表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

44/72

ヤキニクという名の麻薬(四)

「……同じ牛からとれたとは思えんな」


 なんかちょっとこの前見た画像に似ているような気も──いや、似てない。全然似てない。似てないったら似てない。


 私は邪念を捨てて、ホルモンを凝視する。じりじりと焼けて、端がくすぶり始めた。大臣も大人しく焼けるのを待っている。そんな姿を見たのは初めてだった。


「はい、どうぞ。魔王様」


 副官がひときわ大きなホルモンを皿にのせてきた。私は覚悟を決めて、かぶりつく。


 未体験の味だ。噛むほどにゴムのような弾力があり、その間から旨みを含んだ脂がしみ出してくる。


「……これ一切れで、かなり飯がいけるな」


 逆に言うとそれくらい味が濃い。私の隣にいる副官も、肉に比べると箸をゆっくりと動かしていた。


「上等なホルモンだな。臭みがない」


 一行の中でがっついていたのは大臣だけだった。今までの肉と変わらない量を平らげている。そして最後の一切れをつかむと、口へ放り込む。おお、未開人に相応しい野蛮な食べ方だ。


 こちらの動揺などつゆ知らず、大臣は満足したようにソースと脂で汚れた口元をぬぐっている。


「お前も少しは食べろ。コラーゲンとやらがたくさんとれるぞ」

「老体に鞭打って、少しはいただきましょうか」


 大臣に勧められて、総理も数切れ口にする。しかししばらくすると、お辞儀をして箸を置いてしまった。それから、大臣が残ったホルモンを一気に食べ尽くしたので、場はそれなりに盛り上がった。


「……しかし、これはあまり大量に食べるものではないな」

「ですが、専門店もありますよ。ハマる方にはたまらないのでしょう」


 こんな脂の塊をむさぼり食う連中がいるとは驚きだ。……きっと大臣のようにイカつい男共ばかりなのだろう。あーやだやだ。そんな禍々しい空間、近寄りたくもないわ。


「残っていた肉は一種類だったか?」


 私が聞くと、副官はとても楽しそうに笑った。


「いやあ、満を持してこれを出す時が来ましたかね。サーロイン……背中のちょうど中央部にあたる肉です。広い範囲の一部のみがこの名称で呼ばれるため、稀少な肉でして」


 私は差し出された皿をしげしげと見た。確かに、肉の表面に白い筋が細かく走って、なにか細緻な工芸品のようにも見える。美しい、と言ってもよかった。


「特徴としては、赤身と脂のバランスの良さですね。それに加えて、ほとんど運動しない部位の肉のため、硬くならずやわらかい。最高の部位として『肉の王様』と呼ばれることもあります」副官の説明はよどみなかった。私はそれを聞き終わってから、彼をねめつける」

「やけにこれだけ詳しいな」

「そうでしたっけ?」

「……意図的に最後まで残してたな?」

「いえいえ。一緒に食べる方が途中で力尽きてくれればラッキー、なんてそんなことは思ってもいません」


 思ってただろ絶対。最近王を無下にしすぎだぞ、お前って奴は。


 そんな私のじっとりした視線を無視して、副官は肉を焼き始めた。私もそれにならう。今回は色が変われば大丈夫だというので、早々に口の中に放り込んだ。


「う、これは……!」


 カルビの旨みと、ロースのコク。それをいいとこ取りしたような味が口の中に広がる。しかも副官の言った通り非常に柔らかく、口の中からみるみるなくなる。


 暖かい白米と一緒に食べると、なお脂がほどけて実に良い。なるほど、王様と言われるのも納得だ。


「これはもっといかせてもらおう……」


 美味そうに焼けた一片に手を伸ばすと、それをすり抜けて肉をかっさらった誰かがいた。


「その肉は私が育てたものです」


 総理がぴしゃりと言う。その視線は今までと違い、鷹のような鋭さを帯びていた。


「呆けたのか。これはな、私が楽しみにしていたサーロインだ!」


 私たちはにらみ合い、欲求にかられるまま肉を奪い合う。焼き上がりの時間と誰が手を伸ばしてくるかを計算して迎撃。そして自分が一番に箸をつけられるよう計らう様は、まさに格闘技のようだった。


 ──しかしその様子を見て、くすくすと笑う者がいた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ