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地上の物は魔王(オレ)の物(一)

「東京北部の足立区に敵、出現の報告あり。建物・車両共に損傷多数。ただ、死者がいないのだけは唯一の救いですが」


 総理から緊急の報を受け、私は副官と共に状況報告を受けていた。最初は秘密だったのだが、ここまで事態が進行してしまうと一部、話さないわけにはいかなくなる。……私が立てた作戦には、悔しいがこいつらの存在も必要だからだ。


 情報の整理はさらに続く。敵の位置を魔術で探れないことはないのだが、今は余所に力を使っているので、下等生物の報告でも助けになる。


「以後、板橋、大田区にも出現しております。……私たちが今居る迎賓館は港区ですから」


 そこから先は地図を見れば、言われなくても分かった。奴ら、こちらを取り囲むつもりだ。


「……動いたか。まあ、予想より少しは早かったな」


 つぶやく私に、総理はやや言いにくそうに言葉を続けた。


「魔王様。足立区の現場で、あなた様の婚約者を見かけたという証言が複数出ております。監視カメラにも映像があり、奴らに捕まったのは間違いないかと」


 私は思わず、自分の体が動くのを感じていた。次の瞬間、不明を恥じて元の姿勢に戻る。


「何があったというんだ」


 私が問い返すと、総理は低い声で言った。


「あなたの領地で勝手を行うのは許さないと言い、国民の代わりにひとり人質になってくださったそうです。死者が出なかったのも、彼女の尽力のおかげとか」

「そんな……ピンクちゃん……」


 総理の陰で動くのは、彼の孫娘だ。相変わらず格好は派手だが、その顔には覇気がない。脇を固めるその他の政府関係者も同じ表情だった。


 空気が凍ったような、誰も発言しない時間がしばらく続く。それを破ったのは、私の低い笑い声だった。


「……そうか。婚約者をさらったか。……そういうことなら、対抗手段はある」

「え、何。キモいんだけど」


 笑い続ける私を見て、孫は思いっきり引いていた。やはり見込んだ通り、こいつは軍事や政治に関してはまるっきりのシロウトだ。


「英断でございましたな。そしてあの方を婚約者と決められた魔王様も、聡明でいらっしゃる」

「その褒め言葉は素直に受け取っておこう」

「光栄でございます」


 総理は威厳のこもった返事をし、私に深い礼をした。……普段からそうしていればいいのだ、このバカが。


「……となると、彼らもそろそろ仕掛けてくる頃でしょうかねえ」

「だろうな」


 総理と私が顔を見合わせていると、伏せていた犬がむくりと起き上がった。その目はうつろで、何もとらえていないように見える。


「来たか」


 私がつぶやくと同時に、犬がぱくぱくと口を上下させた。


『魔王への通信だ。手頃なところで、この犬の口を借りている。聞こえているか、紅の国の魔王』


 犬の魔力と、通信相手の口調が重なって、私の体にわずかながら重圧がかかる。いい度胸だ、と思いながら私は口を開いた。


「ああ、聞こえている」

『人質の件、聞いていよう。貴様が大人しく出てくるなら、彼女には指一本触れぬと約束する。しかし、違えればどんな結果になるか保障はできない』

「……少し考えさせてくれ」

『まあ、良かろう。期限は一時間後。それまでに出てこなければ、人質の死体がいずれ発見される結果になる。心しておけ』


 通信は唐突にぶっつりと切れた。室内に張り詰めていた空気がふと緩む。


「いかにも、向こうは悪役らしい物言いでしたねえ」


 口火を切ったのは総理だった。それに副官が答える。


「まあ、こうなるでしょうね。魔王様がすでに本拠地にしているこの迎賓館に忍び込むより、外へ連れ出した方が安全ですから」

「小賢しいガキめ。答えなど、しばし考えるまでもない」


 きっぱり言う私に、副官が振り返った。



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