39.浜辺の保養所(7)
俺が廊下で待っていると、部屋からデュカリオンが出てきた。
デュカリオンは俺を見つけると笑顔で手を挙げる。
「お待たせ! 用事は済んだよ。
あとは毎週末、モニタリングをさせてほしい。
検査車両を君の家の前に向かわせるから、そこで問診と採血だ。
希望する時間帯があればなるだけ応えるよ」
毎週末か。ティアの担当である金曜日はみんながあつまる。
その日の夜くらいが目立たなくていいかもしれない。
「じゃあ、金曜日の二十時とか、大丈夫か?」
「何時でも大丈夫さ! じゃあ金曜日の二十時に。
時間を変更したくなったら、三日前には言ってくれ」
そう言うとデュカリオンは、背中で俺に手を振りながら去っていった。
****
部屋に戻ると、女子たちが少し元気なさそうにうつむいていた。
「どうしたんだ? 何か言われたのか?」
優衣が俺を見て、首を横に振った。
「ううん、なんでもないの。
悠人さんは何も気にしないで」
そうか、優衣がそう言うなら、聞くのは止めておこう。
俺はテーブルの上のトランクを開け、中身を確認していく。
「俺の薬が三十本、女子の薬が一本ずつか。
――じゃあこれはみんなに渡しておくぞ」
俺は銀色のアンプルを女子たちに手渡していった。
女子たちは思い思いにそれを眺めたあと、おもむろにむき出しの腕にあて、薬を投与していった。
「早いな?! もう投与しちゃうのか?!」
瑠那がふぅ、と息をついて空き瓶をテーブルに置いた。
「いつ投与しろって話はされなかったし、長期間型みたいだから。
――この薬は、身体が火照るような感じはしないわね」
ティアも空き瓶をテーブルに置きながら俺に告げる。
「悠人も一本打っちゃえば? まだ午前中だし、大丈夫なんじゃない?」
時計を見る――十一時前か。明日の朝に打つとしても、充分な空き時間だな。
俺は黒いアンプルを手に持って腕に押し当て、薬を投与した――じんわりと体に熱が回っていく。
「……確かに、効果は弱そうだ。
でもこれで勢力増強って言われても、実感がないな」
ふとみると、ティアが俺の顔を見て頬を染めていた。
「……ティア? どうしたんだ、お前らしくない顔して」
「なんかね、薬を打った途端、悠人がかっこよくなったんだよ!」
かっこよく? 意味が分からん。
部屋の中の鏡を見ても、朝の俺と何も変わって見えない。
ティアが俺の背中に告げる。
「違うよ! 見た目じゃなくて、存在感がかっこよくなったの! 見てるだけでドキドキするよ!」
「まったく意味が分からないんだが……」
他の女子たちが目に入り、彼女たちの顔も見る――みんな顔を赤くして、俺を見つめてるようだ。
「みんなも……ティアと同じなのか?」
女子たちがおずおずと頷いていた。
……やっかいな作用だな。どういう薬なんだ? これは。
優衣が俺の胸に寄り掛かってきて告げる。
「ねぇ悠人さん。私たちはもう明日には寮に帰らなければならないわ。
今日が最後の自由になる日、そうは思わない?」
「そりゃまぁ、余暇としてはそうなるだろうけど……」
「だから、この保養所最後の思い出、作ってもいいと思わない?」
優衣の目は、何かを期待するようなとろんとした眼差し――まさか!
女子たちを見ると、ティア以外が全員同じような目で俺を見つめて来ていた。
俺は慌ててみんなに告げる。
「落ち着けお前ら! 今日はリザーブデイ、誰の担当でもない日だぞ?!
土日はみんなで一緒に過ごしてきただろう?!」
優衣は俺の服をつかんで離さない。
「最後の一日ぐらい、みんなで――」
「みんなも駄目! あんなの不誠実だ!」
由香里がおずおずと俺に告げる。
「じゃあ、一人一時間ではどうですか。
曜日当番の順でこの部屋に来ますから、一時間で必ず交代。
それで晩ごはんはみんなで一緒に食べる――どうですか?」
女子たちが頷いた――いや、お前らだけで合意されてもだな。
しかし彼女たちに譲る気配がない……ここまで望まれたら、応じるしかない、か。
「わかった。だけどその前に昼飯をちゃんと食ってからだ。
ルームサービスで良いな?」
女子たちが笑顔をほころばせて喜び、歓声を上げていた。
……こんだけ喜んでくれるなら、しょうがないか。
俺は全員分のサンドイッチを注文して、ソファに腰かけた。
****
俺は部屋に由香里と二人きりになっていた。
由香里は緊張した面持ちで、顔を赤くして告げる。
「あの……よろしくお願いします」
その余りに初々しく、可愛らしい姿に、朝から刺激されていた俺の中の『男』が目覚め、咆哮を上げたかのようだった。
たった一時間、それだけで由香里は全ての体力を使い果たしていた。
余りに激しい俺の中の『男』が与える愛に、由香里は今まで見せたことがないほどの歓喜で俺に応え続けた。
気絶している由香里を隣の部屋のソファに寝かせて毛布を掛けると、俺は部屋に戻って次の女子を待つ。
次の当番である優衣も、瑠那も、美雪も、みんな同じように濃密な一時間を過ごしていき、体力を使い果たした。
最後のティアが意識を失っても、俺は自分の中の『男』がまるで満足していないのを自覚していた。
――精力を極端に増強って、こういう意味かよ?!
五人分の愛を受け取ったと言うのにまだ心が飢えている。もっと彼女たちの愛が欲しいと訴えていた。
俺はため息をついて、携帯端末でグループにメッセージを送る。
(希望者は、二巡目に参加してくれ)
結局俺は、三巡目まで終えて、朝を迎えていた。
全く眠っていないと言うのに眠くない。
俺の中の『男』はようやく腹八分というところだ。
とんでもねぇ薬だ……デュカリオンに伝えておくか。
(おい、この薬は害がないんだろうな?!)
『どうかしたのかい? 心配事?」
(五人が一晩かけても、まだ俺は満足できない身体になってるんだけど?!)
『ハハハ! 精力が極端に増強するって言わなかった?
別に君の理性を失わせる薬じゃない。
普段通り、君が理性的に振舞って居れば問題ないはずだけど』
(投与した途端、ティアが”存在感がかっこよくなった”とか言い出したんだが、それは?!)
『ふーん……興味深いね。一週間後のモニタリングで確認させてくれ。
それは本来”特に効能を持たない”薬なんだ。
君の中で変質する様子をモニタリングすることに特化した薬、と言い換えようか。
それが変質してそんな効能を持ったということになる。
一週間それが持続したら、その時に対策を考えてみよう』
(頼むぞ?! 本当に!)
俺はため息をついて、携帯端末をテーブルの上に置いた。
眠っているティアに布団をかけたあと、俺は着替えを持ってシャワーを浴びに行った。
****
起きてきた女子たちが『帰り支度を手伝う』と言ってティアを連れて行ってくれた。
俺も帰り支度を整えて、先にロビーに降りて女子たちを待った。
満足気な笑顔を浮かべる女子たち――あの優衣まで、少女らしい笑顔を浮かべていた。
俺は戸惑いながら告げる。
「飯を食ったら出発だ。レストランに行こう」
俺は女子たちが頷いたのを見て立ち上がり、全員でレストランに向かった。
飯を食って落ち着いたからなのか、時間が経過して俺が薬に順応したからなのか、俺の中の『男』は眠りについていた。
バスの前の席に座る俺の横に、女子は誰も座ろうとしない。まぁ日曜日は曜日担当が居ないし、女子たちのルールなのだろう。
俺は急に襲ってきた睡魔が誘うままに、深い眠りに落ちていった。
****
女子たちは後部座席に固まって座っていた。
悠人が深い眠りに落ちたのを確認した優衣が、女子たちに告げる。
「みんな、どう思う? 昨晩の悠人さん」
由香里が恍惚とした顔で告げる。
「悠人さんなのに、まるで別人のように感じました。
あんなにかっこよかったんですね……」
美雪も顔を赤くしながら告げる。
「あんな夜なら何度でも味わいたいって思っちゃうよね。今まで以上の『本当の愛』を感じられたし。
瑠那も頬を染めて、ぼんやりとしながら告げる。
「私の中に、まだあんな自分がいたなんて知らなかった。悠人が見せてくれた世界、あれはもう『神様の愛』だよね」
ガラティアが無邪気な笑顔で告げる。
「だから最初から言ってるじゃない! 悠人の愛は神様の愛だって!」
優衣が女子たちに頷いて告げる。
「帰ったら私たちは寮生活、学校もあるし、会える時間は極端に短くなる。
学校に行ってる間、悠人さんが居ないことに耐えられるようにしないといけないわ。
でも今のままじゃ、私は自分を抑えることが出来ないと思うの。
自制する自信がある子、居る?」
ガラティアだけが元気に手を挙げた。
優衣が思案しながら告げる。
「そう、やっぱりね。それでも耐えなければ、悠人さんにも迷惑がかかってしまう。
――だから、これは提案なんだけど。
瑠那が今使っている、朝のロードワークの時間があるじゃない?
あの時間で、曜日当番の子が相手をしてもらうの。
これなら、放課後まで耐えられる気がするわ。
瑠那は最近安定してるみたいだし、みんなにその時間を分けられないかしら」
瑠那が考えこんだ。
「朝のロードワークはだいたい一時間、昨晩の一回分よね。
確かにあれだけの愛を与えてもらえれば、当番の日でも放課後まで持つわ。
試しに一週間、それで回してみましょう。
悠人にはあとで、私から話をしておくわ」
ガラティアがきょとんとした顔で告げる。
「みんな、朝から悠人に愛されないと我慢できないの?
大変なんだねぇ。私は別にその時間はいらないかな」
優衣が苦笑を浮かべて告げる。
「じゃあ、金曜日の朝はリザーブタイムということで、その週で一番不安定な子に回しましょう。
そんな子が特に居なければ、以前のように朝のロードワークに使ってもらう。
こんなところでいいかしら」
女子たちが頷いた。
優衣は席に座り直し、深いため息をついた。
「それにしても、なんだったのかしらね、あれ。
悠人さんが薬で変わったのか、私たちの薬の副作用なのか、判断がつかないわ」
それまで経験したことがないほどの愛の喜び――その根源がどこにあるのか、彼女たちにもわからなかった。
美雪が困ったような笑いで告げる。
「副作用だったとして、デュカリオンになんて伝えたらいいの?
『もしかしたら避妊薬の影響で、以前より喜びを感じやすくなった』とでも言うの?
私には無理だし、知られたくもないかな」
瑠那が考えながら告げる。
「昨晩がたまたまだったかもしれないし、判断を下すのはまだ早いわ。
一週間様子を見て、変わらないようなら何か考えましょう。
副作用だとしたら、恥ずかしくても報告しない訳にもいかないと思うし」
由香里が昨晩を思い出し、恍惚としながら告げる。
「でも、たとえ副作用でもあんな経験ができるなら、私は構わないと思います」
美雪が黙って頷いていた。
優衣がため息をついて告げる。
「あなたたち、のんきね……でも私たち『手遅れ』らしいし、伝えてもデュカリオンも何もしないかもわからないわね。
それならもう、何も考えずに愛にひたっていても良いのかもしれない。
少なくとも、朝の一時間で心が満足するだけの愛を受け取れるようになったのだから」
以前の彼女たちなら、心が満足するまで何時間もかかっていた。
それを考えれば、この状況は渡りに船なのかもしれない――彼女たちはそう考えた。
順調に蟻地獄の底に沈み込んでいく女子たちを乗せて、バスは海燕の女子寮へと向かっていった。




