地底からの不穏な影とモチ(二)
「うっかりだと? 貴様が煽ったんだろうが」
「あくまでうっかりです」
コイツは拷問しても死ぬまで事実を認めなさそうなので、私は追求を諦めた。
「……で、なんで米じゃなくて餅なんだ」
「餅だって、『餅米』という、粘りの成分が多い米からできていますからね。今まであまりご紹介していなかったなあ、と思って。前はちゃんと食べてくださいませんでしたし」
「貴様がたっぷり殺意こめてたからな」
「それもうっかりですよ」
この総理に任せておいたら、雨が降っても槍が降ってもうっかりのせいにされそうだ。
「米から餅ができるのですか? 形状が全く違うように感じられますが……」
「餅米は、蒸してから潰すと粒がなくなって餅になるんです。この杵と臼を使って、潰すんですよ」
なるほど、臼という台の窪みにモチゴメとやらを入れ、あの杵というハンマーで叩いて潰すわけか。私にも、なんとなく理解できた。
「モチゴメとは、米の分化した姿というわけですか?」
副官の問いに、総理は首を横に振った。
「餅米は、縄文時代から日本にあったと言われています。米が先、餅が後というわけではないのですよ。よく神への供え物として用いられました」
「結構昔からあるものなんですね。それでは」
副官はぽんと手を叩き、ほかほかと蒸し上がった餅米を出してきた。白く輝くそれは、薄い布にくるまれている。総理はそれを、しゃもじを使ってせっせとほぐし始めた。
「昔はこんなに白くなく、赤い米を使っていたようですがね。赤米は、今の我々にとってはほとんど見る機会がありません」
「ふうん。何か理由があるのか?」
「稲が倒れやすかったので、敬遠されるようになったそうです。あと、白米と比べると単純に味が良くない」
そりゃ、この国の国民は喜んで育てまい。
「魔王様、はい」
私がぼーっとしていると、総理がなにやらポットを差し出してきた。妙に熱い。
「……熱くないか、これ」
「中身は熱湯ですから、それは熱いでしょう」
「ま、また性懲りもなくお前!!」
私が言うと、総理はきょとんとしてみせた。
「違います。本当にやろうと思ったら声なんかかけませんよ。その中身を、臼の窪みに注いでください」
言葉の端々に引っかかるものは感じたが、私は大人しく湯を臼に注ぐ。
「終わったら、杵の先もお湯の中に入れてください」
「これは温めるためにやっているんですか?」
副官が聞いた。
「はい。冷たいところに餅米を入れると、固まってしまいますから。それに、餅が臼や杵にくっつかなくなる効果もあるんですよ」
しばらくすると臼が温まったので、湯をくみ出して捨てる。終わったら、副官が湯気の出ているもち米を臼に入れた。
「最初はこうやってこねます」
総理は両手で持った杵の先を臼に入れ、ぐりぐりと回しはじめた。なるほど、ああやって塊にしていくわけか。
「……どうした総理。手が止まってるぞ」
「満足しました」
なんとわずか数回こね回しただけで飽きたらしい。
「協力していただけませんか?」
「そうくると思ってたけどなーッ!!」
もてなしはどこへ行ったのか、と私は頭を抱えたくなった。