表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸福な蟻地獄  作者: みつまめ つぼみ
第1章:囚われる少女たち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/68

18.火曜日:優衣

 朝、女子寮の食堂で、女子たちはテーブルを五人で囲んでいた。


 美雪みゆきが眉をひそめた微笑みで告げる。


「あの彼シャツってさ、危ない薬みたいだよね。

 あれを着てると彼への気持ちが抑えきれなくなるのに、着ていないと不安で仕方なくなるの。

 着ない方が良いってわかってるのに、我慢できなくて身につけちゃう。

 もう私たち、戻れないところに来ちゃったのかな」


 優衣ゆいが苦笑を浮かべて応える。


「それだけ、悠人ゆうとさんの存在が私たちにはまぶしすぎるのよ。

 ほんの数日、行動を共にしていただけだけど、彼に幻滅する瞬間があった子は居る?」


 その言葉に、四人は誰も言葉を返さなかった。


 満足げに優衣ゆいが頷き、言葉を続ける。


「そうよね? むしろますます彼の存在が大きくなる一方だもの。

 もう自分たちが彼なしで生きていけないって、思ってしまってるんじゃない?」


 由香里ゆかりがおずおずと告げる。


「それはそうなんですけど……優衣ゆいさんは違うんですか?

 なんだか、とっても冷静に見えます」


 優衣ゆいが目を細めて微笑んだ。


「冷静に見えるなら、努力してる甲斐があるわね。

 でもきっとそれは、今日が私の担当曜日だからよ。

 今日一日は私のためにあるんだもの。朝が待ち遠しかったわ」


 瑠那るなが眉をひそめて告げる。


優衣ゆい、何をするつもりなの?」


「それはまだ内緒。午後になったら自然とわかるわ」


 楽しそうに微笑む優衣ゆいに、ガラティア以外の三人は不安を覚えていた。


 いつものよく知っている優衣ゆいとどこが違う。だが何が違うのか、言葉にできなかった。


 不安な気持ちで朝食を済ませ、五人は登校する支度をするために部屋に戻っていった。





****


 放課後、俺は霧上きりがみや大石とファミレスで女子たちを待っていた。


 大石が俺に告げる。


「やはりうちの空手部はレベルが高いな。身が引き締まるよ」


 そうだろうなぁ。一度見ただけでもそれはわかったぐらいだし。


 多分、地方上位レベルくらいの実力はある。


 霧上きりがみが微笑んで俺に告げる。


悠人ゆうと、お前は部活に入らないのか」


「俺の放課後は彼女たちのためにある。だから部活に入る気はないよ」


 霧上きりがみが真顔になって告げる。


「お前、きちんと自分の人生を生きているか?

 他者に依存する人生では、幸福に至ることは難しいぞ」


 俺は苦笑を浮かべて応える。


「文化部はやる気が起こらないし、運動部なら一人で身体を動かした方が効率が良い。

 対人戦ができない以上、俺にとって部活動に価値がないってだけだよ。

 それに彼女たちのために生きる人生ってのも、悪くないんじゃないかって思ってる」


「それならいいんだが……あまり多くを背負い込みすぎるなよ?」


「ああ、わかってる。サンキュー」



 しばらくすると、海燕うみつばめの女子五人が姿を見せる。


 俺が手を挙げて合図をすると、俺の隣に優衣ゆいが座った。


 大石が頬を引きつらせて俺に告げる。


「今日はその子か。一転して大人っぽい子だな。落差が激しくないか?」


 俺は肩をすくめて応える。


「最年少と最年長だ。そりゃ落差くらいあるさ」


 女子たちはやはり、ガラティア以外が俺と同じメニューを頼み、昼食を済ませていった。


 大石が空手部に向かい、女子たちも食事が終わる。


「じゃあ霧上きりがみ、また明日な」


「ああ、だが本当に気をつけろ」


「わかってる」


 俺は女子たちを連れて六人で、ファミレスの外に向かった。





****


 コンビニで買い物をした後、俺たちは女子寮の前に居た。


「なぁ、今日は女子寮なのか?」


 俺は手をつないでいる優衣ゆいに告げた。


 優衣ゆいはいたずらっ子のように微笑みながら応える。


「またこっそり中に入るわよ。今日は私の部屋ね」


 オートロックを解除し、中に入る。途中、遠くに他の女子生徒の姿が見えてヒヤヒヤしていた。


 だけど向こうは慣れているのか、あまりこちらを気にしてないみたいだ。


 優衣ゆいが笑みをこぼして告げる。


「ふふ、だから言ったでしょう? 昼間に男子が訪ねてくるのは、それほど珍しくないの」


 生徒一人に個室が割り当たってるから、ギリギリ許されてるんだろうなぁ。


 優衣ゆいの部屋の前に来ると、ロックを解除した優衣ゆいが振り返って女子たちに告げる。


「それじゃあ、みんなはここまでね」


 由香里ゆかり美雪みゆきが不満の声を上げ、瑠那るなは唖然としていた。


 俺も意味がわからず、優衣ゆいに尋ねる。


「なぁ、ここまでってどういうことだ? みんなで過ごすんじゃないのか?」


 優衣ゆいがいたずらっ子の笑みを浮かべて応える。


「あら、今日は私の担当曜日よ。どう使おうと私の自由。違ったかしら?」


 その言葉の圧力で、由香里ゆかり美雪みゆきがおとなしく引き下がった。


 ティアがきょとんとした顔で告げる。


「ねぇねぇ、二人きりになるの?」


「そうよ?」


 ティアは無邪気な笑顔で応える。


「そっか! じゃあ頑張ってね!」


 瑠那るなが不安げな表情で優衣ゆいに告げる。


優衣ゆい、無茶しないでしょうね? あんた時々暴走するのよね」


「ふふ、心配しないで。暴走なんてしないわ」


 俺は優衣ゆいに手を引かれ、部屋の中に入っていった。





****


 俺は初めて入る優衣ゆいの部屋の匂いに、ドキドキと落ち着かない気分で上がっていった。


 手を引かれるままに風呂場に連れて行かれ、優衣ゆいが告げる。


「着替えはさっき買ってきたわよね? 先にシャワーを浴びてほしいの」


「おいおい、昼間からシャワーか? なんでまた」


 優衣ゆいがいたずらっ子の笑みで応える。


「いいから早く。可愛い彼女のお願いよ?」


「……わかった、今日はお前の日だもんな」


 俺はコンビニで買ってきたTシャツと短パン、下着を手に持ち、脱衣所に入っていった。。



 シャワーを浴び終わり、柔軟剤の香りがするタオルで頭を拭く。


 脱衣所から出た俺は、優衣ゆいに尋ねる。


「なぁ、俺の服はどこにやったんだ?」


「そこにたたんでおいたわ」


 ふと見ると、部屋の隅に丁寧にYシャツとズボンが四角くまとまっていた。上着はハンガーに掛けてある。


「俺が脱いだ下着は?」


「あれはあとで洗濯しておくわ。また来週、この部屋に来たときに使えるでしょう?」


 ……来週も同じことをする気なのか。


 俺が制服を着ようと手を伸ばすと、優衣ゆいがその手を掴んで止めた。


「制服は着ないで、そのまま、ベッドに横になってほしいの」


「……わかった」


 俺はゆっくりとベッドに横たわり、枕に頭を埋めた。柔らかい枕だなぁ。


 ふわりと優衣ゆいの香りがまとわりついてきて、なんだか変に意識しそうだ。


 部屋着に着替え終わっていた優衣ゆいが、ベッドに横たわる俺に身を寄せた。


 俺の胸に身体を預ける優衣ゆいに戸惑い、俺は告げる。


「なぁ、どういうことだ? お前は何をしたいんだ?」


「この部屋に、この身体に、悠人ゆうとさんを刻みつけておきたいの。

 一週間の寂しさに耐えられるくらいに、しっかりと、確かに。

 だから今は、黙って寄りかからせて」


 薄着の男女がベッドで抱き合うだなんて、いくらなんでも俺には刺激が強すぎる。


 だけど優衣ゆいは有無を言わさない勢いで俺に望みを告げてくる。


 ――俺は今日、こいつの望みを叶えるためにここに居る。こいつが幸福なら、それでいいか。


 優衣ゆいの女性らしい身体の感触が、俺に食い込んでくる。


 俺は黙って優衣ゆいを抱きしめて、頭を撫でてやっていた。



 夕食時が近づき、優衣ゆいが告げる。


「ちょっと食事をしてくるわ。悠人ゆうとさんも、食事を済ませておいて」


 俺が手を離すと、優衣ゆいは名残惜しそうに立ち上がって部屋を出て行った。


「――ふぅ。俺の自制心、なんとかもってくれたな」


 高一男子には、刺激があまりにも強い。


 優衣ゆいの匂いで、頭がどうにかなってしまいそうだった。


 俺はコンビニで買ってきた飯を食いながら、必死に気分をリセットするよう努めていた。





****


 女子寮の食堂で、優衣ゆいは黙々と夕食を口に運んでいた。


 由香里ゆかりが不安げな表情で告げる。


「もう悠人ゆうとさんは帰ったんですよね?」


「いいえ? まだ部屋に居るわ」


 美雪みゆきが驚いて声を上げる。


「嘘?! 何で居るの?! もう午後六時よ?!」


 優衣ゆいが余裕の笑みで応える。


「そこは認識が違うわ。『まだ』六時なのよ。

 ――そういえば、細かいルールを決めてなかったわね。

 日付変更で担当が変わるのは現実的ではないし、次の日の朝六時までが曜日担当。それでいいわよね?」


 その言葉の意味を、ガラティア以外の三人はすぐに察していた。


 瑠那るなが恐る恐る告げる。


「まさか、あいつを泊める気?」


「泊めはしないわ。いくらなんでも大問題になってしまうもの。

 でも夜遅くまで居てもらうつもりよ」


 美雪みゆきがため息をついて告げる。


「大胆なことをするね。この女子寮でも前代未聞じゃないの? そんなの」


「知られてないだけなんじゃない? 別に不思議なことではないわよ。

 ――ごちそうさま。先に戻るわ」


 手早く夕食を済ませた優衣ゆいが、部屋に戻っていった。


 残された女子は、呆然と優衣ゆいの背中を見送った。





****


 俺は飯を食い終わり、手持ち無沙汰で黙ってテーブルを見つめていた。


 ……部屋を見回してみたいけど、それもできないしなぁ。


 うずく好奇心を黙らせながら、俺は優衣ゆいが戻ってくるのを待っていた。


 玄関ドアが開く音がして、優衣ゆいが部屋に戻ってくる。


「あら、どうしたの? テーブルなんて見つめちゃって」


「勝手に部屋を観察するわけにも行かないだろ」


「ふふ、そんなこと気にする必要ないのに。もう恋人同士なのよ?

 私のものはあなたのもの。この部屋の中にあるもの全て、あなたの手の中にあるの」


 そんなむちゃくちゃな……。


 俺は再びベッドに誘導されて、横たわって枕に頭を埋めた。


「続きをするのか?」


「ええ、そうよ。まだまだ全然、足りないんだもの」


 再び俺の身体にのしかかり、優衣ゆいの頭が俺の胸に乗せられた。


 俺は食い込んでくる優衣ゆいの身体の誘惑にあらがいつつ、彼女に告げる。


「なぁ、もう何時間もこうしてるだけなのに、それでいいのか?」


「こうしてあなたの身体や香りを実感している間、私は至福に満ち足りているわ。それでは不満?」


「俺は構わないけど……話をしなくて良いのか?」


「言葉なんて必要ないわ。あなたの存在そのものを刻みつけたいの。

 こうしてあなたが私の匂いに包まれていくのも、興奮を覚えているわ」


 そりゃまぁ、優衣ゆいの匂いが染みついてもおかしくないけどなぁ。動物のマーキングか?



 俺たちは再び無言で抱き合ったまま、二時間くらいが経過した。


 ふと優衣ゆいが告げる。


「シャワーを浴びてくるわ。恥ずかしいから電気を消すけど、構わないわよね?」


「……いいけど」


 今さら、風呂上がりの姿を見られて恥ずかしいものかなぁ?


 週末に散々見たような気がするんだけど。


 部屋の電気を落とした優衣ゆいがバスルームに消えていき、俺はベッドの上でため息をついた。


 どうやら、まだ帰してはもらえないみたいだ。何時まで居させるつもりだろう。



 うっすらとバスルームからの灯りが漏れる中、俺は黙って天井を見上げて待っていた。


 シャワーから優衣ゆいが上がる音がして、すぐにバスルームのドアが開かれる。


 暗闇で近づいてくる優衣ゆいの気配に、俺は尋ねる。


「どうした? 電気はつけないのか?」


 返事は聞こえず、ベッドがきしみ、俺の身体に優衣ゆいがしなだれかかってきた。


 ――こいつ、下着しか着けてない?!


「おい優衣ゆい、何を――」


 俺の唇を、優衣ゆいの唇が塞いでいた。


 そっと唇を離した優衣ゆいが、俺に告げる。


「だから言ったでしょ、恥ずかしいって」


 ……こういう意味だとは思ってねぇよ。


 優衣ゆいはシャワーの前よりきつく強く俺に抱きついてきた。


 風呂上がりの女子の匂いが、俺の脳髄をしびれさせて正常な判断力を奪っていく。


「ねぇ、あなたの好きにしていいのよ?」


「……恋人同士でも、これ以上はだめだろう」


 俺の拒絶の言葉に、優衣ゆいが沈黙で返してきた。


 一度身体を離した優衣ゆいから、わずかな物音がして、再び優衣ゆいが身体を密着させてくる――こいつ、下着まで?!


 優衣ゆいの切ない声が聞こえてくる。


「ねぇ、お願い。悠人ゆうとさんという存在を、私の身体に刻み込んでほしいの。

 もう私は、あなたなしでは生きられない。

 あなたがいて、初めて私は私で居られるの。

 だからお願い、私に愛を刻み込んで」


 その本能に訴えてくる声とともに、俺の唇が再び塞がれていた。


 俺はしびれていく脳髄の感覚だけを覚えていた。





****


 深夜、花鳥風月のグループメッセージに優衣ゆいからの送信が入った。



『彼の”初めて”は私のものよ』



 その意味を、瑠那るな美雪みゆき由香里ゆかりは正しく理解した。



 瑠那るなは頭を抱えてため息をつく。


「……やっぱり、暴走してるじゃない」


 優しい悠人ゆうとが、必死になった優衣ゆいを拒絶できるわけがない。


 翌朝のロードワーク、気が重いなぁ。


 瑠那るなはもう一度ため息をつくと、携帯端末デバイスを机に置いてベッドに入った。








いよいよ泥沼開始です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ