40.日常への帰還
バスから女子たちが下り、俺は車内から手を振って女子たちと別れた。
俺の家にバスが到着し、俺も一か月ぶりの家に入る――本当にずいぶんと久しぶりだ。
荷物を部屋の隅に置いてシャワーを浴びたあと、俺はベッドに倒れ込んでこの一か月を振り返っていた。
異能検査の二週間――目まぐるしい毎日だった気がする。
保養所での二週間――さらに目が回る毎日だった。
突発的なトラブルこそあったけど、最終的には女子全員が幸福な笑顔で戻ってこれた。そのことに安堵する。
瑠那からの提案で、明日からは毎朝、曜日当番の子と朝、会うことになった。
……早朝に会うとか、どうするつもりなんだ? まさか早朝の女子寮に入って来いってか? 警備どうなってるんだよ。
新薬のおかげなのか、肉体的な疲労はまるで感じない。
だけど彼女たち全員の笑顔をこれからも守りきれるのか。一抹の不安が心をよぎった。
『悠人さんはもっと、自信たっぷりで頼りがいがないと認めてあげません』
いつか、由香里が俺に言った言葉だ。
「そうだよな、俺が弱気になってたら、あいつらが笑顔を浮かべられる訳、ないもんな」
――俺が彼女たちの笑顔を守る!
固く誓い直した俺は、ベッドに潜り込んで目を閉じた。
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朝のロードワークの時間、女子寮の前に行くと、今日の当番――由香里が立っていた。
由香里は頬を紅潮させながら俺を手招きし、静かに女子寮の中に入っていく。
俺は由香里の後を追って早朝の女子寮の中を進んでいき、由香里の部屋に招かれた。
一時間後、満足して眠っている由香里をベッドに残し、俺はこっそりと女子寮から抜け出した。
女子たちの話じゃ、この時間に出歩く寮生は居ないらしいけど、万が一出くわしたら大惨事だ。
ひやひやしながら外に出て、俺は自宅に向けて静かに駆け出した。
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久しぶりの学校、朝の教室で、席に座った俺に霧上が話しかけてくる。
「久しぶりだな、悠人。
新薬の治験とやらはどうだったんだ?」
「ああ、それなんだけど、俺の体質が独特だって話になってさ。
今も新しい薬の治験を続けてるんだよ」
霧上が興味深そうに俺を見た。
「ほぅ、どんな薬なんだ?」
「なんだっけ、特効薬の主成分の、なんとかシードって奴を調整した薬らしい。
今投与してるのは、俺の体質を調査するための薬なんだとさ」
「なるほど、判定不能のXランク、その謎を解明するつもりなのか」
俺は肩をすくめて応える。
「そこまでは知らねーよ。でも関係はあるかもな」
霧上は俺の顔を見つめて告げる。
「お前、また酷い業を背負ってるな。来世でろくな目に遭わないぞ」
またこいつの人相占いか。なんでわかるんだろうな。
「……自覚はしてるよ。それでも俺は、彼女たちの笑顔を守りたいんだ」
霧上がふぅ、と短く息をついた。
「前も言ったが、善意が最悪の結果を招くこともある。
手遅れのお前に言っても仕方ないが、それは忘れるな」
「手遅れか。まぁそうかもな。俺たちはもう後戻りが出来ない。
今の姿のまま、幸福を追い求めるしかないんだから」
ホームルームの時間になり、烏頭目先生が告げる。
「はい、ではホームルームを始めますです!
今日もキリキリ、元気に勉強に励んでほしいのです!」
六月も後半、もうだいぶ暑いってのに、烏頭目先生は元気だなぁ。
俺はその後、ろくに自習をしていなかったツケを払いながら、その日の授業を消化していった。
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由香里は授業中、ぼんやりと朝の時間を思い出していた。
天上の至福を超えた、さらなる幸福感。
愛されてる時間に感じる、確かな自分という手応え。
悠人に愛されるためにこの世に生を受けたのだと、魂から実感してしまう一時間だった。
そんなものを朝から味わってしまった彼女は、もう授業どころではなかった。
教師の言葉を聞き流しながら、ただぼんやりと教科書を眺め、朝の記憶にひたっていた。
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美雪は一昨日の夜を思い出し、次に悠人に愛される時間を心待ちにしていた。
何者でもなかった自分が、『花咲美雪だ』と胸を張れる瞬間。それこそが『本当の愛』を実感してる時間だ。
今の彼女はもう、モブではない。竜端悠人という稀有な男性と愛し愛される、価値ある人間なのだから。
周囲の少女たちと自分は違う――そんな優越感に浸りながら、彼女も授業に身が入らない時間を送っていた。
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優衣は一昨日の体験を恋しく思いながら、教師の話を聞き流していた。
明日になれば再びあの天上の至福を経験できる。その期待で胸が高鳴り、授業どころではなかった。
たった一日空いただけで、これほどあの愛を待ち焦がれてしまう。
果たして一週間後、自分はどうなっているのだろうか――そのことに、不安を感じないでもなかった。
異能検査の一か月で、自分が以前と比べ物にならないほど竜端悠人という深みにはまっていることを自覚しながら、そこに幸福を見出してしまってあらがえない。
他の女子はまだ気づいていないようだが、日を追うごとに愛の沼に沈んでいく感覚を覚えていた。
――『もう手遅れ』なんだし、気に病むだけ損なのかしら。
小さくため息をついた優衣は、窓の外をぼんやりと眺め始めた。
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瑠那は朝のロードワークの時間を他の子に譲ったことを後悔していた。
――やっぱり、毎日会えないってつらいなぁ。
だけど苦しいのはみんな同じ。
親しい幼馴染の友情を取り戻せた今、彼女たちの力になりたいと思っていた。
次の曜日当番が待ち遠しい。悠人に恋焦がれるほど渇望が疼いて行く。
一昨日の夢のような時間が、明後日には待っている。
はやる心を必死に抑えつけながら、瑠那は真っ白なノートを睨み付けていた。
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俺は放課後、急いで女子寮に向かっていった。
由香里が一人で俺を待ち、朝のように俺を女子寮に案内した。
……なんで他の女子は姿を見せないんだ?
部屋に入ってから由香里が告げる。
「悠人さん、お願いがあるんですけど、聞いてくれますか?」
「改まってなんだ? 俺に応じれるものなら構わないけど」
由香里は頬を染め、恥ずかしそうに告げる。
「今日は、日付が変わるまでそばに居て欲しいんです。
途中で私が寝てしまうかもしれませんが、それで帰らないで欲しいんです。
わがまま……でしょうか」
俺は微笑みながら由香里の頭を撫でた。
「そのくらい、お安い御用だ」
異能検査で朝まで付きあってた日々と比べたら、ずいぶん楽になったもんだ。
笑顔をほころばせた由香里は、感極まったように俺に抱き着き、唇を奪っていった。
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日付が変わり、俺は見つからないように気を付けながら女子寮を抜けだした。
道を歩きながら、少しばかり反省する。
体力の限界まで喜んで眠ってしまった由香里は、目を覚ますたびに俺に愛をせがんできた。
今夜だけで、何度の愛を交わし合っただろう。少しやり過ぎたかもしれない。
繰り返すほど喜びが増している様子の由香里を見ていると、俺の中の『男』が満足して行くのを感じていた。
愛する女にあれだけ満ち足りた笑顔を見せてもらったことで、俺の心も満ち足りた。
――明日はもう少し、加減をしないといけないな。
反省を終えた俺は、暗い夜道を静かに駆け出した。
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翌日の放課後、美雪も俺にお願いをしてきた。
「悠人さん、私も由香里と同じように愛して欲しいの。いいかな?」
「あれは俺もやり過ぎたと思ったんだけど。前と同じ程度じゃ駄目なのか?」
美雪は期待の眼差しで俺に告げる。
「由香里ってば、悠人さんの愛がどれだけ凄かったかって私たちに自慢してくるんだもん。
同じ経験をさせてくれないんじゃ、平等に愛することにはならないんじゃない? 違う?」
それを言われると弱い。俺は平等に愛することを誓った。
それなら、由香里一人が深い愛を感じてしまっては駄目だろう。
「わかった。日付が変わるまで、何度でも愛してやる」
「やったー!」
俺は美雪にも唇を奪われ、昨日のように愛を交わし合っていった。




