地底からの不穏な影とモチ(一)
「魔王様。本国から、急ぎの文が参っております」
ある日の夕方、副官が真面目な顔で封書を突きつけてきた。表面に婚約者の紋が入っていて、重要な書類だとすぐに分かる。彼女は今も交友に精を出していると聞くから、その関係で何かつかんだのだろうか。
私はすぐにその文章に目を通し──しばし、固まった。
「もし、魔王様。どうなさいましたか?」
「……翼の王が、動いていると。徒党を組むつもりのようだ」
「なんですって」
副官の声が鋭くなる。普段は私を邪魔者扱いする犬でさえ、ただならぬ空気を感じ取って身を伏せた。
「あいつは強いからなあ……それに加えて、味方がいるとなると」
かつて地下の世界には、覇権を争う二つの国があった。一つは私の所属する紅の国。もう一つは空から落ちてきたとか、降りてきたとか言われる者たちが作ったという碧の国である。碧の国の者たちは大きな翼を持つのが特徴的で、長く私の先祖たちと戦ってきた。
しかし、攻撃魔法の進化でその状況は一変する。風を鋭い刃のようにして飛ばす魔法が開発されると、碧の国は翼をやられ、一気に不利になる。
肉体としては我々の一族の方が頑健だったから、地上に落としさえしてしまえば、碧の国の兵を殺すのは難しいことではなかった。
こうして足場を固めた我が一族は、地底の覇権をがっちりつかんだというわけだ。だが翼の一族は滅んではおらず、一族の守護者である王もいる。
「奴らの復権はもはや不可能だと思っていましたが……」
「前回の制圧からだいぶ経つからなあ。魔法の回避方法くらい、こっそり開発されたのかもしれん。となると私が一対一で『翼の王』に勝てる可能性は」
「ゼロですね」
「もうちょっとあるもん!!」
いかん、思わず子供返りしてしまった。
「こちらが地上に兵を向けている間に、寝首をかこうと思ったんでしょう。大軍が攻めてくる可能性は低いとはいえ、引き続き注意しなければ」
「……はあ、面倒だなあ」
私がため息をついたところで、総理が表敬訪問と称して様子うかがいに来た。
「おや、割と深刻なお顔ですね。どうなさいましたか?」
さほど恐れることなく聞いてくる総理に、私は辟易する。
「なんでもない」
「そうですか。まあ、それはそれとして餅を食べましょう」
「今、割と深刻な顔って言ったよな!? せめてもうちょっとつっこんでこいよ!」
話を聞いていなかったかのような総理の振る舞いに、こっちがびっくりした。
「だってなんでもないっておっしゃったじゃありませんか」
「それはそうだが……」
「ちょっとこっちに来てください。珍しいものをお見せしますので」
総理は不思議なアイテムを持っていた。木で出来た円形の台と、何かを打つための長いハンマー。台には丸いくぼみがついていて、何かを置けるようになっていた。
「これはなんだ?」
「臼と杵ですよ。この前……熱心すぎて《《うっかりした》》陳情者が魔王様に傷を与えてしまったので、そのお詫びとして餅をごちそうしようかと。というわけで、餅米をください」




