18.火曜日:優衣
朝、女子寮の食堂で、女子たちはテーブルを五人で囲んでいた。
美雪が眉をひそめた微笑みで告げる。
「あの彼シャツってさ、危ない薬みたいだよね。
あれを着てると彼への気持ちが抑えきれなくなるのに、着ていないと不安で仕方なくなるの。
着ない方が良いってわかってるのに、我慢できなくて身につけちゃう。
もう私たち、戻れないところに来ちゃったのかな」
優衣が苦笑を浮かべて応える。
「それだけ、悠人さんの存在が私たちにはまぶしすぎるのよ。
ほんの数日、行動を共にしていただけだけど、彼に幻滅する瞬間があった子は居る?」
その言葉に、四人は誰も言葉を返さなかった。
満足げに優衣が頷き、言葉を続ける。
「そうよね? むしろますます彼の存在が大きくなる一方だもの。
もう自分たちが彼なしで生きていけないって、思ってしまってるんじゃない?」
由香里がおずおずと告げる。
「それはそうなんですけど……優衣さんは違うんですか?
なんだか、とっても冷静に見えます」
優衣が目を細めて微笑んだ。
「冷静に見えるなら、努力してる甲斐があるわね。
でもきっとそれは、今日が私の担当曜日だからよ。
今日一日は私のためにあるんだもの。朝が待ち遠しかったわ」
瑠那が眉をひそめて告げる。
「優衣、何をするつもりなの?」
「それはまだ内緒。午後になったら自然とわかるわ」
楽しそうに微笑む優衣に、ガラティア以外の三人は不安を覚えていた。
いつものよく知っている優衣とどこが違う。だが何が違うのか、言葉にできなかった。
不安な気持ちで朝食を済ませ、五人は登校する支度をするために部屋に戻っていった。
****
放課後、俺は霧上や大石とファミレスで女子たちを待っていた。
大石が俺に告げる。
「やはりうちの空手部はレベルが高いな。身が引き締まるよ」
そうだろうなぁ。一度見ただけでもそれはわかったぐらいだし。
多分、地方上位レベルくらいの実力はある。
霧上が微笑んで俺に告げる。
「悠人、お前は部活に入らないのか」
「俺の放課後は彼女たちのためにある。だから部活に入る気はないよ」
霧上が真顔になって告げる。
「お前、きちんと自分の人生を生きているか?
他者に依存する人生では、幸福に至ることは難しいぞ」
俺は苦笑を浮かべて応える。
「文化部はやる気が起こらないし、運動部なら一人で身体を動かした方が効率が良い。
対人戦ができない以上、俺にとって部活動に価値がないってだけだよ。
それに彼女たちのために生きる人生ってのも、悪くないんじゃないかって思ってる」
「それならいいんだが……あまり多くを背負い込みすぎるなよ?」
「ああ、わかってる。サンキュー」
しばらくすると、海燕の女子五人が姿を見せる。
俺が手を挙げて合図をすると、俺の隣に優衣が座った。
大石が頬を引きつらせて俺に告げる。
「今日はその子か。一転して大人っぽい子だな。落差が激しくないか?」
俺は肩をすくめて応える。
「最年少と最年長だ。そりゃ落差くらいあるさ」
女子たちはやはり、ガラティア以外が俺と同じメニューを頼み、昼食を済ませていった。
大石が空手部に向かい、女子たちも食事が終わる。
「じゃあ霧上、また明日な」
「ああ、だが本当に気をつけろ」
「わかってる」
俺は女子たちを連れて六人で、ファミレスの外に向かった。
****
コンビニで買い物をした後、俺たちは女子寮の前に居た。
「なぁ、今日は女子寮なのか?」
俺は手をつないでいる優衣に告げた。
優衣はいたずらっ子のように微笑みながら応える。
「またこっそり中に入るわよ。今日は私の部屋ね」
オートロックを解除し、中に入る。途中、遠くに他の女子生徒の姿が見えてヒヤヒヤしていた。
だけど向こうは慣れているのか、あまりこちらを気にしてないみたいだ。
優衣が笑みをこぼして告げる。
「ふふ、だから言ったでしょう? 昼間に男子が訪ねてくるのは、それほど珍しくないの」
生徒一人に個室が割り当たってるから、ギリギリ許されてるんだろうなぁ。
優衣の部屋の前に来ると、ロックを解除した優衣が振り返って女子たちに告げる。
「それじゃあ、みんなはここまでね」
由香里と美雪が不満の声を上げ、瑠那は唖然としていた。
俺も意味がわからず、優衣に尋ねる。
「なぁ、ここまでってどういうことだ? みんなで過ごすんじゃないのか?」
優衣がいたずらっ子の笑みを浮かべて応える。
「あら、今日は私の担当曜日よ。どう使おうと私の自由。違ったかしら?」
その言葉の圧力で、由香里と美雪がおとなしく引き下がった。
ティアがきょとんとした顔で告げる。
「ねぇねぇ、二人きりになるの?」
「そうよ?」
ティアは無邪気な笑顔で応える。
「そっか! じゃあ頑張ってね!」
瑠那が不安げな表情で優衣に告げる。
「優衣、無茶しないでしょうね? あんた時々暴走するのよね」
「ふふ、心配しないで。暴走なんてしないわ」
俺は優衣に手を引かれ、部屋の中に入っていった。
****
俺は初めて入る優衣の部屋の匂いに、ドキドキと落ち着かない気分で上がっていった。
手を引かれるままに風呂場に連れて行かれ、優衣が告げる。
「着替えはさっき買ってきたわよね? 先にシャワーを浴びてほしいの」
「おいおい、昼間からシャワーか? なんでまた」
優衣がいたずらっ子の笑みで応える。
「いいから早く。可愛い彼女のお願いよ?」
「……わかった、今日はお前の日だもんな」
俺はコンビニで買ってきたTシャツと短パン、下着を手に持ち、脱衣所に入っていった。。
シャワーを浴び終わり、柔軟剤の香りがするタオルで頭を拭く。
脱衣所から出た俺は、優衣に尋ねる。
「なぁ、俺の服はどこにやったんだ?」
「そこにたたんでおいたわ」
ふと見ると、部屋の隅に丁寧にYシャツとズボンが四角くまとまっていた。上着はハンガーに掛けてある。
「俺が脱いだ下着は?」
「あれはあとで洗濯しておくわ。また来週、この部屋に来たときに使えるでしょう?」
……来週も同じことをする気なのか。
俺が制服を着ようと手を伸ばすと、優衣がその手を掴んで止めた。
「制服は着ないで、そのまま、ベッドに横になってほしいの」
「……わかった」
俺はゆっくりとベッドに横たわり、枕に頭を埋めた。柔らかい枕だなぁ。
ふわりと優衣の香りがまとわりついてきて、なんだか変に意識しそうだ。
部屋着に着替え終わっていた優衣が、ベッドに横たわる俺に身を寄せた。
俺の胸に身体を預ける優衣に戸惑い、俺は告げる。
「なぁ、どういうことだ? お前は何をしたいんだ?」
「この部屋に、この身体に、悠人さんを刻みつけておきたいの。
一週間の寂しさに耐えられるくらいに、しっかりと、確かに。
だから今は、黙って寄りかからせて」
薄着の男女がベッドで抱き合うだなんて、いくらなんでも俺には刺激が強すぎる。
だけど優衣は有無を言わさない勢いで俺に望みを告げてくる。
――俺は今日、こいつの望みを叶えるためにここに居る。こいつが幸福なら、それでいいか。
優衣の女性らしい身体の感触が、俺に食い込んでくる。
俺は黙って優衣を抱きしめて、頭を撫でてやっていた。
夕食時が近づき、優衣が告げる。
「ちょっと食事をしてくるわ。悠人さんも、食事を済ませておいて」
俺が手を離すと、優衣は名残惜しそうに立ち上がって部屋を出て行った。
「――ふぅ。俺の自制心、なんとかもってくれたな」
高一男子には、刺激があまりにも強い。
優衣の匂いで、頭がどうにかなってしまいそうだった。
俺はコンビニで買ってきた飯を食いながら、必死に気分をリセットするよう努めていた。
****
女子寮の食堂で、優衣は黙々と夕食を口に運んでいた。
由香里が不安げな表情で告げる。
「もう悠人さんは帰ったんですよね?」
「いいえ? まだ部屋に居るわ」
美雪が驚いて声を上げる。
「嘘?! 何で居るの?! もう午後六時よ?!」
優衣が余裕の笑みで応える。
「そこは認識が違うわ。『まだ』六時なのよ。
――そういえば、細かいルールを決めてなかったわね。
日付変更で担当が変わるのは現実的ではないし、次の日の朝六時までが曜日担当。それでいいわよね?」
その言葉の意味を、ガラティア以外の三人はすぐに察していた。
瑠那が恐る恐る告げる。
「まさか、あいつを泊める気?」
「泊めはしないわ。いくらなんでも大問題になってしまうもの。
でも夜遅くまで居てもらうつもりよ」
美雪がため息をついて告げる。
「大胆なことをするね。この女子寮でも前代未聞じゃないの? そんなの」
「知られてないだけなんじゃない? 別に不思議なことではないわよ。
――ごちそうさま。先に戻るわ」
手早く夕食を済ませた優衣が、部屋に戻っていった。
残された女子は、呆然と優衣の背中を見送った。
****
俺は飯を食い終わり、手持ち無沙汰で黙ってテーブルを見つめていた。
……部屋を見回してみたいけど、それもできないしなぁ。
うずく好奇心を黙らせながら、俺は優衣が戻ってくるのを待っていた。
玄関ドアが開く音がして、優衣が部屋に戻ってくる。
「あら、どうしたの? テーブルなんて見つめちゃって」
「勝手に部屋を観察するわけにも行かないだろ」
「ふふ、そんなこと気にする必要ないのに。もう恋人同士なのよ?
私のものはあなたのもの。この部屋の中にあるもの全て、あなたの手の中にあるの」
そんなむちゃくちゃな……。
俺は再びベッドに誘導されて、横たわって枕に頭を埋めた。
「続きをするのか?」
「ええ、そうよ。まだまだ全然、足りないんだもの」
再び俺の身体にのしかかり、優衣の頭が俺の胸に乗せられた。
俺は食い込んでくる優衣の身体の誘惑にあらがいつつ、彼女に告げる。
「なぁ、もう何時間もこうしてるだけなのに、それでいいのか?」
「こうしてあなたの身体や香りを実感している間、私は至福に満ち足りているわ。それでは不満?」
「俺は構わないけど……話をしなくて良いのか?」
「言葉なんて必要ないわ。あなたの存在そのものを刻みつけたいの。
こうしてあなたが私の匂いに包まれていくのも、興奮を覚えているわ」
そりゃまぁ、優衣の匂いが染みついてもおかしくないけどなぁ。動物のマーキングか?
俺たちは再び無言で抱き合ったまま、二時間くらいが経過した。
ふと優衣が告げる。
「シャワーを浴びてくるわ。恥ずかしいから電気を消すけど、構わないわよね?」
「……いいけど」
今さら、風呂上がりの姿を見られて恥ずかしいものかなぁ?
週末に散々見たような気がするんだけど。
部屋の電気を落とした優衣がバスルームに消えていき、俺はベッドの上でため息をついた。
どうやら、まだ帰してはもらえないみたいだ。何時まで居させるつもりだろう。
うっすらとバスルームからの灯りが漏れる中、俺は黙って天井を見上げて待っていた。
シャワーから優衣が上がる音がして、すぐにバスルームのドアが開かれる。
暗闇で近づいてくる優衣の気配に、俺は尋ねる。
「どうした? 電気はつけないのか?」
返事は聞こえず、ベッドがきしみ、俺の身体に優衣がしなだれかかってきた。
――こいつ、下着しか着けてない?!
「おい優衣、何を――」
俺の唇を、優衣の唇が塞いでいた。
そっと唇を離した優衣が、俺に告げる。
「だから言ったでしょ、恥ずかしいって」
……こういう意味だとは思ってねぇよ。
優衣はシャワーの前よりきつく強く俺に抱きついてきた。
風呂上がりの女子の匂いが、俺の脳髄をしびれさせて正常な判断力を奪っていく。
「ねぇ、あなたの好きにしていいのよ?」
「……恋人同士でも、これ以上はだめだろう」
俺の拒絶の言葉に、優衣が沈黙で返してきた。
一度身体を離した優衣から、わずかな物音がして、再び優衣が身体を密着させてくる――こいつ、下着まで?!
優衣の切ない声が聞こえてくる。
「ねぇ、お願い。悠人さんという存在を、私の身体に刻み込んでほしいの。
もう私は、あなたなしでは生きられない。
あなたがいて、初めて私は私で居られるの。
だからお願い、私に愛を刻み込んで」
その本能に訴えてくる声とともに、俺の唇が再び塞がれていた。
俺はしびれていく脳髄の感覚だけを覚えていた。
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深夜、花鳥風月のグループメッセージに優衣からの送信が入った。
『彼の”初めて”は私のものよ』
その意味を、瑠那、美雪、由香里は正しく理解した。
瑠那は頭を抱えてため息をつく。
「……やっぱり、暴走してるじゃない」
優しい悠人が、必死になった優衣を拒絶できるわけがない。
翌朝のロードワーク、気が重いなぁ。
瑠那はもう一度ため息をつくと、携帯端末を机に置いてベッドに入った。
いよいよ泥沼開始です。




