25.もがけばもがくほど
ここからが「幸福な蟻地獄」本編です。
R15範囲にとどめているつもりですが、過激なシーンが含まれます。ご注意ください。
ゴールデンウィーク中の金曜日、早朝。悠人は疲れた体に鞭を打って家路を急ぎつつ、瑠那へ個人メッセージを送る。
(すまん、今日のロードワークは休みだ)
『そう、わかった』
夜が白む中、悠人は家路を急ぎながらぼやく。
「美雪のやつ、なんであんなに体力があるんだ?」
鍛えている悠人と変わらないか、下手をすればそれ以上のスタミナを感じていた。
間に休憩こそ挟むが、朝から翌朝まで、ひたすら愛を要求された。
それもまた可愛らしくて愛しいと思い応じているが、日課のロードワークには支障が出てしまう。
悠人は小さなため息をつきながら、男女六人のグループにもメッセージを送った。
(今日は金曜日だろ。朝からうちに来いよ)
彼女たちが了承していくのを確認してから、悠人は携帯端末をしまい、駆け出していった。
****
優衣が代表して悠人の部屋のロックを解除する――五人全員が、携帯端末を合鍵として登録していた。
買い物袋を手に、五人の女子が部屋に上がり込むと、案の定ベッドで大の字になって、悠人が寝息を立てていた。
眠そうな美雪が告げる。
「私も悠人さんに添い寝するけど、いいよね? ティア」
ガラティアは無邪気に頷いた。
「うん、いいよ! おやすみ、美雪!」
美雪はニヤリとガラティアに笑みを投げかけてから、寝転がる悠人に添い寝を始めた。
それを見ていた由香里が、あきれてため息をついた。
「朝まで悠人さんを独占しておいて、まだ延長する気なんですか。
どれだけ強欲なんでしょうね、この人」
優衣が小さく息をついて応える。
「曜日担当のティアが頷いたのだから、いいじゃない、別に。
瑠那は、疲れて寝ている悠人の顔を見て告げる。
「悠人がここまで疲れ果てるとか、美雪のスタミナはどうなってるのよ……」
床に腰を下ろした由香里が瑠那に応える。
「あなたも『本当の愛』を知りましたよね?
それなら、美雪さんの気持ちもわかるんじゃないですか?」
――悠人が与える、『本当の愛』。
古い自分が新しい自分になっていく感覚。
自分という器が悠人からの愛で満たされ、真の自分が完成するのだ。
特にこの感覚は、美雪のように何一つ満たされてこなかった女子に、てきめんに効果があるだろう。
心が渇望していた『もの』を、無償で浴びるように注いでくれるのが悠人なのだから。
美雪が最も長い時間、悠人を拘束しているのも、その辺りが原因なのだろうと、瑠那は予想した。
瑠那がふぅ、とため息をついて、床に座りながら告げる。
「しょうがないか。あの感覚は一度覚えたら、二度と忘れられないものね」
優衣が瑠那に微笑みながら告げる。
「あら、Sランク異能者である煌光回廊も、あれで心が満たされて病みつきになったの?
あなたがその感覚を覚えるだなんて、少し意外ね」
瑠那がジト目で優衣を見つめた。
「あのね……私だって、別に完璧な人間というわけじゃないのよ。
自分がわからなくて、不安に思うことだってあったの。
『本当の愛』を知るまでの私は、みんなと大して変わらなかったわよ」
由香里が大人びた微笑みで告げる。
「あら、それじゃあ『本当の愛』を知った今は完璧な人間だ、と言ってるように聞こえますよ?」
「そこまでは言わないけど、不確かだった自分が確かな形を得たのは間違いないわよ。
みんなだって、この感覚は一緒なんでしょ?」
優衣が頷いて応える。
「そうね、悠人さんに愛されて、初めて私は私になれた。
『本当の愛』で、『本当の自分』を教えてもらったのよ。
彼に愛してもらえる価値が、自分にはある――それこそが私の価値よ」
由香里も小さく頷いて告げる。
「この身体は悠人さんが愛してくれる身体ですから。
どれほど幼く見えようと、私には成熟した女としての価値があると悠人さんは教えてくれました。
私の心も体も、悠人さんが価値ある物だと教えてくれるんです」
瑠那は頭をかきながらため息をついた。
「――はぁ。やっぱりみんな同じ感覚か。
これ、恋愛依存の症状らしいわ。悠人からの愛で自分の価値を決めてしまうのって、本当はヤバいのよ。
早くやめた方が良いわよ、そんな不健全な在り方」
由香里は微笑みながら応える。
「不健全だろうと、あの感覚を忘れることなんてできませんよ。
愛されるたびに魂が震えて、何度でも生まれ変われるんですから。
繰り返すたびに歓喜が大きくなっていく実感があります。
瑠那さんも、二回目を経験すればわかりますよ」
優衣が楽しそうに目を細めた。
「不健全な恋愛依存だと思うなら、瑠那はもう悠人さんから愛されることはないのかしら。
それならあなたが担当している水曜日、私の担当にしてもいいわよね?」
瑠那が慌てて声を上げる。
「誰もそんなこと言ってないでしょ!
私だって悠人に愛されたいわよ! 勝手に取り上げないでくれる?!」
「だって、よくわからないけど不健全な恋愛なのでしょう?
それならあなたは、そんな不健全なことをやめればいいじゃない。
なぜ不健全とわかっていて、悠人さんの愛を求めるの?」
瑠那が悔しそうに応える。
「相手を好きになり過ぎるのがいけないだけよ!
だから自分がきちんと心を確かに持って、それで愛せばいいだけ!
愛を拒絶する必要まではないわ!」
由香里が楽しそうに微笑んだ。
「そうなんですか? 大変ですね。頑張ってください」
優衣も続いて瑠那に告げる。
「応援くらいはしてあげるわ。あなたは適度な愛で満足していればいいんじゃない?
私たちは全身全霊で悠人さんを愛するだけ。
それが『本当の愛』を教えてくれた、悠人さんにできる恩返しだもの」
――私だって、悠人を愛する心なら負けないわよ!
瑠那は歯を噛み締めながら、まだ眠っている悠人の横顔を見つめていた。
****
「ん……今、何時だ?」
俺が目を覚ますと、すぐそばで寝息が聞こえた――美雪か。
ゆっくりと身体を起こして時計を見る。午後四時過ぎって。寝過ぎたな。
「あ、起きた?」
瑠那の声に振り向くと、みんなはローテーブル周りに座って、思い思いのことをしてたみたいだ。
「すまん、俺が朝から来いって言っておいて、夕方まで寝るとか面目ない」
瑠那が俺に可愛らしい笑顔で微笑んだ。
「この一ヶ月、私たちに付き合いっぱなしで満足に寝てなかったでしょ。
昨日の美雪がとどめになったんじゃない?」
朝から朝までだったしなぁ。さすがにあれはきつかった。
「かもしれない。
だとしても、お前たちを放っておいて寝ていて良い理由にもならない。
本当にすまない、この埋め合わせは必ずする」
由香里が俺に優しく微笑んで告げる。
「大げさですよ、大丈夫です。
私たちは、悠人さんと同じ部屋に居られるだけで幸せなんですから」
優衣も大人びた微笑みで俺に告げる。
「たまにはゆっくり寝てもいいじゃない。
ゴールデンウィークも、もう終わるのよ?
疲れを残さない方が大事よ」
みんなに気を遣わせちゃってるな。本当に申し訳ないことをした。
ティアは床に寝転がって携帯端末で何かの映像を見ているようだった。
こいつは自分の担当曜日でも、気にせずマイペースだ。
俺は小さく息をついてみんなに告げる。
「そろそろ飯の時間だな。みんなで外に食べに行こうか」
女子たちが返事をして立ち上がった。
俺も美雪の肩を揺すって起こし、全員でファミレスに向かった。




