表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

61/72

地上の物は魔王(オレ)の物(二)

「いいんですか? この決断は、魔王様のみならず婚約者、紅の国の面々、そして翼の一族の命運を左右するものですよ」


 私は真剣な面持ちでこちらを見ている一同に向かって、こう言い放つ。


「出ない。踏みとどまってここで戦う。貴様もせいぜい、私の計画の役に立て」

「……仕方ない方ですねえ。もとよりあなた様に捧げた身。御身を全力でお守りいたしましょう」


 当たり前だ。私は混乱して、もしくは我が身可愛さに、こんな指示を出したわけではない。副官には、それがとっくに分かっているのだ。有能な男である。


 彼が私を守るというなら、私は全身全霊をもって、生意気な敵を叩き潰すことだけ考えていればいい。──ケツの青い若造ごときが、何をしたところで止められるものか。


 総理もその様子を見て、満足そうに微笑んでいる。この男もそれなりの経験があるらしく、私の意図を正しく汲んでいた。


 ……ただしたった一人だけ、不満そうな顔をしている者がいる。


「バーカバーカ、冷血漢。婚約者を見捨てて引きこもるなんて、男の風上にも置けない奴」


 孫娘は口をとがらせ、不敬なことに私に思い切り指先を向けている。


「全く、困った孫だな。総理、ちゃんとしつけておけ」

「申し訳ございません」

「冷血漢。サド。悪魔。スライムの出来損ない。保冷剤の成れの果て」


 途中から悪口が尽きてきたのか、明らかに変な例えが増えた。支配者の血筋だというのに帝王教育が足りないぞ。


「これ。あなたも少し、状況を理解するよう努めなさい」


 さすがに総理もそう思ったのか、孫に向き直った。


「ピンクちゃんがヤバいんだろ。ちゃんと分かってるって」

「……果たして本当にそうでしょうかね? 敵の立場に立って考えましたか?」

「敵の立場、って」


 爺さんの言うことが理解できなかったのか、孫は目をぱちぱちさせている。これ以上引っ張っても鬱陶しいので、私は口を開いた。


「意に背いた場合には、即座に拘束している人質を殺害でき、相手に心理的・人材損失的なダメージを与える。これが人質戦法の意義だ。主に、相手に対して数が劣っている側が状況を有利にするために行う」

「言葉は難しいけど、なんとなく分かる」

「なら、相手の失態も分かっているな?」


 孫は私から視線をそらした。


「……分かんない」

「その効果を確実にするためには、人質は《《複数とらねば意味がない》》ということだ。複数いるからこそ、誰かを安易に殺してもまだ駒が残っている。これが一人だけならどうだ? 殺した瞬間に有利は消え失せて、敵が押し寄せてくる。そんな状況でお前は安易に殺しというカードを切れるか?」


 私がここまで懇切丁寧に教えて初めて、孫は分かったような顔をする。


「ピンクちゃんはそれを知ってるのかよ……って、あ、そっか。気付いてなきゃ、一人でいるわけないか」


 総理がうなずく。


「そう。彼女には大量の侍女がいます。あの日も当然、侍女たちはついていたはず。それをわざわざ遠ざけたということは、自分の価値を十分計算した上でやっておいでなんですよ。侍女が巻き込まれて、人質の数が増えてしまったら本末転倒ですからね」


 私は総理の言葉が終わるのを待って、低く笑った。


「ま、お優しい扱いをしてくれるかは別だがな。少なくとも殺しだけは絶対にしないというか、できない。向こうに役に立つ駒は他にないし、それに──」


 私は口をつぐんで、外を凝視した。続く言葉は、今言うことでもない。


「私は一旦帰ってもよろしいですか?」

「ああ。だが、外で一つやってもらう仕事がある。抜かるなよ」


 私は一旦総理たちを返し、副官と頭をつき合わせた。


「人間の手を借りるとはね。大した戦力にはなりませんよ?」

「戦力としてはな。だが、相手の常識を変えるのには役に立つ」


 それだけの情報で、副官は何かに思い至った顔をした。


「……そういうことなら、私も精一杯の準備をさせていただきます」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ