベーターに乗りこみ、五人を乗せたエレベーターが、悠人の待つ部屋へと昇っていった。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
ガラティアという『船頭』が案内した破滅への旅路、お楽しみいただけましたでしょうか。
「幸福な蟻地獄」、本編は第2章最終話で彼女たち自身が人生を選択したことでタイトルを回収し、テーマを提示し終わりました。
彼女たちは社会から容認されない「共有する愛」という形で、信頼する友人たちと共に愛する男性と生涯添い遂げる幸福な人生を選択します。
それは逃れられない破滅の道だったとしても、彼女たち自身は幸福を確信して人生を歩んでいきます。
彼女たちが真に幸福なのか、彼女たちの愛が本物だったのか、そういったことは読者のご想像にお任せします。
こういった作品を執筆するのは初めてなので、テーマやメッセージを巧く伝えられたのかはわかりません。
色々と詰め込み過ぎて複雑になり過ぎてしまった気もします。
第2章までの各所で哲学的な問いかけも行っておりますので、お暇なときに考察して遊んでいただければと思います。
元々は「男主人公のローファンタジー異能ハーレムでも書いてみようかな」と執筆準備をしていたのに、なんでこんな作品になったんでしょうね。不思議です。
置きっぱなしの布石、まだもう少し描いてみたいエピソードなどもあるのですが、本編は第2章で完結、という形にしておきたいと思います。
第3章は作者からの1つの解答編、みたいなものになっています。
破滅の中の幸福、その在り方、未来の可能性の1つ、その提示ですね。
別にこんな形以外の幸福があってもいいのですが、「きちんと終わらないと気分が悪い」という方は続きをお読みください。
第2章でも充分「ハッピーエンド?」にはなっていると思います。
彼女たちの未来を想像して楽しみたい方は、ここで読了しておくのがよろしいかと思います。
よろしければ評価など、何らかの反応をしていただければ幸いです。




