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幸福な蟻地獄  作者: みつまめ つぼみ
第2章:幸福な蟻地獄

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36.浜辺の保養所(4)

 朝の保養所、レストランのビュッフェで、俺は美雪みゆきが取って来てくれた皿を受け取った。


美雪みゆきは安定して見えるな」


 俺の言葉に、美雪みゆきが苦笑した。


「そう見える? これでも必死に我慢してるんだよ。

 瑠那るなが不安定すぎるから、安定して見えるんじゃないかな」


 横目で瑠那るなを見る――今は笑顔でティアと一緒にビュッフェを楽しんでいるようだ。


 今朝のロードワークの時間まで使って、瑠那るなの心が安定するよう努めた。その甲斐あって、今見る限り、彼女は普段の姿を取り戻している。


 一時間も眠っていないはずなのに、瑠那るなは顔色もすっかりよくなっている。


 俺は美雪みゆきに尋ねる。


「なぁ、いつから瑠那るなはあんなに不安定になったんだ?」


 美雪みゆきは肩をすくめた。


「私たちにもわからないのよ。

 だからどう接していいかもわからないの」


 俺は少し考えてから、美雪みゆきに告げる。


「すまないが、しばらく瑠那るなが安定するまで、あいつを贔屓ひいきにする事を許してくれないか」


 美雪みゆきが眉をひそめた。


「どういうこと?」


「朝のロードワークの時間、あいつがどう使おうと目をつぶってやって欲しいんだ」


「ああ、そういうことか。それなら私は構わないよ。

 優衣ゆい由香里ゆかりも、悠人ゆうとさんの言う事なら従ってくれると思う。

 私たちの時間を奪う訳じゃないからね」


「すまない」


 俺には、今の瑠那るなを放置することなんてできない。

 安定するまで、どれくらいかかるかはわからないけど、やれるだけはやらないと。


 俺は料理を取ろうとしてそばを通りかかった優衣ゆい由香里ゆかりにも同じことを伝え、了承してもらった。





****


 二日ぶりに海に出て、俺は美雪みゆきと一緒に泳いでいた。


 運動ができないかと思いきや、水泳はそれなりにできるようだった。


「やっぱり基礎体力はある方なんだな、お前」


「器用貧乏っていうか、なんでもそこそこはできるんだ、私は」



 少し沖合、みんなから離れたところで美雪みゆきが俺にしがみついてきた。


 俺はびっくりして美雪みゆきに尋ねる。


「どうした? なにか居たのか?」


 美雪の顔を見る――ああ、まただ。またこの何かを期待するような目。


「ねぇ、そこに小さい岩場があるよ。そこで少しだけ……ね?」


 お前……いくらみんなから見えない場所だっていっても、こんな狭い所でかよ。


「今度こそ、本当に少しだけだからな。昼飯はみんなと食うぞ」


「わかってる。他の子と一緒にしないでくれる?」


 俺はため息をついて、美雪みゆきと一緒に小さな岩場の裏に上がった。





****


 海に身体をひたしながら、ボール遊びに興じていた優衣ゆいが告げる。


「あらあら、やっぱり我慢が出来なくなったのね」


 瑠那るな優衣ゆいの視線の先、沖合にある小さな岩場を見た。


 先ほどまで、あのあたりに悠人ゆうとが居たはずだ。


 瑠那るなは静かな表情で告げる。


悠人ゆうとが応じるなら、別に構わないんじゃない?」


 由香里ゆかりが大人びた表情で告げる。


「今日は余裕があるんですね。朝まで愛を刻んでもらった効果が出てるんですか?」


「そうね、おかげでようやく私は自分を思い出せたわ。

 だから美雪みゆき悠人ゆうとを独占してても我慢できるの」


 優衣ゆいが楽しそうに目を細めた。


「その余裕、何日持つのかしら。一日? 二日? ――いいえ、おそらく半日も持たないわね。

 だから無理をせず、きちんと悠人ゆうとさんに愛を刻んでもらいなさい。

 今のあなたは見るにたえないわ」


 瑠那るなが不満げに眉をひそめた。


「私、そんなに酷い状態だったの?」


 由香里ゆかりがため息をついて告げる。


「あれだけの醜態をさらして自覚がなかったんですか?

 昨日の自分も思い出せないとか、どういうことなんです?」


 瑠那るなは眉をひそめたまま考え込んだ。


 実際、昨日一日をどうやって過ごしたのか、瑠那るなには全く思い出せなかった。

 とても苦しかったことだけは覚えているのだが、今は悠人ゆうとの愛で安らいだ心だけがその胸にあった。


 優衣ゆいも小さく息をついた。


「本当に重症なのね。

 悠人ゆうとさんから、朝のロードワークの時間をあなたに当ててもいいかってお願いされたわ。

 私たちのことは気にせず、毎朝きちんと愛を刻まれておきなさい。

 あんな不安定な瑠那るななんて、私たちも見たくはないの」


優衣ゆい……ありがとう」


「いいのよ、気にしないで。

 あなたはもう、『本当の愛』がなくては生きていけない私たちの仲間。

 お互い助け合って行きましょう。以前のようにね」


 それからの瑠那るなは、ガラティアを含めた四人で楽しくボール遊びに興じていた。


 それに飽きると、四人で砂浜に埋まったり、水鉄砲を買ってきては射撃をして楽しむ様子を見せていた。


 瑠那るなはかつての幼馴染が帰ってきたような気がして、心の安らぐ時間を過ごしていった。



 悠人ゆうとたちが合流して、みんなで浜辺のレストランに行き食事を取った。


 その後は六人で再び海に入って遊び、日が暮れていく。


「そろそろ戻るか!」


 女子たちが頷き、悠人ゆうとを先頭にホテルへ戻っていった。





****


 夜になり、食事を終えて部屋に戻った瑠那るなはシャワーを浴びたあと、今夜も下着姿で演武を繰り返していく。


 朝まで愛を刻んでもらった体を動かすたびに、悠人ゆうとの感触を身体が思い出していった。


 ――今、私は悠人ゆうとと一緒に居るんだ!


 一体感に陶酔しながら、瑠那るな悠人ゆうとがそばに居ない切なさを癒していった。



 シャワーで汗を洗い流してから、瑠那るなは彼シャツを身にまといベッドに沈み込む。


 まだ悠人ゆうとの気配が残っているような気がして、その感覚に安らぎを覚えていく。


 久しぶりのベッドでの眠りを楽しみながら、瑠那るなは意識を闇に沈めて行った。





****


 朝のロードワークの時間に合わせ、自然と瑠那るなの目が覚めた。


 携帯端末デバイスにはまだ着信がない。


 ――美雪みゆきの奴、どんだけ粘ってるんだろう。


 あきれながら瑠那るなは、携帯端末デバイスを両手に持って着信を待ち続けた。



 メッセージの着信と共に指が素早く画面をタップする。



『今からそっちに行く』



 瑠那るなは両手で携帯端末デバイスを胸に押し当て、切ないため息をついた。



 やがてドアがノックされ、瑠那るなはうきうきと浮かれながらドアを開く。


「おはよう、中、いいか?」


「うん、入って」


 笑顔の瑠那るなに招かれた悠人ゆうとは、そのまま部屋の中に入り、瑠那るなを抱え上げた。





****


 朝食の席で、俺は瑠那るなの様子を観察していた。


 今朝も状態は安定しているように見える。


 優衣ゆい美雪みゆき由香里ゆかりと、仲良く食事を取っていた。


 ふぅ、とため息をついてから、俺はビュッフェの肉料理を頬張った。


悠人ゆうと、疲れてるね」


 ティアの声で振り向き、俺は笑顔で応える。


「ただの気疲れだよ。大丈夫」


「私があとで治癒してあげるよ! 異能が強化されてから、怪我以外も癒せるようになってきたんだ!」


 ほー、それは便利だ。

 疲れも癒せるとか、俺にはありがたい話だ。


 美雪みゆきに捕まって朝までつきあった後、瑠那るなの相手をしてたからな。

 一時間も寝てないし、正直に言えばかなりきつい。


 今日は海に出ると危ないから、浜辺でみんなを眺めておくか。



 食事が終わると水着に着替え、今日もみんなで海に降りて行った。





****


 その日の悠人ゆうとはビーチパラソルの下で、日差しをよけながら寝転がっていた。


 悠人ゆうとを遠くに眺めながら女子たちは水遊びに興じている。


 美雪みゆきが深刻な顔で他の女子に告げる。


「ねぇみんな、ちゃんと『来てる』?」


 優衣ゆいが楽し気に目を細めて応える。


「私はもうすぐの予定だけど、それがどうしたの?

 美雪みゆきはもう来てる時期のはずよね」


 瑠那るなが真っ青な顔になって告げる。


「まさか美雪みゆき、来てないの?!」


 美雪みゆきは黙って頷いた。


 この二か月半、『その日』になると担当をずらして調整していた。


 普段のサイクルなら、美雪みゆきは週の頭に来ている頃だ。


 優衣ゆい美雪みゆきを見つめながら告げる。


「どうするの? 婦人科に行く?」


「中学生は保護者の同伴が必要だよ。行けるわけないじゃん。

 検査薬だって、中学生が買ってたら目立ってすぐ噂になっちゃう」


 大きくはない島だ。目立つ彼女たちは噂になりやすい。


 ガラティアはきょとんとして話を聞いていた。


「……ああ、生理が来てないの? 体調悪いの?」


 美雪みゆきは首を横に振った。


「ううん、身体の調子はいいよ。だからずれるとは思えないんだけど。

 そうなると……あれしかないよね……」


 女子たちには、思い当る節しかなかった。

 今まで目をそらしてきたが、とうとう『その日』が訪れた。

 誰も彼も、他人事ではない。


 深刻な空気が流れる中、ガラティアが無邪気な笑顔で告げる。


「よくわからないけど、お医者さんが必要ならデュカリオンに頼んでみたら?

 デュカリオンはなんでもできる人だよ?」


 由香里ゆかりが真剣な顔で告げる。


「あの人、『他の大人に相談しにくいことも、相談に乗ってくれる』って言ってましたよね。

 なんでもできるなら、婦人科も診れるんでしょうか」


 美雪みゆきがまっすぐティアを見て告げる。


「ねぇティア、あとでデュカリオンに相談できないか、聞いてみてくれる?」


「いいよー!」


 由香里ゆかり美雪みゆきに告げる。


悠人ゆうとさんには伝えるんですか?」


「……今はまだ、伝えたくないかも。

 ただの生理不順なら、心配させるだけだし」


 優衣ゆいが告げる。


「じゃあこれは、女子だけの話にしておきましょう。

 ――ティアも、わかってる?」


 ガラティアは無邪気な笑顔で頷いた。


「うん! 悠人ゆうとに言わなければいいんでしょ?」



 その後、女子たちははしゃぐ気分になれず、砂浜で静かに砂遊びに興じていた。





****


 俺たちが晩飯を食ってると、遠くから見覚えのある白髪の青年が近づいてきた。


「やあ! 保養所の使い心地はどうだい?」


「デュカリオン……なんでここに居るんだよ」


「ハハハ! ちょっと女子たちから『新薬の副作用が気になる』って相談を受けてね!

 たぶん問題ないはずなんだけど、念のために検査をして彼女たちの気分を落ち着かせようかなって!」


 ああ、みんな体が火照って困るって言ってたしな。


「それでわざわざ? 忙しいだろうに悪いな」


「構わないさ。こちらとしても、データは多いほどいいからね。

 早速だけど、食事が終わったら彼女たちを借りて行くよ。構わないね?」


 今日はティアが曜日当番だ。あいつは俺の愛をせがまないから、問題はないだろう。


「ああ、よろしく頼む」


 デュカリオンはその後、女子たちにも声をかけて食後に外の検査車両に来るよう伝えていた。


 俺は晩飯を食い終わると女子たちに告げる。


「じゃあ俺は部屋に居るから、何かあったら教えてくれ」


 女子たちが頷くのを見て、俺は部屋に一人で戻っていった。


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