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幸福な蟻地獄  作者: みつまめ つぼみ
第2章:幸福な蟻地獄

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30.錯覚の幸福

 土曜日の朝、研究所の食堂で、瑠那るなたち花鳥風月の四人が食事を取っていた。


 瑠那るなが暗い顔でつぶやく。


「まさか、本当にティアも仲間になるなんて……しかもまだ顔を見せないって、どういうこと?」


 優衣ゆいは静かな表情で食事を食べ進めていた。


「メッセージに既読が付かないわ。まだ続いてるのか寝てるのか、判断が付かないわね」


 由香里ゆかりが眉を逆立てながら告げる。


「こうなると、金曜日担当が一番有利じゃないですか!」


 美雪みゆきが諦めた表情で告げる。


「今まで割りを食ってたんだから、今日くらいは許してあげればいいじゃない。

 ――ところでみんな、気づいてる?」


 由香里ゆかりがきょとんとした顔で美雪みゆきを見た。


「何をですか? 何か変わったことがあったんですか?」


「私たちの異能、少し強くなってる。

 一昨日まで変化がなかったのに、昨日は薄い影でも強い力で操れるようになってきてる。

 異能者の異能が、こんな短期間で変化するなんて、聞いたことないよ」


 由香里ゆかりは眉をひそめて応える。


「私は別に、五日間なにも変わりませんでしたけど……」


 優衣ゆいが告げる。


「私は火曜日までできなかった、複数人の嘘を検出できるようになったわ。今はまだ、二人までだけどね」


 瑠那るなが告げる。


「私もレーザーの出力が一昨日から伸び始めてるわよ」


 美雪みゆきが考えながら告げる。


「……それって、みんな異能が強くなるタイミングがバラバラ、ってことだよね」


 由香里ゆかりが不安気な表情で告げる。


「このばらけ方、なんの意味があるんですか?」


 優衣ゆいが静かな瞳で朝食の皿を見つめていた。


「……由香里ゆかりに変化が無く、私は水曜日から、瑠那るなは木曜日から、そして美雪みゆきが金曜日から、ね。

 あとは、ティアが土曜日の今日、異能が強くなっていればつじつまはあってしまうわね」


 由香里ゆかりが小首を傾げて告げる。


「ですから、どういうことなんですか?」


「まだ気づかない? 曜日当番よ」


 女子三人が「あっ!」と声を上げた。


 瑠那るながうつむいて考えだした。


「そうか、悠人ゆうとと接触した子から順番に異能が強くなってるのか。

 ……でも、なんで由香里ゆかりに変化が無いの?」


 優衣ゆいが小さく息をついて応える。


「初日は採血だけだったもの。

 悠人ゆうとさんから聞いたけど、二日目からは新薬の治験を受けてるらしいの。

 たぶん、体液経由で私たちに影響が出てるのよ」


 美雪みゆきが苦笑いを浮かべた。


「体液って……生々しい表現はやめようよ。

 でもそれなら、由香里ゆかりの異能が火曜日から強化されたら、ビンゴって事になるね」


 由香里ゆかりが不安気な顔で告げる。


「それ、どうしたらいいんですか?

 私は別に、異能なんて強化されなくていいんですけど」


 優衣ゆいが水を一口飲んでから応える。


「異能を強化したくないなら、悠人ゆうとさんとの接触を諦めるのね。

 治験が終わってしばらくすれば、影響はなくなるはずだし」


「そんなの、耐えられる訳ないじゃないですか?!」


 優衣ゆいが楽し気な笑みで由香里ゆかりに告げる。


「それなら、異能の強化を受け入れることよ。

 私だって、この異能を強化なんてしたくないの。

 でも悠人ゆうとさんを求める心は止められない――答えは一つなのよ」


 女子三人が黙り込んでいた。


 一週間は長い。直前の夜には眠れなくなるほどの切なさで悠人ゆうとを切望してしまうほどに。


 そんな彼女たちが、悠人ゆうととの接触を断つなど、考えられる訳もなかった。


 優衣ゆいが立ち上がってトレイを持った。


「私はこれから、悠人ゆうとさんの部屋に行ってこの事を告げてくるわ――出てくれば、だけどね」


 立ち去る優衣ゆいの背中を三人は見送っていた。


 瑠那るなが告げる。


「私だって、これ以上出力が上がっても困るのよ。

 でも一週間耐えるのでさえ気が狂いそうなのに、それ以上待つなんて無理。

 ……どうしたらいいっていうの」


 美雪は明るい笑顔を浮かべていた。


「私は逆に、地味な異能で助かったかな。

 強化されても、大して出来る事は増えないし。

 だから思う存分、悠人ゆうとさんに愛を刻み込んでもらうよ」


 由香里ゆかりも眉をひそめて悩んでいた。


「私だって、もう今すぐにでも悠人ゆうとさんの胸に飛び込みたいです。

 それがお預けだなんて、私に死ねって言うようなものですよ」


 三者三様、それぞれの思いを胸に、女子は席を立ち、トレイをかたずけていった。





****


 俺は昼前になり、ようやく飯にありつけていた。


 大盛りのカツ丼を食っていると、俺の前にデュカリオンが座った。


 いつもの胡散臭い、人の良い笑みでデュカリオンが俺に告げる。


「やあ! 昨晩は大変だったみたいだね!」


「お前、そういうデリカシーのない発言はやめとけよ?」


 なにが『人体に害がない範囲の新薬』だ。


 優衣ゆいから女子たちに影響が出てると聞いて、もう俺はこいつの言葉が信じられなくなっていた。


 デュカリオンがニコニコと俺に告げる。


「先ほど、ガラティアの異能チェックをしてみた。

 彼女も異能が強化されているよ。

 どうやら予想通り、彼女たちにも賦活剤(アクティベーター)の影響が出てるみたいだね」


 俺はジロリとデュカリオンを睨み付けた。


「お前、わかってて俺に新薬を投与してたのか」


「まさか! 異能の事はわからないことが多いと言っただろう?

 金曜日までの女子のデータを鑑みて、仮説を立てていただけだよ。

 まさか、投与してすぐそこまで影響が出るとは思わなかった。

 だってあれ、ほとんど最低濃度だからね?」


「最低濃度でこんな顕著な結果がでるのかよ」


 デュカリオンがニコリと微笑んで俺を見た。


「多分、君を経由しているからだよ。

 賦活剤(アクティベーター)が、君の体内で変質したんだ。

 おそらく直接彼女たちに賦活剤(アクティベーター)を投与しても、これほどの結果は出なかったと思う。

 悪いけど食事が終わったら、血を少し取らせてくれ。こちらでも早急に調査をしておきたい」


「……いいけど。女子たちの変化はすぐに戻るのか?」


 デュカリオンは肩をすくめた。


「わからない。一時的なのか、永続的なのか。

 でも、永続的なら、異能開発分野において革新的な一歩だ。

 君自身の異能は大きく変化していないみたいなのにね。実に興味深い」


「他人事だと思いやがって……俺は良いけど、女子に迷惑がかかるならもう治験はうけねーぞ」


「まぁそう言わないで。

 保養所の使用期間を一週間から二週間に伸ばそう。

 一時的な強化なら、そのぐらいの期間で元に戻ると思う。

 だから来週も君には治験を続けてもらいたいんだよ」


「それで、女子の影響はどうなるんだよ」


「そのデータが欲しい、という意味だよ。

 だけど君が女子に迷惑をかけたくないなら、一番手っ取り早い方法があるだろう?」


 手っ取り早い?


「どんなだよ?」


 デュカリオンがニッコリ笑った。


「君が彼女たちと、肉体的な接触を行わなければいい。

 おそらく、君の体液を体内に入れなければ影響は出ない。

 空気感染や飛沫感染の類ではない、ということさ」


 俺は彼女たちが競うように俺のもとにやってきた、この一週間を思い出していた。


「それは多分、彼女たちには無理だ。

 あいつらはもう、俺と離れることが苦痛なんだ。

 俺はあいつらを笑顔にしたい。

 苦しむ姿なんて、見たくないんだ」


「ハハハ! そう言うと思ったよ!

 彼女たちが手遅れなのは、見ればわかるしね!」


 俺はデュカリオンを睨み付けて告げる。


「手遅れって、どういう意味だよ」


「そのまんまさ! もう彼女たちは、君なしで生きられない。

 君を失ってしまえば、命を絶ってしまいかねないくらいにね。

 彼女たちの笑顔を守りたいなら、もう君が一生彼女たちを背負うしかないのさ」


「……それは、どうにもできないのか?」


「んー、彼女たちの自由を奪って、君が彼女たちから離れれば……何年かで治療はできると思うよ?

 彼女たちが成人する頃には、だいぶマシになってるだろう。

 もちろん、君が二度と彼女たちの前に現れないことが条件になる」


 俺に、この島から出ていけってことか。


 ようやく見つけた生きがいを、俺は捨てなきゃいけないのか。


 悩んでいる俺に、デュカリオンが明るく告げる。


「もうこうなったら、素直に抱え込めばいいんじゃないか?

 離れるのが辛いなら、無理に離れなくたっていいだろう?

 その代わり、きちんと一生彼女たちを幸せにすることだ」


「……言われなくても、そのつもりだよ」


「ハハハ! そうそう、そのくらいでいいと思うよ!

 たとえ錯覚の幸福だったとしても、死ぬまで錯覚が続けば、それは真実の幸福と等価だ。

 君には、彼女たちに夢を見せ続ける責任があるだろう」


 なんだよ、それ。


 錯覚なんかじゃない。彼女たちは、俺といる時に心から幸福な笑顔を見せてくれる。


 こいつに何がわかるって言うんだ。


 デュカリオンは俺の顔を見ると満足げに頷いて席を立ち、立ち去っていった。


 俺はやけになってカツ丼を平らげると、お代わりをしてから部屋に戻った。


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