ヤキニクという名の麻薬(四)
「……同じ牛からとれたとは思えんな」
なんかちょっとこの前見た画像に似ているような気も──いや、似てない。全然似てない。似てないったら似てない。
私は邪念を捨てて、ホルモンを凝視する。じりじりと焼けて、端がくすぶり始めた。大臣も大人しく焼けるのを待っている。そんな姿を見たのは初めてだった。
「はい、どうぞ。魔王様」
副官がひときわ大きなホルモンを皿にのせてきた。私は覚悟を決めて、かぶりつく。
未体験の味だ。噛むほどにゴムのような弾力があり、その間から旨みを含んだ脂がしみ出してくる。
「……これ一切れで、かなり飯がいけるな」
逆に言うとそれくらい味が濃い。私の隣にいる副官も、肉に比べると箸をゆっくりと動かしていた。
「上等なホルモンだな。臭みがない」
一行の中でがっついていたのは大臣だけだった。今までの肉と変わらない量を平らげている。そして最後の一切れをつかむと、口へ放り込む。おお、未開人に相応しい野蛮な食べ方だ。
こちらの動揺などつゆ知らず、大臣は満足したようにソースと脂で汚れた口元をぬぐっている。
「お前も少しは食べろ。コラーゲンとやらがたくさんとれるぞ」
「老体に鞭打って、少しはいただきましょうか」
大臣に勧められて、総理も数切れ口にする。しかししばらくすると、お辞儀をして箸を置いてしまった。それから、大臣が残ったホルモンを一気に食べ尽くしたので、場はそれなりに盛り上がった。
「……しかし、これはあまり大量に食べるものではないな」
「ですが、専門店もありますよ。ハマる方にはたまらないのでしょう」
こんな脂の塊をむさぼり食う連中がいるとは驚きだ。……きっと大臣のようにイカつい男共ばかりなのだろう。あーやだやだ。そんな禍々しい空間、近寄りたくもないわ。
「残っていた肉は一種類だったか?」
私が聞くと、副官はとても楽しそうに笑った。
「いやあ、満を持してこれを出す時が来ましたかね。サーロイン……背中のちょうど中央部にあたる肉です。広い範囲の一部のみがこの名称で呼ばれるため、稀少な肉でして」
私は差し出された皿をしげしげと見た。確かに、肉の表面に白い筋が細かく走って、なにか細緻な工芸品のようにも見える。美しい、と言ってもよかった。
「特徴としては、赤身と脂のバランスの良さですね。それに加えて、ほとんど運動しない部位の肉のため、硬くならずやわらかい。最高の部位として『肉の王様』と呼ばれることもあります」副官の説明はよどみなかった。私はそれを聞き終わってから、彼をねめつける」
「やけにこれだけ詳しいな」
「そうでしたっけ?」
「……意図的に最後まで残してたな?」
「いえいえ。一緒に食べる方が途中で力尽きてくれればラッキー、なんてそんなことは思ってもいません」
思ってただろ絶対。最近王を無下にしすぎだぞ、お前って奴は。
そんな私のじっとりした視線を無視して、副官は肉を焼き始めた。私もそれにならう。今回は色が変われば大丈夫だというので、早々に口の中に放り込んだ。
「う、これは……!」
カルビの旨みと、ロースのコク。それをいいとこ取りしたような味が口の中に広がる。しかも副官の言った通り非常に柔らかく、口の中からみるみるなくなる。
暖かい白米と一緒に食べると、なお脂がほどけて実に良い。なるほど、王様と言われるのも納得だ。
「これはもっといかせてもらおう……」
美味そうに焼けた一片に手を伸ばすと、それをすり抜けて肉をかっさらった誰かがいた。
「その肉は私が育てたものです」
総理がぴしゃりと言う。その視線は今までと違い、鷹のような鋭さを帯びていた。
「呆けたのか。これはな、私が楽しみにしていたサーロインだ!」
私たちはにらみ合い、欲求にかられるまま肉を奪い合う。焼き上がりの時間と誰が手を伸ばしてくるかを計算して迎撃。そして自分が一番に箸をつけられるよう計らう様は、まさに格闘技のようだった。
──しかしその様子を見て、くすくすと笑う者がいた。