16.明くる朝
朝五時、女子寮前では瑠那が待ちくたびれたように、静かにたたずんでいた。
瑠那が不機嫌そうに俺に告げる。
「遅い! 何分待たせるのよ!」
俺は携帯端末を取り出して時間を確認する――五時五分前だ。
「遅いって……待ち合わせの時間より早いぞ?
お前、いったい何時から待ってたんだ?」
急に真っ赤になった瑠那が、俺にかみついてくる。
「ああもう! 男は細かいことをきにすんな!」
自分が言い出したくせに……。ん?
「なぁ瑠那、お前化粧でもしてるのか?」
「……してないけど。ロードワークで化粧なんて、するわけないでしょ。汗で落ちるんだし」
俺は腕を組んでまじまじと瑠那の顔を見つめる。
「でもなぁ。お前、昨日よりなんだかきれいになってないか? 印象が違うんだけど」
ぼふっと音がしそうなほど真っ赤になった瑠那が、うつむいてぼそぼそと告げる。
「――」
「え? なんだって?」
「――そういうこと言うの、ずるいって言ったの!」
なんで俺が怒られるんだろう?
「まぁいいや、それより始めるぞ」
俺が走り出すと、瑠那も渋々という顔で走り始めた。
だけどまるで雪の日に尻尾を振って走り回る犬のように、軽快な足取りだ。
いつもの俺のペースなのに、一昨日とまるで違うんだな。何がそんなに嬉しいんだろう。
俺はペースメーカーとして走りつつ、違和感を覚えていたので背後の瑠那に気を配っていた。
そして四分の一を過ぎる頃――
「――瑠那!」
ぐらりと傾いた瑠那の身体を、俺は慌てて駆け寄って支えた。
「あっぶねぇな、体調が悪いなら言えよ。そんな日にロードワークなんてやるもんじゃねーぞ」
青い顔の瑠那が応える。
「調子が悪いんじゃないわ。ちょっと寝不足なだけよ」
「お前、何時に寝たんだよ」
「……三時」
二時間前じゃねーか?!
「何時に起きた?!」
「…………四時」
「一時間睡眠?! そんな体調でロードワークに出るな!
倒れて当たり前だ馬鹿!」
「……馬鹿とは何よ」
「いいからおぶされ! 今日はこれで切り上げだ!」
俺は瑠那を背中に背負い、元来た道を戻っていく。
「今日はお前、学校休め」
「……やだ」
「なんでだよ? 倒れるような体調なんだから、休んだ方が良いだろうに」
「……休んだら、ファミレス行けないじゃない」
こいつ、今日みんなで再会するのがそんなに楽しみだったのか。
俺とはこうして会ったってのに、みんなで会う時間がよっぽど大切なんだな。
「じゃあお前、学校行ったら保健室に行け。
学校が終わるまで『貧血だ』とでも言って寝かせてもらえ」
「……わかった」
ようやく頷いてくれたか。
「お前、眠れないときに眠るコツを知ってるか」
「……なによ、それ」
「身体を動かすんだよ。静かに、正確にな。
心を落ち着けて、ただ空手の型をなぞることに集中してみろ。
一通り動かす頃には、少しは気分が落ち着くはずだ」
「……試してみる」
「おう、そうしろ」
しばらくおぶって歩いていると、瑠那が耳元で告げてくる。
「……あんたは、そうやって昨日は眠ったの?」
「そうだぞ? 親父に習った套路を思い出してなぞっていた。
一年ぶりだから、切れも悪いし流れも悪い。とても人に見せられるものじゃないけどな」
「……そっか。あんたも寂しかったのね」
「悪いか?」
「……ううん、全然」
俺たちは女子寮に付くまで、無言で体温を交換しあいながら、朝の時間を過ごしていった。
****
悠人に女子寮まで送られた瑠那は、ゆっくりと部屋に戻っていった。
ぬるいシャワーで身体を洗い流し、小さく息をつく。
「あーあ、あいつの匂い、流れちゃった」
それはとても残念なことだが、学校が終わればまた悠人に会うことになる。
ロードワークで汗をかいた状態で、会えるわけもない。
部屋に戻り、制服に着替えてから、丁寧にたたんであるYシャツを抱きしめ、顔を埋めた。
まだ残る悠人の香りを胸に吸い込みながら、瑠那は朝食の時間まで過ごしていた。
****
女子寮の朝食の席で、瑠那は仲間たちの様子に驚いていた。
「みんな、なんだか肌がきれいになってない?」
三人が寝不足のようで、目の下にうっすらくまを作っているが、肌の色艶はやたらとよかった。
優衣が優しく微笑んで応える。
「あら、そういう瑠那こそきれいになってるわよ?
ロードワークはどうだった?」
瑠那がため息をついて応える。
「うっかり無理して、途中で倒れちゃったわ。
今日は登校したら、保健室直行ね」
美雪が笑顔で告げる。
「それ、良いアイデアね! 私もそうしようかな。
優衣もそうしたら? 寝不足なんでしょう?」
優衣が困ったように微笑んで応える。
「……そうね、無理をして私まで倒れたらいけないし。
少し寝かせてもらおうかしら」
由香里が切ないため息をついた。
「みんながうらやましいです。
私は入学式だから、保健室に逃げられないんですよね。
途中で倒れないように気をつけないと」
ガラティアが無邪気な笑顔で告げる。
「寝不足は私も癒やせないんだよね。
入学式が終わったら、部屋で寝てるしかないんじゃない?
時間になったら起こしてあげるよ!」
由香里が頷いて応える。
「うん、そうするね。ありがと」
女子たちは朝食を済ませると、学校に行くために部屋に戻っていった。
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俺が朝の教室に行くと、今日も霧上が先に来ていた。
席に着きながら霧上に声をかけていく。
「今日も早いな」
「そうでもないさ。それよりお前は週末を楽しめたのか?」
『楽しめたか』か、そうだな。
「ああ、楽しんだと思う」
霧上が俺に微笑んだ。
「それは良かった。何事も楽しまねばならないからな。
だがお前には女難の相が出ている。くれぐれも気をつけておけ」
女難って、海燕の女子たちのことか?
こいつ人相占いもできるのか。
「なにをどう気をつけろって言うんだよ……」
霧上がフッと笑った。
「今のお前には、どうしようもあるまい。
だが大事にならないように心がけておけ」
「へいへい」
心がけるも何も、五人と恋人関係を結ぶとか、すでに一大事だ。
トラブルに巻き込まれたら、そのときは諦めるしかない。
今朝も退屈な授業が始まっていく。
魔導学科とか言われても、さっぱり理解できやしない。
異能を鍛えるのに、魔力の扱いを鍛えるとかどういうことだ?
しかも理論が仮説の上で成り立ってるから、説得力もわからない。
みんなよく真剣に授業を受けられるよなぁ。
俺はなんとか居眠りしないように、授業時間を過ごしていった。
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ようやく授業が終わり、俺たちは帰り支度を始めた。
大石が俺に告げる。
「今日もファミレスで昼飯食っていこうぜ」
「おう! ――だけど、今日も俺は海燕の子たちと待ち合わせしてるんだ。
それでも構わないか?」
大石はきょとんとし、霧上は微笑んでいた。
霧上が俺に告げる。
「その方が少しは目立ちにくいだろう。
だがあまり彼女たちに迷惑をかけるんじゃないぞ」
「わかってるっつーの」
俺たちは席を立ち、ファミレスに向かっていった。
****
ファミレスに着くと店員に告げる。
「三名だけど、後から五名来るんだ」
「ではお席にご案内します」
店員に案内されるままに、四人席ふたつの片方に座る。
携帯端末でファミレスに着いたことをグループメッセージで知らせると、秒で返事が返ってきた――どんだけ待ちわびてたんだ。
俺は携帯端末を懐にしまい、大石たちと一緒に昼飯を注文した。
大石が俺に告げる。
「なぁ悠人、お前は本当に空手部に入らないのか?」
俺は肩をすくめて応える。
「元々、中学では組み手の相手を探しに空手部に入ってたんだ。
今の俺は対人戦ができない。
空手部に入るメリットがないんだよ」
大石は残念そうな顔で俺に応える。
「そうか……俺は今日から空手部の体験入部だ。
もし気が変わったら、いつでも遊びに来いよ」
「ああ、そうする」
注文したメニューが届き、手をつけ始めた頃、店内に海燕の五人がやってきた。
俺は手を挙げて彼女たちに位置を知らせる。
「こっちだこっち!」
俺の姿を見つけた女子たちは、顔をほころばせてこちらに駆け寄ってきた。
由香里が告げる。
「悠人さん! お久しぶりです!」
「いや、昨日会ってるだろ……」
美雪が俺に告げる。
「でもなんだか、久しぶりって気分なんだよね」
二十四時間も経ってないぞ? 意味がわからないな……。
優衣が俺に告げる。
「それだけ待ち遠しかったのよ」
「そういうもんかね」
俺は瑠那の顔を見て告げる。
「少しは眠ってきたか?」
瑠那は頬を染めて頷いた。
「ええ、ちゃんと言われたとおり、保健室に居たわよ」
ティアは無邪気に微笑んでいた。
「わーい! 悠人だー!」
由香里が俺の隣に座り、残り四人が隣の席に座った。
そうか、月曜日の担当は由香里だからか。
大石はもちろん、さすがに霧上もあっけにとられて口を開けていた。
大石が俺に告げる。
「なんで週末を挟んだだけで、そんなに親しくなってるんだよ……」
「俺に言われてもなぁ。気がついたらこうなっていた、としか」
霧上が由香里を見て俺に告げる。
「それで、その子がお前の本命か。ずいぶん幼い子を選んだんだな」
「本命って言うか、今日の当番なんだよ」
霧上たちがきょとんとしているので、俺は携帯端末の待ち受けを見せた――そこには、俺の部屋で撮影した、俺たち六人の写真が写っている。
さすがの霧上も言葉をなくし、絶句していた。
「そういうわけで、今は非対称グループ交際中だ」
大石が引きつりながら俺に告げる。
「お前、そういうのは五股っていうんだぞ……」
否定はできないので、俺は黙ってメロンソーダを飲んでいた。
女子たちも昼食のメニューを頼んでいく。
ティアが元気に告げる。
「私、ミートスパゲティ!」
優衣が俺に尋ねる。
「悠人さんは何を頼んだの?」
「俺か? ハンバーグランチだよ」
「じゃあ私もそれで」
瑠那、美雪、由香里が「私もそれで」と続いた。
その様子を見ていた大石が、俺に告げる。
「お前、本当に刺されるなよ?」
「努力はしておく」
女子たちは、大石や霧上が居ないかのように振る舞い、俺に今日の出来事を笑顔で伝えながら昼食を食べ進めていった。
どうやらティア以外の女子たち四人が寝不足で、保健室に居たらしい。何をしてるんだか。
先に大石が食べ終わって「じゃあ空手部に行くわ」と席を立った。
俺は女子たちが食べ終わるのを待ってから、のんびりコーヒーを口にしていた霧上に告げる。
「じゃあ俺たちも行くわ。また明日な」
「ああ、また明日」
俺たちは霧上に見送られながら、ファミレスを後にした。




