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ヤキニクという名の麻薬(五)

「む」


 私が気になって振り向くと、総理の妻が小首をかしげていた。


「いつまでたっても子供みたいだこと」

「わたくし、魔王様はもう少し大人な方と思っていましたわ」

「ホント、醜い争いだな」


 横の女子卓の面々が、呆れかえった様子でこちらを見ていた。


「ばあちゃん、肉はどうする?」

「次々焼くと食べるのが追いつかなくなるから、なくなったら焼くくらいでいいんじゃないかしら。さ、ご飯のお代わりをどうぞ」

「ありがとうございます」

「ばあちゃん、あたしにもー」


 女子卓は完全に仲良くなって、和気藹々と箸が進んでいる。立派な譲り合いを見ていると、なんだか自分たちがひどく低俗に思えてきた。


「……よく考えれば、肉がなくなったら足せばいいのです」

「わずかな所有権を巡って争うなど、愚かだったな」


 我々はようやく正気に戻った。


「……少しの間だけ、休戦といきますか」


 それからは和やかに食事が進んだ。仕事のことしか念頭にないような大臣でさえ、時に面白くないジョークを飛ばしていた。我々は時にそれを聞いて笑い、時に真剣に肉と向き合う。時間は、そうやって過ぎていった。


「……やれやれ、流石に満腹だぞ」


 腹が膨れてきた一同の顔は明るくなり、そろそろ白米がなくなっておひつの底が見えてくる。金属製の網も肉の脂ですっかり汚れ、光沢を失ってきた。


「お気に召しまして?」


 総理の奥方が婚約者に問うた。


「ええ、とっても。前のカレーとは全く違いますもの。交互にお出しすれば、飽きずに楽しめますわ」

「それは良かった。また遊びに来てくださいね」

「ひょっとしたら、奥様はまだ隠し種をお持ちなの?」


 婚約者の問いに、総理の妻はいたずらっぽく笑ってみせた。


「素敵ですわ。お時間が許す時に、是非教えてくださいまし」

「……ばあちゃん、その時はあたしも一緒だから!」


 総理の妻が相変わらず二人を引き連れているのを見て、私はため息をついた。


「あれはしばらく帰りそうにないな」

「まあ、腹ごなしと思えば」

「お前は呑気だな……」


 私は呆れながら周囲を見渡す。その次の瞬間、部屋の隅に置かれていた彫像が……その石造りの像が動いた、ように見えた。


「わふん」

「わっ、鳴いた!!」


 私は驚いたが、気付いたらなんのことはない。室内に本物の犬がいただけだ。


 だいたい体高は一メートル弱、体重は三十キロ程度か。狼を思わせるような三角形の顔に尖った耳をしている割に、目尻が垂れ下がって妙に間の抜けた感じがする。


「なんだ、犬か……って、ちっとも良くないぞ!!」


 この部屋は我々の活動拠点だ。何重にも防衛のための結界があり、政府のわずかな要人、その関係者か連れしか通れないようになっている。間違っても、野良犬の侵入を許すような構造にはしていない。


「この待ち構える結界とトラップを突破してくるなんて、何者だ……?」

「魔力の高い個体なのかもしれませんよ。肉のにおいにつられて来たんでしょう。ちょうど使い魔候補を探してたし、良かったですね」

「えー……これかあ? もっと悪そうな奴の方が、良くないか?」


 私が見下ろしていると、犬も私を見返す。そして意外に機敏な動きで身を翻し、突然唸り始めた。


「グルル……ワウッ!!」

「な、何をするバカ犬──!!」


 なぜか犬は、執拗に私にだけ襲いかかってきた。横で見ている副官が、涼しい顔で言う。


「肉の残り香がするんじゃないですか? それか、さっきの発言が気に障ったとか」

「どっちでもいいから助けてくれ!! こいつ、急所を狙ってくる!!」


 そこから副官と大臣が割って入ってくれるまでの十分間──やらかした犬にはきついお仕置きをくれてやる、と誓いながら──私は部屋を走り続けた。

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