表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸福な蟻地獄  作者: みつまめ つぼみ
第2章:幸福な蟻地獄

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/67

35.浜辺の保養所(3)

 瑠那るなは気が付くと、大きなパラソルの下に居た。


「あれ……? なんで私……」


 ゆっくりと体を起こすと、そばに居たガラティアが喜んで声を上げる。


瑠那るな! 気が付いた? 駄目だよー、ごはんも食べずに動き続けたら」


 瑠那るなはガラティアをぼんやり見つめたあと、辺りを見渡す。


 海の中では、美雪みゆき由香里ゆかりがボール遊びに興じていた。


「今、何時?」


「もうお昼を過ぎてるよ。私たちはお昼ごはんも食べ終わってる。

 でも瑠那るな、朝ごはんもまだでしょ」


 そうは言われても、瑠那るなは食欲もわかなかった。


「私、なんでここに居るの?」


「私が浜辺で倒れてる瑠那るなを見つけたんだよ。

 ぐったりしてたから治癒してみたんだけど、少しは具合よくなった?」


 どうやら、徹夜明けで食事もせずに炎天下、演武を続けていて倒れたらしい。


 いくら海風が心地良いと言っても南国の浜辺だ。倒れて当然だろう。


 瑠那るなはガラティアを見て弱々しく微笑んだ。


「ありがとティア。ねぇ、飲み物持ってない?」


「あるよ! えーと――これでいい?」


 瑠那るなは手渡されたスポーツドリンクのペットボトルを開封し、冷たい液体を喉に流し込んでいった。


「――ふぅ。もう大丈夫だから、ティアは二人のところに行ってきなよ」


 ガラティアがきょとんとした顔で瑠那るなを見つめた。


「んー、顔色はよくなってるし、もう大丈夫かな。

 でもちゃんとごはんは食べてね!」


 駆け出していくガラティアの背中を見ながら、瑠那るなは寂しさを感じていた。


 ――美雪みゆき由香里ゆかりは、私を放って遊んでたのか。


 親しい幼馴染だった。


 いつからだろうか、こんなに心の距離を感じるようになったのは。


 以前の彼女たちなら、ガラティアと共にこの場に居てくれたはずだ。


 今は以前と違う、悠人ゆうとを共有する仲間としての連帯感はある。


 だがかつての友情が失われたように思えて、切なさが胸を締め付けた。


 大切にしたいと願った絆は、もうないのだろうか。


 瑠那るなは深いため息をついて立ち上がると、ホテルに向かって歩きだした。





****


 軽食をレストランで食べた瑠那るなは、部屋に戻って道着を脱いだ。


 汗をシャワーで洗い流しながら、これからどうするかを考える。


 ――もう耐えられない。あと十八時間もあるなんて、どうやって耐えたらいいんだろう。


 渇望が胸を焦がす。こんな状態で海遊びなど、興じる気にもなれなかった。


 浜辺に優衣ゆいの姿がなかった。ならば今頃、悠人ゆうとを独占して愛を刻み込んでもらっているのだろう。


 それを考えると渇望がさらに渇きを増していく。


 自分が自分でなくなっていく、足元が崩れていくような錯覚を覚える。


 ――早く、早く悠人ゆうとの愛で私を取り戻したい!


 彼に愛を刻み込まれている時間だけが、自分を確かに思える。


 冴月さえづき瑠那るなは、彼に愛されるためにこの世に生まれ、愛されている間だけ冴月さえづき瑠那るなで居られた。


 自分を見失った瑠那るなは不安にさいなまれ、静かに涙を流していた。


 悠人ゆうとの優しい笑顔と言葉を思い出す。その記憶にひたって心を癒しながら、渇望が渇きを増していく自分を自覚する。


 この心を癒してくれるのはただひとつ、彼との時間だけなのだ。


 ――ううん、もうひとつだけあった。


 瑠那るな瑠那るなであるという、もうひとつの拠り所。


 シャワーから上がった瑠那るなは下着を身につけると、再び部屋の中で静かに演武を始めていた。





****


 夜になり、ホテルのレストランで、美雪みゆき由香里ゆかり、ガラティアが食事をしていた。


 由香里ゆかりがあきれるように告げる。


優衣ゆいさん、悠人ゆうとさんに何も食べさせないつもりなんですかね」


 美雪みゆきが明るい笑顔で告げる。


「それはないでしょ。ルームサービス取ってるんじゃない? 降りてくる時間がもったいないだけでしょ」


瑠那るなさんはどうしたんですか?」


 美雪みゆきが肩をすくめた。


「私が知るわけないじゃない。

 あの子、朝も昼もまともに食べないで、なにしてんだろうね」


 由香里ゆかりが料理の皿に目を落として告げる。


瑠那るなさん、なんだか急速に悠人ゆうとさんにのめり込んでる気がします。

 『本当の愛』を知ったのは私たちの中で一番遅かったのに、たぶん今一番それを欲しがってるのが瑠那るなさんですよ」


 美雪みゆきはのんきに料理を口に運びながら応える。


「そうだろうね。食事を抜いてでも空手に没頭しないと、明日まで耐えられないんだよ。

 あの子は元々、悠人ゆうとさんに憧れてたみたいだし。

 今の由香里ゆかりよりのめりこでるとしたら、今が一番つらい時間だろうなぁ」


「他人事なんですね」


「私に何ができる訳でもないし。

 あの子を苦しみから解放できるのは、悠人ゆうとさんだけだもん。

 その悠人ゆうとさんが優衣ゆいに捕まってる今、なんにもできることはないよ」


 由香里ゆかりがふぅ、と小さく息をついた。


「それほど重症なのに、なぜあれほど抵抗するんでしょうね。

 素直に認めて、私たちと同じように悠人ゆうとさんの愛に溺れればいいのに。

 瑠那るなさん、必死に抵抗してますよね」


悠人ゆうとさんの『本当の愛』は、回数を重ねるごとに病みつきになっていく感じがする。

 でもあの子、まだそんなに経験してないよね? 今何回目だっけ?」


「この間ので五回目ぐらいじゃないですか? 私たちの半分くらいです。

 私たちは最初から受け入れてましたけど、瑠那るなさんはずっと抵抗してましたし。

 ――でもそれも、そろそろ限界だと思いますけどね」


 美雪みゆきが眉をひそめて応える。


「限界って、どういう意味?」


「私以上に『本当の愛』が欲しくなってるとしたら、今頃は気が狂うような時間を過ごしてるはずです。

 今はまだ夜七時――悠人ゆうとさんの『本当の愛』にありつけるまで、十二時間くらいあります。

 そんなの、耐えられる訳ないですよ」


 美雪みゆきが困ったように笑った。


「あはは、きっと今の私には想像できないくらいなんだろうね。

 そんな感覚は知りたくもないけど、いつか知ることになるのかなぁ」


「きっとそうですよ。たぶん、遠くないうちに」



 二人の少女の会話を聞きながら、ガラティアは夕食にひたすら食いついていた。


 『なんだか大変そうだなぁ』と他人事に思いながら、彼女は腹を膨らしていた。





****


 俺はようやく優衣ゆいから解放され、テーブルの上の携帯端末デバイスを手に取った――瑠那るなからのメッセージ?


 画面をタップして履歴を開く。



『たすけて』



 時刻は……午前二時ごろ。今は午前四時、二時間も前だ。


 俺は慌てて優衣ゆいの部屋を飛び出し、瑠那るなの部屋に向かった。



 瑠那るなの部屋のドアを叩いて声をかける。


瑠那るな?! どうした?!」


 中で気配がして、静かにドアが開く――そこには、下着姿で汗まみれになった瑠那るなが立っていた。


 一瞬、気圧されながらも俺は瑠那るなに告げる。


「どうした、何があった」


 瑠那るなは眉をひそめ、つらそうに涙を流しながら俺の胸に飛び込んできた。


「やっと本物に会えた! もうだめなの! いくら空手に打ち込んでも、悠人ゆうとを忘れられないのよ!

 お願い、早く私を私にして! あなたの愛を私に刻み込んでよ!」


瑠那るな……」


 胸の中でむせび泣く瑠那るなを抱きしめて、俺は困惑していた。


 こいつ、こんなに不安定な奴だったか?


「お願い! 早く!」


 俺を見上げて懇願してくる瑠那るなを、俺は抱え上げて唇を重ね、部屋に入っていった。





****


 朝、ホテルのレストランで優衣ゆいが呆れながら告げる。


「まさかあの子、夜までどころか朝までも耐えきれなかったっていうの?

 なんで悠人ゆうとさんに朝食すら食べさせないのよ」


 由香里ゆかりが大人びた笑みで応える。


「昨日一日、悠人ゆうとさんを朝から独占していた人は言うことが違いますね。説得力があります」


 美雪みゆきがニタリと笑って告げる。


「耐え切れなくなったらルームサービスぐらい取るでしょ。

 今日は瑠那るなの日なんだから、あとは悠人ゆうとさんに任せようよ」


 優衣ゆいがため息をついて告げる。


「そうね、それじゃあ私たちは、火照った身体を海で冷ましてきましょう。

 本当にこの効果、切れるんでしょうね? 鬱陶しくて仕方ないわ」


 由香里ゆかりが小さく息をついた。


「せっかく水着を買ったのに、悠人ゆうとさんにほとんど見てもらってません。

 これじゃあ買った意味がないですよ」


 美雪みゆきが告げる。


「ほんとだよねー。悠人ゆうとさんに見せるために買ったってのにさ。

 ねぇみんな、来週は午前中ぐらい我慢しようよ」


 優衣ゆいが頷いた。


「そうね、さすがに毎日朝から晩までじゃ、悠人ゆうとさんだって体力が持たないわ。

 普通に保養地で息抜きをしてもらいましょう」


 由香里ゆかりが静かに告げる。


「そうは言いますけど、当番の日に悠人ゆうとさんの水着を見て、午前中だけでも我慢できるんですか?」


 二人の女子は視線をそらし、静かにコーヒーを口にした。


 あの鍛えこまれた上半身を見て平常心を保つ自信など、三人にはなかった。



 女子たちは食事が終わると、水着に着替えてから今日も海へ繰り出した。





****


 悠人ゆうとはベッドで疲れ切って眠る瑠那るなの頭を撫でてから、ルームサービスでとったカレーを口にしていた。


 よほど疲れていたのか、体力を使い切るような愛の受け取り方をした瑠那るなは、気絶するように眠っている。


 時計を見る――午前十一時だ。瑠那るなが眠ってから、一時間くらいだろうか。


 あれほど不安定になっていた瑠那るなは、悠人ゆうとが愛を与えた途端に歓喜の涙を流していた。


 これほど極端な反応は、他の女子でもまだ見ていない。


 初期の由香里ゆかりが一番不安定だと思っていたが、それを遥かに上回る不安定ぶりだった。


 何がそこまで彼女を追いこんでしまったのか。悠人ゆうとには全く見当がつかなかった。


 元々自立心が高く自信に満ち溢れ、自分をしっかりと持った女子だった。


 こんなことになるはずがない子だ。


 今では自己の脆弱さは他の女子の比ではなかった。


 かつての彼女が、見る影もない。


 カレーを食べ終わった悠人ゆうとは、水着のままだった自分を思い出し、普段着に着替えようと席を立つ。


「――悠人ゆうと! どこに行くの?!」


 部屋から離れようとした悠人ゆうとのわずかな気配で、深く寝入っていたはずの瑠那るなが飛び起きていた。


 悠人ゆうとは絶望で顔面を蒼白にしている瑠那るなに近付き、優しく抱きしめた。


「どこにも行かない。今日は一日、お前のそばにいる。だから安心しろ」


「……良かった。お願い、もっと私を思い出させて。悠人ゆうとの愛を、忘れられないくらいに刻み込んで、お願い……」


 悠人ゆうとは額にキスをした後、瑠那るなと唇を重ねた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ