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前編 少女の追慕

最後までお付き合いいただければ幸いです。

「もし、やり直せるとしたら君はどうする……?」


誰かがそう私に尋ねた気がした。

目を覚ますと、いつもの場所。


変わらない部屋でいつものように私は窓を開ける。


「風が気持ちいい。今日も良い日になりそう。」


私はルナ、ルナ フォレ。

ヴィラージュという村で暮らす16歳。


私はこのヴィラージュが大好き。

数ヶ月前に、身寄りも記憶もない私を快く迎えてくれた。


「ルナ、おはよう。」


「おはよう、モーンドゥさん。今、朝食の支度をするわね。」


モーンドゥさんは私のお父さんのような存在。

口数は少ないけれど、私に温かい寝床を用意してくれた人。

そして、一緒に朝ご飯を食べてくれる人。

お金もないから、私はせめてものお礼としてご飯を作らせてもらっている。


「今日もお仕事?」


「ああ……ルナは、ヌアージュくん達と会うのだろう?」


「ええ、そうよ。ねえ、モーンドゥさん。私にお仕事でできることはない?毎日お仕事で朝から夜遅くまで……雑用でも何か手伝えることがあれば、こんなにお世話になっているんだもの。」


「そんなこと、ルナは気にしなくていい。気持ちだけで十分だ。」


モーンドゥさんは多忙だ。

何をしているのかはわからない。

モーンドゥさんに昼用のお弁当を作って渡し、夜は作った夜ご飯をテーブルに置いておくだけ。


モーンドゥさんと会話するのは、この朝ごはんの時間だけなのだ。

少しでもモーンドゥさんの役に立てることができると良いのだけれど……


「ルナ、おはよう!」


外に出て、いつもの場所に向かえば、ヌアージュとエトワルが笑顔で迎えてくれる。


ヌアージュは、村の人気者で、優しく快活な青年だ。

そして、私が片想いをしている相手でもある。

村の案内をしてくれたり、初めは私が村に馴染むまで毎日のように会いにきてくれた。

でも、私は2歳下の妹のようにしか思われていないみたい。


エトワルは、同い年の女の子。

可愛くて、美人で明るい憧れの女の子。恋バナだってするし、おさがりの服を私にプレゼントしてくれたりする優しい子。


昼は二人と過ごすのが日常だ。

私はこの日常が気に入っている。


村人はみんな気さくで優しい。

いつまでもこの穏やかで優しい日常が続けばいいと思っていた。


「おおーい、ソレイユ!」


ヌアージュが遠くにいる青年に声をかける。

青年はこちらを一瞥するとスタスタとその場を立ち去ってしまった。


ここの村では珍しい、ソレイユは人と馴れ合わない青年だった。

どこか陰のある彼が誰かと行動を共にすることはない。

良くも悪くも数ヶ月しかいない私は彼に対して、掴みどころのない人という印象しかなかった。


「相変わらず、つれないよな。ソレイユのやつ。」


ヌアージュは肩を竦めて、そう言う。

ヌアージュとソレイユは幼馴染らしい。

もっとも、この狭い村ではみんなが昔なじみなのだが……


「モーンドゥさんは相変わらず忙しそうね。」


「そうなの。何かできることがあればいいのだけれど……」


「ルナは十分モーンドゥさんの役に立ってるよ。あの人、忙しくて掃除や洗濯なんてする暇なかったから。最近は食事もしてるし、家の周りや服装も綺麗になってるし。」


ヌアージュはそう言って私の頭を撫でる。

こういうさりげないスキンシップを不意打ちでしてくるから、やめてほしい。


「そういえば、アタシ今日ルナにリボン持ってきたんだ。髪もだいぶ伸びてきたし、ヘアーアクセサリーもあると良いのかなって思って。」


そう言って、エトワルは私の手に、ぽん、と派手な朱色のリボンを置いた。


「ありがとう……!エトワルにはとっても似合うけれど、私には派手じゃない?」


「そんなことないわよ、とっても素敵だわ!」


そう言って、エトワルは私の髪を触り、リボンをつけてくれた。


「ありがとう、エトワル。」


「一点物なのよ、大事にしてね?」


「ええ、もちろん。」


なんで良い人達なんだろう。

みんながいれば、私は何も怖くない。


当たり前のようになってきた私の日常を変えたのは、その日の夜のことだった。


ピシッと何かが割れる音がして、カーテンがふわりと靡いた。

風の音で目が覚め、音がした方を見ると、そこにはソレイユがいた。


「ソレイユ……さん?」


ソレイユは私の部屋に入ると、私をお姫様抱っこの形で抱き上げた。


「ちょっ……え、ええっ!?ソレイユさん、どうしたんですか?」


困惑する私に、彼はいつもの昼下がりには見たこともない優しい笑みを浮かべた。

普段見たことのない表情に私はドキッとした。


「迎えに来た。この村を出よう。」


そして、すぐに彼の言葉で、さぁっと血の気が引いた。


「この村を……出る?」


「ああ。」


「どうして……?」


私がそう尋ねると、ソレイユは少し躊躇うような表情を浮かべた。


「……後で、追って話そう。モーンドゥが帰ってくる前にここを離れるんだ。」


そんな、急に、という私の制止を聞かずに、ソレイユは軽々しく私を運び、隣町へ続く道へと駆けていく。


お世話になったモーンドゥやヌアージュ、エトワル、村人達に別れを告げることなく、その日の夜、私はソレイユの手によって、強引に村を抜け出すこととなった。


それから、しばらく、私とソレイユは隣町のモーテルで過ごした。


いつ帰るのか、と尋ねてもソレイユの返答はない。

ただ、ソレイユの反応を見て、ヴィラージュに帰れることはないのだと悟った。


いつまでこんな暮らしが続くのだろう?

ソレイユはどうしてこんなことをするのだろう?


理由は、まだ話してもらえない。

毎日、ソレイユの監視のもと、食事をして、私が趣味と公言していた本を読む日々。


まだ、1週間ほどしか経っていなかっただろう。

しかし、私にとっては不安で押しつぶされそうな日々だった。


そして、ついに不安に耐えられなくなった私はソレイユの目を盗み、舌を噛んだ。


ぐっと喉が詰まり、苦しくなるのを感じる。

倒れた私にソレイユが私を抱き上げ、私の舌を引っ張り、息ができるようにする。


「どうして……!」


ソレイユの悲痛な声が耳元に残る。


私は安寧の地に帰りたかった。


本来の居場所に戻りたかった。


温かい家で私の帰りを待つ家族の元へ……


ぱぁ、っと光が差し、目が眩んだ。


そして、次の瞬間、私はいつもの部屋でベッドに横になっていた。


窓を開けるといつもの景色が広がる。

村に戻ってきている。

しかも、朝だ。私は数時間意識を失っていたのだろうか。


鏡を見て、舌を出して、状態を見る。

噛み切った跡はない。

では、あれは夢だったのだろうか?


「ルナ、おはよう。」


「……おはよう、モーンドゥさん。今、朝食の支度をするわね。」


「……どうかしたのか?」


思わず声が上擦ったのか、モーンドゥが怪訝そうな顔をする。

手が震えて、お皿を落としてしまう。


「大丈夫か?何かあったのか?」


「ううん、何でもないの……夢見が悪かっただけ。」


そうだ、きっとそのはずだ。

いつも通りの日常が送れるはずだ。


モーンドゥが仕事に行くのを見送り、私はヌアージュとエトワルの待つ、いつもの場所に向かう。


「おはよう、ルナ。」


おはよう、と返そうとして、私は固まった。

エトワルの髪には、昨日私がもらったはずの朱色のリボン。

デザインも全く同じだ。一点もののリボンと言っていたのに。


「どうしたの?」


私が固まり、その場に立ちつくしたのを見た二人は怪訝そうに私に尋ねる。


「あ、い、いや……エトワルのリボンが素敵だなって思って、思わず見惚れちゃって……」


「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。素敵でしょう?一点ものなのよ、これ。」


背筋に冷たいものが走る、そんな気がした。

そういえば、少し前にエトワルが朱色のリボンをつけてきていた気がする。


「ねえ……今日って何日だっけ?」


「いつもしっかりしているルナが珍しいな。今日は……」


そう言って、告げられた日は、私がこの村に来たばかりの頃の日付。


……時間が巻き戻っている。


「どうかしたか?」


「……いえ……なんでもないの。ちょっと夢見が悪くてぼうっとして。」


この世界には魔法がある。

時間が巻き戻る方法だってあるのかもしれない。

でも、私はその事実をヌアージュとエトワルに告げるのを躊躇った。


「あ、ソレイユよ。ねえ、思うんだけれど、ソレイユってルナに気があるんじゃないかしら?」


エトワルに小声でそう言われて、腕で小突かれる。

エトワルの視線を辿ると、こちらを見ているソレイユがいた。


昨晩の不思議な出来事が脳裏を駆け巡り、私はソレイユから目を逸らした。


「気のせいじゃない?」


エトワルの投げかけに私はそう返した。

エトワルは、そうかなぁ、と言って、首を傾げた。


「ルナはヌアージュにお熱だもんね?」


エトワルは私の耳元でそっと囁く。

エトワルの顔を見ると、茶目っ気のある表情をしていた。


「もう、揶揄わないでよ。」


いつもの他愛もない話なのに、気乗りしない。

ヌアージュの方を見る。

ヌアージュは私の視線を感じると、柔らかく微笑んだ。


ヌアージュに全てを打ち明けたら、ヌアージュは私を守ってくれるだろうか。


結局、ヌアージュとエトワルに打ち明けられぬまま、私は帰路に着いた。


ソレイユは一体どういうつもりなのだろうか。

それだけではない、このどうしようもない焦燥感と不安感は一体何なのだろうか。


もうすっかり暗くなってしまった。

立ち止まり、空を見上げる。

街灯の少ない村の空は星空が綺麗に見える。

綺麗な星を見て、心を癒そうと思い、眺めていると、不意に視界が歪んだ。


耳もボコボコと泡のような音を鳴らす、息も苦しい、口を開けると水が入ってきた。


……これは水魔法!?


全身が水に覆われている。

なぜ、誰がこんなことを。


このままでは溺れてしまう。

ただ、巻き戻ったのではないの?


意識が遠のく中、聞こえたのは誰かが私を必死に呼ぶ声だった。


……ああ、この感覚、前にもあった。

急に視界が歪んで、全ての自由を奪われて、気がついた時には知らない世界にきたこと。


そうだ、何で今まで忘れていたのだろう。

私は、この世界に召喚された異世界の者だった。


私の名前は、月森つきもり 瑠奈るな

16歳の高校一年生だ。


学校からの帰り道。

視界が歪んだと思ったら、魔法が使える摩訶不思議なこの世界で聖女として迎え入れられた。


そして、聖女として光の魔法を駆使し、この世界に平穏と癒しを与えた。

役目を終えた私は、この村に住むように国王に命じられた。

数日後、モーンドゥと呼ばれた男に魔法をかけられ、記憶を改竄された。


ぱぁ、っと光が差し、目が眩んだ。

夢だと思っていたが、夢ではなかった。


そして、次の瞬間、私はいつもの部屋でベッドに横になっていた。


昨日の朝と違うことは、汗でびっしょりなこと。

水魔法を思い出して、嫌な気持ちになる。


窓を開けるといつもの景色が広がる。

村に戻ってきている。

また、巻き戻っている。


「もし、やり直せるとしたら君はどうする……?」


誰かがそう私に尋ねた気がした。

もしかして、私は何度も死の淵を経験して、巻き戻りを繰り返している?

なぜ?誰が?どうやって?


ふと、ソレイユの顔が過ぎる。

ソレイユが何かを知っているのだろうか。


私は階段を降りて、そのまま外へ出た。

モーンドゥが何かを言うのを聞かずに、ソレイユの元へ向かった。


「ルナ!」


ソレイユを探していると、ヌアージュの声がした。

私は思わず立ち止まった。


「どうしたんだ、そんなに慌てて……何があったんだ!?」


ヌアージュが私の肩を抱く。

緊張で張り詰めた身体がヌアージュの手の温もりを感じ、徐々に和らぐのを感じた。

そして、私は泣き出してしまった。


耐えられなくなった私はヌアージュに全てを打ち明けた。


そして、私は…………

お読みいただき、ありがとうございます。

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