33.浜辺の保養所(1)
日曜日、異能検査の最終日だ。
俺は夜になって、女子たちと同じテーブルで大盛りカツ丼をがっついていた。
……今日は酷い目に遭った。
もう二度と、同じお願いは聞かないぞ。
胸に固く誓っていると、そばのテーブルにデュカリオンが座った。
デュカリオンが苦笑を浮かべて告げる。
「いくら若くても、無理はいけないよ?」
「無理だってことは、今日で思う存分思い知ったよ。もうやらん。
――それで、なんの用だ?」
デュカリオンが俺たちに告げる。
「明日で君たちはここを去る。
もちろん、朝一番で採血するけどね。
そのあとは保養所を貸し切って二週間、のんびり過ごすといい。
――それで、ここでの生活は楽しかったかい?」
俺は仏頂面で応える。
「お前のモルモットになってただけじゃないか
デュカリオンがクスクスと笑っていた。
「だが、君は女子たちにきちんと時間を作ってやれただろう?
一人一人、丁寧にだ。それも楽しくなかったというのかい?」
「……それに関しては、感謝している」
いくら夏休みに入っても、寮住まいの俺たちには味わえない体験だったろうし。
女子たちの顔を見ても、みんな満足した笑顔を浮かべていた。
デュカリオンが頷いて俺たちに告げる。
「君たちさえ良ければ、夏休みも来ないかい?
治験の続きを、良ければ引き受けてもらいたいんだ。どうだろうか」
美雪が明るい笑顔で告げる。
「いいんですか、また来ても?!」
デュカリオンが頷くと、由香里が大人っぽい微笑みで告げる。
「時間を有効活用できますし、同じ活動内容だったら不満はありません」
瑠那は少し悩んでいるようだ。
俺は瑠那に尋ねる。
「どうした瑠那、何を悩んでるんだ?」
瑠那は慌ててこちらを見て、顔を横に振っていた。
「ん? いや、大したことじゃないから! 私も楽しみだなって!」
優衣が指摘する様子がない。嘘ではないということか。
ティアも優衣も、笑顔でこちらを見てきた。どうやら異論はないみたいだ。
俺はデュカリオンを見て応える。
「じゃあまたその時には呼んでくれ。
ただし、今週みたいな限界濃度はもう、なるだけ控えてくれよ?」
あれを毎日は、さすがに嫌になる。
デュカリオンは笑顔で頷いた。
「ハハハ! わかってるよ。時間がたっぷりあるなら、今度こそ段階的に濃度を変えるさ。
保養所には職員も若干名いる。
もし体調が悪くなったら、彼らに告げるといい」
用意が良いことだ。俺はあきれながら食事を再開した。
「わかった。話はそれだけか?」
「今のところはね!
何か新しいことがわかったら、君に知らせよう。
それと、他の大人に相談しにくいことも、僕なら相談に乗ってあげられる。
いつでも気楽に相談してくれればいいよ」
あるのか? そんなこと。
デュカリオンは笑顔で立ち上がると、俺たちに手を振って立ち去っていった。
****
月曜日の朝、俺たちは血を抜かれた後、再びマイクロバスに乗りこんだ。行先は海辺の保養所だ。
俺の隣は由香里――月曜の曜日担当だ。
ゆかりは頬を染めながら俺に告げる。
「保養所、楽しみですね!」
「ああ、そうだな。しっかり海で遊んで来ようぜ」
海開きはまだだけど、プライベートビーチだから問題ないらしい。
俺たちは夏の陽光が降りしきる世界で、心を弾ませながらバスの中で過ごしていった。
海が見えてくると、女子たちはテンションを上げていた。
隣の由香里も、体に丁寧に日焼け止めを塗り始めていた。
……女子って大変なんだなぁ。
背後から優衣声が聞こえてくる。
「えっ?! ティアは日焼け止め持ってきてないの?!」
「日焼け止めってなーに?」
どうやら、ティアは日焼け止めを知らないらしい。
あんなに肌が白いのに、日焼け止めを使ってないのか。
後ろを覗き見ると、優衣が自分の日焼け止めをティアに塗ってあげているようだった。
……なんで日焼け止めすら知らないんだ? まさか、外出した経験がほとんどない?
俺は携帯端末を取り出し、デュカリオンにメッセージを送った。
(おい、ティアは入学までどういう生活をしてたんだよ)
『そんなことを知ってどうするんだい?』
(いいから教えろ)
『それまでは研究所の中で生活していたよ』
やっぱりか。それで日焼け止めを知らなかったのかな。
着信があり、俺はメッセージを確認する。
『ガラティアは肉体年齢も精神年齢も中学一年相当だけど、知識には漏れがある。君たちがサポートしてあげて欲しい』
(どういう意味だよ、それ。なんで回りくどい言い方してるんだよ)
『実年齢は違う、ということだよ。常識はなるだけインストールしてあるけどね』
(実年齢はいくつなんだよ?!)
『それは君が知る必要がないことさ。だが彼女は”原罪を知らない人間”だ。それがトラブルのもとになるかもしれない』
意味が分からない。
(俺にわかるように言えよ)
『キリスト教を知らないのかい?
知恵の実を食べたアダムとイブは、自分たちが裸であることを認識して恥を知って身体を隠した。
だけど彼女はアダムとイブの系譜ではないからね。”恥”という原罪を持たないのさ。
常識として服を着ることは教え込んだけど、彼女にとって裸は恥ではないんだ。
それがいつか、トラブルを起こすかもしれないけど、それを覚悟しておいて欲しい』
(あの年齢で裸を恥ずかしがらないって、凶器じゃねーか?! 恥もインストールしとけよ!)
『ハハハ! 努力はしたんだけど、希薄な恥の概念を植え付けるのが限界だったんだよ』
俺は頭を抱えてため息をついた。
言われてみれば、思い当る節がいくつかあった。
無邪気なだけかと思っていたけど、まさか裸を恥ずかしがらないなんて。
そんな子が海で水着に? トラブルの匂いしかしねーな……
俺は背もたれに身体を預け、遠くに見える海を視界に納めていた。
****
バスが保養所に着くと、全員がホテルにチェックインした。
俺は女子たちに振り向いて告げる。
「じゃあ水着に着替えてここに集合な!」
女子たちが返事をして、俺たちは自分の部屋に向かっていった。
エントランスに女子たちが集合した。
ティアだけが子供っぽいワンピースの水着で、他の女子は大人っぽいビキニタイプの水着だ。女子中学生の着る水着としては大冒険だと思う。
周りにはホテルの従業員しか居ないので、彼女たちもあまり気にはしていないみたいだ。
俺たちは保養所の売店でビーチパラソルやら日傘、帽子などを買いそろえた。
準備ができたので、ホテルの人に案内してもらった道を辿ってビーチに降りて行く。
熱々の砂の上をサンダルで歩きながら、適当な場所にビーチパラソルを立て、みんなでそこに荷物を置いた。
「それじゃ、海に入るとするか!」
俺は由香里と手をつなぎながら海に腰までつかり、身体をならしてから泳ぎ始めた。
由香里は泳ぎが得意ではないらしく、浅い所で俺の事を見つめているようだった。
他の女子は浅い所でボール遊びをしてるみたいだ。
みんな新薬の作用で体が火照ると言っていたし、水につかるのは気持ちが良いのだろう。
軽く泳いでから由香里のところに戻ると、彼女は俺の腕に強く抱き着くようにしがみついてきた。
「悠人さん。あっちに岩陰があるんです。少し見に行ってみませんか?」
「二人だけでか?」
由香里の目を見つめる――とろんとして、何かを期待するような目。それはこの二週間、さんざん見てきた眼差しだ。
彼女はおずおずと恥ずかしそうに告げる。
「もう……我慢できそうにないんです。少しでいいですから……だめ、ですか?」
その目を見ながら俺は、デュカリオンに言われた言葉を思い出していた。
『もう彼女たちは、君なしで生きられない』
異能検査の間、濃厚な一日を味わってしまった彼女は、もう夜まで俺を我慢できなくなってる。
お互いが水着姿というシチュエーションが、彼女の自制心を緩めてしまったのかもしれない。
俺は微笑みながら由香里の肩を抱いた。
「わかった。でも、少しだけだぞ」
恥ずかしそうに頷く由香里を連れて、俺たちは浜辺の岩陰に姿を消した。
****
美雪が岩陰に姿を消した悠人たちを遠くから見つめて告げる。
「あーあ、由香里ったら我慢の限界になっちゃったみたいだね。
外で悠人さんを求めるなんて、そんなに我慢できなかったのかな」
優衣がフッと笑みをこぼして告げる。
「気持ちはわかるわ。私だって、明日が待ち遠しくてしょうがないもの。
でも女子中学生が外でなんて、本当にもう私たち、後戻りが出来ないのね」
瑠那が深刻な顔でうつむいて告げる。
「やっぱりこんなの、不健全だよ。なんとかならないのかな」
美雪がニタリと微笑んで応える。
「だから、そう思うなら瑠那は『健全なお付き合い』をしたらいいじゃない。
私は自分が思う幸せを追求するだけだよ。
『健全なお付き合い』なら、瑠那は空手の相手だけしてもらえばいいんだし、水曜日の夜は私がもらってもいいよね」
瑠那が慌てて美雪に応える。
「駄目に決まってるじゃない! 私だって、必死に我慢してるのよ?!」
優衣が楽しそうに微笑んだ。
「ほら、自分で答えを言ってるわよ?
もう私たちは後戻りなんて出来ないの。
元から『共有する愛』なんていう、世間で認められない形を私たちは誓い合った。
今さら『中学生らしい恋愛がしたい』だなんて、無理だってわかってるでしょう?
自分に正直になって、幸せを追い求めればいいじゃない」
ガラティアは無邪気な笑顔で告げる。
「よくわからないけど、みんな自分に正直になればいいんだよ!
悠人の愛は神様の愛! 私たちの全部を受け止めてくれるんだから!」
優衣が苦笑を浮かべて告げる。
「ティアは無邪気よね。悠人さんを求める心とか、ないのかしら」
ガラティアはきょとんとした顔で応える。
「あると思うよ? 愛したいし、愛されたいと思うし。
でも我慢できないとかそういう気持ちは、全然わかんないかな」
瑠那が寂し気な笑みでガラティアを見つめた。
「あなたが羨ましい。そんな普通の恋心を私も持ちたかった。
――でももう無理ね。私たちは『本当の愛』を知ってしまったから。
悠人に愛されない自分なんて、もうそれは私たちじゃないんだもん」
その後、悠人たちは昼になっても姿を見せなかった。
優衣が女子たちを引率して昼食を取り、午後は再び水遊びに興じていた。
日が傾き始める頃、ようやく姿を見せた悠人が女子たちに告げる。
「すまん、みんなをほったらかしにして」
美雪が明るい笑顔で告げる。
「気にしないで! 月曜日は由香里の日だから!
あの子が悠人さんを独占しても構わない日なんだからさ!」
由香里は満足そうに悠人の腕に寄り掛かっていた。
悠人が周囲を見て告げる。
「そろそろホテルに戻ろうぜ。晩飯はなにかなぁ」
パラソルを片付けた悠人を先頭に、彼らはホテルへ戻っていった。




