表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸福な蟻地獄  作者: みつまめ つぼみ
第2章:幸福な蟻地獄

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/67

29.悠人の異能

 演武を続けている瑠那るな携帯端末デバイスがメッセージの着信音を知らせた――悠人ゆうとから?!


 慌てて演武を中断し、携帯端末デバイスをテーブルから取り上げる。


 汗だくの瑠那るなが指でタップしていくと、悠人ゆうとから一通のメッセージが届いていた。



『五時からトレーニングルームで体を動かそうぜ』



 瑠那るなは震える指で『わかった』と返事をし、大きくため息をついた。


 時間を確認すると、もう午前四時半だ――由香里ゆかりの奴、まさかこの時間まで?!


 彼女の渇望にあきれた直後、自分もこの時間まで眠ることすら忘れて演武をしていた事実を認識した。


 ――他人のことなんて、言えないか。


 軽くシャワーで汗を流した後、瑠那るなは空手着を片手に、弾む心でトレーニングルームに向かった。





****


 俺がトレーニングルームでストレッチをしていると、瑠那るなが姿を見せた。


「お、よく早起きできたな。偉いぞ」


 瑠那るなは仏頂面で俺に応える。


「……あんた、もしかして寝てないんじゃないの?」


「これが終わったら、一寝入りするさ。それよりお前のロードワークを継続する方が大事だ」


 瑠那るなが顔を赤らめながら応える。


「馬鹿、こんなところに異能検査に来てまで、大事にする事じゃないでしょ?!」


 俺はきょとんと瑠那るなを見つめた。


「何言ってるんだ。毎日欠かさず続けることが大切だ。

 体調が悪いとかじゃない限り、きちんと身体を動かさないとな」


 赤い顔で黙り込んだ瑠那るなに俺は告げる。


「さすがに廊下を走るのは怒られそうだ。

 そこのランニングマシーンで一時間を目標に走り込もう」


 頷いた瑠那るなと一緒に、並んで置いてあるランニングマシーンに乗って走り出した。



 普段のロードワークと違って、自分のペースで走っても隣り合って居られる。


 だからなのか、瑠那るなは普段よりゆっくりとしたペースで走っているようだった。


「それがお前本来のペースか」


「そうみたい。いつもこの機械を使えれば、楽なのにね」


 広いトレーニングルームに、俺たちの足音と息遣いが響いて行く。


 三十分を過ぎる頃、瑠那るなが呆れた顔で俺に告げる。


悠人ゆうと、本当にそのペースで一時間走るの?!」


「だからそう言っただろう? 夜のロードワークをする時はこれで一時間、だいたい二十キロだ」


「あんた、陸上部に入ればいいんじゃないの?! こんなの高校生でもトップレベルでしょう?!」


「んー、興味が湧かない。俺は武術家だからな。走り込むのは武術のためだし」


 瑠那るなは走りながら、呆然と俺を見ていた。


「信じられない……入賞間違いないわよ、こんなペースで二十キロなんて」


「武術以外で評価される事に、興味が出ないんだよ。

 俺は強い男になりたかったんだ。

 守りたい奴を必ず守れるくらい、強い男にな」


 瑠那るなは頬を染めながら俺を見ていた。


「そっか、その体力づくりが、私たちの幸せを支えてる訳ね」


「皮肉な話だが、お前らの相手をしてなんとかなってるのは、そういうことだろうな。

 だけどお前らの笑顔がこれで守れるなら、それは俺の本望ってところだ」


「……でも、眠らずに由香里ゆかりの相手をしてたんじゃないの?」


「食事の後、一時間だけ眠らせてもらえたぞ?

 由香里ゆかりも体力がある方じゃないからな。少しは休憩がしたかったみたいだ」


 あいつは体が小さいし鍛えてる訳じゃないから、さすがに午前中から翌朝までぶっ通しなんて無理だ。


 朝から朝まで休みなく俺に愛をせがむ美雪みゆきが異常なだけだと思う。



 一時間のランニングが終わり、俺たちはマシーンを降りた。


「ふぅ。風を切れないから暑いな。じゃあ俺は少し寝てくる。

 検査までには起きると思うけど、寝過ごしてたら起こしてくれ」


 瑠那るなが優しい微笑みで俺に応える。


「任せといて。きっちり起こしてあげる」


 俺たちは並んでトレーニングルームを出て、自分たちの部屋へ向かった。





****


 俺たちは指示された通り、九時前にレクリレーションルームに集まっていた。


 白衣を着たデュカリオンが告げる。


「それぞれ、担当の職員の指示に従って欲しい。

 チェックをしながら異能を使うだけの、簡単な作業だよ。

 それじゃあ別れよう」


 女子たちが職員たちに連れられて、別室に向かった。


 俺の担当はデュカリオンらしい。


「あんた、本当に忙しいのか?」


 デュカリオンは笑顔で俺に応える。


「もちろんだとも! だけど今回、君には新薬の治験も受けてもらいたいからね。

 まずはそちらの説明からしようか」


 デュカリオンは胸ポケットから白いアンプルを取り出した。


 どこかで見たことがある――ああ、特効薬だ。


「なんで特効薬なんて持ってきてるんだ?」


「ハハハ! これは特効薬(アンチ・ネメシス)じゃないよ。新薬の賦活剤(アクティベーター)さ。

 特効薬を成分調整して、異能開発に特化させたものだ。

 まだ試作段階だから、ほとんど特効薬と変わらないけどね。

 君の状態を見て、徐々に濃度を上げていこうと思う」


「濃度? どういうことだ?」


 デュカリオンはアンプルを俺に見せ付けながら告げる。


「特効薬の主成分、星因子(ステラシード)はネメシスウィルスを体内で無害化するものだ。

 特効薬は人体に害がない濃度まで星因子(ステラシード)を希釈している。

 だから本来、ネメシスウィルスを無害化する効果以外はないはずだった。

 だけど君たち十代の子供たちは、星因子(ステラシード)に敏感に反応した。

 その結果が魔力の目覚めであり、異能の開花だ。

 ――ここまではいいかな?」


 俺は黙って頷いた。


 デュカリオンが笑顔で続ける。


「そこでだ。星因子(ステラシード)の濃度を上げれば、理論的には君たちの異能が強化されるはずなんだ。

 だけどいきなり高濃度を投与する訳にも行かない。

 だから段階的に濃度を上げていければと思ってる。

 もちろん途中で君に危険な兆候があれば、それ以上高濃度の星因子(ステラシード)は投与しない。

 納得できるなら、書類にサインしてくれ」


 そう言ってデュカリオンは俺にボードに張り付いた書類を差し出した。


 ……まぁ、危険なものではない、はずだよな。特効薬を濃くするだけの話だし。


 俺はペンを取って、書類の署名欄に名前を書いて行った。


「――これでいいか?」


「ああ、ありがとう。

 ではさっそく、このアンプルを打ってくれ。

 腕に押し付ければ、それで薬が肌に浸透する。特効薬と同じだね」


 俺は黙ってデュカリオンからアンプルを受け取り、自分の腕に押し当てた。


 カシュッという音と共に、腕から全身にぬるい何かが巡っていく。


「……不思議な感覚だな」


 デュカリオンは書類を取り出して何かを記していった。


「初回、この濃度は特に異常なし、だね。

 念のため、投与は一日一回だ。一時間の間は僕がついて様子を見る。

 ――じゃあ、君の異能検査を始めようか」


 デュカリオンが歩きだしたので、俺はその背中を追いながら声をかける。


「悪いけど、俺は自分の異能を制御できない」


「知ってるよ? 公式戦で使って以来、異能を発揮できないんだろう?

 だけど、たまには目一杯暴れてみてもいいんじゃないか?」


 どういう意味だろう?



 俺が連れて行かれたのは、十メートル四方の部屋だった。


 その中央に、人型のロボットらしきものが立っている。


 デュカリオンが俺に振り向いて告げる。


「あれは自律型格闘ボットで、格闘家の動きをインストールしてある。

 この一時間は、あれと遊んでみるといい。

 あれひとつで戦闘機を買える値段だけど、壊してしまっても構わないよ」


 ……おい、いくらするんだよ、あれ。


 俺は道着に着替え、部屋の中央に近づいた。


 するとロボットが俺に対して構えを取る――空手家の構えか。


 壊してもいいロボット相手なら、異能が暴発しても困らない。


 俺は久しぶりに血が騒いで、知らずに口角が上がっていた。


 構えを取り、習った呼吸法で体を整える。


 懐かしい高揚感が俺を包んでいく。


 足が床を掴み、一気にロボットとの距離を詰める――放った右拳が、ガードしようとするロボットの腕をすり抜けて胴体にヒットした。


 ぐにゃりと金属が曲がる手応えがあり、ゆっくりとロボットが吹き飛んでいく――この感覚、あの時の?!


 よくみると、世界がスローモーションで動いていた。


 おれはゆっくりと動く世界の中で、ただ一人変わらぬ速度で動き回る。


 吹き飛ぶロボットを追いかけて、なんども拳や蹴りを当てて行く。


 そのたびに金属が変形する手応えを得ながら、最後に蹴りを叩き付けた。


 ロボットは壁に叩き付けられ、世界の速度が戻っていった。


 荒い息でロボットが床に落ちるのを見守る。どうやら、もう動けなくなったみたいだ。


 デュカリオンの声が聞こえる。


「いいね! 賦活剤(アクティベーター)が刺激になって、君の異能が発動しやすくなったみたいだ!

 実にいい動きだった! 今回の映像は記録してあるから、見たくなったら言ってくれ」


 俺はデュカリオンに振り返って告げる。


「おい、ロボット壊れちまったけど、このあとはどうするんだ?」


「ん~、もっと格闘ボットを出してあげてもいいけど、今日は初めてだし、このぐらいにしておこう。

 一年ぶりに異能を発揮したんだ、無理はよくないだろうからね」


 確かに、身体がやたら疲れてる気がする。


 俺は頷いて道着から検査着に着替え、部屋に戻っていった。





****


 部屋のベッドで寝転がっていると、ドアがノックされた。


 ドアを開けると――優衣ゆいか。


 優衣ゆいは頬を紅潮させて微笑んでいた。


「今日は私の当番よ。忘れた訳じゃないでしょう?」


 俺は微笑んで優衣ゆいの頭を撫でた。


「忘れるわけが無いだろう? それで、どっちの部屋に行くんだ?」


 優衣ゆいが俺に抱き着いてきて告げる。


「もう、私の部屋まで我慢できないわ。

 このまま、この部屋でいいでしょ?」


 俺は優衣ゆいを部屋の中に居れてドアを閉めた。





****


 翌日は瑠那るなが俺の部屋に尋ねてきた。


 瑠那るなは真っ赤な顔で、目をそらしながら俺に告げる。


「その……今日は、私の番、よね」


 俺は瑠那るなの肩を抱いて、部屋の中に招いた。


 部屋に入った瑠那るながおずおずと俺に告げる。


「あの、今日は朝まで……居てもいい?」


 俺は瑠那るなの頭を抱きしめて耳元でささやく。


「お前が望むなら、ロードワークの時間もここに居ていいぞ。

 身体を動かすのは変わらないからな」


 頷いた瑠那るなが、とろけた瞳で俺に何かをねだるように見つめてきた。


 俺は瑠那るなと唇を重ねてから、抱え上げてベッドに連れて行った。





****


 翌朝は美雪みゆきが部屋を訪れた。


「やっほー! きたよー!」


 俺は苦笑を浮かべて応える。


「お前も待ちきれないタイプか?」


「あったりまえじゃん! 一週間は長いんだよ!」


「お前、俺を休ませてくれないからなぁ。

 せめて飯ぐらいは食いに行かせてくれよ?」


「しょーがないなぁ、それぐらいは許してあげる」


 唇を重ねながら部屋に入ってきた美雪みゆきを、俺は抱え上げた。





****


 翌朝、驚いたことにティアが俺の部屋を訪れた。


悠人ゆうと-! 生きてるー?!」


 俺は驚いて目を見開いていた。


「……ティア? まさか、お前もなのか?」


 ティアは無邪気な笑顔で部屋に入ってきた。


「そーだよー! みんなと同じことをしに来たんだ!

 でもいつも、みんなは悠人ゆうととなにをしてるの?」


 なんだか罪悪感を覚えるなぁ。


 こんな無邪気な子に?


「なぁティア、どうしても他の女子と同じことをしなきゃダメか?

 レクリレーションルームに行って、みんなで遊ぶとか――」


「だーめ! 今日は同じことをするって決めたの!

 私だけ仲間外れなの、良くないと思うし!」


 あ、こういう時のティアは譲らないパターンだ。


 俺は小さく息をついて、ゆっくりとティアに唇を重ねていった。





****


 朝になり、俺は携帯端末デバイスにロードワーク中止のメッセージを送信した。


悠人ゆうと! 早く続きやろう!」


 元気一杯で無邪気なティアが、俺の背中から催促してくる。


 こいつ、美雪みゆきよりタフだぞ……どうなってんだ?


 俺は携帯端末デバイスを机に置くと、苦笑を浮かべて、ティアの元へ戻っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ