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最後は歓喜のテマキズシ(後編)

「今日はややこしいことは抜きだ。付き合え!」


 勢いに押し流されて、総理は笑いながら盃をとる。総理がやるなら私も、ということで同じように盃に手を伸ばす。


「お前も飲むのか? なら、三人で勝負してみるか。言っておくが、俺はかなりいける口だぞ」


 日本酒片手に上機嫌の大臣を見ながら、私は笑った。こいつ、絶対体がデカいだけでそんなに強くないタイプだ。ついでに酒癖も悪いから、女にも嫌われるのだろう。何から何までかわいそうに。


「無駄なことを。この魔王、めったなことで正気を失ったりはせんわ」


 さっきの借りを返させてもらう。せいぜい無様で滑稽な姿をさらすがいい非モテが。


 私がノリノリで準備していると、小声で副官がささやいてきた。


「よろしいのですか、魔王様」

「何がだ」

「我々の文明には、酒という文化がありません。万が一酩酊されたら、向こうが何をしてくるか」


 私はその言葉に応える。


「大丈夫だ。私の体は毒にも強い。下等生物が死なない程度の飲み物で、どうにかなるものか」


 そして、最初に注がれた日本酒を一気に飲み干した。


 記憶はここで不意に途切れている。




「お二方、ここで吐かないでくださいよー。綺麗な絨毯が台無しです」

「う……うう……」


 私はのろのろと重い頭を起こした。大臣は部屋の隅でずっと、日本語になっていない「あああああぁうおぇ」という声をたれ流している。……そうだ、昨日飲み比べをしたんだった。


 死にはしないが、なんだこの意味不明な頭痛と吐き気と気持ちの悪さは。たいしたことがないと思っていたアルコールに、こんな後遺症があるとは思わなかった。


 婚約者と副官が治癒魔法をかけてくれて、ようやく少しマシになった。それでも気持ち悪いことにかわりはない。


 ちなみに飲み比べに完勝した総理とその妻は「もう大人なのですから自業自得です」と言い残して帰ってしまったらしい。ド、ドライ。


「最初は口当たりが良かったのだが……」

「だから、甘口だからってガバガバ飲まないように忠告したのに。夢中になってしまわれるから、止める隙もありませんでしたよ」


 今度ばかりは副官に言い返す言葉がなかった。


「み、見なかったことにしてくれ……」

「そう言われても、そこまでお体の色が変わってしまっていると、どうしても」


 言われてみると、私の艶やかな体が今や灰色になっていた。おのれ、なんという屈辱。


 しかし、その様を見て低い笑い声をたてる女がひとり。


「構わないよ、ピンクちゃん。そのままで。……よっくも今までこき使ってくれたな、魔王」


 孫娘が悪魔のような顔をしていた。彼女は私の体がくねるまでキュウキュウと踏みつける。そして背後からは図々しくも犬がのしかかってきた。おのれ低級民族に低級魔族ども。私の大事なボディをもてあそぶな。


「黙っていれば勝手な真似を……ええい、鬱陶しいわ!!」


 我に戻った私は魔法でさっさと邪魔者を追い払う。孫に犬、ついでに大臣の三点セットだ。


 一気に吹き飛ばした者たちからのすさまじいブーイングと罵声が外で起こっていたが、直に静かになった。副官はその様子を見て顔をしかめる。


「あーあ。犬はすぐ呼び戻してくださいよ。あの子がいないと、魔力が足りないんですから」

「む。分かっている」


 ちゃんと犬に対しては、魔法の威力を減じてある。そう言っても、副官と婚約者のしかめっ面は変わらなかった。


「こんなことでよろしいのでしょうか……」

「全くです。お酒の件もそう、私は忠告しましたからね。大いなる覇道の途中で、そんなことで足下をすくわれては目も当てられません。戦の時の用意周到さ、常にお忘れなく」


 そうだ。すっかり忘れていたが、思い出した。


 私の望みはこの国のみならず、地上の全てを支配すること。なんでか初手のこの国でちょっとというか大いにつまずいた感じは否めないが、やりたいことはまだまだ沢山あるのだ。


「……わかった。これから気をつける」

「それでこそ、魔王様にございます」

「ええ」


 問われた副官と婚約者はやけに嬉しそうな顔で、にっこりと笑ってみせた。

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