地上の物は魔王(オレ)の物(二)
「いいんですか? この決断は、魔王様のみならず婚約者、紅の国の面々、そして翼の一族の命運を左右するものですよ」
私は真剣な面持ちでこちらを見ている一同に向かって、こう言い放つ。
「出ない。踏みとどまってここで戦う。貴様もせいぜい、私の計画の役に立て」
「……仕方ない方ですねえ。もとよりあなた様に捧げた身。御身を全力でお守りいたしましょう」
当たり前だ。私は混乱して、もしくは我が身可愛さに、こんな指示を出したわけではない。副官には、それがとっくに分かっているのだ。有能な男である。
彼が私を守るというなら、私は全身全霊をもって、生意気な敵を叩き潰すことだけ考えていればいい。──ケツの青い若造ごときが、何をしたところで止められるものか。
総理もその様子を見て、満足そうに微笑んでいる。この男もそれなりの経験があるらしく、私の意図を正しく汲んでいた。
……ただしたった一人だけ、不満そうな顔をしている者がいる。
「バーカバーカ、冷血漢。婚約者を見捨てて引きこもるなんて、男の風上にも置けない奴」
孫娘は口をとがらせ、不敬なことに私に思い切り指先を向けている。
「全く、困った孫だな。総理、ちゃんとしつけておけ」
「申し訳ございません」
「冷血漢。サド。悪魔。スライムの出来損ない。保冷剤の成れの果て」
途中から悪口が尽きてきたのか、明らかに変な例えが増えた。支配者の血筋だというのに帝王教育が足りないぞ。
「これ。あなたも少し、状況を理解するよう努めなさい」
さすがに総理もそう思ったのか、孫に向き直った。
「ピンクちゃんがヤバいんだろ。ちゃんと分かってるって」
「……果たして本当にそうでしょうかね? 敵の立場に立って考えましたか?」
「敵の立場、って」
爺さんの言うことが理解できなかったのか、孫は目をぱちぱちさせている。これ以上引っ張っても鬱陶しいので、私は口を開いた。
「意に背いた場合には、即座に拘束している人質を殺害でき、相手に心理的・人材損失的なダメージを与える。これが人質戦法の意義だ。主に、相手に対して数が劣っている側が状況を有利にするために行う」
「言葉は難しいけど、なんとなく分かる」
「なら、相手の失態も分かっているな?」
孫は私から視線をそらした。
「……分かんない」
「その効果を確実にするためには、人質は《《複数とらねば意味がない》》ということだ。複数いるからこそ、誰かを安易に殺してもまだ駒が残っている。これが一人だけならどうだ? 殺した瞬間に有利は消え失せて、敵が押し寄せてくる。そんな状況でお前は安易に殺しというカードを切れるか?」
私がここまで懇切丁寧に教えて初めて、孫は分かったような顔をする。
「ピンクちゃんはそれを知ってるのかよ……って、あ、そっか。気付いてなきゃ、一人でいるわけないか」
総理がうなずく。
「そう。彼女には大量の侍女がいます。あの日も当然、侍女たちはついていたはず。それをわざわざ遠ざけたということは、自分の価値を十分計算した上でやっておいでなんですよ。侍女が巻き込まれて、人質の数が増えてしまったら本末転倒ですからね」
私は総理の言葉が終わるのを待って、低く笑った。
「ま、お優しい扱いをしてくれるかは別だがな。少なくとも殺しだけは絶対にしないというか、できない。向こうに役に立つ駒は他にないし、それに──」
私は口をつぐんで、外を凝視した。続く言葉は、今言うことでもない。
「私は一旦帰ってもよろしいですか?」
「ああ。だが、外で一つやってもらう仕事がある。抜かるなよ」
私は一旦総理たちを返し、副官と頭をつき合わせた。
「人間の手を借りるとはね。大した戦力にはなりませんよ?」
「戦力としてはな。だが、相手の常識を変えるのには役に立つ」
それだけの情報で、副官は何かに思い至った顔をした。
「……そういうことなら、私も精一杯の準備をさせていただきます」




