スイハン・ブラザーズの強襲(三)
「すまんが、そのゴリラたちを黙らせろ」
「頼みましたよ」
「ワン」
副官と犬のおかげで、男たちは静かになった。
「全く、もう」
「しかし彼らのおかげで、炊飯器の歴史を知ることができました。これはこれで、面白かったではありませんか」
副官は妙に冷静だった。せっかくだから最新型も見ましょう、といって、いくつも炊飯器を出してくる。
「今は機能もたくさんあるんですねえ」
仕事を終えて感心する副官の横に、総理が進み出た。
「多機能炊飯自体は、すでに三十年以上前からあったんですよ」
「へえ」
説明書を見ながら、副官が感心している。なんでも、料理に合わせて食感を変更できたり、米の品種に合わせて炊き方を変えるモードがついているそうだ。
私も居並ぶ炊飯器を見下ろした。米と水を入れておけば自動で炊けるだけでも便利だと思うが、それ以外にもできるのか。
「こちらのモデルでは、ケーキも作れると書いてありますよ」
「……また存在意義を失うようなことを」
米を炊くことを追求してきたはずなのに、今になって米から離れてどうする。バカなのか。
「せっかくですから、試しにパウンドケーキでも作ってみましょう」
副官はそう言うと、炊飯器の釜にバターを塗り、生地を流し込み始める。それが終わったら蓋を閉め、「ケーキ」のボタンを押せば準備完了だ。電気が通って、炊飯器は動き始めた。
「おい、大丈夫なのか?」
一抹の不安を感じながら私は聞いた。
「はい。後は何もしなくても、機械が勝手に考えてくれるそうです」
五十分後、炊飯器が完了の音をたてる。蓋を開けてみると、釜の縁ぎりぎりまで生地がせり上がって、甘い匂いを漂わせていた。
「見た目は美味しそうじゃありませんか」
「どうだかな……」
やや警戒しながら食べたケーキだったが、ふかふかしていてムラがなく、十分に美味しかった。これには副官も目をぱちぱちさせて驚いている。
「お味はどうですか?」
問いかけてきた総理に、私はうなずく。
「美味いぞ。これならいっそ、ケーキ専用の機械として売り出したらどうだ。それなら、米がなくても生計には困らないし」
私が男たちに話をふると、皆が「コイツは本物のバカなのか?」という目で見てくる。だからその目をやめろって。
「……強制的に目を閉じさせてやろうか」
「まあ、彼らにはあなたに対する忠誠心なんてありませんからね。したいように行動しますよ」
苛立つ私の横で、総理がニヤニヤ笑っている。それがそもそも気にくわない。
「躾けろ。ひれ伏せ。そもそも主のお前の態度がデカいのが良くない」
「嫌ですよ、パワハラなんて最低の行為は。それに私は公僕であって、彼らの上司ではありませんから」
「ああ言えばこう言うな、お前は!」
言い訳をやめる気配のない総理に、私は憤然として背を向けた。
「……で、お前はお前で何をしている」
「いやあ、米を炊いてみせたら彼らが大人しくなるんじゃないかと思いまして」
副官は炊飯器を、捕らえた男たちの前へ持っていっている。その後ろ姿を見ながら、私はため息をついた。
「そんな簡単に問題解決してたまるか」
しかし、炊飯が始まってみると男たちはぴたりと静かになった。なんの冗談だ、と言いたくなったが、彼らの顔は真面目だ。
炊飯器の中では、米粒が飯へと姿を変えているのだろう。久しぶりに動く機械と、それがたてるかすかな音だけが、しばし部屋の中に満ちていた。
やがて炊飯が終了した。炊飯器が保温の表示に切り替わる。男たちはそれを、もの欲しげに見ていた。
その様子を見て、私は軽くうめく。
「……食いたいのか」
男たちはセンプーキのように首を縦に激しく振る。
「でもダメ」
私はたっぷりタメてから言い放った。




