閑話(二)
その場にいた人々は、絶望から次々とへたりこんだり、逆に死に物狂いで走り出したりと、様々な反応を見せた。
そんな中、上空にいる生き物は、体を動かし続けていた。まるで何かを探しているようだ……その場にいる人間がそう思った時、軟体生物が動きを止める。
「そこか」
その声と共に、居並ぶビルの一角を見据える。その何の変哲も無いオフィスビルの壁がぐにゃりと歪み、軟体生物がまた湧いて出た。しかし今度の個体は、鮮やかなピンク色をしているし、大きな羽もない。
「あら、ずいぶん時間がかかりましたのね。紅の国では、普通の術士でももっと早く見つけてよ」
ピンクの軟体がかわいらしい声を発すると、上空の青い個体から怒りの気迫が立ち上った。そして威嚇するように体をくねらせる。人間であれば、額に青筋を立てているところだ。
不気味な軟体生物同士のにらみあいに、周囲の人間は口を挟めない。なぜ軟体動物が声を発しているのかという当然の疑問すら、誰もつぶやこうとはしなかった。
「……さっきからことごとく魔法を弱体化し、邪魔してくるのは貴様か。その顔、見覚えがあるな」
「早く思いだしてご覧なさいな。その程度の頭では、無理かもしれませんけど」
挑発に答えるように飛ばされた泡は、全てピンクの個体の前で溶けるように消えた。
「私の支配領域では、毒も物理攻撃も無駄なことですわよ」
「そのようだ。よほど高い威力の攻撃魔法でなければ、その防御陣を破壊できまい。お前、紅の国の者のようだが……何者だ?」
「己の官位でなくてお恥ずかしい限りですが。魔王様と婚約しております」
さすがにこの一言には、上空にいる個体全てに動揺が走っていた。ざわつく敵を見据え、ピンクの個体はさらに続ける。
「ずいぶんと地上の民にお優しいことだ」
「大事な婚約者の領土で、勝手なことをする奴ばらを見逃すわけには参りません。下等な民とはいえ、有益な知識を持つ者もおりますし」
そう言うと、婚約者は胸を張るようにぐっと体を反らせた。
「わたくしを連れてお行きなさい。その代わり、今後一切町には手を出さないこと。よろしいですわね」
「……それを我々が聞くとでも?」
舌打ちしそうな声で青い個体が問う。しかし魔王の婚約者は、微塵も揺るがなかった。
「ええ。魔王の身内というこんな便利な駒を、あなたたちがみすみす殺すものですか。捕らえて何かまずいことでもあって?」
その言い分に納得したように、上空の個体はわずかに息を漏らした。
「確かに、人質としての価値はあるな。連れていけ」
独り言のようなその言葉を聞きつけて、周囲の軟体動物が腕を伸ばし、地上のピンク個体を連れ去る。大規模な警察の応援部隊が駆けつけてきたのは、その三十分ほど後のことだった。
「ピンクの地底人が助けてくれた」
「その地底人は、翼の生えた連中がさらっていった」
疑問ばかりの展開を、その場にいた人々は後にこう語った。その奇天烈な地底人が、何を引き起こすのかも把握しないまま。