41.モニタリング
金曜日、朝の女子寮前では瑠那が俺を待っていた。
「おはよう、じゃあ行くか!」
「うん!」
俺たちは並んで、久しぶりの道を走っていく。
瑠那が戸惑いながら俺に告げる。
「ねぇ、なんかペース遅くない?」
「ランニングマシーンで、お前の本来のペースがわかったからな。あれに合わせてる」
瑠那が顔を赤くして目をそらした。
「なんでそういう細かい気配りするのよ!」
「なんでって……ロードワークなんて本来、無理をして走るもんじゃない。
無理なく走ってれば充分だろ」
「……あんたの鍛錬にならないじゃない」
「その分は夜中に走ってる。
薬の副作用で体力があり余ってるしな。
丁度いいんだよ」
赤い顔で走り続ける瑠那と俺が、折り返し地点に到着する。
今回は無理のないペースだから、休みなく女子寮に向けて走り出していった。
「この季節になると、朝でも街は暑いよな。海辺は涼しくて良かった」
「でもあそこ、走る場所がなかったじゃない」
「砂浜や海を使った鍛錬もある。もう少し時間があれば、そういうのをやっても良かったんだけどな」
女子寮前で瑠那を見送り、俺も家へ戻っていった。
****
女子寮の食堂、朝食の席でガラティアと花鳥風月の四人が朝食を食べていた。
優衣が深いため息とともに告げる。
「ねぇ、正直に言って欲しいの。来週の曜日当番まで耐える自信がある子、居る?」
ガラティアがきょとんとした顔で見守る中、花鳥風月の四人が暗い顔でうつむいていた。
由香里が告げる。
「私はもう、限界です。今夜を耐えられる気がしません」
瑠那が告げる。
「私はまだ少しマシだけど、水曜日当番なのと今朝、あいつと走ってるからね。
これで月曜日になったらどうなるかは、想像したくないかな」
美雪は不安気な顔で三人を見ていた。
「やっぱり、そんな感じになるの?
なんとなく自分も、来週が怖いんだよね」
四人が深いため息をついた。
優衣が告げる。
「当番の夜、回数を重ねるたびに強く喜びが増していった。
由香里の言った通りだったわね。
今までの『本当の愛』の比じゃないわ。
今日は放課後から悠人さんの家に集まる日だけど、耐えられるかしら」
瑠那が深刻な顔で告げる。
「ねぇこれって、やっぱり新薬の副作用なんじゃないの?
デュカリオンに相談しようよ」
美雪が暗い顔で応える。
「なんていうつもり? 『気絶するほど気持ちよくなるからなんとかしてください』って?
デュカリオンはお医者さんかもしれないけど、男性にそんなこと知られたくないよ」
由香里も落ち込んだ顔で告げる。
「悠人さんならまだしも、私もデュカリオンには知られたくないです」
女子中学生が、まるで媚薬でも盛られたかのように愛で喜びに打ち震える。
そんな背徳感に、女子たちは気後れしていた。
デュカリオンが何歳かは知らないが、外見は若い青年だ。そんな彼にこんな姿を知られたくなどない。
瑠那も同じ思いで悩んでいた。
彼女たちの気持ちもわかってしまうが、副作用なら報告をした方が良い――正論ではわかっているのに、感情が付いてこなかった。
それでも仲間のためを思い、瑠那は気持ちを強く持って告げる。
「それでも、ちゃんと伝えよう。治験なんだし、副作用をちゃんと言わないのは、薬を用意してくれたデュカリオンを裏切ることになるし」
優衣が小さく息をついた。
「そうね、筋は通すべきだわ。
――でも、何ができるのかしら。
この薬はあと五週間効果が続くのよ?
新薬の中和剤なんて、すぐに作れると思う?
作れないとしたら、薬が切れるまで悠人さんの愛を我慢できるの?
たった一週間も我慢できなくなっている私たちに、それが可能?」
瑠那は眉をひそめて思案していた。
「……聞いてみなきゃわかんないよ。
今日のモニタリングで、私が伝える。
私が一番最後に問診を受ければ、みんなは恥ずかしくならない。
それでなんとか手を打たない?」
優衣が頷き、続いて由香里が頷いた。
美雪は最後まで悩んでいたが、優衣が手を握ったことで決心がついたのか、頷いた。
瑠那が告げる。
「じゃあそういうことで、由香里はなんとか今夜を耐えて。
デュカリオンがすぐに何か処置してくれるかもしれないし。
どうしようもなかったら、今夜悠人に慰めてもらおう」
由香里が落ち込んだ顔で頷いた。
深刻な空気の中、ガラティアは一人、無邪気な笑顔で朝食を平らげていた。
****
俺は放課後、急いで女子寮の前に行く。
女子五人が集まって俺を待って――あれ? なんだか暗いな。
「お前たち、どうしたんだ? 落ち込むようなことがあったのか?」
優衣が首を横に振った。
「悠人さんは気にしないで。ちょっと副作用かもって話をしていただけなの」
落ち込むほどの副作用って……でも、教えたくないことなら、聞くわけにもいかないか。
俺は努めて明るい笑顔で告げる。
「じゃあ久しぶりに、俺んちで映画上映会だ!
コンビニで適当なもの買っていこうぜ!」
元気なガラティアだけが返事をして、女子たちは静かに頷いた。
俺とガラティアを先頭に、女子を引き連れて俺はコンビニに足を向けた。
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俺は部屋でアクション映画を眺めながら、女子たちの様子を観察していた。
ガラティアだけはいつも通りだけど、他の女子は暗い顔で映画なんて見ていない。
その中でも由香里は自分の身体を抱きしめて、必死に何かに耐えているようだった。
……この感じ、不安定になってる時の由香里に近いな。
月曜日まであと三日、もう耐えられなくなってるのか?
金曜日にこんな様子を見せることなんて、今までなかった気がするけど。
携帯端末がメッセージの着信音を知らせ、俺は手に取ってそれを確かめる。
「……デュカリオンが到着したらしい。モニタリングに行くぞ」
俺は映画を止めて立ち上がり、女子たちを連れて外に向かった。
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俺が最初にデュカリオンの問診を受けた。
デュカリオンはラフなシャツとジーンズに白衣という、いつもの姿で微笑んでいた。
「どうだい? この一週間で変わったことはあったかい?」
「初日は満足できない身体だったけど、少しずつ体が慣れてきたみたいだ。
もう今は、満足できないってことはないかな。
体力があり余ってるのは、説明された通りだし。
他にはなんにもないよ」
デュカリオンは笑顔で頷いた。
「それはよかった。ほぼ想定通りの効果だね。
あとは採血したら、君は部屋で待っていてくれ。
女子たちは、問診と採血を終えたら部屋に戻そう」
なんだか女子だけ慎重だな。
「わかった、じゃあ俺は先に戻る。何かあったら教えてくれ」
俺は採血を受けると女子たちにも同じことを伝え、部屋に戻っていった。
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優衣が最初に問診に応じた。
笑顔のデュカリオンが優衣に告げる。
「薬について、何か気付いたことがあったら教えて欲しい。
たとえば月経がはじまった、とかでも構わないよ?」
優衣はうつむいて応える。
「私から言うことは何もないわ。
でも最後に瑠那から伝えることがあるの。
それを聞いてくれないかしら」
デュカリオンがきょとんとした顔で優衣を見つめた。
「僕に直接言えないことが起こったのかい?
どうしても直接は言えない?」
優衣は黙って頷いた。
デュカリオンが笑顔で頷く。
「わかった、そういうことなら納得しよう。
他の子も同じ内容なら、問診をするだけ時間の無駄だね。
君たち三人は採血を受けていて欲しい。
その間に僕は瑠那から話を聞いておこう」
優衣は頷いて立ち上がると、女子たちの元へ戻っていった。
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静かに微笑むデュカリオンの前で、瑠那は暗い顔で椅子に座っていた。
「どうしたんだい? 僕に言うことがあるんだろう?
何か副作用でも見つかった、そんなところだと思うんだけど。
これは治験だから、副作用はちゃんと報告してくれないと困るんだ」
瑠那がおずおおずと口を開く。
「あの……この薬、副作用はどんなものが考えられますか」
デュカリオンが顎に手を当てて考え始めた。
「ん~そうだなぁ。理論上は副作用は出ないはずだよ。
でも異能に影響したり、異能が作用して体調に変化が出ることはあるかもしれない。
前も言ったけど、異能に関してはわからないことが多いからね」
瑠那は眉をひそめて悩み、意を決して告げる。
「あの……媚薬、みたいな効果が出たりはするんですか」
考えこんでいたデュカリオンが、きょとんとした顔で瑠那を見つめた。
「君らの異能に、そんな類のものはないだろう?
避妊薬にも、そんな効能がある成分は入ってない。
つまり、理論上はそんな効能が出るわけが無いんだけど。
どういうことだい?」
瑠那は真っ赤になりながら口を開く。
「悠人と愛を交わしてると、前と比べ物にならない感じがするんです。
私たち全員が同じだったって。
回数を重ねるほど、前回より強く喜びを感じるんです。
副作用だとしたら、どうにかなるんですか?」
デュカリオンが眉をひそめて思考を巡らせた。
「……理論上はあり得ない。けど君たちには副作用が出てる。
これは検査をしてみないと結論が出ないね。
君もすぐに採血を受けて欲しい。速やかに血液検査を行う」
「あの! この副作用はどうにかならないんですか?!
この避妊薬を無効化する薬とか、作れないんですか?!」
デュカリオンが難しい顔で応える。
「あれは血液中に調整した星因子を混ぜるだけの薬だよ。
星因子自体を無効化する成分は見つかっていない。
君たちの全身の血液を入れ替えでもしない限り、無効化することはできないんだ。
効能が切れるまであと五週間、副作用に耐えてもらうしかない」
真っ青な顔になった瑠那に、デュカリオンは明るい笑顔で告げる。
「だけど、結論を出すのは検査が終わってからだ。
なにが起こってるか判明すれば、対処法が見つかるかもしれない。
絶望するにはまだ早いよ」
瑠那はふらふらと立ち上がり、採血室へ向かった。




